第四章-3
『キュルーナ王国暦 二八年 十二月十二日
お父さん、お母さん元気ですか?
一週間前にドレクナの里に到着しました。
途中、旅人を襲う盗賊たちを捕縛しての旅だったので、かなり遅くなってしまいました。
ケムレン君が私をかばって右腕に傷を負ってしまいましたが、私は無事です。
里に着いた時、ケムレン君の腕は、とても酷いことになってしまっていたのですが、門番がそれを見かねて、治療してくれました。
私たちは感謝の前にとても感動してしまい、お礼もいわずに抱き合ってしまいました。
それだけケムレン君の腕が酷く、治りそうもなかったからです。
その姿に共感してくれたようで、門番のディーレさんがこの里での私たちのお世話してくれることになりました。
もちろん、私の目的を話し、霊術のことも引き受けてくれました。
今習っていることの復習ついでに、霊術のことも書きます。
精霊というのは万物の素で、この世界で形あるものは、全て精霊の器に過ぎません。
そして器に入りきらない精霊は目に見えない形で、この世界に漂っているのです。
例えば私たちが死んだ時に、肉体から離れる魂も精霊の別名です。
ただし、精霊は漂っている際は意志を持っているため、鉄の精霊が鉄以外の器に入ることはありません。
それを、精霊の意思を強制的に自分の意思で上書いてしまう術のことを、精霊術、略して、霊術と呼びます。
具体的には頭の中で、何の精霊をどのような器に送り込み何を起こさせるかを明確に想像し、その想像を精霊に送りつけて命令するわけです。
例えば、人の体に鉄の精霊を入れることで、鎧のような硬度をもつことができるといった感じです。
今、私はそのための修行に励んでいますが、具体的にどのような修行をしているかは、ここに書くことは出来ません。
それがディーレさんとの約束だからです。
でも、うまくやっているので安心してください。
では、お元気で。
セレルーネ王国 ドレクナの里 ディーレ家にて フレイナ』
『キュルーナ王国暦 二八年 十二月二十日
お父さん、お母さんお元気ですか?
これで今年の手紙は最後になります。
私以外にも、ケムレン君やカレルナ君も、何かの足しになると修行を始めました。
そして、そのことで驚くことがありました。
そのことをすぐ書きたいのですが、その前に前提のお話を知らなければ凄さが伝わらないと思うのでそちらを先に書きます。
難しい話になりそうですが読んでください。
万物の素は精霊だとこの間書きましたが、【この世界】も精霊の器であるといいます。
つまりこの精霊の中で私たちが生活していて、全ての精霊はこの精霊の分裂したものだということなのです。
この精霊というのが【運命の精霊】または【運命】と呼ばれるもので、全ての精霊の生みの親であり、戻るところだそうです。
この【運命の精霊】の力はとても偉大で強力なのです。
例えば、運命の精霊を鏡に入れれば、未来を宿す鏡になります。
また、大地に宿せば、その時その場所に存在せず、他の場所に存在した、という霊術を使うことが出来ます。
つまり、私がドレクナの里に居なく、スワイライムに居たという霊術を使うことが出来るのです。
それだけ強力な精霊なので、行使しようとするものは多いのですが、【運命の精霊】に強制力を持つ力と、【運命の精霊】に好かれる資質を持たなければうまくいかないらしく、失敗談ばかりだそうです。
さて、話を本題に戻します。
その運命の霊術をカレルナ君が使うことに成功したのです。
里の歴史の中でもめったにないことで、皆で大騒ぎになりました。
結果、長自らに、カレルナ君は霊術を教えてもらえることになったのです。
そのためということもないのですが、当分ここで修行することになりそうです。
おかげで、年越しは野宿をしないですみそうですが。
では、今年はこれで。
良い年を迎えてください。
セレルーネ王国 ドレクナの里 ディーレ家にて フレイナ』
寝ぼけ眼で椅子から起き上がると、キジュは朝の仕事に就いた。
遠くで鶏の鳴き真似が聞こえるが、それでも、キジュの頭はすっきりはしない。
それどころか、屋根の上に座りながら頭を抱えてしまう。
それは、寝不足のせいだけではなかったが。
(グローリのグの字も出なかった……。読み間違えたかな……?)
