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【完結済み】The Safe House  作者: さかな煎餅
第4章「俺たちの家」
52/58

いやだ

……それから数日後。

紅葉舞い散る、人のいない夕方の公園で……。

真さんはポケットから取り出した小さい箱を開いて、

その中に光る、一粒のダイヤの指輪を見せてくれた……。


白雪真

「俺と、結婚してほしい」

神宮寺明理紗

「……!」

白雪真

「必ず、俺が明理紗を幸せにする。これからも、ずっと……」


涙があふれ、頬を伝った。

真さんは涙の粒を指ですくい、微笑んだ。


神宮寺明理紗

(この人は、本当に……私を愛してくれている……!)


真さんに抱きつき、うなずいた。


神宮寺明理紗

「もちろん……!」

白雪真

「……ありがとう」


抱きしめたまま、彼は私の左手の薬指に指輪を通してくれた。


神宮寺明理紗

(……綺麗)


まもなく沈む太陽の光に、曇りないダイヤがきらりと輝く。


神宮寺明理紗

(これが、この指輪が……彼の、気持ち……)


真さんがぎゅっと私の肩を抱きしめる。


白雪真

「……もしよければ、……俺の実家で、一緒に暮らさないか?」

神宮寺明理紗

「え?」


顔を上げ、真さんを見た。


白雪真

「この前、母親も亡くなったって、言ったろ?

……だから、あの家には誰もいないんだ。

駅は近いけど、広くて静かだ……良い所だと思う」

白雪明理紗

(お母さんと住んでいた、あの家じゃない……)


……私には、はっきりと見えた。

真さんと、私と、子どもで笑い合っている姿が……。その、未来が――。

私はうなずいた。


神宮寺明理紗

「うん……住みたい。真さんの家に……」


   ◇ ◇ ◇


久々の実家――

母の住むマンションで、

私と真さん、母とで向かい合って座った。


白雪真

「娘さんを――私に、ください」


真さんが私の横で、頭を下げた。


神宮寺ケイ子

「……いいわよ」

神宮寺明理紗、白雪真

「‼‼」


私と真さんは母を見た。


神宮寺ケイ子

「警視総監候補の方がもらってくれるなんて……ありがたいくらいだわ」

白雪真

「ありがとうございます!」


もう一度、真さんは頭を下げた。


神宮寺ケイ子

「それで……式はいつなのかしら」

白雪真

「それですが、このあたりで考えていまして……」


真さんは傍らの鞄から手帳を取り出した。


神宮寺明理紗

(……あっさり、認めてもらえた……)


――普段の電話から考えるに、断られることはないと思った。

だけど、こんなにすぐ認めてもらえると、それはそれで拍子抜けだ。


白雪真

「もう一つ、伝えたいことがありまして。

……今後は明理紗さんと、自分の実家で住もうと思っています」

神宮寺ケイ子

「実家? あなたの?」

白雪真

「はい」


母がちらと私を見た。


神宮寺明理紗

(!)

神宮寺ケイ子

「ああ……明理紗から聞いたわ。

あのあたりには有名人がたくさん住んでらっしゃるらしいわね。

相当広くって、静かだって」

白雪真

「はい、そうです」

神宮寺ケイ子

「そう……」


母は遠くを見るような目をした。


神宮寺明理紗

(み、認めてもらえるかな……)


母はちらと、棚の上に置いてある、お父さんの写真を見た。


神宮寺ケイ子

「明理紗から聞いたかしら。……私の夫、つい最近死んだって」

白雪真

「はい、うかがっております」

神宮寺ケイ子

「夫は単身赴任先のアパートで、休みの日に亡くなったの。

……出勤日まで、誰にも気づかれなかったそうだわ。

急に心臓発作が起きて、部屋で倒れて……

携帯に手を伸ばしたまま、……亡くなったって」


――窓に、強い風が吹きつけ、ガタガタと揺れる……。


神宮寺ケイ子

「……最近、寒くなってきたでしょ?

……私も元気とはいえ、身体にガタが来てるし、

物覚えもだんだん悪くなってきてね……」

白雪真

「そうですか……」


母は何度もうなずいた。


神宮寺ケイ子

「そう。正直、不安なのよ。この先……明日すら、どうなるかってね。

夫みたいに、万が一を考えると……ね。

それに……明理紗も仕事で忙しいし、淋しくってね」


母は私と真さんに微笑んだ。


神宮寺ケイ子

「もちろん、お二人の邪魔はしないわ、でも……

もしどこかの部屋が空いているのであれば、私を入れてほしいのよね」

神宮寺明理紗

(え……)


真さんは神妙な顔をしている。


白雪真

「……なるほど」

神宮寺ケイ子

「ええ」


……真さんがちらと、私を見る。


神宮寺明理紗

「!」

(……嫌だ……)


