陽はママとはちがう?
私は、死んでもいいと思っていた。
だけど──
男の人
「オレと! どこか遠くへ、逃げない⁉」
気づいたら、窓から部屋に戻ってた。
ママにもらったぬいぐるみと一緒に、家から飛び出した……。
……初めて乗る、大きくて揺れる乗り物の中で、男の人にきかれた。
男の人
「おうちに、帰りたい?」
恵
「えっ……」
(……わかんない……つい、来ちゃったけど……でも……)
私はうつむいた。
恵
「わかんない、です……」
それから、
男の人と車に乗って、どんどん暗いところへ進んで行った。
車を降りて、絵本でしか見たことのない、黒い森を歩いた。
恵
(どうしよう……知らないところにきちゃった……)
後ろを向いた。
恵
(でも……どうやって帰ればいいんだろ……
きっと、ママが探してる……
………でも……)
……男の人に、ついていった。
◇ ◇ ◇
……絵本の中みたいな、かわいい家に入った。
絵本の中では、お菓子でたくさんだった。
この家はちがうけど、なんか、ホッとする……。
男の人のご飯は、とってもおいしかった。
茶色くてサクサクして、じゅわっとしたのが、いちばんおいしい!
でも……
ママ
「そんなガツガツ食べちゃダメよ、
みっともない。女の子でしょ?
女性らしく、落ち着いて食べなさいよ」
ごはんの時はママにいつも、怖い目をされた。
恵
(どうしよう……女の子らしく食べるの、忘れてた……!
怒られちゃうかも──)
男の人「どうしたの?」
恵
「‼」
(おこられる‼!)
目をぎゅっとつむった。
男の人
「……もしかして、まだ足りない、とか……
嫌いなものを、ムリして食べたとか……?」
恵
(え⁉)
目を開けると、男の人は心配そうに私の顔を見ていた。
恵
(……怒られない⁉)
「……な、なんでもないです……!
……ごはん、すごくおいしかったです!
ごちそうさまでした」
男の人は、ゆめのよう、という名前だった。
よう、って呼んでいいみたい。
私も、白雪恵といった。
そしたら、「メグ」って呼んでもらえた。
ママにはいつも、めぐみ、って呼ばれてるけど……
メグって呼ばれたのが、なんだかうれしくて──
私はこの日から「メグ」になった。
……次の日。私はコップを割ってしまった。
途端に、目の前にママが浮かんできた。
ママ
「何してるのッ⁉」
メグ
「‼」
ママ
「とっとと片付けなさいッ!」
メグ
(あ……ああ、早くしないと!)
ママ?
「メグちゃん、ケガしてない⁉」
メグ
「‼」
(ママは、メグちゃんなんて呼ばない――……)
陽が近くに来ていて、私の顔をじっと見ていた。
……ぐらりと景色が揺れた。
ママ
「なに、ぼさっとしてんのよ、とっとと片付けてッ⁉ アンタのせいでしょ⁉」
メグ
(わ、わたしが……わたしの、せいで……!)
割れたコップに手を伸ばした。
ぐっ! と、腕が引っ張られた。
メグ
「⁉」
ママ?
「オレが片付けるよ」
……陽が、私の腕を掴んでいた。
メグ
「!」
(でも、でも……!)
ママ
「なにしてんの……? はやくしなさいよ!」
メグ
「で……でも!
私が! 私が、割っちゃったから……‼
だ、だから、わた、わ、私が……っ!」
陽
「……大丈夫。オレは気にしてないよ、そういうの。
メグちゃんが割ったから、メグちゃんが必ず片付けなくちゃいけない……
っていうのは、ないと思ってる」
メグ
「……で、でも……っ‼」
陽
「だいじょうぶ。
……今回は、オレが片付けるよ。
今回はオレのを見てくれれば、じゅうぶんだから」
メグ
(……あれ……この人、ママとは……)
──目の前のママが、薄くなっていく気がした。
◇ ◇ ◇
……私は、陽がコップを片付けてくれるのを、ジッと見た。
メグ
(でも、いつかは……私がまた割ったら、
陽と同じ方法で完璧に片付けなきゃ、いけないんだ……。
できないと、怒られるにきまってる……)
そのあと、陽が外に出た。
メグ
(どうしたんだろ)
わたしも、あとをついていった。
◇ ◇ ◇
──ガッ、と音がして木が割れる。
陽はまた、木を置いて刃物でそれを割る。
ガッ――
メグ
(腕をあげて……木を割って……また、腕をあげて──)
ママ
「何してるのッ⁉」
メグ
「‼‼」
ママ
「悪い子ね!」
バシンッ‼
メグ
「ひぃっ!」
ママ
「……?」
ママが、近づいてきた……!
メグ
「こっ、こないで‼」
目のあたりが熱い……。
ママ
「……‼」
ママは何かに気づいたみたいに、手を見た。
そのままその手を降ろして、両手を上げた。
ママ?
「めぐちゃん」
メグ
「え……?」
(ママは私のこと、恵って……)
??
