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序章-1

 木々の間からこもれる光で、目に痛い。

 少女は、暗い林の中でようやく朝が来たことを知った。

 朝が来ると、夜中の心細さが嘘のように消えていく。

 残ったのは、二日間もの徹夜のために途切れることなく襲ってくる睡魔と、空腹感だけだ。


 年は十四歳程度だろうか。

 徹夜あけにもかかわらず、張りのある肌は、葉っぱから滴る朝露をはじく。

 身長は、この年ではやや低めなほうだ。

 見かけも特に筋肉がついているということは無い。

 それなのに、腰にはたいそうな代物をはき、左腕には鉄製で円形の小盾をつけている。

 明らかに剣士という装いだ。

 不釣合いな武具の他に、彼女は大きな背袋を背負っている。

 その中身がよっぽど重いのか、息をきらし、ついに地面の上にへたれ込んでしまった。


「もう限界……眠い……お腹減った」


 緑色の短い髪をすり抜けながら、風が彼女のうめきにも似たつぶやきをさらっていく。

 林のひんやりとした空気が、彼女の火照った体を徐々に冷ましていった。


「少し寝るかな」


 まっすぐ伸びている大木を見上げ、下ろした背袋から縄を取り出した。

 その縄を背袋の縛り紐にくくりつけると、もう片方を腰に巻いて木に登り始める。

 林の中は魔物が多く、地面で寝るわけにはいかない。

 多くの魔物は火を嫌うため、たき火でもしながら眠る方法もあるが、あいにく彼女は水もきらしていた。

 そのため、彼女は魔物が活発に動き始める夜は、起きて移動を続けていたわけだ。


「まいったな。期日に間に合うどころか、このままだと餓死だよ」


 腰の縄を解き、背袋を引き上げると、大木の枝に寄りかかり、今度は縄で幹と自分をくくりつけた。

 落ちないように固定するためだ。

 そして、背袋から短剣を取り出し鞘のベルトを肩に巻きつけてから、そっと目を閉じた。



 少女の名前はキジュという。

 生まれは、クラハという都市の剣術道場の長女で、両親は彼女を跡取りにしようと考えていた。

 しかし、彼女は亡き友人に感化され、二年前、家を飛び出した。

 ただ、いきあたりばったりで家を出たため、すぐ無一文になってしまい、何度と無く命が危険にさらされることになる。

 そうした生活の中で彼女は、割の良い仕事を見つけ出した。

 運び屋といわれる職業を。


 運び屋とは、文字通り物資を運ぶ運送屋のことだが、運ぶ対象、運ぶ場所、運ぶ条件により国単位で厳しく階級付けがされている。

 例えば、街中で荷物を運ぶ運び屋は、最下級の運び屋であるのに対し、国内の配送を行う運び屋は中級、他国へ手紙を届ける運び屋は、最上級の運び屋である。

 なぜなら、両国の許可証を持っていなければ国をまたいで仕事はできないからだ。

 もちろん、国の事業としても運送は行っているが、国内への手紙や荷物の運送は一ヶ月、国外へは二ヶ月というのが最短期日となっているため、運び屋の需要は高い。

 当然のように、国に依頼するより高い値段設定ができ、上級になればなるほど高収入になりやすい職業だ。

 キジュは、家を出てから数ヶ月で、通常、十年はかかると言われる最上級運び屋になった。

 その彼女が、こうしてこの山奥の林の奥で難儀をしているのは、想定外の出来事に巻き込まれたからだ。

 その事を詳しく話すには、数日前にさかのぼる……。



「山一つ越えたスワイライム村にこれを届けてくれないかい?」


 ココヤス町の酒場で、運び屋の看板を上げてから十日目。

 それで町内外への依頼が来るのは、早い方である。

 話し掛けて来たのは、やや太りぎみの中年女性だった。


「まだ来たばかりで、この辺の地理とか風習が分かってないのです。だから、値段適当になってしまいますよ。割が合わなかったら再度請求してもよろしいでしょうか? もちろん多く取ったらお返ししますが」


