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第八章 「二度目の甲子園出場を目指す」

 主人公ハルトがプロ野球選手を夢見てソフトボールから軟式~硬式野球へと取り組み、活躍してプロ野球選手となる物語。しかし、プロ野球選手として全盛期の時期に病に倒れ、プロ野球選手としては選手生命を絶たれてしまう。

 だが、いつも寄り添ってくれる妻ナミがハルトを支え、苦悩を一緒に乗り越え、プロ野球選手ではなく、指導者として歩み続けて行き、プロ野球選手を育てるという新たな目標に向かって走りだす。

 県大会の予選も始まり、スタメンに俺達二年生は三人で控えは五人が選ばれた。

 俺はショートで五番となり、選抜大会と同じく「内野の間か頭を越す打撃に徹し、守備はお前に託す」と監督からの指示だ。

 俺は今大会からバットを指二本から三本程短く持ち、ジャストミートに徹しようと思っていた。筋力が回復すれば打球速も増して来るはずだと思っていた。

 ナミは「リラックス、深呼吸して打席に入ってネ」と言われていた。

 さあ、一回戦が始まり、第二試合の先攻で始まった。初回チャンスが訪れ、一死二・三塁で俺は流してライト前に落とし、二点が入った。

 その後も一点が入り、三対0。

 中盤の五回表には俺はフォアボールとなり、後続のヒットが続き二点が入り、五対0となった。

 後半八回表にダメ押しの二点が入り、七対0で快勝した。

 俺は守備も打撃でも左足には違和感も無く動けホッとした。

 帰りのバスの中で兄いからのメールがあり、おとんは三回目の足の手術が無事終えたと書いてあり、こちらもホッとした。


 県大会は二回戦となり、第三試合の先攻となった。

 俺はスタメンで気合が入り興奮気味だが、グラブや帽子のツバやバッテグロには「基本」や「深呼吸」の文字がデカく書かれていた。ナミが書いたのだ。

 少し恥ずかしかったが、この文字が目に入ると余計な力が抜け、ヒットやナイスプレーが生まれた。

 俺の打席は二回表、先頭バッターで左中間へツーベースヒットで出塁し、六番・七番の連続ヒットで一点が入り、八番・九番もヒットの連鎖で更に二点が入り、一番が右中間にツーベースヒットで更に一点が入り四対0。

 二番が内野ゴロでツーアウト三塁、三番がライトフライでこの回が終わり、四対0。

 三回表は四番がライトオーバーのツーベースで、俺が今大会初のレフトスタンドへツーランホームランを打ち六対0。六番がフォアボールで七番がセンターフライ、八番が内野安打で一・二塁となり、九番がライト前ヒットで満塁になり、一番はセンターフライで一点が入り、二番が内野ゴロでこの回七対0となった。このまま、七回裏が終わり、七対0でコールド勝ちとなった。

 俺はまさかのホームランに興奮していた。

 ジャストミートの延長なのだが、気分は最高潮でバスに乗り込んで学校へ戻り大歓声で迎えられ、その後大石先生宅へ帰宅した。

 先生と奥さんからも祝福され、晩飯が特別に美味かった。

 ナミからメールが届き祝福された。

 また、兄いにメールして俺がホームラン打ったと伝えたら、「すげーな、ハル」と返信があった。


 翌朝は雨で準々決勝は午後からとの事だ。 

 皆、室内練習場で身体を解し、軽くキャッチボールと守備練習をしていた。

 雨はそれ程降らなかったので、グランドのコンディションもそれ程悪くなかった。

 準々決勝の相手は秋の大会で準決勝で対戦したチームだ。

 昨年の試合は僅差だったし、どちらが勝ってもおかしくはなかった。

 試合が始まり、俺達のチームは後攻だ。

 初回から四回までヒットは出るが両チーム共に三塁が踏めない試合だったので試合時間は早かった。

 五回裏、絶好のチャンスが廻って来て、二番がデットボール、三番がフォアボール、四番がライトフライでワンアウト一・二塁。

 俺の番となり、真ん中から外に逃げるスライダーを一・二塁間を越えライトのエラーもあり一点が入り、二・三塁となる。

 六番がセンター前ヒットで一点が追加され、二対0となり、七番がライト前ヒットで更に一点が入り三対0となった。

 後半に入ると相手ピッチャーは交替し、六回裏に三番のソロホームランが出て四対0となり、四番と俺がフォアボールで一・二塁となり、六番がデットボールで満塁となると相手ピッチャーが交替になり、七番がセンターへ犠牲フライで一点が入り五対0となり、八・九番は打ち取られスリーアウトとなった。

