呪いの終焉
そして、恵が生まれた。
――母性というものは不思議だ。
シワだらけでへちゃむくれの恵の顔が、なんだかかわいらしく思えてくる……。
白雪恵
「えへへ、えへ~!」
白雪明理紗
「……楽しそうね」
彼女は目も開いていないのに、両手を伸ばし、よく笑っている。
白雪明理紗
(これで――周囲の声から、解放される……)
子どもは、育つのがあっという間と聞く。
恵の身体に異常はないし、きっと、その例に漏れないだろう。
すくすく育ち、大人になるだろう。
……そのころになれば、母の介護という話もあるだろうが……
そんなもの、彼女を老人ホームに入れるなり、ヘルパーを家に送るなりすればいい話だ。
だから、やっと――
私はもう、誰からも責め立てられない……。
白雪明理紗
「ほ……」
白雪恵
「えへへぇ~~!」
頬が熱くなった。……恵が、両手で私の顔に触れている。
彼女の笑顔が、視界いっぱいに広がっている――。
白雪明理紗
「あ、れ……」
わたし……
この子を、自分の中の重く息苦しい呪いから逃れるために、生んだの……?
白雪明理紗
「ちがう……」
この子には、罪はない……。
私の人生に、私の中の呪いに、この子は関係ない……!
◇ ◇ ◇
白雪明理紗
「……」
……私は、犯罪者たちにすがっている恵を見た。
「恵さんを、ちゃんとみてください」
――犯罪者の声が、頭に響く。
「泣いているじゃないですか。
嫌がっているじゃないですか……!」
恵の小さな頬に、あざがついている……。
白雪明理紗
(あのあざは、私がつけたもの……
よりにもよって、恵を生んだ、この私が!)
私は立ち上がり、恵に走り寄った。その小さな肩に、手を遣る。
白雪恵
「……ママ?」
私は恵を抱きしめた。あの日、あの病室で、そうしたように……。
白雪明理紗
「ごめんなさい……!」
白雪恵
「!」
恵が、腕の中で息をのんだ。
白雪明理紗
「私、あなたに、なんてひどいことを!
あなたはただ、生まれてきてくれただけなのに!
あなたにはなんの罪も! 呪いもないのに!
なのに――」
恵の頬を、そっと撫でた。
白雪明理紗
「私は、あなたを傷つけてばかりで、
感情をぶつけて、気持ちよくなってしまっていて!
目の前のあなたを、なんにも見てなかった!」
白雪恵
「ママ……」
白雪明理紗
「私のことは一生許さなくていい!
私だって、母親のことは大嫌いだもの!」
私はうつむいた。
白雪明理紗
「母親失格だわ……わたし……
私はなんて――貧しくて、寂しい心の、持ち主なの……」
白雪恵
「…………」
――私たちを、しんしんと降る雪が、包み込んでいった……。
◇ ◇ ◇
――突然、明理紗さんはメグちゃんを抱きしめた。
夢野陽
(どういう心変わりだ? 今までのことを悔いて……)
だけどとても、演技には見えなかった。
彼女の言葉は、涙は、本物のように見えた……。
……オレは、恐る恐る口を開いた。
夢野陽
「あの……」
メグちゃんと明理紗さんが、こちらを見た。
夢野陽
「オレたち――もう、行きますね。
警察に自首します。邪魔でしょうから……」
メグちゃんは目を見開き、こちらに駆けよってきた。
メグ
「待って!」
彼女はオレにすがりついた。
夢野陽
「……メグちゃん」
オレは目を細めた。
夢野陽
「一年前、オレがメグちゃんを、ご両親の許可なく連れ出してしまったのは事実だ。
だから……警察に、逮捕されると思う」
メグ
「それって……」
夢野陽
「何年か牢屋に入ることになるかもしれない……ってこと。
あの日、キミは自分の意志で、オレについてきてくれたと思うけど……
キミを連れ去ってしまったことは、間違いなく罪だから……」
白雪明理紗
「……全部……全部、私のせいなの……」
明理紗さんは濡れた目で、オレたちを見ていた。
白雪明理紗
「あなたが、恵を連れ出したのは……
恵をそこまで追い詰めた私に、罪があるの。
他の人は誰も悪くない。
だから……あなたと、そこの女性に、罪はないわ……」
夢野陽
「え……」
白雪明理紗
「……あなたたちのことは夫と話して不起訴にするよう、努力するわ。
……もしできなかったら、ごめんなさい……」
オレはゆるゆると、首を横に振った。
夢野陽
「ありがとうごさいます……。いいんです、オレは、逮捕されても……。
ただ、……恵さんの今後が、心配です」
白雪明理紗
「それは……夫が……いえ、面倒を見てくれそうな親戚を当たることにするわ」
