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運び屋の手記より ~スワイライム~  作者: くろきほむら
第三章 伝承とスワイライム
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第三章-5

 ザッザ!

 ザザザザザッ!!

 ザザ!!!

 とそろった音が聞こえたかと思うと、

 ドッドド!

 ドドドド!!

 ドド!!!

 と土壁が倒壊する音が響き渡った。


(全部で二十三匹……冗談みたいな数だね)


 村の境界がこともなげに壊れていくのが、むしろ当然と思える。

 圧倒的な数だ。

 ピアグラストに気付かれないように、身を隠していても背筋が凍りつく。

 ピアグラストは自分の放った粘液以外には、嗅覚が効かない。

 もっぱら触覚と視覚に頼りっぱなしだと、知っていたキジュでさえそうなのだ。

 キジュの傍にいるジャナリーもそうだが、隠れている村人に平然としているものはいないだろう。


「大丈夫でしょうか?」


 その心配は杞憂に終わり、ピアグラストたちは、屋根の上にいる村人に気付かず、目印の方へと進んでいった。

 高床の食料庫の柱に、馬が一頭首輪でつながれている。

 野盗がのっていたのを押収し、村長の家で管理していたものだ。

 真っ先にそれを発見したピアグラストは、間を置かずに口から粘着質の糸を吐き出す。

 哀れな馬は抵抗するすべもなく繭の様な状態になる。


 もちろん、この馬一頭で彼らの冬の食事にはなりえない。

 彼らが獲物を巣穴に一旦引き返すのは、その近くにいる他の獲物まで一網打尽にするためなのだ。

 難なく獲物を収めたピアグラストたちは、更なる獲物を探すため体を回転させる。

 その動きは先程の繭を引く動きにもつながる。

 しかし、そのピアグラストは思わぬ反応を受ける。

 まったく繭が動こうとしないのだ。

 動きを一回止めた。


 それもそのはずで、鉄製の首輪が柱に繋がったままだからだ。

 他の仲間たちが集まってきた。

 何をやっているのだという催促するためだろうか。

 それに触発され、二十数匹の輪の中心となった一匹は渾身の力で糸を引っ張った。

 キジュが前もって斧で入れた割れ目に亀裂が走り、ミシミシと鈍い音がし、支柱が割れる。

 あっという間のできごとだった。


 その後、支えを失った倉庫が倒れるのも一瞬だった。

 土煙が上り、大きな轟音がする。

 周りのピアグラストを巻き込み、下敷きにしながら倉庫は倒れた。

 家々から歓声がわき起こった。


「これが狙いだったのですね」


 ジャナリーが、感心してキジュを見つめる。

 キジュは顔をこわばらせたままだ。

 それをジャナリーは勘違いした。


「そうですよね。村の人たちもげんきんなものですが……」


 キジュが馬や食料を囮にするといった時に、誰もが耳を疑った。

 しかし、キジュが本気だと知ると呆れ、それどころか怒り、罵り出すものが現れる始末だった。

 それを村長の一存で、全てを彼女にゆだね、ようやくピアグラストを迎撃するために、皆で屋根の上に隠れたのだ。

 ただ、キジュが怖い顔をしているのは、そのことを思い出して不快になっているからではない。


「まだまだだよ。こんなのでピアグラストは倒せないさ……」


 注意深く土煙の中を見つめているキジュの目につられ、ジャナリーはもう一度そこを見る。

 落ち着いた声で、キジュはいった。


「あれじゃ、ピアグラストにはダメなんだ」


 困惑したジャナリーの目に、土煙の中の黒い影がうつる。

 徐々に煙が止み、そこには何事もなかったかのように、魔物たちがうごめいていたのだった。


「静かに」


 どよめきが広がる。

 キジュは、立ち上がると手で合図を送る。

 ピアグラストたちに気付かれたら元もこもない。

 急いでまた身をかがめた。

 村人もそれに習い声を潜める。


 幸いピアグラストは屋根上に気付かなかった。

 土埃が晴れ、彼らの十二個の緑色複眼が、何が起こったのかを確認する。

 その場には、村人の一ヶ月分の食料が四散していた。

 キジュの本命の囮はこの食料だった。

 弓矢と松明をもって待機していた村人たちは、分かっていても、喜び勇んで食料に糸を吐きかけるピアグラストを見て、呆然自失となる。

 その間にも、ピアグラストは干し肉の塊や、穀物の束などを手当たり次第に繭状にしていった。

 そこかしこに繭があふれかえり、ピアグラスト一匹一匹が、何個もの繭を口元から糸で引きずっていた。


「撃って!」


 好機と判断しキジュは立ち上がる。

 矢をつがえ先端に火をつけると、繭に向けて射掛けた。

 火がボッと燃え移る。

 それに続いて、しぶしぶ村人も同様に火矢を放つ。

 訓練をつんだ兵士ではないだけに、矢をつがえ火をつけるだけで手間取り、狙い通りに矢は飛んでいかない。

