賽の河原のお話です :約2500文字
これは現世の出来事ではございません。
人が命を終え、死出の山路を越えたその先――賽の河原での物語でございます。嗚呼、耳を傾ければ傾けるほど、胸の奥が締めつけられるような、なんとも痛ましいお話でございます……。
まだ二つ、三つ、四つ、五つ……十にも満たぬ幼子たちが賽の河原に集められます。
「お父さんに会いたい」
「お母さんに会いたい」
そうして零れる泣き声は、この世の子供の泣き声とはまるで違い、聞く者の骨身に沁み入るほど悲しく寂しいものです。
子供たちは小さな膝を河原につき、冷え切った石を一つ拾っては積み、また一つ拾っては積み重ね、供養塔を築いてまいります。それが賽の河原の決まりであり、幼くして命を落とした者たちに課せられる務めでございました。
一つ積んでは父のため。
二つ積んでは母のため。
三つ積んでは故郷の兄弟や自分自身のために祈りながら。
小さな手で石を抱え、転びそうになりながら運び、涙を拭わぬまま懸命に積み上げる姿は、あまりにも健気で見ているだけで胸が詰まるほどでございました。
ですが……やがて日が傾き、河原に長い影が這い始める頃、地獄の鬼が姿を現すのでございます。
肌は焼け焦げたように赤黒く、裂けた口からは鋭い牙が覗き、肩は岩のように盛り上がっております。手には大人の背丈ほどもある重々しい金棒が握られ、その先端には錆なのか血の痕なのか、赤黒い染みがこびりついておりました。
鬼は積み上げられた石の塔をゆっくりと見渡し、震え上がる子供たちに地鳴りのような低い声でこう告げるのでございます。
「お前たちは何をしている。娑婆に残った父母は供養もせず、ただお前たちを想い、泣き続けている。その嘆きこそがお前たちをこの河原へ縛り付け、苦しめる原因なのである。ゆえに私を恨むでないぞ」
そう言い放つや否や、鬼は金棒を大きく振りかぶり、子供たちがせっかく積み上げた石の塔を無慈悲に叩き崩してしまったのです。鈍い音とともに石は四方へ飛び散り、辺りの石と同化して、後に残ったのはぺたんと座り込む子供たちだけでございました。
それでも鬼は情けをかけるどころか、「積め、積め」と容赦なく怒鳴り立て、子供たちは涙を流しながら再び石を積み始めるのでした。
けれど、どれほど高く積み上げようとも、夜が訪れれば鬼は必ず現れ、またすべてを崩すのです。
それが賽の河原の決まりなのでございます。
やめて、やめて。お願い。お願いです。
どれだけ泣いて縋りついても、鬼は耳を貸しません。「せっかく積んだのに……」と子供たちはしゃくり上げながら、また河原へ散らばった石を一つひとつ抱え直してまいります。
二つ、三つ、四つ、五つ、十、二十、三十――積み上げられる数は子供によって様々でございました。
要領のいい子もいれば、不器用なためにすぐに崩してしまう子もおります。
けれど、子供とは学ぶことに長けた生き物でございます。
積み、崩され、また積み――そうして何度も繰り返すうちに、子供たちは石の重ね方や重心の置き方、石と石の組み合わせ方を少しずつ身につけてまいりました。
四十、五十、六十、七十……。
高く積み上がるほど、その小さな胸は誇らしさで膨らみました。
それでも夜になれば鬼はやって来て、積み上げた石を容赦なく叩き崩すのでございます。
八十、九十、百……。
高く積み上げれば積み上げるほど、崩されたときの悔しさと怒りはより大きくなっていきました。
百、二百、三百、四百……。
子供たちが力を合わせれば、天高く積み上げることもできましょう。
五百、八百、千、二千、四千――。
そして、ある夜のことでございます。
河原へやって来た鬼はびっくり仰天。思わず足を止めました。
そこに築かれていた石の塔は、それはそれは高いこと。これまでとは比べものにならぬほど巨大でございました。夜空に突き刺さるようにずんとそびえ立つその姿は、まさしく圧巻。山のごとしです。てっぺんの石肌は月明かりを受けて鈍く白く輝き、その巨大な影は辺り一帯を覆い尽くし、鬼の足元にまで深く落ちておりました。
あまりの威容に鬼でさえ息を呑み、思わず一歩たじろいだほどでありました。
されど鬼にも矜持というものがございます。たかが幼子の積んだ石に気圧されて引き返すわけにはまいりません。
鬼は鼻から大きく息を吐き、金棒を振りかぶると、「やああ!」と雄叫びを上げ、その巨大な塔へ向かって一気に駆け出しました。
しかし、次の瞬間でございました。
その勇ましい声はぷつりと途切れ、鬼の姿がふっと消え失せたのでございます。
塔の手前には深く大きな穴がぐるりと掘られていたのです。
あまりにも高く積み上げられた石の塔ばかりに気を取られ、その影に隠れた罠に気づかなかったのでございます。
踏み込んだ足が空を切り、鬼は勢いのまま、暗い暗い堀の底へ真っ逆さまに落ちていきました。
その瞬間でした。
子供たちは一斉に駆け寄り、塔の土台に手をかけ、支えとなっていた石を次々と引き抜いたのでございます。
すると――コトン。塔のてっぺんから石が一つ、転がり落ちていきました。
さらにもう一つ、また一つ……。そして次の瞬間、おなかの底まで震わせるような地鳴りが河原一帯に轟きました。
巨大な石の塔は轟音とともに一気に崩れ落ち、無数の石が濁流のような勢いで堀へ流れ込みました。
鬼には這い上がる暇もございませんでした。その巨体も怒号もあっという間に呑み込まれ、幾千もの石の下に生き埋めとなったのです。
子供たちは互いに顔を見合わせると、手を叩いて大喜び。河原には、これまで一度も響いたことない笑い声が満ちあふれたのです。それはまるで現世で鬼ごっこやかくれんぼをして遊ぶ子供たちと何一つ変わらぬ、無邪気で晴れやかな笑い声でございました。
やがて夜が明けると、子供たちはまた石を積み始めました。
一つ積んでは父のため。
二つ積んでは母のため。
三つ積んでは故郷の兄弟や自分自身のために祈りながら。
四つ積んでは鬼を埋めた目印のため。そして――。
子供たちは新たな石の塔を築きながら、やがてまた現れる次の鬼を待ち受けるのでございました。