脳裏によぎる、真とふたりだけの、幸せな世界――。


神宮寺明理紗

(お母さんを入れるなんて、絶対にいやだ! でも……)


私は母を見た。

……私の前ではめったに見せない、微笑みを浮かべている……。


神宮寺明理紗

(今、下手に反対したら、何をされるか……

いくら、外面が良いお母さんでも……)


ブーッ、ブーッ……

真さんがスラックスのポケットに手を入れ、携帯を取り出した。


白雪真

「……すみません、仕事の電話が来たので、席を外しても……?」

神宮寺ケイ子

「ええ、もちろん」


母は穏やかにうなずいた。

真さんは足早に、リビングを出て行く。


神宮寺明理紗

「……」

神宮寺ケイ子

「……」


――私はスカートを握りしめ、窓の方を見た。

手に、汗が滲む……。


白雪真

「失礼しました」


ドアが開き、真さんが戻ってきた。

彼は申し訳なさそうにして、鞄を手に取る。


白雪真

「急遽、仕事に行くことになりました。

……お時間をいただいたのに、すみません」

神宮寺ケイ子

「そうなの。……分かったわ」

白雪真

「お母様のお部屋の件ですが……少し、考えさせてください」

神宮寺ケイ子

「ええ、かまわないわ。

急な話ですものね、ゆっくり考えてくれればと思うわ」

白雪真

「はい」


真さんは私を見た。


白雪真

「またあとで、話そう」

神宮寺明理紗

「…………うん」


   ◇ ◇ ◇


真さんが去った後。

母は買い物をしに、家を出て行った。


神宮寺明理紗

(あとで、真さんに言わないと……お母さんとの同居は、嫌だって……)


私は自分の使っていた寝室に入り、ベッドにあおむけに倒れ込んだ。


神宮寺明理紗

「はあ……」


思い切り、息を吸い込む。

かつて住んでいた時の懐かしいにおいが、鼻をくすぐる。


神宮寺明理紗

(……でも、結婚を受け入れてもらえたのは、よかった……)


――目を、閉じた。


   ◇ ◇ ◇


??

「……りさ、明理紗」

神宮寺明理紗

「……?」


――声がして、目を開けた。暗い天井が見える……。


神宮寺明理紗

(わたし、寝てたの……?)

神宮寺ケイ子

「ごはんよ。食べましょ」


横を見ると、優しい顔つきの母がいる……。

私は目をこすり、うなずいた。


神宮寺明理紗

「うん……」


……幼かった時、蔵に閉じ込められた翌日のことを思い出した。


   ◇ ◇ ◇


――夕食後、母がケーキを出して、テーブルに置いた。


神宮寺明理紗

「! ……これって……」

神宮寺ケイ子

「……おめでたい日だもの、これくらいは、ね」


母は私の正面の席に座った。


神宮寺明理紗

「あ……ありがとう……」

神宮寺ケイ子

「いいえ、当然のことよ」


母は微笑み、蝋燭をケーキに立て始める。


神宮寺明理紗

(今日は……珍しく機嫌がいいな……。

そんなに嬉しかったのかな、私の結婚が……。

いや、でも……何か、裏があるのかもしれない……)


……もしかしたら、母は純粋な気持ちで祝ってくれているのかもしれない。

そう思うと、なんだか申し訳ない気もした。


神宮寺ケイ子

「蝋燭立てたわよ」


私はうなずいた。

母は蝋燭に火を点け、拍手する。


神宮寺ケイ子

「結婚おめでとう、明理紗!」

神宮寺明理紗

(ああ……)


蝋燭の火に照らされた、穏やかな母の表情を見る。


神宮寺明理紗

(こういう幸せが、ずっとほしかった――……)

神宮寺ケイ子

「さ、火を消して」


私はうなずき、蝋燭に息を吹きかけた。蝋燭は一度で、全て消えた。


神宮寺ケイ子

「おめでとう!」

神宮寺明理紗

「へへ……」


私は熱くなった頬をかいた。


神宮寺ケイ子

「食べましょ」


母がケーキを切り分け、包丁を近くに置いた。

切ったケーキを、皿に取り分けてくれる。


神宮寺ケイ子

「……お父さんにも」


母はケーキをひと切れ皿にとり、自分の横の席の前に置いた。

そして、棚の上の父の写真を、私にも見えるように添えた。


神宮寺ケイ子

「あなた……明理紗が結婚するのよ。……素晴らしい方と。

警視総監候補の方よ…………」


母は優しい声色で、父に語り掛け、うつむいた。


神宮寺ケイ子

「…………っ」


その肩が、震える。


神宮寺明理紗

(……泣いてるの?)


