第五話:第三の勢力
絶望。
その一語が、陸の心を完全に支配した。
ザインの六本の刃が煌めき、逃げ場はどこにもない。
もう、終わりだ。
陸が固く目を閉じた、その瞬間。
甲高い飛翔音が鼓膜を引き裂いた。
そして空から、無数の光の矢が降り注いだ。
それはザインの赤い閃光とはまったく異質の、冷たい青白いレーザー光線だった。
レーザーの群れは、ザインと陸たち、その両方を区別することなく無差別に攻撃する。
ザインは忌々しげに舌打ちをすると、陸たちへの攻撃を中断し、六本の腕を巧みに操ってレーザーを弾き、あるいは切り裂いて回避した。
「な、何なんだ、今度は!」
陸は、目の前で繰り広げられる光の応酬に、声も出せずにいた。
空を見上げる。
いつの間に現れたのか、数十機の黒い戦闘ドローンが編隊を組み、上空を旋回していた。
機体はカラスのように漆黒で、無駄な装飾は一切ない。
機能美だけを追求したフォルム。
そして機首に取り付けられた単眼のカメラアイが、赤い光を点滅させながら地上の全てを冷徹に見下ろしている。
敵の敵は味方。
そんな甘い期待は、一瞬で打ち砕かれた。
ドローン部隊の一部はザインに攻撃を集中させているが、残りの半分は明らかに陸とリラを標的に定めている。
レーザーが二人の足元を薙ぎ払い、金属の地面が爆ぜて溶けた。
「くそっ、どうなってやがる!」
陸はリラを抱えたまま爆風を避け、転がった。
ザインという圧倒的な暴力。
そして、この無慈悲な殺戮機械の群れ。
状況は好転するどころか、最悪をさらに更新していた。
三つ巴。
傭兵、運び屋、そして謎のドローン部隊。
三者が互いを敵と認識し、この狭い工場の一角で、混沌の極みのような戦闘を繰り広げている。
ザインが雄叫びを上げた。
六本の腕が残像を描き、飛来するレーザーを全て叩き落とす。
そして壁を蹴り、一体のドローンに跳びかかると、エネルギーブレードで機体を一刀両断にした。
爆発するドローン。
だが、ドローンは怯まない。
一体墜とされれば、二体がその穴を埋める。
彼らの動きに感情もためらいもない。
ただ、プログラムされた通りに目標を排除するためだけに動いている。
その機械的な連携は、ザインの個人的な武勇を、じわじわと、しかし確実に削り取っていた。
「リラ、今のうちに逃げるぞ!」
陸が叫ぶ。
だが、リラからの返事はない。
彼女は金縛りにあったかのようにその場に立ち尽くし、空を舞う黒いドローンの一群を見つめていた。
顔から血の気が引き、紫紺の瞳が、これまでに見たことのないほど大きく見開かれている。
「リラ? おい、どうしたんだ!」
陸が彼女の肩を揺さぶる。
リラははっと我に返ると、震える指先で一体のドローンの機体を指し示した。
漆黒のボディの翼の付け根に、小さな白い紋章が刻まれている。
円の中に、剣と砂時計を組み合わせたようなデザイン。
「……あの紋章……」
リラの声はか細く震えていた。
「嘘だ……なぜ、奴らがここに……」
「奴らって、誰だよ!」
「……クロノス・オーダー」
その名を口にした瞬間、リラの顔から全ての感情が抜け落ちた。
憎しみでも、怒りでもない。
もっと深い、どうしようもない絶望と、宿命を前にしたかのような諦観。
陸はその名前を聞いたことがない。
だが、その名がリラにとってどれほど重い意味を持つのか。
彼女の表情だけで、痛いほど伝わってきた。
彼女がアルカディア・ネクサスの隠れ家で、一人密かに追い続けていた何か。
彼女の過去に深く関わる何か。
それが今、漆黒の殺意となって二人の目の前に現れたのだ。
ズドオオオオン!
すぐ近くで、巨大な爆発が起きた。
ザインが切り裂いたドローンが、近くの燃料タンクに引火したのだ。
巨大な火柱が上がり、爆風が三者を襲う。
「――っ!」
陸は咄嗟にリラの身体の上に覆いかぶさり、衝撃に備えた。
熱風と衝撃波が全身を叩く。
混沌はさらに、その度合いを増していく。
この地獄のような戦場で、生き残る術はあるのか。
陸の脳裏に、再び「絶望」の二文字が浮かび上がろうとしていた。




