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【完結済み】The Safe House  作者: さかな煎餅
第4章「俺たちの家」
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【最終話】俺たちの家

予想通り――数年も経つころには、被害は収まっていった。

ネットで誹謗中傷されるのも、

家に見知らぬ人がやってくるのも、

ドアに落書きされるのも、

ポストに不要なものが入れられるのも、じょじょに減っていった……。

そして――十三年の時が過ぎた。


   ◇ ◇ ◇


夢野陽

「ふんふ~ん♪」


オレはマンションのキッチンで、鍋から唐揚げを上げた。

ひとつつまみ、端を食べてみる。


夢野陽

「うん、うまい」


ガチャッ、と玄関の方から音がした。


氷室零

「ただいま」


オレはリビングに顔を出した。

ワンピースを着た彼女が、バッグをテーブルに置いていた。


夢野陽

「おかえり、零ちゃん」


   ◇ ◇ ◇


オレと零ちゃんは、リビングのテーブルで向かい合って座り、手を合わせた。


夢野陽、氷室零

「「いただきます」」


零ちゃんは唐揚げを箸でとり、口に入れた。


氷室零

「うまい。お前、また腕上げたな?」

夢野陽

「そうかなあ」

氷室零

「ああ」


彼女は唐揚げをジッと見つめ、ふっと微笑んだ。


氷室零

「唐揚げ、か……懐かしいな」

夢野陽

「懐かしい? ……メグちゃんのこと?」


彼女はうなずいた。


夢野陽

「たしかにね。

……メグちゃん……いつも、何食べたい?

って聞いたら……唐揚げをリクエストしてくれてた……。

――もう、十三年前か……」


零ちゃんはかぼちゃの煮物を口に入れ、飲み込んだ。


氷室零

「――今日な、メグと似たような境遇の女の子が来たんだよ」

夢野陽

「!」


零ちゃんは児童相談所の職員をやっている。

その相談者、ということだろう。


夢野陽

「そうなんだ……」

氷室零

「ああ、厳密には少し違うけどな。

共働きの両親の家で……

一緒に暮らしている祖母には、勉強をしろとしつこく言われていて……

学校ではいじめを受けているらしい。

……ネットで自殺の方法を調べている時、私たちの連絡先を知って、来てくれた」


俺は箸を置いた。


氷室零

「……その子の顔もどことなくメグと似ていてな……

メグを見ているような、気がした……」

夢野陽

「そうなんだ……」

氷室零

「おばあさまは話をしたがらなかったが、両親はこちらの話を聞いてくれてな。

おばあさまを説得して、なんとか、家庭内で解決しそうだ」

夢野陽

「それはよかった……」


オレは息を吐いた。

零ちゃんは水を飲み、うなずいた。


夢野陽

「……メグちゃん、今、どうしてるんだろう……」

氷室零

「私も思ったよ」

夢野陽

「うん………」


テーブルの上の両の拳を握った。


夢野陽

「メグちゃんに会いたい――

でも、加害者と被害者が会うのは……」


零ちゃんも箸を置き、指を組んだ。


氷室零

「……もう、いいんじゃないか?」

夢野陽

「えっ?」

氷室零

「あれから、十三年も経つんだ。もう過去のことだよ」


オレは目をさまよわせた。


夢野陽

「でも、よくないよ……」


零ちゃんはオレの目を、ジッと見つめた。


氷室零

「……お前がいいなら、それでいいがな……」


彼女は箸をとり、唐揚げをつまんで口に入れた。


夢野陽

(本当は、会いたい。でも………)


   ◇ ◇ ◇


オレは夕食の片づけを終え、自分の部屋に入った。

机の引き出しを開け、奥に手を突っ込む。

指先に、分厚い紙の束が触れた。


夢野陽

「これだ……」


紙の束――十三年前に書いた小説を、取り出した。

両手で小説を持ち、ジッと見つめる。


夢野陽

(会えなくても――ここに……)


