第三章-2-2
「いや、いや、そんなことより、ちょっと待ってよ。おかしくない? 精霊ってのはそもそも、事象や物に宿るものだよ」
「はい」
センナは、おずおずと頷く。
「カデラスってのが精霊なら、そこに、自然発生的に太陽のような巨大な球状の火がレイクル山頂に存在し続けてたってあったって事だよ。そんなことありえないよね?」
キジュは、そんな巨大な火の玉が自然発生したことに自体についてありえないと思い話す。
「いえ、キジュ様も知っていらっしゃるのか通りレイクルは、遥かかなた今は砂漠となった旧グレンバド領を飛んできたといわれています。ご指摘は分かりますが、この詩はカデラスがレイクル山頂にたどり着いたところから詠っているので、誤りではないのです」
その質問に、センナは勘違いして答えた。
そういえば、ココヤスの酒場の主人も、シュジュの大森林が西側に広がっていたが、カデラスが燃やし尽くしたといっていたことをキジュは思い出す。
「僕が言いたいのはそういうことじゃないんだよ。っというか、それなら、余計、おかしいじゃない。火の玉が自分の意思で飛んでいるってこと?」
一般的には、精霊は意思を持っているが、物に宿った時点でその意思はなくなるといわれている。
分かり易くいうと、火の精霊は『火になりたいという意思』をもっているが、実際に火に宿った時点でその意思はなくなり、火が燃え尽き精霊が放出された時点で、その精霊は『火になりたいという意思』を再び持つということが、広く言われているところだ。
「そう、伝わっています」
キジュは、わけが分からなくなって、話しながら整理を始めた。
「まず、巨大な火の玉があった。それは意思を持って飛来し、西の遥かかなたから飛来した。その際、西側に広がっていたシュジュの大森林は燃やし尽くされ砂漠となった。山頂にたどり着いたそれを見て、人々は精霊カデラスと名づけたってことであってる?」
「その通りです」
キジュは、頭を抱えた。
話を聞く限りそれは、精霊とは程遠い。
むしろ……。
「それって魔物じゃないの? 何で精霊ってなるのさ?」
「この詩で形容されるほどの大きさでかつ身に炎を宿し魔物を聞いたことはありません」
センナの答えに、確かにとキジュも思う。
キジュが知る限り、火を身に宿す魔物で体躯が最も大きいの炎馬レキオンで、それでも、普通の馬の二倍くらいの大きさでしかない。
「それに……」
センナは、これをいったら、またキジュが驚いて大声を上げないかと、おどおどしながら付け加える。
「カデラスには実体がなかったと伝わっています。矢を射ても、岩石をあてても、その炎をすり抜けていったと」
予想に反してキジュは、うなり悩み始める。実態がないのなら魔物ではありえない。炎に身をくるんでいるといっても、その奥には体が必ず存在するのが、魔物だからだ。
「え~と、炎自体は実体がないから物があたらないのはいいよ。それで魔物ではないこともわかったけど……」
キジュは、意識を持っている火というのがカデラスということは分かったが、それが何に分類されるのかは知識では分からなかったし、どうしてそんなことが起こりうるのかというなど、考えも及ばなかった。
センナは、そのことを察し説明する。
「私達語り部の中では、精霊の意志が強すぎると、そのまま、意思を持ち続けるのではないかと伝わっています。炎球大精カデラスは、そうした巨大な炎なのだろうと」
キジュは、語り部たちの答え以外それを説明できないのかなと、新たに教えてもらった知識に疑問を持ちつつも、納得する。
「それじゃ、山精厳霊レイクルというのも、そういったものなのかい?」
土になりたいという強い意志の精霊がどんなのだろうと、頭を悩ませながら、キジュは聞く。
「いえ、これは……」
センナは、なぜか少し口ごもった後に、答えた。
「これは、霊獣です。詩に詠われる霊術師が作り出した霊獣といわれてます」
「霊獣……ああ、あれか」
「え、キジュ様は、霊獣を見たことがあるのですか?」
今まで、キジュの興味に答えてきたセンナが、このときばかりは、瞳を輝かせてキジュに聞いてきた。
霊術は使うことが難しいため、霊術使いという職についているものは少ない。