「大丈夫、大丈夫だから……オレはキミに何もしない。
斧だって置いた、だから、大丈夫」
メグ
「………………」
……ママの顔が、
……陽の顔になっていく……
メグ
「あっ」
……真面目な顔の陽が、そこにいた……。
メグ
(ママじゃない……陽だった……。……今、わたし……)
陽
「ごめんね、勝手にこんなところに連れてきちゃって……」
メグ
(え?)
陽
「怖い、よね……怯えるのも当然だ」
メグ
(………怖い、けど……
……けど……陽じゃない……
怖いのは、ママなの……)
◇ ◇ ◇
私と陽と、
なぜか家のところにいた女の人は、家に戻った。
リビングで、陽はカラフルな本を読み始めた。
……なんだかまだ怖くて、私は陽をジッと見ていた。
……そうしているうちに、なぜか、陽と女の人が外に出た。
ふたりが戻ってきたときには、女の人がぐったりしてた。
女の人は具合が悪くなってしまった、
橋が落ちて、他のところに行けない、と陽に教えてもらった。
メグ
(じゃあ、わたしはずっとここに……)
……すこし、胸のあたりが軽くなったような……。
……そのあと、陽はまた奥に引っ込んだ。
メグ
(なにするんだろ)
陽はキッチンで野菜を出していた。
ママ
「アンタは勉強できないんだから、家事くらいしっかりやりなさいよ」
メグ
(て、手伝わなきゃ!)
「な、なにか手伝った方がいいですか?」
陽はチラッと台を見た。
陽
「ううん、平気だよ。危ないからね。でも、ありがとう」
メグ
「‼」
(あれ……?
この人、ママとはちがう……???)
……夜ごはんの時も、私は特に何もされずにおわった。
昨日食べた時と同じで、怒られなかった。
……陽と女の人は、話していたけど……
なんだか、怖かった。
夕ご飯の後、陽は部屋を暗くして、暖炉の前に座った。
メグ
(さっきの、外のこと……
謝らせちゃったけど、言った方がいいのかな、
……陽じゃなくて、ママが怖かったって……)
陽
「メグちゃん」
……陽は優しい目で、ジッと私をみている……。
メグ
「あ! ……えっと…………」
(謝らなきゃ、でも……
陽が怖いのも、ほんとう……)
ママにもらったくまのぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめた。
メグ
「あっ」
(これだ!)
私は慌てて陽の横のソファーにぬいぐるみを置いて、ソファーの後ろに隠れた。
陽
「…………」
メグ
(ど、どうしよう……何してるんだろ、わたし……)
陽
「ごめんね、キミの大事なお友だちを怖がらせちゃって」
メグ
「えっ⁉」
(この人……わかってるんだ!)
陽
「斧もそうだし、……ここに連れてきたことも……
ごめん。
でも……メグちゃんがすごくつらそうで……
……あのままだと、窓から落ちちゃいそうだと思ったから…………
許されないことだけど……ほんとうにごめん」
メグ
「だ、だいじょうぶ!」
陽
「!」
メグ
「……怖いけど……
でも、悪い人じゃないかも?って思ってるよ!」
私は息をのんだ。
メグ
(えっ、わたし、何言ってるんだろ、
……つい……でも……
ほんとうのことだけど……)
陽
「……オレが安全だって、何も痛いことはしないって、
どうしたら分かってもらえるかな? キミのお友達に」
メグ
(え? それは……)
陽
「……ごめん、キミに聞いてもわかんないか」
陽はつらそうに笑った。
メグ
(それは……!)
「叩いたり殴ったりしないって、
約束してくれればいいって!」
メグ
(……言っちゃった)
陽
「わかったよ」
メグ
「‼」
陽
「オレは何があっても絶対に、
メグちゃんのことを叩いたり殴ったりしない。
約束する」
メグ
(……この人……やっぱり……
ママとは違うのかも)
陽
「……もし、オレがこの約束を破ったら……
どうすればいいかな?」
メグ
「破ったら、家から落ちちゃうって!」
(……あ、言っちゃった……)
陽は下を向いた。
陽
「それは……つらいな……」
メグ
「え…………」
(この人、優しいのかも……)
陽
「オレが誘って連れてきたからには、
絶対にそんなことはさせない。
約束する」
暖炉の火で赤い陽の顔は、すごく真面目だった。
メグ
(……しんじても、いいのかも……)
陽はぬいぐるみの腕をにぎった。
陽
「嘘ついたら針……じゃない、
メグちゃんが家から落ちちゃうー、指切った!」
メグ
「た‼」
◇ ◇ ◇
メグ
(……約束……)
……ベッドで、さっきの陽の言葉を思い出した。
陽
「その子、かわいいね」
陽は私のぬいぐるみを見た。
メグ
「ママに、もらったの……」
思わず、そう言った。
ママが、まだ優しかったときにもらったんだ。
メグ
(まだこわい、けど……
もしかしたら、陽はママとは――……)
目を閉じた。




