斧
オレは女性の使った食器を片づけた後、リビングを見渡した。
朝に掃除をすませたリビングは、キラキラと輝いている……。
夢野陽
「暇だな……」
メグ
「……」
メグちゃんは不安そうな目をオレに向けている。
彼女を安心させたくて、オレはニコッと微笑んだ。
夢野陽
「……あ」
ふと、メグちゃんの奥に目が行った。
そこには暖炉が置いてあり、脇に積んでいた薪が残り少なくなっていた。
夢野陽
(今のうちに割っておこう)
オレは玄関を指さし、
夢野陽
「薪を割るから、外に行くね」
メグ
「あ、は……うん」
オレは家を出て、薪割りの用意をした。
◇ ◇ ◇
――バキッ、と心地よい音がして、薪が割れる。
夢野陽
「ふう……」
……十本ほど割ったところで、息を吐いた。
ザッ……
夢野陽
「!」
音に振り向くと、
夢野陽
「……あ、メグちゃん」
木の陰にメグちゃんがいた。
夢野陽
「どうしたの?」
彼女は大きな目をさまよわせる。
メグ
「あ、え、えっと…………」
夢野陽
「……もしかして、うるさかった? ごめんね」
メグちゃんはぶんぶんと首を横に振った。
夢野陽
「そう? ならよかった」
メグ
「…………」
彼女はオレの手にある斧を、ジッと見ている。
夢野陽
「ああ、これ? 斧だよ、これで薪を割ってるんだ。
……薪割り、知ってる?」
彼女はまた、首を横に振った。
夢野陽
「これでね、こうやって……」
オレは一本、薪を割ってみせた。
夢野陽
「こうして、薪を割ってるんだ。家にあったでしょ、火のつく暖炉。
あれに必要なんだ、そろそろ新しいのも用意しなきゃなと思ってね。
……まあ、都会に住んでるとなかなか見ないよねえ」
メグ
「あ、あ、あの……手伝った方がいい、ですか?」
夢野陽
「‼」
……メグちゃんは、険しい表情をしている……。
夢野陽
(……どうしたんだ? ……怯えている……?
怖いのか? ……オレが?
……それに、なんで、手伝おうなんて……。
……気持ちはありがたいけど、この作業は明らかに危ない……)
オレはまた、彼女に微笑んだ。
夢野陽
「大丈夫だよ、危ないから、オレがひとりでやるよ。ありがとね」
メグ
「は、はい…………」
……彼女はその場から去るかと思ったが、
硬い表情のまま、ジッとオレを見ている。
夢野陽
「…………見る? 薪割ってるところ」
メグ
「は、……うん」
メグちゃんはうなずいた。
◇ ◇ ◇
女性
「……ん……」
目が覚めた。
女性
「…………」
頭を動かし、辺りを見る。
女性
(ああ、そうだ……わたし……
どうしても食べ物が欲しくて、ふらふら歩いて……
それで……いつのまにか、変な男に看病されてたんだ)
口の中に、さっき食べた粥の味が広がる。
女性
(あの男、小さな女の子を誘拐して……明らかに怪しいヤツだった。
が……あの粥だけは、うまかった。
……まあ、それだけで信じるワケじゃないが)
上半身を起こし、腕を組んだ。
女性
(……だが、あの男の話はメグという女の子の話とも、矛盾はない……。
……昨日この家にやってきて、もう口裏合わせするとは思えんが……)
「……うたぐりすぎか?」
……そんな言葉が、口からポロッと出た。
女性
(……いや、疑うにこしたことはない。
この状況からして、疑うなという方が無理がある。
成人男性が幼い女の子を山奥の家に連れてきたんだ。
──それに……
私は、これまで何度も傷ついてきた……)
窓の方を見る。
雲一つない青空が、どこまでも広がっている。
女性
(……もう、傷つきたくない……
だから、他人をカンタンに信じるわけにはいかないんだ)
「……ん?」
目線を下におろすと、
あの怪しげな夢野とかいう男が、斧を振りかぶっていた。
女性
「⁉ ……ああ、なんだ、薪割りか……」
ほっ、と口から息が漏れた。
夢野が斧を使って、木片を二つに割っている。
その奥にメグという少女がいて、ジッと夢野を見ている……。
女性
(あの子、警戒している顔だな。……まあ、当たり前だ。
……あの男がいつ、あの子に襲い掛かるか……分かったもんじゃない。
……監視しておくか……)
ベッドから立ち上がり、部屋を出た。
◇ ◇ ◇
木を切り株の上に置く。斧を振り下ろして、割る。
……その単調な作業を繰り返すうち、
オレの頭にはこれまでの情景が浮かび上がってきた。
……大変だった就職活動。
満員電車に乗り、会社に通った日々。
……屋敷の窓で見た、メグちゃんの泣きそうな顔。
疑いの目を向けてきた、謎の女性──。
夢野陽
「…………」
(……まさか、こんなことになるなんて……。
でも…………オレの始めたこと、なんだよな)
??
「ひぃ……‼」
夢野陽
「⁉」
声に振り返ると、
メグちゃんが目を見開いてオレの方を向いたまま、後ずさっていた。
メグ
「……やめて……やめて……」
夢野陽
「……メグちゃん?」
その怯えた表情に向かって、オレは一歩踏み出した。
メグ
「こ、こないで……!」
メグちゃんの目から、大粒の涙がボロッとこぼれた。
夢野陽
「……‼」
……涙にぬれた彼女の目は、オレの手元を凝視している――
夢野陽
(斧か‼)
メグちゃんを見つめながら、斧をその場に置き、両腕をあげた。
オレはその場から声をかける。
夢野陽
「……めぐちゃん」
オレは微笑んでみせた。
夢野陽
「大丈夫、大丈夫だから……。
オレは、キミに何もしない。斧だって置いた。
だから、大丈夫……」
メグ
「………………はっ」
メグちゃんの目が何度も瞬いた。
その目はぼんやりと、オレを見つめている……。
メグ
「あ、……いま、わたし…………」
夢野陽
「…………」
(……当たり前だ。
こんな山奥に連れてこられて……
自分より大きい男が斧を持っているのを見たら、
怖くなるのは当然だ……)
オレはうつむいた。
夢野陽
「…………ごめんね。勝手に、こんな場所に連れてきちゃって」
メグ
「!」
メグちゃんの身体が震えた。
夢野陽
「怖いよね……怯えるのも当然だ」
(いくら、悪気がないことを示しても……怖い、よな……)
「……もうだいぶ薪を割ったから、今日はこれで終わりにするよ。
……寒いから、家に戻ろうか」
メグちゃんはうなずいた。オレは斧と薪を手に取り、家の方を向く。
夢野陽
「あ……」
名前も知らぬあの女性が、玄関のドアに寄りかかっていた。
彼女は腕を組み、鋭い目で、オレを見ている。
夢野陽
「……見てたんですか?」
女性
「……」
女性は振り向いて、家の中に戻った。
夢野陽
「…………」