 試合は九回表を打ち取り、五対0で快勝した。

 明日は準決勝で全校生徒応援予定となり、学校中が盛り上がっていた。


 翌日、天気は良く気温が高かった。

 学校では熱中症対策や選手のケアをしてくれる方々が内外から駆け付けてくれた事もあり、俺達は全力でプレイができた。

 試合前に軽く身体を解し、キャッチボールや守備練習等を行い、監督から色々と指示があった。

 相手チームは初めて対戦するため、作戦も手探りなのだ。

 ピッチャーは球速が早く、スライダーが武器のようだと話していたが、俺は「球種や球速は関係無く、基本を忘れず打ち返す」と決めていた。

 監督からは「ハル、三遊間か二遊間の打撃に徹してくれ」と指示された。

 

 試合は始まり、俺達は後攻だ。

 うちのピッチャーは初回から連打を浴び、ワンアウト二・三塁のピンチとなり、四番を迎えた。しかし、さっきまでが嘘のようにストライクが入り三振を取ると五番六番と内野外野フライとなり、ピンチを切り抜けた。

 俺達の攻撃は相手ピッチャーの球速と変化球に苦しみ三者凡退となり、二回裏の攻撃で四番がフォアボールで俺の番が来た。

 確かに球は早いが外に逃げるスライダーが緩い時を逃さずセンター前に弾き、一・二塁となった。五番は右中間に運び、一点を居れたが後続が続かず、回は進み六回表となる。

 相手チームは息を吹き返し連打でワンアウト一・三塁となり七番がレフト前に打ち一点が入った。続く八番もライト前に運び、満塁となり、センターフライで一点が追加され二対一と逆転された。

 八回表にも一点を入れられ、三対一と突き放されたが、その裏俺達の攻撃は二番がレフトオーバーのツーベースヒットで出塁し、三番が内野エラーで一・三塁のチャンスとなり、四番がライトへ犠牲フライで一点を返した。

 俺の番で右手のグローブに書かれた「深呼吸」の文字を見て大きく深呼吸をした。

 冷静になり、初球を基本通りのジャストミートで弾き返すと右中間を抜けるツーベースヒットとなり二点が入り三対四と逆転した。

 続く六番もレフト線へツーベースヒットとなり、更に一点が追加され三対五となり、試合は終わった。

 俺達は秋に続き決勝進出となり、スタンドは大歓声で拍手喝采となった。

 試合が終わると監督から「ハル、今日は最高のバッティングだったぞ!」と言われ、気分は最高潮だった。

 皆に身体をバシバシ叩かれ痛かったけど嬉しさの方が勝っていた。

 バスに乗って学校に到着すると学校では理事長や校長が出迎えてくれ、ナミは「ハル、凄くカッコ良かったよ」と出迎えてくれた。

 学校中は大盛り上がりなのだ。


 明日は昼から決勝が行われ、ドーム球場で行うと話していた。

 猛暑過ぎる気候のせいで県の高野連はドーム球場を借りる事にしたそうだ。

 相手チームは昨年秋の大会の決勝で戦ったチームだ。

 メンバーはほぼ同じだが、唯一の違いはピッチャーの層が厚い事だ。

 俺は早く帰っていっぱい寝ようと考えていたが、「ハル、帰ろう!」と後ろからナミがやって来てマンションまでタクシーで連行され、ジュースを呑みながらゲームを三時間程して釈放され、大石先生宅へ帰った。


 翌日、学校へ行くと教員室のあたりがざわついていた。

 すると担任の先生が野球部三年の今日先発予定だった先輩が通学途中に交通事故に合い救急車で病院に運ばれたと話していた。

 すぐに部長先生や監督やコーチが教員室に入り何やら話しをしていた。

 俺達は各教室で朝のHRを終え、部室に行くと監督が「今日の先発を変更し、試合の流れではあまり登板数の無いケンやマサトがリリーフで出てもらう」と話していた。

 後で聞いた話しだが怪我した三年生は左足を骨折したようで全治一ヶ月以上と話していた。

 俺達は室内練習場で軽く身体を解し、守備練習とトスバッティングをしてからドーム球場へ行った。

 今日も全校生徒の応援があり、理事長や校長等も駆け付けると話していた。

 試合が始まり、俺達は先攻で先発ピッチャーは一昨日投げた三年生だ。

 監督は「決勝戦だが、怪我をした選手のためにも絶対に勝ちにいく、いくぞ!」と気合を入れた。


 俺達の攻撃は、一番が内野安打で盗塁を決め二塁となり、二番はライト前に運び、三・一塁となり、三番がセンター前に運び、ノーアウトで一点が入った。二・一塁で四番がセンターフライで俺の番だ。

