俺の人生
氷室零
「ひどい……言いたい放題だ」
ホテルの一室のベッドに座り、氷室さんはスマートフォンを見つめていた。
夢野陽
「……何見てるの?」
彼女は椅子に座っているオレをちらと見て、
氷室零
「SNSだよ。
……私たちへの誹謗中傷が、ものすごい数ある……」
スマートフォンに置いた指を滑らせた。
夢野陽
「……そう……」
オレはリモコンを操作し、テレビをつけた。
キャスター
「今回の誘拐事件ですが――どう思われますか」
コメンテータ―
「非常に問題の多い家のようですがね、誘拐はね、ダメですよ。
なにがあっても」
キャスターは真面目な顔でうなずいている。
キャスター
「不起訴となり、
解放された犯人たちに誹謗中傷している人たちも多いようです
が……」
コメンテーターはにやりと笑った。
コメンテーター
「まあ、分からなくもないですよ。彼らには同情の余地などない……。
なにせ、犯罪者ですから。
――こんなこと言ったら、降ろされちゃいますか。はは……」
氷室零
「……テレビでも言いたい放題か」
オレはテレビの電源を切った。
氷室零
「たしかに、私たちのしたことは許されることじゃない、でも……
こんな……」
彼女はスマートフォンを握りしめた。
オレもポケットからスマートフォンを取り出し、SNSを開いた。
夢野陽
「犯罪者、誘拐犯、ロリコン、変態、死ね、消えろ――
確かに、ひどい言葉ばっかりだ」
氷室さんはオレのスマートフォンに手をかぶせた。
氷室零
「やめろ、傷つくだけだ」
オレは首を横に振った。
夢野陽
「これが、オレのやったことの報いだよ。……ちゃんと、受け止めなきゃ」
オレは氷室さんの手を取り、スマートフォンから遠ざけた。
夢野陽
「どんなにひどくても――ね」
◇ ◇ ◇
オレたちはログハウスから離れた場所にあるアパートに入った。
しかし翌朝、外に出ると、アパートの扉にはびっしりと落書きがされていた。
ネットの誹謗中傷と同じ――
犯罪者、死ね、出てけ、邪魔だ――そんなことだ。
ポストの中には、石やゴミがぎっしりとつめられていた……。
見知らぬ人に何度もインターホンを押されたり、
家に無理やり押し入られたりすることもあった。
そのたび、オレたちは引っ越した。
――とある引っ越し先のアパートで、氷室さんは荷物の整理の手を止めた。
氷室零
「開示請求をしよう」
夢野陽
「……ものすごい量だよ、とてもじゃないけどお金と時間が……」
彼女は首を横に振った。
氷室零
「あまりにもひどいものだけだ。何件かやれば、ヤツらもやめるだろう」
夢野陽
「でも……そんなお金、もうないよ」
生前仕事に打ち込んでいた母の遺産は、数々の引っ越しで、底をつきかけている……。
氷室さんは床を手で打った。
氷室零
「じゃあ、黙って耐えていろというのか⁉」
オレはうなずいた。
氷室零
「なんだよ、それ……!」
彼女は頭を勢いよく掻いた。
氷室零
「ああ、もう……!」
彼女は目を閉じ、ベッドに倒れ込んだ。
その目には、隈ができている……。
氷室零
「……いつまで、眠れなくなるってんだ……」
夢野陽
「……辛いけど今は、耐えるしかないよ。いつか終わる、きっと……」
オレは段ボールから紙の束を出した。
夢野陽
「――なんだこれ?」
紙をぺらぺらめくる。
手書きの字で、ぎっしりと、セリフが書かれている……。
夢野陽
「ああ、オレが書いた小説か……」
氷室零
「持って来てたのか」
夢野陽
「うん、そうだった」
紙をめくっていく。
母との話し合いと別れ、小説を父に否定されたことから始まり――
優月ちゃんとの交流と別れ、メグちゃんとの出会いと誘拐、
氷室さんとの出会い……オレが小説を書き終わるまでが書いてある。
夢野陽
「懐かしい……でも……」