 内心、勿体ないことになったなと思いながらも、キジュは申し訳なさそうにいい、顔色をうかがう。

 申し訳なくいったのは、この辺の地理や風習に詳しくないことへの謝罪からである。

 実際、今日の朝、宿屋で起きた時、町ぐるみで雪のかかった山にお祈りする風習に、キジュは驚かされたばかりであった。

 勿体ないと思ったのは、二週間後の満月の時に行われる祭を見られなくなるかも知れないということに対してだ。

 この祭は、そのレイクル山の精霊レイクルを祭るものであり、キジュはとても期待していたのだ。

 ちなみに、スワイライムは、ココヤスの町の西側にある、そのレイクル山の東の中腹よりやや下に位置している。


「分かっているよ。以前来た運び屋の人も、後で多く請求してきたから、今回はその金額を最初から用意してきたのよ」


 その女性は、机の上にお金で膨れ上がった袋を置く。

 どうみても、キジュが請求しようとした額の倍は入っている。


(こういう時はやりにくいんだよね。前と同じ期日でやらないと文句をいわれるから……)


 キジュは、前回の同業者を恨まずにはいられなかった。


「それで、一つ確認させてもらいたいのだけど、あなたキュルーナ王国への通行証はもっているのかい? あのレイクル山を越えた林からキュルーナ王国の領地だからね」


「国越えですか? キュルーナ王国の許可証ならありますよ」


 下に置いておいた背負い袋から、さっと許可証を取り出す。

 運び屋の許可証は、そのままその国への通行証ともなる。


 女性は納得して目の前の記入用紙に必要事項を書き始めた。


「え~と、確認しますね。依頼主はココヤス町のエルナード様。配達先はスワイライム村のペッケル様と。内容物は薬品。期日は十日以内。確認方法は、後日、受取人のサインの入った手紙をお出しします。なお、私はレグルド王国の運び屋に所属していますので、盗品や壊れものとなった際は、そちらの方に連絡ください。持ち逃げはしませんけどね。あっ、こっちが、レグルド王国運び屋の許可証です。王国の印章と一緒に所属番号も入っているでしょう?」


 キジュは微笑みながら、レグルド王国で発行された運び屋の許可証も女性に見せた。

 所属している国の許可証には、その王国に所属する運び屋として、何番目に登録されたかを示す通し番号が振ってある。

 中年女性のエルナードは納得した様子で、満足して帰っていったのだった。



 その後、移動に必要な四日分の保存食と水を買いだめするため食糧屋へと足を運んだ。

 たいてい店先で保存食を買うと、どこまで行くのかと聞かれる。

 あわよくばもう少し買い足させることができるかもしれないという思惑からだ。

 ここでもれいにもれず同じ事を聞かれ、キジュはつい素直に話してしまう。

 店の人は商売を通り越し、本当に親切心から全然足りないと教えてくれる。


「誰に聞いたかしらんが、確かに直進すればスワイライムまで四日でいける距離だろう。しかし、そうはいかないのだ。レイクル山とそれを囲むシュジュの大森林が、険しすぎて道が拓けず、街道が大きく迂回しているためさ。街道沿いに行けば、半月ほどの日程がかかる。もっと買っていったほうがいいぞ」


 まさに、そういう険しい環境だからこそ運び屋が必要になっているのとキジュは愛想よく微笑むと、必要なだけ食料を買い店先を離れた。

 通り道には人がごった返しており、たまらず、どうしてこんな人ごみになるのか周囲の人に尋ねてみる。


「ああ。毎年祭りの目玉の武闘会の参加者募集の立札が出されているのさ。優勝者には宰相ゼスナー様じきじきに部隊長以上の取立てがあるから、今年も白熱した戦いになると思うぜ」


「俺としては副賞の食料五年分が気になるところだけどな」


(祭りにはそんなのもあるの!? 見て生きたいな……。 いやいや、大会までには戻ってくればいいじゃないか……)


 どっと沸く興味を抑えるよう自分にいいきかせるが、容赦なく色々な人の噂話が耳に入ってくる。


「今年の優勝者は、昨年の準優勝者のガレントだろうな」


「いや、霊術師のムークだろう? 間合いを詰められなければ……」


「そうじゃないだろう。ガライラ流の天才跡継ぎが今年、ついに許しを得て大会に出場するそうじゃないか。ここら辺の道場の師範を全て打ち倒したことがある経歴の持ち主だぞ。優勝はこいつに決まりだろう」


「ガライラ流のギャゼズは確かに腕が立つけど、まだ経験がないからな。やはりガレントだ」


 こんな会話がそこかしこから聞こえる。


(いい加減にしてよ、そういう話は路上じゃなく酒場でやってよね)