 俺はライト前に運び、満塁なると五番がセンターフライで一点を追加。

 その後も一点を入れ初回に二点を入れた。

 その裏、うちのピッチャーは冴えわたり、三者凡退となり、二対0で平行線のまま四回表、四番からの攻撃はレフト線ツーベースヒットで出塁し、俺はフォアボールで二・一塁となり、六番がレフトオーバーのツーベースとなり、一点を返した。続く七番がライトフライで更に一点を追加。四対0とワンアウト二塁で八番が内野ゴロでツーアウト二塁。九番がライトオーバーのツーベースで一点を追加し五対0となった。

 五回表は二番がデットボール、三番がセンターフライ、四番がフォアボールで一・二塁となり、俺は初球を右中間へツーベースとなり一点が入ると六番がライトフライで更に一点が追加され六対0となった。

 五回裏からピッチャーはケンが登板し、いいピッティングを見せ三者凡退にし、六回裏はワンアウトから連打を浴び三点を取られたが、ツーアウトで次の打者にヒットを打たれるが、次の打者を内野ゴロに打ち取った。

 俺は七回表にヒットを打つが後続が続かず

六対三のまま七回裏となった。

 七回裏は三年生ピッチャーが登板し、一点を取られ六対四となるが、八回表俺達の攻撃は三者凡退で八回裏を迎えた。

 八回裏はマサトが登板し、初めてマウンドとは思えない程冷静なピッティングで三者凡退に打ち取った。ドームでの初マウンドなのでケンもマサトも緊張と興奮でもいい経験ができたと思う。監督やコーチの評価も上がっていた。

 九回表、俺達の攻撃は八番から始まり、内野安打やライト前にヒットするが、なかなか点が入らず、最終回裏となった。

 最後のワンポイントリリーフは三年生の先輩だ。

 彼は外野の控えだが、元々はピッチャーだったがある病気で一年間野球ができなかったようだ。

 監督が「彼の最後をピッチャーで終わらせたかった」と後でコーチに聞いて

「そういう事があったんだ」と思い、内外野は「絶対取るぞ守ってやるぜ!」と気合が入っていた。

 彼はいいピッティングを見せ、外野へのヒットはあったものの内野ゴロは俺達ががっちり抑え、彼の有終の美を飾り、秋・夏連続の優勝となった。

 マウンドに皆が駆け寄り、三年生のピッチャーを称えた。

 スタンドからの大歓声も凄かったし、気分は最高潮だ。

 表彰式も終わり、荷物をいっぱいに持ち、バスへと乗り込んだ。


 学校へ到着し、荷物を卸し、ユニフォームを洗濯し、ヘルメットやバットを並べてからシャワーを浴び教室へと入って行った。

 その後、全校生徒・教職員が体育館に集まり、監督から皆への感謝を延べ、理事長と校長から労いの言葉をいただき、甲子園での活躍を期待され、大拍手の中で報告会が終わった。

 夕方には食事会が某ホテルの会場で行われると案内があった。

 俺は体育館を出て、おかんと兄いに電話で報告すと兄いは三月に甲子園に都合で行けなかった悔しさがあり「ハル、今度は絶対見に行くよ」と話していた。大石先生の奥さんにも電話で報告すると凄く喜んでいた。

 その後、ナミと優勝を喜び、明日はナミとゲーム三昧の約束をしていた。

 教室に戻り、HRを済ませ部室でバットやヘルメットを磨き、洗濯したユニフォームを干したり、部室の整理整頓をしていた。

 一年生二十五人は一年目から甲子園に行ける事を喜んでいた。


 夕方、食事会(優勝祝賀会)が行われ、たくさんの方々から祝辞をいただき、感謝なのだが、俺達「腹減りボーイ」は早く何かしら喰いたくてたまらなかった。

 乾杯の後、選手他部員は食い物以外には目に入らなかったが、俺の前には大石先生やナミの父親やお世話になっている病院の先生までが参加されていて俺はすぐに挨拶して廻っていた。

 ナミの父から「ハルト君の活躍はいつも拝見してますよ、甲子園でも頑張って」と言われ、俺は「有難うございます」と緊張気味に話していた。

 大石先生はニッコリ笑っていて、別のテーブルへ行った。

 その後、皆腹パンになって送迎バスで各自宅の最寄り駅まで行った。

 俺は大石先生宅に戻り、奥さんにもう一度優勝の報告をした後、風呂に入り爆睡した。

 明日は授業はあるが部活は休みなので、帰りはナミの所でゲームをする約束だ。ナミは「もう一回病院行って身体を見てもらい、マッサージとかした方がいいよ」と言うので、週末行く事にした。

