第七話
「あ、そろそろかしら。」
マーマの合図で蒸籠の蓋を開ける。ふわっと立ち上る湯気の中にはつややかに蒸し上がった餃子が行儀良く並んでいた。
「さあ、熱いうちに食べるわよ。」
「「はーい」」
マーマはあらかじめ作っておいた餃子のタレを用意した。ラー油入りの酢醤油ではなく、酢に少量の醤油を混ぜ、花椒を散らしたオリジナルである。
「いただきます。那就開始吃了。
(ナ- ジウ カイ シ- チ- ラ。)」
「「いただきます。那就開始吃了。
(ナ- ジウ カイ シ- チ- ラ。)」」
「んー、美味しいっ」
「美味しいって言うだけじゃなくて作れなきゃダメなのよ」
「はーい。」
「ねえ、美花、『美味しい』って中国語で何て言うの?」
「『好吃』
(『ハオ チ-』)って言うんだよ、俊也。」
「好吃!マーマ!」
マーマは微笑んでいた。
片付けのあとはマーマが淹れてくれた烏龍茶を飲んだ。烏龍茶のすっきりした味わいが餃子のこってりした脂を流してくれた。
「今日は特別な日だから、これを見せてあげる。」
そう言って、マーマは重厚な漆塗りの木箱から小さな手鞠状のものを取り出した。全体的に薄い焦げ茶で、ところどころにうっすらとした色彩が感じられる程度のものだった。
マーマはそれを大きなガラスの器に入れ、お湯を注いだ。
すると、手鞠状の塊がほぐれてきて大輪の花をえがいた。松の葉で作られた台座に深紅の花が一輪鎮座している。それを囲むように菊の花びらが游いでいた。小魚の群れを模しているのだろうか。
マーマの説明によると、これは工芸茶と呼ばれるもので、花を楽しむ花茶の一つである。もちろん、この茶館《茉莉花》のカウンターにも飾られている。バリエーションはあるが、大抵は茉莉花を金魚に見立てたものが多い。
香りが華やかで強いのが工芸茶をはじめとする花茶の特徴で、味の好みは個人差が激しいところである。
私やマーマは好きなのだが、俊也の口には合わなかったらしい。鼻に抜ける強い芳香と口に広がる微かな酸味と苦味。本当はそれらが相まって甘く感じられるのだが、気持ち悪くなってむせてしまったらしい。
そりゃ、そうよね。日本では花茶を飲む習慣がないものね。菊茶とか桜茶みたいな特別な席で出される特別な飲み物っていうイメージしかないもんね。