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運び屋の手記より ~スワイライム~  作者: くろきほむら
第一章 野盗とスワイライム
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第一章-1

「!!!」


 デーリッガは悲鳴を聞き取った。

 その長く広がった耳はいかなる音も漏らさない。

 いつものようにグローリの肩を突っつくと、西の方へ長いくちばしを向ける。

 鋭い目が遥か先を睨んでいる。


「ん……? そうか。地震の後というのにご苦労なことだな……」


 肩当ての上に乗っかる相棒をみる。

 真紅の顔に細長い耳を後ろに寝かせ鋭いくちばしを突き出している。

 同色の細長い体に、緑色の竜を思わせる翼と尾。

 それを支える鷲のように鋭い足で、がっしりと肩の上に起立している。

 コードリアスといわれる魔物だ。

 雄特有の二股に分かれた尾の先端が、くるくると孤を描く。

 今日も万全の証だ。


「……行け……デーリッガ」


 グローリは右手を指し示すと、デーリッガと名付けられているその魔物は、力強く羽ばたき彼の指し示した方向へ飛び立っていった。


 デーリッガは、すぐに仲間のもとにたどり着いた。

 人間の赤ん坊ほどの大きさの仲間は、芋虫と同じように手足が無く、緑色の皮を煽動させて動くので歩みが遅い。

 退路を川に阻まれ、川原の上で逃げ場を失っていた。

 仲間を襲う憎き敵の前に急降下をする。

 敵は、何かを叫んでいるが、理解するつもりは無い。

 とりあえず、自分の仕事をこなすだけだ。


「ギューキュ!」


 敵が自分に向けて構えを取るより早く、先手をとり咆哮を上げた。

 弱い敵ならば、これで竦み、主人が来るまで待てばよいのだが、今回の敵はそうではなかった。

 素早く間合を詰め、剣を振り下ろしてくる。

 デーリッガは、避ける暇がなく、尾を巻き上げその初太刀を受け止めた。

 尾の強度に絶大な自信が有ったが、敵の一撃はそれを勝った。

 尻尾の先に傷が走り緑の体液が飛び散る。


「ギューピー!!」


 思わず悲鳴をあげるが、ここで気後れするわけにはいかない。

 主人が来るまで、この場を死守することが使命なのだ。

 幸いにも尾のおかげで剣の勢いは止まっていた。

 尾を反転して、勢い良く地面に引き下ろそうと試みる。

 敵はそれを察知し、剣を引き抜くが、その反動で上体がわずかに浮き、隙ができた。


 今度は、デーリッガの反撃だった。

 その隙を逃さず、体ごと突っ込む。

 敵は体当たりされ姿勢を崩し、後ろに倒れこんだ。

 そのままの勢いで接近し、尻尾を二、三回叩きこむと、剣を持っている手に絡めつけ動きを封じる。

 こうなった以上、相手は力おしの剣術か左腕からの二刀流しか、反撃の方法は無い。

 しかし、剣は一本しか持っていない事は見て分かる。

 案の定、敵は右腕を振りほどこうと必死にもがいているが、デーリッガの尾の力は、それを完全に抑えていた。


 ここまでくれば、いつもはデーリッガの勝ちであったが、実際はそうはならなかった。

 デーリッガの敗因をあげるとすれば、敵を剣術のみと思い込んでいたことだろう。

 突然、彼の周りに五本の鋭角な氷柱が現出した。

 それが、一斉に彼を突き刺しにし、尾を切断し硬い鱗を突き破る。

 デーリッガは羽ばたく力を失い地面に落ちた。



「そこまでだ……」


 いきなり襲い掛かってきた魔物にとどめを刺そうと剣を構えた時、背後から声がした。

 わけも分からず彼女は振り向く。

 冷たい男の視線がすぐに身を突き刺した。


「……」


 男は無言のまま、斬りつけてきた。

 少女は剣の早さには自信が有った。

 が、今の自分よりも更に早い。

 疲弊しきった体がうらめしい。


(……今度は右!?)


 動きに翻弄され、剣が追いつかない。

 男の連撃が徐々に速さを増していく。


(二刀流でもないのに、まだ剣速があがるっていうの!?)


 左の小盾でも既に防ぎきれなくなっていた。


(僕がスピード負けをすることになんて……。ふだんなら、まだ、さばけるのに!!)


 戦闘中、こんなに早く劣勢に立たされた経験は彼女には数度しかなかった。

 そのどれもが同じ人物を相手にしたものだった。

 何度戦っても差は埋まらず、それどころか、腕が上がっていくたびに、実力の差を思い知らされてきた。

 師である父のことだ。

 そして、彼女は、剣術の道を捨てた。

 しかし、今となっては、それを悔やむしかない。

 明らかに先程の魔物は、彼のしもべであろう。

 野生にはない人間をしとめるための合理的な戦法があった。

 何のために襲われているかは分からないが、計画的に少女を襲っているのは間違いない。


(理由も分からずに殺されるなんて……せめて、右腕がもう少しまともに動けば!)


 魔物に襲われた時、締め上げられた腕がまだ痺れている。

 小盾で守勢にまわされている原因の一つはそこにあった。

 剣の威力で小盾を付けている左腕も痺れかけてきたのだ。

 話を聞こうとする余裕すら、彼女には残っていなかった。

 この劣勢を跳ね返す方法は残ってはいなかった。

 連撃の猛攻に抗しきれずあきらめかけた時、男の剣が止まった。

 そして、間合いをサッと一歩分広げる。


(何!?)


 そう思う間もなく、男の掌から一つの巨大な火球がはなたれる。


(……まだ、ついている!)