 病院に行き、検査等が終わり、医学療法士の方からマッサージをしてもらうと十七歳の身体でも凝っていたり色々な事がわかるのかと初めて知った。

 「俺はプロのアスリートでも無いのにいいのかな」と思う程だ。

 病院の方々は「やっておいて損は無いよ」と話していた。これもナミに感謝しかない。

 病院から帰り、ナミの所で勉強とゲームをして帰った。


 もうすぐ夏休みに入るが、俺達は甲子園で野球というスポーツで思い出を作る事になるだろうと思っていた。

 夏の全国高校野球大会の壮行会では、理事長や校長やナミの父の激励の挨拶があり、部長先生や監督は深々と頭を下げていた。

 ナミは休み早々海外旅行に一週間程行くらしい。

 その後、甲子園に行くと話していた。

 俺達は甲子園に行くまで練習をしていたので、日焼け止めを塗っても顔や身体は真っ黒に日焼けしていた。

 おかんから電話があり、おとんの手術は全て終わり、だいぶ話せるようになったと話していた。ただし、歩けるようになるまでには相当日数が掛かるようだ。

 また、兄いからの電話で一回戦の試合を見るため宿泊場所の予約と入場チケットを購入したと話していた。二回戦以降は見れないかもと残念に話していた。

  

 甲子園には開会式二日前には現地入りしなくてはならず、新幹線とバスに別れて移動していた。

 宿舎は春とは異なり少し甲子園からは離れていたが高級感のある旅館であった。

 ここはナミの父の知り合いの所で、本館・別館・新館全てを貸し切りにして、学校関係者(生徒含む)と応援に来た父兄も宿泊できるように手配していたらしい。今まで来れなかったOBの方や父兄が観戦しやすく大好評だ。

 兄いにも教えられたら良かったのだが俺もナミも知らなかったので教えられなかった。

 その後ナミは、兄いの宿泊分を確保したと話していたので、兄いが今予約している宿をキャンセルしてもらった。

 兄いは凄く喜んでいて「ハル、ナミさんによろしく言ってくれよ」と話していた。


 開会式当日、曇り空だったがやはり暑かった。

 日が照らないだけでも助かるが、整列している時間が長くキツかった。

 開会式が終わり、第一試合を見ずに練習場へと移動した。軽く練習をして宿舎へ生き、監督やコーチと作戦会議だった。

 俺達の試合は明後日の第三試合だ。

 監督はスタメンを発表し、俺は二番ショートとなり、同級生のケンとマサトはリリーフの予定と話していた。

 ケンは、俺が中学一年生の時の軟式野球チームのチームメイトで、マサトとは高校が最初の出会いだ。

 小学校も中学校も違うが野球を通じ、ケンやマサトは投手、俺は内野手でレギュラーを目指していた。

 その後、俺は一足先に硬式チームへ転籍し、ケンも同じチームにやって来た。マサトは高校で初めてで最初は余り印象が無く、徐々に頭角を表して来た感じだ。

 ケンは球速と伸びのあるストレートが持ち味でマサトは球速もあるが制球が良くスライダーが切れるとコーチ達の評価は高い。

 試合当日、十時に甲子園入りし、身体を解し軽く練習をして試合を観戦していた。

 第二試合が終わり、俺達の練習となった。

 俺達は先攻で守備練習や打撃練習をしていた。

 三月以来の甲子園球場だが、グランドの土が柔らかく感じた。

 「打球速は少し失速する?」と思いながら練習していた。

 俺の体調は絶好調だ。


 試合開始となり、俺達は先攻だ。

 一番はフォアボールとなり、俺の番だ。

 初球が悪送球で二塁に進塁し、俺は次の球を狙うのだが、かなり低めに来て

キャッチャーが球を後ろに逸れるとランナーは三塁に進塁しチャンスだ。

 次の球をセンター前に運び、難なく一点が入った。三番はデットボールで四番がライトオーバーのツーベースヒットで三・二塁となり、五番がライト前ヒットで二点が入り初回三点とした。

 その後、両チーム点が入らず、六・七回はマサトが登板し、四三振の好投を見せた。

 俺達は八回表にチャンスが廻って来た。

 九・一番と出塁し、俺に廻ると初球を左中間オーバーの二点タイムリーで二点が入り五対0。

 三番が内野安打で四番がレフトスタンドへツーランホームランとなった。

 これがダメ押しとなり七対0。

 八・九回にはケンが登板し0点に抑え、初戦突破となった。

 甲子園の大観衆の中、勝つ事の喜びは何とも言えないものがあった。

 ベンチに戻りいっぱいの荷物を持ちベンチから出た。

 皆「腹減った」と話しながらバスへ荷物を入れ、監督とキャプテンがバスに乗り、宿舎へと出発した。


 宿舎に着くと荷物を置き、皆シャワーを浴びた後に軽食(バーガー、デカいサンドイッチ焼きそば、チーズドック)を喰いながらミーティングをしていた。

 監督から次の試合も投手の継投(四人程度)を予定していると話していたし

外野手は前半後半と入れ替える事も話していた。

 今は選手の疲労を蓄積させないため、選手を交代させ身体を休めながら戦う作戦になっていた。その代わり選手層は厚くしないといけないのだ。


 晩飯は十九時からで、明日の練習開始は午前中が中学校のグランドで守備練習を、午後は室内練習場に移動して打撃と走塁練習をじっくり行っていた。

兄いからメールがあり、「初めての甲子園とハルの活躍を見て感動したよ。俺は明日帰るけど、夏休み中にもう一度来ようと思う。ハル、頑張れ!」と書いてあった。俺は凄く嬉しくて明日以降の励みになった。


