第十話:新たな目的地
『星渡りの異邦人』。
リラが口にした予言の言葉は、重く不気味に、静まり返った動力炉区画に響き渡った。
陸は言葉を失っていた。
偶然この世界に迷い込んだのではなかったのか。
自分の存在そのものが、この世界の何かの引き金になっているというのか。
混乱する頭では、思考がまとまらない。
その重い沈黙を破ったのは、ザインの乾いた笑い声だった。
「……ハッ。予言だぁ? 神々の力だぁ? くだらねえ。俺が信じるのは、自分の腕と、このスキルチップの力だけだ」
彼は壁に手をつき、よろよろと立ち上がった。
全身は満身創痍のはずなのに、金色の瞳の光は少しも衰えてはいなかった。
「嬢ちゃん、面白い話を聞かせてもらったぜ。おかげで今回の依頼が、いかに割に合わねえクソ仕事だったか、よく分かった」
ザインは吐き捨てるように言うと、リラと陸を交互に見た。
「今回の報酬は奴らにくれてやる。だが次はこうはいかん。クロノス・オーダーだろうが、クロノス・インダストリーだろうが、俺の仕事の邪魔をする奴は容赦しねえ」
そう言い残すと、彼は背を向け、闇の中へ歩き出した。
「おい、どこへ行くんだ」
陸が思わず声をかける。
「さあな。地上に戻って、一杯ひっかけるとするか」
ザインは振り返らず、片手をひらひらと振った。
「じゃあな、異邦人の坊主。それから情報屋の嬢ちゃん。お前らのその力、覚えておくぜ。……次に会う時は敵だがな」
その言葉を最後に、彼の姿は地下迷宮の闇の奥へ完全に消えていった。
嵐のような男だった。
敵であることは間違いない。
だが、あの背中はなぜか、少しだけ頼もしく見えた。
後に残されたのは、陸とリラ、二人だけだった。
ザインが去ったことで張り詰めていた糸が切れ、陸はその場に座り込む。
どっと疲労が押し寄せてくる。
「……帰るか」
陸が呟いた。
「俺たちの街へ。アルカディア・ネクサスへ」
「……そうだな」
リラも静かに頷く。
だが、その声には以前のようなビジネスライクな響きはなかった。
二人の旅は、もはや以前と同じものではなくなってしまったのだから。
「なあ、リラ」
陸は俯いたまま尋ねた。
「さっきの予言の話。あれは本当なのか。俺がこの世界に呼ばれたのは……」
リラは静かに陸の隣に座り、重い口を開いた。
「……分からない。私にも全てが分かっているわけじゃない」
「その予言も、私が集めた膨大な情報の中の、ほんの断片の一つに過ぎない」
彼女はそこで一度言葉を切り、陸の顔をまっすぐに見つめた。
「だがな、陸。私は今回の一件で確信した。クロノス・オーダーの動き、奴らが狙う古代文明の遺産、そして、あんたがこの世界に現れたという事実。……その全ては、どこかで繋がっている」
紫紺の瞳は、これまでになく真剣だった。
そこには、もはや個人的な復讐心だけではない。
もっと大きな、この世界の謎そのものに挑もうとする、探求者の光が宿っていた。
「私は奴らを追う。奴らの目的を突き止め、その野望を阻止する」
「それが私の一族の悲願であり、今の私の目的だ」
そして、リラは続けた。
「その先に、あんたが求める答えもきっとあるはずだ。あんたが地球へ帰るための情報」
「そして、あんたがなぜこの世界に呼ばれたのか。その理由もな」
リラの言葉は静かだった。
だが、一言一言が陸の心の奥深くへ染み渡っていく。
故郷へ帰る。
その個人的な目的が今、この世界の巨大な謎と結びついたのだ。
もう、これは自分一人の問題ではない。
陸はゆっくり顔を上げ、リラの目を見返した。
「……分かった」
彼の声に、もう迷いはなかった。
「行こう、リラ。俺もあんたと一緒に戦う。あんたの目的は、俺の目的だ」
それは、新たな契約の瞬間だった。
金や取引だけの関係ではない。
同じ目的を持ち、同じ運命を共にする、真の「パートナー」が誕生した瞬間。
リラはその言葉を聞くと、初めて心からの笑みを口元に浮かべた。
「……当たり前だ。あんたは私の相棒なんだからな」
二人は立ち上がった。
身体はまだ傷つき、疲れ果てている。
だが心は、不思議なほど晴れやかだった。
新たな羅針盤は示された。
旅は、まだ始まったばかりだ。
二人は地上へと続く光を目指し、再び歩き始めた。
その足取りは力強く、そして確かだった。