自問自答をしつつも首をふる。
何度も注意深く、読み直したのだ。
それはないはずだと。
「キジュさん、おはようございます」
明るいジャナリーの声で、キジュはハッと下を見る。
不覚にも真下にくるまで全く気付かなかった。
「大丈夫ですか? かなり疲れているように見えますが」
「あ、平気、平気。それに野盗は、今日は来ないから安心だしね」
「そんなものですか?」
「あいつらの性格からして、来るのはグローリが決勝で戦っている頃だよ」
キジュは思っていた。
どんなに野盗が鈍感でも、二、三日グローリが山に現れなければ、この村にいないと考えるだろう。
その裏を取るために、近隣の町にグローリがきているかを確かめるのも間違いない。
そうなれば、ココヤスでグローリが武闘大会にでていることを嗅ぎつけるだろう。
それが分かれば、グローリが一番悔しがる方法で、今までの報復に出てくるのは必然だろうと。
そのことをあえて、説明まではしなかったが。
「それより、何か御用?」
その一言で、ジャナリーが待っていましたといわんばかりに、微笑むと大声でいう。
「テムル様が昨日意識を取り戻しまして、今日から牢番を復帰なさるのです」
キジュは浮かぬ顔をする。
「どうしました?」
敏感にそれを察して、ジャナリーが不思議そうにキジュを見つめた。
「いや……昨日治った割には、急だと思って……」
「そうですね、私もそれは心配ですが、人手が足りないということと、傷自体はグローリさんが霊術で完治させてくれていたので、問題はないだろうということでした。テムル様もきっと頑張ってらっしゃると思います」
ジャナリーの想いとは逆に、キジュは、なんとかごまかせたなと内心胸をなでおろしつつも複雑な気持ちだった。
テムルの傷は、テムル自身が真相を語らなかったため、皆に脱獄しようとした野盗と戦ったためだと周囲に吹聴された。
もちろん、グローリやキジュは真相を見抜いていたが、グローリは関心がないのか我関せずを決め込み、キジュは、ジャナリーが不憫で事実を話せないでいた。
よく考えればギルーネの家の寝室で見つかった時点で、野盗の脱走を止めたためという説明に無理があるのだが、ジャナリーは、テムルが連れ込まれたものだと信じて疑わず、テムルも真実を話すわけにはいかなかったため、それが事実となって広まってしまった。
結果として、それがまた、テムルを苦境に立たせるわけだが、そのことにジャナリーは気づいていなかった。
もう一人、ジャナリーの想いとは逆に、鬱積した想いの人物がいた。
他ならぬテムルだ。
野盗に会いたくない、テムルは、牢の前で右往左往していた。
傷を治してもらったことも、仕事に復帰させてもらったことも、彼にとってはありがた迷惑だった。
しかし、何時までも、まごまごしているわけにも行かない。
渋々覗くようにゆっくりと空けた扉の隙間から、椅子に腰をかけている大男が見える。
村の中でも粗暴で通っているドルトイだ。
テムルの仕事は、ドルトイの怒鳴り声から始まった。
それから、朝の見回りを開始する。
牢内に異変が起こってないかを、三階から一階までの各部屋を丹念に見回る。
そこでテムルは、思わしくない現実と直面した。
あの日テムルと同じ部屋に居た野盗たちが、全員囚われていることが分かったのだ。
向こうもテムルに気付いたのだろう、にやりと笑う。
テムルは、生きた心地もしなかった。
「何びくついてやがるんだ、次行くぞ!」
ドルトイの大声で、青くなりながらもその場を通り過ぎる。
彼らは大声で話し出すこともなく、どうにか無事に朝の見回りは済んだのだった。