 二回戦の日は第一試合の後攻で試合が開始された。

 うちのピッチャーは立ち上がりから好調で三振や内野ゴロが連続した。

 打撃は一番ヒットで俺がフォアボール、三番が内野ゴロでゲッツーになり、四番がセンター前に運び一点が入った。

 しかし、その後は続かず、四回裏の攻撃は九番がライト前に運び、一番がセンター前に運び、一・二塁で俺の番だ。

 深呼吸をして打席に入り、初球のやや高めを打ち、レフトフェンス直撃で一点が入り、二・三塁。

 三番が三振で四番がライト線へツーベースヒットで二点を追加し0対四。

 五番がライトフライで六番が内野ゴロ。

 五回表にフォアボールとヒットを打たれ、ピッチャー交替でデットボールとなり満塁。

 続くバッターにツーベースヒットが出て二対四となり、後続を内野ゴロ二つを取るが、ライトオーバーのツーベースを打たれ一点が入り三対四となった。

 六回表にも二点が入り、五対四と逆転され、六回裏に一番から始まり、ヒットで出塁し、その後、二塁へ盗塁。

 俺は初球をセンターオーバーのツーベースを打ち、一点を入れ五対五の同点となり、スタンドの歓声が凄く、続く三番がレフト前に運び三・一塁で四番がフォアボールとなり、五番がライト線へツーベースヒットを打ち二点が入り、五対七と逆転した。

