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運び屋の手記より ~スワイライム~  作者: くろきほむら
第三章 伝承とスワイライム
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第三章-1

 夕闇。

 はかない残光が、幻想から恐怖の夜を迎え入れるかのようにレイクル山の裾野に広がる。

 すでに闇の訪れたレイクル中腹では、鳥たちが木々の巣へと戻り、小さな動物たちは巣穴に隠れ始めていた。

 それらを見渡せるように造られたのであろうか。

 山頂よりやや下の切り拓かれた場所に静かにたたずむ社こそが、レイクルを祭るレクディアリウの杜である。

 外観は丸太を組み合わせ、縦、横、高さとも二百歩。

 正面には五十もの石段が積まれ、その高さから床となる高床式である。

 内部は、奥の扉の前に祭壇が設けられているだけの質素な造りとなっていた。

 この社の歴史は長く、何回も改修を受けながらも、五百年以上もここに立ち続けている。

 この杜が何を祭り、どうしてここに立てられたかは、詩によく詠まれるところである。

 いわく、紅蓮の業火で付近一帯を焼き尽くした大火炎の精霊カデラスを、山の精霊レイクルがその身に閉じ込めた場所であり、杜の内部にある扉の奥に広がる天然洞窟こそが、カデラスを封じ込めた跡とされ、この杜が祭るものであった。

 そのため、誰一人としてこの洞窟の奥へと足を踏み入れたものはなく、一度奥深くはいったならば、決して表に出てこられないと伝えられている。


 闇に呑まれた山道を、一人の男が音もなく登っていく。

 普段は、杜までまだ半日以上はかかるこの道を、この時間から登る物好きはいない。

 まして、いまや、その杜が完全な野盗の棲家と化しているのだから、なおさらである。

 街道から外れてしばらくは、やや平坦な坂道が続いているのだが、この辺りでは急な斜面となる。

 道の脇には、雪から顔を出した背の高い草が、月の光を受け白と黒だけの世界に彩を与える。

 しかし、男は黙々と歩み続けていた。

 わき目も振らずに。

 右、左、右、左。

 まるで石像が歩くように、ゆっくりと道を踏みしめていく。

 カチッ!

 右足がわずかに盛り上がった土を踏んだ。

 ザザザザッ!

 無数の木の櫓の中から、雨のように矢が男に向けて発せられる。

 男は身じろぎもしなかった。

 矢が風を切って飛ぶ。

 が、男に届くことはない。

 矢の前に急に水幕が現れ、矢を取り込み地面にはじく。

 時にして一瞬。

 途切れなく放たれる矢を、何処からともなく水幕は現れさえぎり、包み落とす。

 あたりに数十と八本目の矢が落ちた時点で、ついに矢が尽きた。

 一本を無造作に拾い、矢じりを注視する。


「やはり毒か……」


 グローリはそれだけ確認すると、矢を放り捨てる。

 それが地面に触れると、ボッ!

 と火がつき、大きな炎となる。

 地面に転がっていた多くの矢は、その炎で灰となった。


 月が山頂を通り越した。

 グローリは、まだレクディアリウの杜には到達していなかった。

 壊した罠のあまりの多さに、辟易としていた。

 あえて、罠にかかるように進んでいるにしてもだ。

 そもそも、グローリほどの者になれば、罠に煩わされることなど皆無に等しい。

 長年培ってきた勘が罠のありそうなところを未然に察知し、さらに、罠が発動したとしても身の回りの精霊で瞬時に防御手段をこうじることができ、ましてや、このような開けた屋外ならば、大空を飛び、罠自体を避けることなど朝飯前なのだから。


 その彼が、こんなことをしながら進んでいるのには、わけがある。

 杜を野盗どもから本格的に取り戻そうと考えているからだ。

 グローリがスワイライムの守りについて三年。

 友の変わりにこの地を守るために、グローリはスワイライムにやってきた。

 ただし、本来、グローリが相手にしようとしていたものは野盗などではなかった。

 もっと別のものだ。

 しかし、三年前はまばらだった野盗が、気づけば、近隣の町とも繋がる百名に近い盗賊団になっていた。

 その間に、グローリと野盗は何度かやりあったが、グローリの強さを思い知ると、近寄ることもせず、すぐに逃げ出すようになった。

 業を煮やしたグローリは、彼らを殲滅しようと野盗の拠点となったレクディアリウの杜を襲撃しようとしたが、野盗はグローリが杜に近づくと別働隊でスワイライムを奇襲し、グローリを村へと戻させていた。