 キジュは耳を押さえ、涙をのみながらその酒場もかねている、自分が寝泊りしている宿屋の扉を開いた。



「おや、もう出立かい?早いな」


 酒場の主人が勢いよく店じまいしだしたキジュを見て驚いていた。


「ええ。仕事はすぐにこなしてしまった方が、問題が起こらないので」


 仕事をためないで、素早くこなすのが彼女の信条だからだ。


「そうだ、これもついでに、持っていってくれないか」


 主人は、預かりものの荷物をキジュに渡す。


「つい昨日来たんだが、かなりの遅延になってしまている。国の連中が扱っていたもんだが、紛れていたらしい。挙句の果てに、届け先はスワイライムときている」


 キジュは手紙の表を見て、それが七年前に出された物だと知り呆れて、裏を見て、差出人の名前を確認する。


「まぁ、知っての通り国から国の手紙ってのは、戦争地域を迂回して回ってくるから遅くなる。そして迂回するたびに責任が不明確になるから、これだけ月日がたってるのに、ここまでたどり着いたことのほうが奇跡といえるな」


「そうだね。でも、スワイライムあての手紙が、ここにあるのは何でなのさ?」


「その差出人は、一時期、この宿屋の手伝いやってた奴らの仲間でな、当時の常連だった商人が気を利かせて持ってきてくれたんだ」


「へぇ、この寂れた宿屋も、はやってたんだ」


 あたりには、キジュ以外の客はいない。

 キジュがこの宿屋に泊まってから振り返ってみても、十の指で数えるほどしか宿泊客はいなかった。


「痛いとこついてくるな。俺の腕がまともに動いていた時はここら辺では名の知れた宿屋だったんだぞ」


 店主は、痛そうに右手を振りながら、苦笑いを浮かべる。

 その言葉が嘘ではないことはキジュも知っていた。

 なぜなら、この町に来る時にいい宿だと勧められてきていたからだ。


「まぁ、ただでとはいわねぇ」


「いや、いいよ。マスターにはよくしてもらったしね。どうせ、行き先が一緒だし、ただで届けておくよ」


「そうか、それじゃ、ちょっとした情報だけ教えてやろう」


「役に立つ情報なら、是非」


 全ての荷物を背負い袋の中に詰め込み終わると、キジュは椅子から立ち上がった。


「実は、レイクル山には、精霊レイクルを祭っている杜がある。レクディアリウの杜というんだが、信仰の強い者はココヤスの者でも参拝する。その時に使う、人が一人通れるかどうかという抜け道がある」


「それは、初耳だよ、依頼人も教えてくれなかったし。そんなものがあるなら教えてくれればいいのに」


 キジュは、不満を漏らす。


「まぁ、そう言うな。レクディアリウの杜は、これからお前さんが行くスワイライム村の管理で、この国のものじゃない。だから大っぴらに、口をあけて教えるわけにはいかないんだ。勝手に異国にいってるのがばれれば、どんな罰を受けるかもしれないからな」


「へぇ。でも、そんなことマスターは公言しちゃって大丈夫なの?」


「ん? この場にお前さんと俺以外に誰かいるかね? お前さんが口をつぐんでいれば問題ないだろ?」


「確かに」


 二人は大きな声で笑った。


「だけど、そんな危険な思いまでして、杜にお参りに行くなんて、どんな凄い御霊験があるのかな? その精霊レイクルは」


「それは、お前さんがこれから行くスワイライムで詳しく聞くと良いさ。あそこは、それを伝える語り部の村でもあるからな。俺から言えることは、五百年前にシュジュの大森林を燃やし尽くした巨大な火の精霊カデラスをレイクル山に封印した精霊だというだけさ」


「燃やし尽くした? あんなに生い茂ってる森を?」


 キジュは大声を上げて驚いた。

 ココヤスの西にあるシュジュの大森林は、そのまま北の地平まで続いて、燃やし尽くされたというには程遠いからだ。


「いや、レイクル山を越えた西側の話さ。西の山の麓からはずっと広がる砂漠で、昔はそこに木々が生い茂っていたといわれているのさ。山頂から見てみるといいさ」


「そうなんだ、じゃぁ、その光景も楽しみに山越えするよ。マスターありがとうね」


 店主の話がひと段落つくと、キジュは礼をすると、店を出た。



 それから二日の間、まだ、キジュはレイクル山をのぼっていた。

 教えてもらった抜け道も、途中から使いものにならなかった。

 というのも、晩秋だというのに、雪がキジュの腰まで積もっていたためだ。

 そのため、キジュは道なき道を進むことになり、手を焼くことになった。

 普段は体の鍛錬もかねて、荷物を背負って配達するのだが、今回ばかりは彼女だけの独特の方法でその荷物や剣をしまい、身動きしやすくしている。


 その日の昼、何とか山登りに慣れてきたキジュに、不幸が訪れた。

 七分ほど上った時、山が揺れたのだ。


(休火山だっていっていたのに!)