 スタンドもベンチも大騒ぎとなり、いい雰囲気となって行った。

 六・七番が凡退し、八番がライト前へ運び一点を追加で五対八となり、九番が内野ゴロでこの回は四点を入れた。

 七回・八回はマサトが登板し、最終回表にケンがマウンドに昇った。

 球速もあり、制球も良く三者凡退で二回戦も突破した。

 今日の試合はヤバかったが、何とか勝てて皆ホッとした。

 俺達はスタンドに一礼し手を振って、急いでベンチから荷物を出していた。

 皆バスに乗り、宿舎に戻るとシャワーを浴びて昼飯となった。

 テーブルにはたくさんの食べ物が並び腹減りボーイの俺達は昼飯をガッついていた。その時、ナミと友達他十名程が激励と差し入れに駆けつけた。

 「ハル、足とか腕とか大丈夫?」と言って心配してくれたが、俺は特に身体の不安は無かった。ナミ達は皆を労い、帰って行った。

 皆から「あの子、ハルの彼女か?」と言われるが俺は「今は彼女と言うより姉さんみたいな存在だよ」と言うと皆「?」となった。


 三回戦は二日後の第二試合で一番暑い時間帯になりそうだ。

 翌日は午前中グランドで午後は室内練習場で練習をしてから宿舎に戻り、皆で大画面のモニターに映る第三・四試合を見ていた。

 監督やコーチから色々とアドバイス等が話され、明日の試合の作戦を考えていた。

 晩飯後は、スマホでナミとメールのやり取りを寝るまでしていた。

 翌日、宿舎を出て甲子園に向かい、身体を解し、キャッチボールや軽い守備練習と素振り等をしていた。

 監督から「今日はかなり暑いので二回戦と同様に継投と野手の入れ替えもあるので、勝ちたいが君達の身体が大事だ」と話していた。

 第二試合が始まり、俺達は先攻だ。

 一番はフォアボールで俺はレフトフライで三番はフォアボールとなり、四番がライト前に運び満塁となった。五番がライトフライで一点が入り、六番が内野ゴロだ。

 一回裏は三者凡退で二回表に七・八・九番と出塁し、一番がセンターフライで一点が入り、俺は右中間へツーベースヒットで一点が入り三対0で三・二塁。

 三番がライトフライで四対0となり、ランナーは二塁で四番がライト前ヒットで三・一塁。六番が内野安打で一点が入り五対0。

 七番が三振で攻撃が終わった。打者一巡の四点は大きく、前半で試合を決めたようなものだ。この日はマサトとケンの登板は無く、終わってみれば六対0と快勝だった。

 監督は思った以上にいい所で繋がり点が入ったいい試合だったと振り返っていた。

 俺達選手は「暑いから試合が早く終わって欲しい」の一言だ。 

 次は明後日の準々決勝で第三試合となっていた。

 早く荷物を持ち出しベンチを空けなくてはならず、二年一年はいっぱいの荷物を抱えバスへと向かった。

 バスの中は冷房が効いてて、おまけに冷たい飲み物と冷たいタオルが俺達の火照った身体を冷やしてくれた。

 監督とキャプテンを待っている間に眠くなっていた。

 俺は宿舎に着いた頃に起きたが、まだまだ寝ていたかった。


 宿舎に着き、荷物を卸し、シャワーを浴びてから昼飯だ。

 飯喰いながらミーティングもあり、皆腹パンで部屋に戻り昼寝をしていたが、十六時頃コーチに起こされたのだ。

 起きてから再度ミーティングがあり、十八時過ぎまで皆で作戦を話していた。


 準々決勝当日、午前中に軽く練習をし、昼飯後に球場に入った。第二試合の八回裏をモニターで見ていた。

 第二試合が終わりベンチの入れ替えがあり荷物を入れた。

 前のチームのクーラーボックスが置き忘れていたので俺は走って追いかけクーラーボックスを渡すと選手から「有難う、次の試合頑張ってください」と激励され嬉しかった。

 そのチームは負けて帰って行くのに、俺に笑顔でそう言ってくれたので、俺はこの人を見習い「負けても気持ち良く話せるような人間になろう」と思っていた。

 ベンチに戻り、俺は全然知らないあの人に勇気を貰った気がした。

 第三試合が始まり、俺達は先攻だ。

 一番は三振に倒れ、俺は初球をセンターオーバーに運びツーベースヒットで、三番はライト線へツーベースヒットで一点が入った。

 続く四番がフォアボールで五番がレフトオーバーのツーベースヒットで一点が追加され二対0で三・二塁となり、六番がセンターフライで一点が入り三対0、七番がライトフライで初回は三点に終わった。

 その裏、相手チームも連打で三・一塁で三番がライトフライで一点が入り、四番がツーベースヒットで更に一点が入るが、オーバーランでアウトになり、五番が三振で初回は三対二となった。

 マサト五・六回に登板し0封に抑え、七回表に入るとフォアボールと内野のエラーで二・一塁で俺に廻り、三球目のアウトコースをライト線へツーベースヒットで一点が入り四対二となり、三・四番のヒットで更に一点が入り、五対二となった。

 八回裏はケンが登板し三者凡退に抑え、その後九回表が終わり五対二のまま最終回裏、三年生ピッシャーが登板し相手チームのソロホームランで五対三となり、後続にもヒットを打たれるが追い上げはここまでだ。危

 ない場面はあったが、五対三で勝ち進む事ができ、スタンドからは凄い声援があり、整列して応援してくれた方々へ深々と頭を下げベンチに戻るとベンチ内でも喜びが爆発して皆で抱き合って喜んだ。

 すぐに荷物を持ちバスへ移動し、涼しいバスの中で冷たいスポドリを呑んでいた。

 明後日は準決勝でセンバツ優勝校との対戦となる。

 宿舎に戻り、監督はミーティングで「ここまで良く来れたと思う、明後日はそう簡単に点が入らないと思うので、今日と同じ全員野球で何とか相手に喰らい突いて勝ちに行くぞ」と話していた。

 また、スタメンも以下のように変更すると話し、俺は七番ショートとなり、大幅に変更していた。あるコーチは「強豪相手だけどどの打順でも点が取れるよう監督は考えている」と話していた。

 その後、兄いからメールがあり「今日、宿舎に泊まり、明日の準決勝を見る事になったよ」との事だ。兄いは「せっかくだから決勝まで見たいぞ、ハル頑張れ!」と書いてあった。

 決勝まで行けるかわからないが、「やるだけやってみよう」と気合が入るのだ。


 準決勝当日、俺達は第一試合で先攻との事だ。

 試合が始まる直前に監督は「萎縮する事は無い、真っ向勝負で行くぞ!」と俺達に激を入れた。

 今日は兄いがどこかで見ていると思いながらベンチから出て素振りをしていると多くの方々から「ハル、頑張れ!」と声援を貰い嬉しくなった。

 この広い球場の大声援の中でも応援の声が聞こえた事に驚きと感動があり、気合が入っていた。

 一番は粘りに粘って十一球を投げさせ、フォアボールとなり、二番もファールを何回もするとフォアボール、三番はヒッティングでショート頭上を越えるヒットで満塁となり、四番がライト線に二点タイムリーツーベースとなった。ランナー三・二塁で五番が内野安打で一点が入り、三対0。