 一度、デーリッガを村に残し杜に向かったこともあったが、村人と連携のできないデーリッガでは村全体を守ることができず、何人もの村人がさらわれ、犠牲となった。

 それ以来、グローリが村を離れることを、村人は極端に恐怖するようになった。

 だからこそ、キジュと戦った後に、グローリは今しかないと判断した。

 一つには、今回の襲撃で野盗の半数を捕縛し、二手に分かれられるほどの力をそいだ。

 勢力が回復させる時間を与えてはいけない。

 二つには、使える運び屋がいる。

 あの強さならば残りの野盗のほとんどが村に来たとしても、自分が戻るまで持ちこたえるだろう。

 さらに、彼女が何者であろうと自分たちに害をなすことはないと確信していた。

 三つには、村の男たちが戻ってくれば、そのキジュがどうなるか分からないということ。

 分かるのは、今のように村の中を自由に歩き回ることは無理だろうということだけだ。

 だが、それは惜しい。

 端的に言えば、村の男全員よりもキジュのほうが圧倒的に戦力になる。

 その彼女を牢に閉じ込めてしまうなど愚の骨頂だと、グローリは考えた。

 総合的に鑑みて、これほどの好機は二度と訪れないだろうと。



 レイクル山からの冷たい吹き降ろしの風が、村の中を走っていく。

 家々では木戸を閉め村の中には明かりが無くなっていた。

 屋内に入れた三頭の馬が寒さで鳴き声をあげるのを、キジュは、暖炉が赤々ともえる前でコップを持ちながら聞いていた。

 少々顔を赤らめながら。

 スワイライムは、一年を通じて寒い土地だ。

 夏は涼しいくらいだし、春秋となると霜が降りることもままある。

  かの土地は  白の帰る地 

  ただひととき 友は旅立つ

  帰るころ   私は迎えよう

  暖かな    心地良い部屋で

  レクディウを 飲み干しながら

 レクディウとは祭壇に祭る酒の意で、シュジュの大森林に寄生するツボラ茸を粉末状にし、牛乳にとかし、それを醗酵させた酒である。

 スワイライムでは、この酒を老人から子供まで、寒くなってくると食事の前に飲む。

 キジュも、このほのかに甘い酒を老婆と向い合い飲んでいた。


 夕飯が終わり、キジュは老母に案内され、天窓のあった先の部屋へと戻ってきた。

 階下に行くときは部屋をちゃんと見なかったが、こうして改めてみると、部屋は広く感じられた。

 最低限の家具しか、置いてないからだ。

 タンスや机、そしてベッドと。

 あまりの簡素ぶりに生活のにおいが感じられない。

 キジュは、薄らいでいく緊張に心地良く身を任せながらも、一片の疑心を持って部屋を時々見回した。


「ほんと、あなたが屋根にいるのを見てあの子が帰ってきたのではないか、そう思ってしまいましたよ」


 老婆は微笑む。

 キジュの思っていることがわかったのだろう。


「この部屋は、数年前に出て行った私の娘の部屋だったのよ。もう戻ってくることはないと、わかっているのだけどね。娘の部屋には見えないかしら?」


 キジュは苦笑しつつ頷く。


「本当に、男の子のような部屋よね。フレイナは、不必要なものは決して部屋に置かなかったの……。」


 思い出にふけるように目を細め、暖炉に火をくべる。


(フレイナ……どこかで聞いた名前だな。……どこかの町で聞いたかな?)


 キジュは、ふとその名前に心当たりを憶えたが、思い出すことはできなかった。


「今は何処で何をしているとか、音信はないのですか?」


 皺だらけの顔が悲しそうに歪む。


「死んでしまったのよ。グローリがこの村に始めてきた時に、そう教えてくれたわ」


「そうだったのですか、つらいことをお聞きしてすみませんでした」


 キジュは申し訳なく頭を下げた。


「いいのですよ。昔のことですから。もう忘れなくてはいけないと思っていたのです。ちょうどいいわ。あなたが、見張りのためにここにいなくてはならないのでしたら、この部屋を使いなさいな」


「それは……ちょっと遠慮します……」


「あの子もきっとそれを望んでいることでしょう。この村を守るというのがあの子の願いでしたから。あなたが使ってくれたら本望でしょう」


 老婆の是非にという願いに、とうとうキジュは断り切れなくなり、この部屋に寝泊りすることになった。


「そうそう、さっきもいったけど、夜はいつもデーリッガが見張りをしているので、もう屋根に出なくていいのですからね。責任感が強そうだから、念のために。しばらくは暖炉の前で体をあっためて、それからゆっくり寝なさいな」


 そういって、静かに扉を閉め、老母は階下に降りていった。


 机の前で断りきれなかった自分を悔やむみ、キジュは椅子に腰掛け頭を抱え込んでいた。

 暖炉の前にいかなかったのは、その暖かい明かりが恨めしかったからだ。

 といって、ベッドの上に座ったり寝たりすることは、とんでもないことだ。

 結局、机の前の椅子に腰をおろした。


 風が机の上にある天窓をカタカタと叩く。

 その音に気をとられ、抱え込んでいた頭を上げた。

 目の前に羽根ペンと一冊の本が立てられていた。

 キジュは仕事柄、数ヶ国語の読み書きができるが、その文字の珍しさから、つい手にとってしまった。

 それは、霊術言語であった。

 霊術言語は霊術師だけが使う特殊な言語で、霊術師が自分の秘術を書き記しておくために使われる。

 ゆえに、通常の読み書きに使割れることはなく、キジュも一回、霊術言語でかかれた書物を見ただけで、ちょっと読める程度だった。


 その本の間から手紙がこぼれる。

 落ちたそれらを慌ててキジュは寄せ集める。

 落とした高さがそれほどでもなかったため、机の上にはそれほど散らばりはしなかったが、二、三通ほど、机の下に落ち散乱してしまった。

 床に落ちた手紙を拾おうとして、たまたま、封筒からぬけおちた手紙の一文が目に飛び込んできた。

 キジュは、ため息をつく。

 運び屋でなくても、人の手紙を読むのは、とがめられる行為だからだ。

 だが、反省をかきけすほど強く、その一文がキジュの心に働きかけてきた。


「私がカデラスの封印をするため霊術修行に出て半年になります。お父さん、お母さんお元気ですか?」


(カデラスって……、酒場の主人がいってた……)


 キジュは手紙をしまうのを止め、机の上においた。

はじめまして。ここまで読んでいただきありがとうございます。

いつかお礼を申し上げようと思いつつ、こんな物語の真ん中で挨拶することになり申し訳ありません。

この章から、物語は伝承に向けて舵を切っていくことになります。

引き続き楽しんでいただけたら、うれしい限りです。

それでは、また、物語の最後のあとがきで。

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