 それでも火矢の雨は、繭を火だるまにしていった。


 炎を噴出している岩のように、繭が燃える。

 それだけにとどまらず、炎が繭を紡いでいる糸を駆け上っていく。

 ピアグラストは口元に火が移ってくる前に、糸を切断しようとするが、全ての糸を切るよりも早く、火種が口中に飛び込んだ。

 そうなると、唾液で火を消すのは難しい。

 火は体内の糸を伝わり、肺の隣にある糸溜りまで一気に到達した。

 キジュの策が、見事に成功したのだ。

 それを見届けると、屋根の縁にキジュは立つ。


「火矢を止めて!」


「キジュさん何を!?」


 いきなり、飛び降りそうなキジュを見て、ジャナリーが慌てて立ち上がる。


「足止めにいってくるよ。このままだと大変なことになるからね」


 心配は要らないというように微笑むと、キジュは地面へと飛び降りた。

 体内の糸をためている器官である糸溜りに火がつき、内側から焼かれ、ピアグラストはのたうち回り暴れる。

 それを見届けながら、キジュは、外周の一匹へと敢然と切りかかった。

 誰もが無謀だと思い目を覆った。

 硬い甲殻に弾かれるのは分かりきっていた。


 しかし、駆けてきた勢いを乗せるキジュの剣は、ピアグラストの片側三本の足の節をを切り裂いた。

 ピアグラストの体の中で最も脆い部分である足は、体から離れ、支えを失った胴はドサッと地面に落ちる。

 キジュはそのまま走りぬけ、次々に外周に位置するピアグラストたちの足を切り落としていった。

 おそらく、ピアグラストが通常の状態であれば、こうは上手くいかなかっただろう。

 だが、内側から焼かれる苦悩のため、ピアグラストは外面からの攻撃にかまっていられなかった。

 キジュはたいした反撃も受けず、外周に陣取っていた十一匹のピアグラストの足を叩き斬ることができた。

 後は黙って見ているだけでよかった。

 外側のピアグラストたちが動けなくなったことで、中にいるピアグラストも行き場を失った。

 内部に付いた炎で焼き続けられ、断末魔の絶叫が続く。

 もはや、体内から煙の昇っていないピアグラストはなく、やがて、悲鳴が途絶えた。

 最後には、煙だけがえんえんとのぼっていくだけだった。



 グローリがスワイライムに戻ってきた時、全ては終わっていた。

 上空から見えた煙が彼の不安を掻き立てたが、村に降りた時それが杞憂であることを知った。

 ざっと見て二十匹以上のピアグラストの亡骸を、村人が埋葬し火を消すために土をかけていたからだ。

 その作業は、グローリが降りてくると一時中断された。

 その場にいる全員がグローリのところに寄ってきて、キジュへの不満をあらわにする。

 そこへ人ごみを掻き分け一人の老人がグローリの前へ出てくる。


「……カナライ……いったいどうしたのだ?」


「ご苦労であったな、グローリ殿。そのことなのだが、皆が集まっておる。ついてきてはくれぬか?」


 グローリの質問に直接答えず、村長は自分の家へとグローリをつれていった。


 村長が部屋の前で一旦グローリを制した。

 中で怒鳴り声がしていたからだ。

 その声は聞き覚えのある女性の声だった。

 険悪な様子が、グローリの頭の中に思い浮かんだ。

 中の荒れ模様が納まらないので、村長は扉を開けた。


「あれ以外の方法があるわけないだろ!」


 そのキジュの言葉に過剰に反応して、村人が反論しようとしたのを村長が手を上げて制した。

 椅子に座っていた五人は、村長とともに入ってきたグローリを見て口々に愚痴をいい始めた。


「お前さんがもっと早く戻ってきてくれたなら、こんな結果にはならなかったものを……」


(……これ以上ましな結果だと……)


 グローリがざっと上空から見た限り、これ以上ましな結果など考えられもしなかった。


「……いったい何があったのだ?」


 グローリは、怒りを抑えきれないキジュに声をかけた。

 キジュが何かをいおうとした時、議長席で偉そうに構えていた男が立ち上がる。


「まぁ、まて。そこの女もいいたいこともあるだろうが、グローリ殿も来た事だ。最初から話をまとめようではないか、村長」


「……レドニアが議長をしているのか?」


 少し腑に落ちない顔をしながら、グローリは村長の顔を見て問いかける。


「良かろう、その方が分かりやすいだろう……」


 グローリの疑問に答えず、村長は頷き、グローリとともに用意されていた席に着いた。


「何、勝手に話し進めているんだよ! いいかげんにしてよね!!」


 キジュは苛立ちを隠そうともしないで、レドニアを睨みつけた。


 キジュの反応は無視され、話は淡々と進められた。

 何が問題になっているのかといえば、ピアグラストと戦った際に失われた食料についてだった。

 村人の一ヶ月分の食料がなくなり、冬越え出来ないということなのだ。


(何を愚かなことを……)