 六番はフォアボールで満塁とすると俺の番だ。

 スタンドからの歓声が凄く、一か八かの右中間への流し打ちで二点が入り、何と初回に五点を入れた。

 ノーアウト三・二塁で八番がセンターフライで更に一点が入り、九番が内野ゴロでスリーアウトとなったが、初回で六点の猛攻だ。

 うちのピッチャーは大量点を貰い気分が良かったのか四回まで快投が続き、四回裏を終え、六対0のままだ。

 俺達は思いもよらない現実に少し浮かれていたのか、五回裏から相手チームの猛攻があり、一挙四点が入り、六対四と詰め寄られ、六回裏にマサトが登板するも一点、七回裏に三年生ピッチャーが登板しても一点とついに六対六の同点となってしまう。

 これが現実と俺達は円陣を組んで監督から「八・九回の二回しかないが、焦らずに落ち着いて行こう、それだけだ!」とハッパを掛けられた。

 八回表、三番から始まりセンター前ヒットで出塁し、四番がライト前にヒット、六番がフォアボールとなり、またもや満塁で俺に廻って来た。

 内角を攻めて来たり、外に逃げるスライダーを投げたりでなかなか読めなかったが、何と危険球では無いかと思われるインコースで俺は避けきれず左手にボールが当たり押し出しのデットボールとなった。

 この一点が決勝点となり、最終回はケンが登板し0封に抑え、七対六で勝利した。

 運が良過ぎたとしか言いようがないが、うちの高校は夏の大会で初めて決勝に進む事になった。

 振り返れば、八回裏にランナー二人居ても点は入らず、九回裏でも三塁にランナーが居ても点が入らなかったのは、本当にうちのチームは運が良かった。

 選手は喜びたいが決勝進出へのプレッシャーが大き過ぎて、今までとは喜び方の表現が全く違っていた。

 皆で整列し、スタンドで応援してくれた学校の皆と父兄や関係者に深々と頭を下げた。

 急いで荷物を持ちベンチから出ていた。

 バスに戻るとバスの運転手さんが、「凄かったネ、良く頑張ったよ、明日の決勝も頑張って!」と言われて皆嬉しく思っていた。

 宿舎でも玄関で出迎えがあり、皆が喜んでくれた事が嬉しかった。

 皆それぞれシャワーを浴び、昼飯とするのだ。

 昼飯が終わり、ミーティングをしていた。

 監督やコーチは「明日は予想外の決勝戦だ!今まで通り思い切りやるしかない。勝っても負けても良くやったと思う」と話していた。

 俺は今日を経験したので、明日の方が気楽かもしれないと思っていたが、俺以外の選手はプレッシャーに押し潰されそうな感じが漂っていた。

 この雰囲気の中、タイミング良く学校の関係者が激励に来てくださり、ナミも友達と宿舎に来ると話していて「ハル、やったネ」とかナミの友達等が賑やかに激励してくれたおかげで、プレッシャーに押し潰されそうな雰囲気がどこかへ吹き飛んでしまっていた。

 「ナミ、ありがとう、明日も応援よろしく」と言うと「今日、宿舎に皆泊まって明日も応援するよ!」となった。

 兄いからのメールがあり「ハルを応援するあまり、声がかすれた」と書いてあった。

 それでも明日も甲子園で応援するとの事で「有難いし、感謝しかない」と返信した。

 おかんに電話で今日の事等を報告した。

 「ハル、やればできるよ、怪我に気をつけてな」と言われ、感謝しかなかった。

 明日の対戦相手はまだわからないけど、強いチームだから絶対勝つとは限らない事を今日証明したのだから何も緊張する事も無いしやれる事をやるしかないと思っていた。

 