オレは椅子を引いて、パソコンを開いた。


   ◇ ◇ ◇


数週間後の夕食のあと――

オレは自室に、零ちゃんを呼んだ。


氷室零

「どうした? 連載小説の相談か?」


オレは首を横に振った。


夢野陽

「仕事の話じゃないよ。

……いや、まあ、仕事とプライベート半々、ってところかな」

氷室零

「ほう」


オレはパソコンのスリープを解き、あるワードファイルを開いた。


氷室零

「これは……十三年前に書いた、お前の小説か」

夢野陽

「そう。……プロになる前に書いたものだから、目も当てられないけどね。

最近、話の順番を変えたり、文章を直したり、色々と書きなおしたんだ」

氷室零

「読んでいいか?」

夢野陽

「もちろん。そのために呼んだんだ」


零ちゃんは椅子に座り、マウスを握った。

俺は紅茶を淹れ、彼女の脇にマグカップを置く。


氷室零

「…………」


彼女は画面にくぎ付けだった。

俺は自分の紅茶をすすり、ベッドに腰掛けた。

しばらく、俺たちが紅茶をすする音、

カチカチという壁の時計の音、

外で降っている雨の音が響いていた……。

――数時間後、零ちゃんが画面から目を離した。


氷室零

「……懐かしかったよ。読ませてくれてありがとう」


彼女は椅子に座ったまま背伸びをして、


氷室零

「改めて、こうして文章になっていると……

なんだか、感慨深いというか……不思議な気持ちだ」

夢野陽

「分かるよ。当時はそんなつもりで生きてきたわけじゃないからね」


零ちゃんはうなずいた。


氷室零

「明理紗さんの部分は、本人に話を聞いたのか?」

夢野陽

「いや、ほとんど俺の想像だよ。あの記者さんの記事を元に、色々考えてみたんだ」

氷室零

「なるほど……」


彼女は画面を指さした。


氷室零

「無粋なことを言うが……この話にはオチがあるのか?」

夢野陽

「オチ?」


彼女はマウスを握り、画面をスクロールする。


氷室零

「こうして……今までのことを書いていったわけだろ?

……最後は、どうなるのかと思ってな」

夢野陽

「最後……」


……まったく、考えていなかった。


氷室零

「まあ、こうしている今も、

現実で、私たちの人生は進んでいる……

オチを求めるのはおかしな話だな。

……それに、この小説は誰に見せるわけでもないんだろう?」


俺はちらと、ワードファイルの隅の方を見た。

文字数は十六万を超えている……。


夢野陽

(こんなに書いて……他の誰にも見せないのは……)