 グローリは、苦笑した。

 彼らの中には食料一か月分で済んだという思いが全くなかった。

 冬越えどころか全員が死んでいたかもしれないなどとは、思いもよらないのだろう。

 その成果の大きさが分かっているのが、キジュだけというのも哀れだった。


(……要するにあれが鮮やかに勝ちすぎて、代償が高く感じられたということか……。馬鹿馬鹿しい……)


「……話にもならないな……」


 ついに、席上で罵り合いを始めたレドニアとキジュに、冷淡にいう。


「そうでしょう、グローリ殿」


「……いや、ここにいる全員が話にもならんといったのだ。少しはそこの女に感謝でもするのだな……」


 その言葉に、六人が六人とも驚きを隠せないでグローリを見つめた。

 もっとも、一番驚いたのはキジュであったが。


「そうはいうても、グローリ殿。これだけただならぬ被害が出ておるのだ……。彼女を庇いたくなる気持ちも分かるが……」


 レドニアが、皆を代表して話をし始めた。


「それに、あの女は村人共有の食料の価値も分からず囮にしたのだ。我らがどれだけ涙を飲んで火を放ったか、その悔しさをわからないではあるまい!?」


(……なるほど餌を囮に火計を用いたか。そして、体内から火をつけた……。それであれだけの煙も納得がいく……)


 内心キジュの策に感心しながらも、冷ややかにいった。


「……何を勘違いしているか知らんが、俺は客観的にいっているに過ぎん。後でカノラークにでも聞いてみるといい。ピアグラスト一匹は、勇猛な兵五十人に匹敵する。屈強で知られるキュルーナ王国の親衛隊がここを守っていたとしても、壊滅的な打撃は避けられんかっただろよ。生きていることにせいぜい感謝することだ」


 グローリの発言で、水をうったように静かになった。

 誰もが想像もしていなかった答えに、口を挟めないでいた。

 ようやく重い場を収めるように、レドニアが立って発言をした。


「戦果が良いか悪いかは、この際問題ではない。問題の本質は失った食料をどうするかだ」


 苦虫をかみつぶしたような顔しながらも、レドニアは開き直った。

 今まで黙っていたものも、大仰に相槌を打ち始める。


(……分が悪いとみて、話をすり替えたな……)


「村長。いったいこの始末をどうつけられるおつもりかな? 食料を囮にすることは村長の一存できまったことですぞ」


(……ついに本題に入ったか、……こんな時によくやる……)


 レドニアが村長の座を狙っていることは、以前から知っていたことだが、この緊急時にかこつけて迫ってくるとはと、グローリは嫌悪感を抱く。


「食料のことだが皆に何か良い案はないだろうか?」


 カナライは全員に話しかけたが、誰一人として建設的な意見をいうものはいなかった。

 全ての収穫物はしまいこんでしまった後だし、前からためてあったものは野盗に焼かれてしまっていた。

 余剰などあるはずもない。

 無駄な議論が、延々と続くだけであった。


 キジュは、どうも収まりがつかなかった。

 レドニアという男は、明らかに自分だけのために、いいがかりをつけているように思えた。

 皆がそのことを指摘しないのも、不快でしょうがなかった。

 しかし、そのことばかりにかまってもいられない。

 村人のために何か考えなければという責任感で、そんな気持ちを捨て去ると、キジュは頭を働かせる。

 それに反応するかのように、何かが思考の隅で引っかかった。

 それが何だかは容易に思い出せなかったが、そのことで、この問題がどうにかなるのではないかと淡い期待があった。

 キジュは丁寧にこの村に着てからのことを思い出してみる。

 しかし、一つ一つ頭に思い浮かぶ出来事に役に立ちそうなものはない。

 だいたい、この村に着てからというもの、慌ただしく、働いてばかりだったのだ、食料に関する話などしていようはずもなかった。

 キジュが自分の記憶と悪戦苦闘しているうちに、会議は終わりに近づいていった。


「もう、話し合いは終わりにするべきだ。解決策などありはしない、無駄なことだ。こうなってしまった以上、村長が皆の前で謝罪し残った食料で乗り切るしかないだろう」


 議場の半数は、その言葉に頷く。

 最初から用意された結末に向かって。


「もちろん、ただ謝るだけでは何の解決にもならないだろう。そこで、村長には、その職を退いてもらおうと思うが?」


 退くという言葉に、グローリが睨みをきかせる。

 すぐにでも賛成を表明しようとしていたものたちが、それに怖気づく。


(そんなことはどうでも良いから、もう少し考える時間頂戴! 確かこの村に来てから……)


「皆さん良いですかな?」


 グローリの思わぬ圧力に負けじと、レドニアが決を採ろうとした。

 一人が勇気を出して手を上げようとするが、すぐに縮こまって顔を伏せる。

 その中で、キジュは、ようやく答えを引き出し、思わず声を上げた。


「そうだよ! 武闘大会にでて優勝してくればいいんだよ!」


 話し始めたキジュを、レドニアは苦々しく見つめていた。

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