 明日の決勝は昼からで後攻との事だ。

 晩飯まで自由時間となったので、宿舎を出てナミ達とカフェで色々と話していた。

 全く野球の話しではなく、ゲームや恋愛話しが多かった。

 晩飯の時間が近づき、お互い帰った。

 宿舎で晩飯を済ませるとミーティングがあり、明日のスタメン等の話しを監督が話していた。

 先発(三年生二名、中継ぎ(マサト他二名、抑え(ケン他二名)を話していて四番だけが固定でその他は総入れ替えで俺は五番ショートだった。

 今日は早く寝て、朝八時起床と話していて「ゆっくり寝れるゾ~」となった。

 翌朝、八時の目覚ましで起き、朝飯を済ませ、九時半に室内練習場で軽く身体を解し、守備練習をしていた。

 怪我も無く決勝に来れたのはお世話になった皆とナミのおかげと感謝していた。

 球場に向かい、ベンチに荷物を入れ、グランドで打撃と守備練習をした。

 決勝戦のバックスクリーンに映る自分の名前を見て二・三時間後の自分を想像して、スタンドの観客や応援の方々も居て満員になるらしいとの話しだ。

 何か緊張よりワクワクが止まらなかった。


 試合が始まり、俺達は守備に着いて一番打者の球の行方を待っていた。

 待ってましたとショートゴロを俺が捌き、一塁へ送球。大声援の中、塁審の右手は上がり、ワンアウト。二・三番も内野・外野へ球が飛ぶも俺達はアウトにしていった。

 俺達の攻撃も三者凡退に終わり、試合はなかなかヒットが出なく、六回表が終わり、0対0で六回裏、二番からの攻撃だ。

 内野ゴロ、三番はライトフライ、四番はフォアボールで、俺の番だ。

 初球をジャストミートすると何とライトスタンドに打球が吸い込まれツーランホームランとなり、スタンドの声援が凄くて驚きながらホームを踏んだ。

 監督や皆が驚き「ワ~ッ」と両手を上げて出迎えてくれた。

 俺はまだ信じられず、ケンがくれたスポドリを呑んでいた。

 七回にマサトが登板し、八回表に三年生ピッチャーが登板した。相手チームがついに牙を剥き始め、最初のバッターがファースト強襲ヒットで出ると次はセンターオーバーのツーベースで三・二塁。続くバッターもライト線へツーベースヒットであっという間に二点が入り同点となった。

 その後もフォアボールやヒットで追加点が入り、ケンを登板してもこの回六点を入れられ六対二となり、俺達は九回裏に二点を入れるが追いつけず、六対四でゲームセットとなってしまった。

 俺達は野球の怖さ、甲子園の怖さを改めて知った瞬間だった。

 整列し、お互い挨拶をしてベンチに戻るが皆、気が抜けてしまったような感じだったが、部長先生や監督は「準優勝だ!胸を張れ!」と俺達を称えてくれた。

 長い表彰式も終わり、応援してくれたスタンドの皆に深々と頭を下げ、感謝を伝えベンチから荷物を持ってバスに向かうのだ。

 バスの運転手さんに俺達は拍手で迎えられ「良く頑張ったよ、感動したよ」と言ってくれた。

 俺達はバスに乗り込み「有難うございました」と運転手さん感謝を伝え、監督とキャプテンを待っていた。

 宿舎に着くと宿舎の方々が出迎えてくれ、花束をいただいた。

 晩飯は理事長や校長も来て学校の関係者だけで準優勝の祝賀会をすると話していた。

 晩飯は豪華な料理が並び、俺達腹減りボーイは挨拶等が終わるとガッついていた。

 俺達は腹パンになり、宿舎の料理を出してくださった方々に「ご馳走様でした」を御礼を言って部屋に戻った。

 その後、兄いとナミからメールが届き、兄いは「ハルのホームランに感動した。ハル、凄いなあ、最後まで最高だったよ。俺これから帰るよ」と書いてあった。

 ナミは「見たよ、ハルのホームラン凄かったよ!明日何時に帰るの?」と書いてあり、帰りのバスの時間を教えると「私もそのバスに乗る」との返信だ。

 俺は「そんな事できるのか?」と思っていたら何とナミは何故かしら同じバスに乗れる事になっていた。

 翌朝、ナミが宿舎に来て、部員達は皆驚きと不思議そうに思っていた。

 皆そう思うのは当然なのだが、「これがナミのやり方」と俺は心で思っていた。

 バスに乗るとナミは俺の隣に座り、十時間以上も一緒に乗って帰った。

 俺はナミに、「友達は?」と聞くと「新幹線で帰ったよ」と言い、俺は「それでいいのか?」と聞くが「いいの、いいの、帰りはハルと帰るからと最初から話していたから」と言うのだ。ナミは計画的だったのだ。

 バスの中で居眠りしたり、飯喰ったり、しながら各自自宅に近い駅で降りた。

 俺はナミと一緒にナミのマンションへ行き、準優勝のメダルを見せ、その後ゲームで遊んでからタクシーで大石先生宅に帰って行った。

 先生は準決勝・決勝と仕事の都合で甲子園に来れなかったので、俺達の準優勝をテレビで見て、涙したそうだ。

 先生は「感動した、凄いぞ準優勝!」と言ってくれ、奥さんは目に涙を浮かべ「ハルト君凄かったネ、感動したよ」と話してくれ、二人に準優勝のメダルを渡した。

 俺はこんなに喜んでもらえて「少しは恩返しができたかな」と思っていた。

 その後、シャワーを浴びてから部屋に戻りスマホを触りながらいつの間にか爆睡した。

 子供達や子供を持つ大人にも野球を好きになって欲しくて、私なりの世界観をもって描いているものです。興味を持っていただけると幸いです。

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