……自分と父がいなくて寂しいというのは、本当なのかも、しれない……。


神宮寺ケイ子

「本当に……おめでたいわ……」


……もしかしたら、本当に祝ってくれているのかもしれない……。


神宮寺ケイ子

「……アンタみたいなヤツが、……警視総監候補の方と結婚なんて……」


……母の声はいつの間にか、

涙混じりのそれから、冷たく低いものへと変わっていた。


神宮寺明理紗

「……え?」


母はわずかに顔を上げ、私を睨んだ。

前髪の隙間から、鋭い目が見えている。


神宮寺ケイ子

「……さっきの。アンタ、真さんの家に私が住むの、嫌なんでしょ」


息が詰まった。


神宮寺明理紗

(バレてる……⁉)

神宮寺ケイ子

「……真さんは、嫌がっているように見えなかったわ。

私に同情して、一緒に住んでもいいかな、って……そんな顔をしてたわ」


母はゆっくりと顔を上げた。


神宮寺明理紗

「‼」


――その顔は、鬼のような形相になっている。


神宮寺ケイ子

「アンタの考えることなんて……お見通しよ」

神宮寺明理紗

(そんな――……)


――頬を、汗が伝った。

母はゆらりと立ち上がった。私の方へ、ふらふらと近づく。


神宮寺明理紗

(な、なに……⁉)


バチン!

母に、頬を叩かれた……。


神宮寺明理紗

「っ……」

神宮寺ケイ子

「誰が、ここまで育ててやったと思ってるのよ‼」


母は私の髪をつかみ、ぐいと引っ張った。


神宮寺明理紗

「いっ……!」

神宮寺ケイ子

「誰が! ねえ! 誰がよ!」


彼女はぐいぐいと私の髪を引っ張る。


神宮寺明理紗

「い、いたい……!」

神宮寺ケイ子

「この程度、私がアンタを生んだ時に比べれば、なんでもないわよ‼」


母はもう片方の手で、私の頬を打った。


神宮寺ケイ子

「昔からそう、アンタは! 人の言うことを聞かないで!

やあっと男を連れてきたと思ったら!

ここまで育ててやった私を! 同じ家に住まわせたくないだなんて!」


また、頬を打たれる。


神宮寺ケイ子

「親不孝者! 地獄に落ちろッ! 死ね!」


母は私の頭を、テーブルに打ち付けた。


神宮寺明理紗

「うっ!」

神宮寺ケイ子

「電話するわ。真さんのお屋敷に住みたいって」

神宮寺明理紗

(そんな!)


私は母を見た。彼女の手には、携帯電話がある。


神宮寺ケイ子

「このままだと、住めなくなりそうなんだもの……。それだけは嫌よ!」

神宮寺明理紗

「やめてっ!」

神宮寺ケイ子

「……は?」


私は慌てて、両手で口を押えた。


神宮寺明理紗

(また――とんでもないことを!)


母は携帯電話を置いて、私の顔を覗き込んだ。


神宮寺ケイ子

「今、なんて? やめて、って、言ったの?」

神宮寺明理紗

「い……言ってな」

神宮寺ケイ子

「嘘つき!」


バシン!

また、頬を打たれた。


神宮寺明理紗

「!」

神宮寺ケイ子

「嘘つき嘘つき嘘つき‼‼‼」


母は髪を振り乱し、何度も私の頬を打った。


神宮寺明理紗

「う、うう……!」


母はもういちど私の髪をつかみ、顔を近づけた。


神宮寺ケイ子

「この嘘つきが‼ 黙りなさいッ‼

アンタは一生、私の言うことを聞いていればいいの‼

余計なことをしないでッ‼‼」


びちゃびちゃ、と音を立て、私の顔に母の唾が飛び散る……。

母は私の髪から勢いよく手を離し、携帯電話を手に取った。


神宮寺ケイ子

「……真さんは……と」

神宮寺明理紗

「‼」

(……嫌だ……)


脳裏によぎる、真と自分との幸せな日々が、壊れてしまう……‼


神宮寺明理紗

「いやだあ‼‼‼」


私は近くに置いてあった包丁を手にとり、立ち上がった。

母の腹に、包丁を突き刺す。


神宮寺ケイ子

「うっ」

神宮寺明理紗

「……あ」


母の手から携帯電話が落ちる。

彼女がよろめき、私に倒れ込んだ。


神宮寺明理紗

「あ……」


母が、ひゅーひゅー、と息をしながら、私を見上げた。


神宮寺ケイ子

「い……いたい……」


私はその場に座り込んだ。


神宮寺ケイ子

「いたい……いたいよ………あり、さ……」

神宮寺明理紗

「あ、あ、あ、ああ!」


私は母の携帯を手に取った。

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