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前世の記憶?

 

「ちょっ……!」 


 と、待てよ。伸ばした手はそのまま目的の人物を捕まえる事無く、むなしく浮かぶ。


 ドタンとそれなりの力で開けられた扉は壁に当たり、中途半端に戻って来て、開いた扉からはバタバタとした足音。ドタバタと階段を下りる音、バタンとリビングの扉を開ける音。

 そして、うちの母親に告げ口をしながら響く陽愛の泣き声。

 さらに、俺のせいで陽愛が泣いているために、

 誠! ひーちゃんを泣かすとは何事だ! あんた今日飯なぁしっ!

 陽愛の泣き声を掻き消す程の大声での、母からの怒鳴り声。


「…………」


 育ち盛りの高校生にその仕打ちはキツイです。お母様。


 なんて、心の中で言い返し。けれど自業自得、やってしまった感。あぁというへこんだ気持ちで浮かんでいた腕を、そこでやっと下ろした。


 ……陽愛が泣いた跡。

 シャツの前部分が全体的に冷たく感じて肌から離すべく、そっとつまんで持ち上げる。

 視界に映るシャツは悲惨すぎるほど陽愛の涙で濡れていた。……鼻水は勘弁しておいて欲しい。

 じっと、陽愛の泣いたあとを眺めて呟く。


「……着替えよ」



 思えば陽愛は小さい頃からどこか周りの子供とは違っていた。


 陽愛の家は勿論の事、我が家を含めた周囲には偶々ご年配、ご老人といわれる年代の人は居なく、その年代の人が好き好んで見る時代劇を誰も教えていないのに嬉々として見て。

 水戸黄門の印籠を指しては、ぱぁと目を輝かせテレビに向かって頭を下げていたのだ。


 悪役やら地面に膝をつき頭を下げる役者達を見て、真似ているのかと仲の良い親達は笑っていたけれど、俺がまだ教育テレビを見ていた頃の話だぞ? それは少し違うんじゃないか?

 子供にしては趣味が渋すぎるだろう。


 だから陽愛の親は、教育テレビのキャラクターを見てもぐずる陽愛の対応策に時代劇を使っていた。

 陽愛の周りのお友達がきゃっきゃとテレビに釘付けになる番組でも、優希は一人そっぽを向いて捲り上げていたオーバーオールの裾を元に戻し長裃にみたて、町奉行の真似をして片肌脱ぎをしようとしたり。


 二家族で旅館に泊まりに行った時には浴衣で必ずやっていた。陽愛のてっぱんだったな、あれ。


 普通の子供なら千葉のテーマパークに行きたがる所を日光に行きたがり、陽愛に甘い親達は嬉々として連れて行って顔を輝かせる陽愛を見て喜んでいた。

 ばしゃばしゃとった写真は今もうちにある。確かに可愛かったけれど。


 そして陽愛はやけにあの村に馴染んでいた。


 成長しても陽愛の時代劇好きは変わらずに、江戸時代のごく一部の知識は俺よりも余程深く知っていて。

 それこそお前、その時代に暮らしていただろう? なんて思うほどの知識量で。


 三つ年の違う俺が通う前からいた爺ちゃん先生には、その趣味ともいえる時代劇好きでお友達、或いは孫の様に可愛がられていると聞いている。


 だから。

 取り立てて陽愛の話は俺にとって不思議でもなく。あぁ、そうかって思う程度だった。 


 陽愛は嘘をつかないし、信じて欲しいとこちらを見る目に偽りなんて見えなかった。

 まぁ、余計な事言って泣かせたのは俺だけど。


 自分の馬鹿さ加減に大きな溜息を吐き出してしまう。


「馬鹿野郎」



 地味に堪える腹の空き具合に、情けなくとも音が鳴る。

 自業自得と諦めて、その仕打ちをベッドに横になり耐えていた。

 更ける夜は段々と暗くなり、静かな辺りにより情けない音が響いて聞こえた。


 そこに、こんこんといった音。

 ここはトイレかとやさぐれながらもはいと返事をすれば、暗い部屋に廊下からの光が入り込む。


「誠ちゃん……」


 陽愛の声。

 腕を枕に伏せていた上体を起こしてそちらを見やれば、光の向きから表情は見えなかったけれどその声音は心配げ。


「ん、」


 返事代わりに一声呟き、暗がりに慣れていた瞳への光の刺激に目を眇めれば、ぱたりと扉が閉められた。


「起こしちゃった?」


 光を遮った扉の前。一転暗い場所に立った陽愛の、見えなくとも分かる眉を下げているだろう表情にいやと返しながら見ていれば、陽愛は一歩部屋に足を進めた。

 といっても、たいして広くもない部屋にその一歩はでかく、直にカーテンが閉じられていない窓から入り込む光の下に入り込む。


 はっきりと見て取れる陽愛の表情は予想した顔そのままで。


「いや、起きてた」


 応えを返せば幾分その表情は緩んで、それからまた眉を下げた。


「誠ちゃん」


 何だと声を出さずに見続ければ、窺うように俺を見てごめんねと謝り、手に持った何かを俺に差し出した。

 目を瞬かせ視線を陽愛の顔から下へと移せば、そこには見事な三角形。


「差し入れ。っていうか誠ちゃんが食べてたはずのご飯の代わり」


「ごめんね」


 ばつが悪そうにまた謝る陽愛から受け取って、すきっ腹にはこれ以上ないご馳走と化すおにぎりを遠慮なく頂いた。


 これだけは部屋に置いてあったお茶を喉に流し込み、人心地つき息を吐く。

 うまかった。


「ごちそうさま。うまかった」


 思ったまま言葉に出せば、陽愛は嬉しそうに笑う。 



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