例えば、強国といわれるセレルーネ王国の正規兵軍隊は約二十万であるが、その中に霊術使いは、二千人弱しかいない。
しかも、それは国中からかき集めてである。
普通に街中を歩いていても霊術師に会うことはまずなく、霊術の奥義とも言われる霊獣など見れたら奇跡といっても過言ではない。
「あ、いや、ごめん。あれは魔物か。ただの勘違いだ、忘れて」
キジュは苦笑して、センナに謝る。
センナのがっかりしつつも、話を本題に戻した。
「知っているかもしれませんが、霊獣とは精霊を常に従える術で、基本は獣型にして従えることから、その名前が付きました。具体的な例だと、火を犬型にとり出して連れ歩き、術者の意思で攻撃させたりすることが出来るそうです」
うん、知ってると思いながら、キジュは頷く。
「もちろん、犬の形をしていても火ですから、剣で切ることも盾で防ぐことも出来ません。逆に相手は、噛み付かれて火で火傷をするといった具合です」
知っていたことだが、改めてセンナから聞かされ、キジュの中で何かが引っかかった。
「レイクルはそれを大樹よりも大きな巨人型にしたものということです」
センナがそう話し終えたとき、キジュの中で、それは、閃きとなり、大声となって口を出た。
「そうだよ! カデラスだって、精霊じゃなく霊獣だっていうならしっくりくるんだよ。カデラスが意思を持っているんじゃなくて、カデラスを作り出した術者の意思だったんじゃないの?」
「キャッ!?」
大声に過敏に反応し、地面に尻餅をついたセンナを他の語り部が助け起こす。
涙目になったセンナの代わりに、語り部たちの長女が代表して答えた。
「キジュ様、それはございません。炎球大精は三日三晩で今は砂漠となったシュジュの森林を越えてきたといわれています。詩に歌われるレイクルを作り出したほどの霊術師さえもカデラスやレイクル程の大きさの霊獣を三日も維持し続けることは無理だといっていたと伝わっています」
「なるほど……。ん!」
まだ、納得ができないキジュであったが、カデラスとレイクルの話はそこで打ち切りとなった。
屋根の上から周囲を見張っていたキジュの視界に、多数の人影が飛び込んできたからだ。
キジュが見た人影は、野盗ではなかった。
街道の調査をしに行った村の男たちが戻ってきたのだ。
それとほぼ同時にグローリも戻ってきた。
男たちは、村の塀が壊れていることに気づき、慌てて女たちから事の次第を聞くと、事なきを得たことに安堵した。
その後、キジュのことに話は進んだ。
何も話さなければ、ただの運び屋で終わったのだろうし、ジャナリーたちもそれを勧めた。
しかし、キジュは馬鹿正直に、自分からゴードリースを襲ったことを説明した。
グローリは、そんなキジュを見て苦笑を浮かべる。
実のところ、グローリにとっては村の掟などどうでもよいことで、それよりも村を守ることのほうが重要なことであった。
だから、キジュが村のために尽力するならば、彼女の罪に対し口をつぐんでやってもよいと考えていたからだ。
村人の隙を見てそう交渉しようと考えていた矢先に、問われる前にキジュから切り出したのだから、苦笑するなというほうが無理かもしれないが。
キジュの自供に、一瞬、場が凍りついた。
ジャナリーがキジュを弁護しようと声を出そうとする。
だが、それよりも早く、グローリが助け舟を出した。
キジュが驚いたことは、言うまでもない。
結局、処遇は、グローリの発言や、キジュが助けた女達の要望が強かったこともあり、村長が身柄を預かり、当分の間、村のために尽力すれば解放するという軽いものになった。
自分が望むべく形になったグローリは、見張りをキジュに引き継ぎぐと、野盗の残党狩りのため、夕方にはレイクル山に入って行った。
キジュは、面倒なことになったと思いながらも、どうせ、このまま立ち去るなんてことはできないよねと、内心で自分自身に苦笑し、デーリッガとともに、また見張りについたのだった。
申し訳ありません。
「第三章-2」をあげるときにミスをしてしまい、本文が大幅に削れていたことに気づきませんでした。
訂正して後続にくっつけることも考えましたが、見落としを懸念して、別の部としてアップします。
「第三章-2」としてお読みください。