俺は腕を組んだ。


夢野陽

「……それでいいのかな……」


零ちゃんは目を見開いた。


氷室零

「……まさか、出版するのか?」

夢野陽

「……十六万字も書いてきて、それを俺と零ちゃんだけで独占するのは、

なんだか……もったいない気がするんだよ」


零ちゃんは眉をひそめた。


氷室零

「……お前がそうしたいのなら、止めはしないが……

覚悟は、できてるんだろうな?」

夢野陽

「覚悟? 何の?」

氷室零

「誹謗中傷だよ。忘れたわけじゃないだろ、十三年前はひどかったじゃないか。

ネットに、家凸に、落書きに……。

お前がこの小説を捨てようと思うまで追い詰められてたの、忘れたのか?」

夢野陽

「誹謗中傷……」


誘拐犯、犯罪者、ロリコン、死ね、消えろ、邪魔だ――

その言葉ひとつひとつが、すぐに頭に浮かんだ。

だけど……


夢野陽

「……それでも、みんなに見てほしいんだよ」

氷室零

「また、傷つくかもしれないのに?」


俺はうなずき、画面を指さした。


夢野陽

「この小説を一度捨てて、拾いなおした時に、分かったんだ……

俺だけはこの小説を、俺の人生を、捨てちゃいけないって……

否定しちゃいけないって……誰になんと言われようと、ね……。

それと同じで……

俺はこれをみんなに見せたいから、傷つくのを承知で見せるんだ」


氷室零

「分かってるじゃないか」


彼女は力強く微笑んだ。


夢野陽

「え?」

氷室零

「今、お前が言ったことだよ。……メグに会いたいのも、同じことだよ、きっと」

夢野陽

「……」


俺は口をぽかんと開けた。


夢野陽

「……もしかして、誰になんと言われようと、ってところ?」

氷室零

「ああ。メグに会いたいから会う、じゃ、ダメか?」

夢野陽

「いや、それは――……それは……」


俺は頭をかいた。


夢野陽

「……会いたいから会う、で、良いと思うけど……」

氷室零

「だろう?」

夢野陽

「でも――どうやって会うのさ? 

こっちは連絡手段も何も無い……」


零ちゃんは腕を組んだ。


氷室零

「ああ、そうなんだよな。

問題はそこだ……いかにして連絡をとるか……」


――それから、ふたりでアイデアを出し合ったが、いい案は出なかった……。


   ◇ ◇ ◇


俺の人生を書いた小説を出版して、数日後。

出版社の会議室で、編集者は頭を抱えた。


編集者

「夢野さん……すごい数の誹謗中傷の手紙が来てますよ。

殺害予告まで……」


編集者は手紙を読んでは裏返し、テーブルに置く。


編集者

「こんな数、出版社で働いていて初めてですよ。

誹謗中傷はキリがないから無視するとして……

殺害予告は、さすがに開示請求をしましょう」

夢野陽

「そうですね」


編集者は眼鏡をずり下げ、ジッと俺を見た。


編集者

「……平気なんですか?」

夢野陽

「……元から、覚悟の上です。

それに……俺がやりたいようにやったので、満足です」


俺はそっとほほ笑んだ。


編集者

「さすがですね――おや?」


彼は一枚の手紙を、食い入るように見つめた。


夢野陽

「どうしました?」

編集者

「本人かはわかりませんが――白雪恵と名乗る方から、会いたいと……」

夢野陽

「メグちゃん⁉」


俺はテーブルの上に置かれた手紙を、凝視した。

――そして、その時に思った。

メグちゃんと再会する場面こそ、この小説の本当の終りに相応しいと……。


   ◇ ◇ ◇


俺と零ちゃんはかつて住んでいたログハウスの前に着いた。

メグちゃんと再会するのなら、ここが相応しいと思ったのだ。


夢野陽

「もうメグちゃん、中にいるって」


オレは三人のライングループを見た。

零ちゃんは手鏡で、化粧や服、髪をチェックしている。


氷室零

「ふうー……」

夢野陽

「緊張してる?」

氷室零

「……お前もだろ、声震えてるぞ」

夢野陽

「は、はは、バレちゃったか」


俺はスマートフォンをポケットに入れ、ログハウスのドアをノックした。


メグの声

「はい」

夢野陽

(メグちゃんの声だ――……

低くなっているけど、雰囲気は変わっていない……)

夢野陽

「あ、開けるよ!」


――俺の声は震えたままだった。


夢野陽

(情けないな)


思わず、苦笑する。


夢野陽

(でも――かつてのオレと、今の俺は、違うんだ)


かつては、かつての「オレ」は、他人のための自分だった。

父さんのため、

優月ちゃんのため、

仕事のため、

メグちゃんや零ちゃんのための――

生き延びるための、愛されるための「オレ」だった。


夢野陽

(でも今の俺は、自分のための俺なんだ)


誹謗中傷されようと、

メグちゃんに会いたいから今日会うことにした、「俺」なのだ。

――ドアノブに手をかけ、ひねる。


夢野陽

(――三八年間、

必死に生きてきてくれた「オレ」がいたから……

いてくれたから、今の「俺」が、ここにいるんだ)


――俺は、俺たちの家のドアを開けた。


夢野陽、氷室零

「「ただいま」」


メグちゃんは涙をぬぐいながら、穏やかに微笑んだ。


メグ

「おかえり!」


――「The Safe House」Fin――

Thank You Reading And Loving‼‼

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