 心の中で憤りをぶちまける。

 大声で叫びたい心況でもあったが、雪崩を誘発するために、それは抑えた。

 レイクル山は休火山で、何百年と活動はしていなかった。

 ここ数日で活動を再開するとは誰も思っていなかったのだ。

 だからこそキジュは、安心して山越えを選んだのであるし、依頼主も山越えを前提で話をしていたのだろう。


 しかし、キジュのそんな細心の注意も無駄に終わった。

 振動は地面の積雪を動かし、キジュの立っている斜め上から、まるで彼女をからかうように雪崩れてきた。


(うごけっ!)


 彼女は、固まった雪の上を歩いた。

 それでも、雪に足を取られ思うように歩けない。

 雪崩は容赦なく迫ってきている。

 キジュは死に物狂いで歩くが、逃げおおせる自信はなく、死の淵が見えそうだった。


(……!!!)


 キジュは、とっさに右腕のリストバンドから三枚カードを取り出すと、一枚を懐にしまい、もう一枚を口に、最後の一枚を左手に握る。

 その直後、水中の泡と同じ運命をキジュはたどった。

 雪の中でもまれ、すぐに上下の感覚がなくなる。

 暗闇の壁にもまれ続け、どれくらい経っただろうか。

 体の移動は止まった。

 途中で押し倒した大木にあたったりもしたが、キジュは傷つくことは無かった。


(やっぱり……こうなると思ったよ)


 体を動かそうとしたが、雪の重さで指一本動かすことができない。

 ぎゅっと握り締めたままの左拳に力をこめながら、頭に炎を思い描き

(ハツ!)

 と念じる。


 すると、左拳から巨大な炎が巻き起こり彼女の体を巻き込みながら、巨大な炎柱がたちあがる。

 炎は彼女の周りの雪を溶かし、彼女に空を与えた。


「思ったより浅かったなぁ。これなら何とか上れるかな?」


 左腕の小盾の裏側に、先程の三枚のカードをしまうと、また、右腕のリストバンドから一枚引き抜く。


「ハツ!」


 カードが光り輝き、中から背負い袋が出てくる。

 その背負い袋を開け、上に上るための準備を始めたのだった。



 辺りは以前とは様子が変わっていた。

 手前に向かって、雪崩のため雪の上に倒れた巨木が、幾本も無残に突き刺さっていた。


「カード使ってなかったら、命無かったな……この様子だと」


 体を金属と同じように硬くし、雪の中で呼吸を助けてくれた二枚のカードを、もう一度取り出し、軽く口付けをする。

 あまりの惨状を前に、彼女は自分が九死に一生をえたことを感謝せずにいられなかったのだ。

 しかし、その感謝の念もすぐ失望の念に代わる。

 スワイライムに向かって歩き出そうと思った時、彼女は自分が今どこにいるのか全く分からないことに気付いたのだ。

 方角を知ろうにも、空は曇っていて、太陽は見えない。

 木の生長の仕方で方角を知る方法もあるが、その木は雪の下だ。

 かといって、ここに立ち止まっていたら、またいつ雪崩に巻き込まれるか分からない。

 あいにく、先程の窮地を救ったカードはない。

 いや正確にはカードは手元に残っているが、その中身はないのだ。

 結局、彼女は勘を頼りに歩き出すしかなかった。



 そして、さらに四日たった今、薄暗い林の木の上で彼女は寝ている。

 日中の太陽を見て方角を調べレイクル山との位置関係で、スワイライムの方向に当たりをつけ歩き続けた。

 夜は寝るわけにもいかず、やはり、星を頼りにスワイライムへと歩き続けていた。

 その疲れが、一気に襲ってきたのだろう。

 彼女が目覚めたのはもう夜中の星座が、夜明けの黎明に消されようとしたころだった。

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