――今では、この紙に書かれた責任を取らされている……。
氷室零
「死ね、消えろ、なんて……よくそんなひどいことを……」
ベッドに横たわった氷室さんは頭をかき、スマートフォンを見ていた。
夢野陽
(……この小説は……)
――かつて必死に書きとめた文字は、なんだか濁って見える……。
……オレは自分の書いた小説を、全て紐で縛り上げた。
夢野陽
「明日、紙の回収日だよね」
氷室零
「そうだが――まさか、お前、小説、捨てるのか?」
氷室さんは上体を起こし、目を丸くした。
夢野陽
「うん……持っていても、辛いだけだからね……誹謗中傷はもっともだよ。
これは、ただの犯罪者の記録だ」
氷室さんはオレの手に自分の手を重ねた。
氷室零
「今はそう思うだけだ、
いつかきっと、捨てたことを後悔する、やめておけ」
オレは首を横に振り、小説を見た。
夢野陽
「――もう、いらないよ」
オレは束を持って、アパートの部屋を出た。
束をゴミ捨て場に、ドサッと置いた。
――その時、なぜか、ずきりと胸が痛んだ。
オレはジッと、紙の束を見つめた。
夢野陽
(――今ならまだ、間に合う……いや)
オレはぶんぶんと首を横に振った。
夢野陽
(この世にあってはならない記録なんだ……)
ゴミ捨て場に背を向け、部屋に戻った。
◇ ◇ ◇
――翌日、何かの音で目が覚めた。
夢野陽
「なんだ……?」
カーテンの隙間から外を見ると、ゴミ収集車がやって来ていた。
夢野陽
(なんだ、回収か……)
オレはごろんとベッドに横になり、目を閉じた。
外から車のエンジン音がしている……。
――ゴミ捨て場に置いた紙の束が、頭をよぎる。
夢野陽
(――あの中には……オレの小説が……オレの人生を書いた、小説が──)
目が、カッと熱くなった。
夢野陽
「⁉」
指で、涙をぬぐった。
夢野陽
(なんで、涙が……)
――突然、胸の中で、幼いオレと父さんが叫び出した。
幼い陽
「やだ! 捨てないで!」
夢野照
「犯罪者の人生なんてゴミだ、燃やしちまえ!」
夢野陽
(犯罪者の人生なんて、わかってる……)
ずきずきと、胸が痛む。心臓の鼓動が、ばくばくと聞こえてくる……。
夢野陽
(どうして……)
ちらと窓の外を見ると、紙の束が回収されている……。
夢野陽
(――このまま、オレの小説は潰されて、燃えるのか……?
オレの、小説……オレの……人生は……)
ドクン、ドクン……。
心臓の音がうるさい。
メグちゃんを連れ去った、あの日のように。
夢野陽
(これで、いいのか……?)
回収業者が、オレの小説の紙の束の近くの古紙に、手をかけた。
夢野陽
「――っ……」
オレは飛び起きて、玄関に走った。
夢野陽
(……ここで飛び出さなかったら、オレはきっと、また……!)
靴を蹴散らし、ドアを開け、廊下を走る。
夢野陽
「はあ、はあ!」
胸の中に、そっと話しかけた。
夢野陽
(父さん──オレ、やっぱり反抗期だ)
――外は、雨が降っていた。
オレはゴミ捨て場にたどり着き、
夢野陽
「ま、待って……!」
置かれた紙の束に這いつくばった。
回収業者
「どうしました⁉」
夢野陽
「小説……オレの……!」
――しかし、小説は見当たらない……。
夢野陽
「嘘だ、さっき……!」
回収業者
「これですか?」
回収業者は手に持っていた束をオレに差し出した。
夢野陽
「!」
不思議そうな顔の彼の手から、紙の束を奪う。
紐を解き、中を見る。
夢野陽
「――これだ!」
ぐっ、と小説の束を、抱きしめた。
夢野陽
(よかった――……)
――胸が、あったかい……。
夢野陽
(この感覚だ……忘れちゃいけない……)
他の誰かがオレを、オレたちを誹謗中傷しようと……
オレの生きた証は、俺が捨てちゃダメなんだ……。
――俺は雨に濡れながら、しばらく、小説を抱きしめたままでいた……。