夢野陽
「そうですか……」
メグちゃんがオレの手を握りしめた。
メグ
「陽……もう、会えないの?」
夢野陽
「それは……分からない。でも、オレたちは、誘拐犯と被害者だ、
会うのは、良くないと思う……」
メグ
「いやだ!」
メグちゃんがオレにすがりつき、激しく頭を横に振った。
メグ
「やだ、やだやだ!」
夢野陽
「……ごめん。
でも……オレはどこにいても、ずっと、メグちゃんの味方だよ。
それは、覚えていてほしい。
……それは、今までのことで、証明できたと思ってる」
メグちゃんの肩に、氷室さんが手を遣った。
氷室零
「もちろん、私もだ」
オレは彼女と目を合わせ、うなずいた。
メグ
「味方……味方って、どういうこと……?」
彼女は潤んだ目で、オレを見上げた。
夢野陽
「それは――……」
オレはメグちゃんの背に手をまわした。
夢野陽
「オレたちは……家族、ってことだよ」
メグ
「!」
メグちゃんの目が丸くなる。
氷室零
「……そうだな」
メグ
「かぞく……うん、家族!」
メグちゃんは目を閉じ、微笑んだ。
オレも、つられて口角が上がった。
――その時、パトカーが近くに止まった。
夢野陽
「!」
氷室零
「……誰か、呼んだのか?」
夢野陽
「……分からないけど……自首、しようか」
氷室さんはうなずいた。――もう一度、メグちゃんを見つめた。
夢野陽
「じゃあね、メグちゃん……出会えて、よかった」
メグちゃんの目から涙があふれ、頬を伝った。
その涙を、オレは指で拭った。
氷室零
「すまん、メグ。私も、会えてよかった」
メグ
「ふたりのこと、絶対に忘れない……ぜったい!」
オレと氷室さんはうなずいた。
氷室零
「ああ、私も忘れない」
夢野陽
「うん。ずっと覚えてる。――じゃあね、メグちゃん」
オレはメグちゃんの涙をぬぐい、氷室さんはメグちゃんの頭をなでた。
メグちゃんからオレたちは手を離し、パトカーの方へ歩く。
メグちゃんは涙をぬぐいながら、ジッとオレたちを見つめていた……。
◇ ◇ ◇
白雪明理紗
「ごめんなさい、恵」
恵は涙にぬれた目をこちらに向けた。
白雪明理紗
「夢野さんが言っているのを聞いて、思い出した……。
わたし、ずっと、家族がほしかったの」
白雪恵
「ママも……?」
私はうなずいた。
白雪明理紗
「私と、真さん――あなたの、お父さんと。
そこに、あなたもいて……
みんなで静かに、穏やかに、笑い合って――
そんな日々が、ずっとほしかった。
それが、理想の家族だったの。あるべき姿だったの。
なのに……」
私は自分の手を見つめた。罪深い、手を。
白雪明理紗
「私は――理想の家族を作るどころか、自ら壊してしまった……」
恵の目を、見返した。
白雪明理紗
「私はあなたから、全てを奪ってしまった……!
家族の温もり、思い出……すべて……」
警察官と話す夢野さんと女性に目を遣った。
白雪明理紗
「私が、もし……あの二人みたいだったなら……
呪いを、もっと早く自分で断ち切れていたら……
こんなことには……」
恵は、不思議そうな顔をしている。
その顔に、私はフッと微笑んだ。
白雪明理紗
「こんなこと言われても、困るわよね……」
私は恵に頭を下げた。
白雪明理紗
「ごめんなさい――本当に。謝っても、許されないことだけれど……」
??
「あの……」
――振り返ると、あの記者が、近くまで歩み寄っていた。
白雪明理紗
「なに……?」
私は涙をぬぐい、彼を見た。
記者
「あなたのこと……改めて、記事にさせていただきたくて」
その遠慮がちな瞳から、私は目を逸らした。
白雪明理紗
「……好きにしてください……」
記者が息をのむのが聞こえた。
白雪明理紗
「書くなら……きちんと書いてほしいわ……。
私みたいな愚か者が、もう二度と現われないように……」
記者
「……はい」
白雪明理紗
(いや――何を言っているんだ、私は)
「ふ、ふふ……」
思わず、笑いがこみあげてきた。
真剣な顔の記者に、私は微笑んだ。
白雪明理紗
「まあ……ただの、理想でしかないけどね」
記者はゆるく、首を横に振った。
――私は立ち上がり、警察官の方へ向かった……。
◇ ◇ ◇
夢野陽、氷室零、白雪恵、白雪明理紗、記者と警察官たち――
雪は彼らと屋敷を、静かに白く染め上げていく。
一年前と同じように空に浮かんだ三日月は、すべてを黙ったまま、見つめていた……。