 彼女は右腕の剣を手放すと、素早く小盾の裏側から一枚カードを引き抜く。

 少女の文字通りの切り札であった。


「イン!」


 彼女は火炎弾を交わしながら、人差し指と中指で挟んだカードを振り払う。

 カードはキュイーンと高音と同時に光を発し、一気に火炎弾を吸い込んでしまった。

 さらに、その刹那、吸収の閃光が終わる前に、炎を相手に当てることを思い描く。


「ハツ!」


 腕を振り切ると同時に閃光はやみ、敵に向けてつき伸ばしたカードから火球が発射される。

 しかし、男はそこにはいなかった。

 彼女はそれに驚く間もなく、前のめりに倒れこんだのだった。



 夕暮れ時。

 枝の上で水の音を聞きつけ飛び起きた。

 どうやら、朝は疲労のため判断力が鈍っていたのだろう。

 かすかな音だが確かに川の流れの音だった。

 渇きを癒すために沢までかけていく。

 すぐに背負い袋から小瓶と青い紙切れを取り出し、小瓶に川の水を入れると、その紙をつける。

 紙は赤色に変色した。

 飲料水として利用できるというしるしが出た。


「よし!」


 水面に口をつける。

 最初は口に含む程度、次に軽く飲み込み、最後に一口分飲んで、顔を上げる。

 勢い込んで飲み腹を壊さないようにするためだ。

 が、顔を上げた彼女は、水のことなどどうでもよくなった。

 目の前にはつぶらな瞳があった。

 芋虫型の魔物がいた。

 犬くらいの大きさだ。

 緑のうねうねとした皮と頭の金色の角が、どことなく愛らしくも有る。

 しかし、キジュにはそれが豪勢な食事に見えた。

 逃げられないように用心深く追い詰めて…。


「つー……」


 その場面でキジュは目を覚ました。

 首の裏側の痛みは、頭を起こさせるには充分だったのだ。

 回復してくる視界からみえる景色に、彼女の心当たりは無い。

 切り口を揃えられた石に積み重ねられ、三方の壁は作られている。

 もう一方は、鉄格子だ。

 天井は高く、明かりを取り入れる窓も、上の方につけられているのみだった。

 この部屋の唯一の家具である、狭い備付けのベッドの上に自分が寝ていた。

 部屋の暗い採光の中で、妙に自分の赤い服がきれいに映える。


(僕……どうしたんだっけ……)


 彼女は断片的な記憶をつなぎ合わせ始めた。


(そして、あの男に……)


 あの時、背後から男に峰打ちされたのだろう。

 首筋の痛みで気絶させられたことを思い出す。


(それにしても、ここはどこかな?)


 完全に覚醒し目を開く。

 疎ましい手械が否応なしに視界に入ってくる。

 鉄製の枷で、とても壊れる代物ではない。

 手を左右に動かしたが、すぐ馬鹿らしくなって止める。

 次に、鉄格子から廊下を見る。

 目の前と左は壁で、右に通路が見え隣も牢になっているのが分かる。

 通路は、左に曲がっているためその先は見えなかった。


「ここから出るのは無理そうだね……」


 最後に、跳んで窓の鉄格子を掴んでみた。

 腕の力で体を引き寄せ、窓まで顔を上げてみるが、顔すら入る幅ではない。

 外に見えるレイクル山が、そびえているのがただ見えるだけだった。


 それから、太陽が昇りきるまでの間、鉄格子を折り曲げようとしたり、手械を外そうと試みたりしたが、虚しさだけが募っていった。


(僕一体どうなるのかな……)


 こう八方ふさがりだと、気分も滅入ってくる。

 ここがレイクル山の見える場所という以外、何の情報も無いのだからなおさらである。

 自然と今後のことを不安に思ってしまうのだ。


(奴隷市場か娼館送りかしら……)


 彼女は一度、奴隷市場に送られそうになった経験がある。

 家を出てすぐの事だった。

 まだ、十三で人を疑うということを無意識にできなかったためだ。

 家から持ってきた金を元に、仕事を紹介してくれるという話に飛びつき、一週間その人物と旅行をした。

 ガッシュレールという町についた時、男の態度は豹変した。

 朝起きたら首輪をされ、腕に枷がかけられていたのだ。

 その時はたまたま、ガッシュレールを統治していたランドール国の警備兵のおかげで事なきをえた。

 警備兵の話では、ガッシュレールは国が定めた法律を破り、日常茶飯事で人身売買が行われているということだった。

 しかも、彼女は、ガッシュレールに連れてこられただけましだったらしい。

 他国の町では奴隷売買が当然のように行われている所も有るからだ。


(何としても、自力で脱出しなくちゃね。あんな、幸運は二度と起こらないだろうし……)


 キジュはベッドに座り込むと、思案をめぐらし始めた。


(この近くに、奴隷市場はない……)


 頭の中で地図を広げる。

 先程のレイクル山の見える角度と太陽の昇っていった軌道からこの場所を類推する。

 恐らく、ここはスワイライムかその近くの野盗の巣窟だろう。

 ならば、人身売買を行われている場所に連れて行かれるはずだ。

 一番近い場所でも、直線距離で五日、街道沿いなら七日程度はかかる。

 そんなに長い間歩いていたら、人目につかないはずはない。

 必ず馬車での移動となるはずだ。

 わざわざ、馬車を使うなら、もっと人数を連れてきてからだろう。

 しかし、今ここにいるのは自分だけである。

 となると、この鉄格子が開かれ、人を入れてくる可能性がある。


(狙いはその時……)


 キジュは、脱出の手順を考えだした。

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