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【完結済み】The Safe House  作者: さかな煎餅
第4章「俺たちの家」
51/58

その翌日から、上司は残業中の私に、よく話しかけてくれるようになった。

時折、あのテディベア専門店に一緒に行くこともあった。

――ある日、仕事帰りに、彼の行きつけというバーに誘われた。

都内の喧騒から少し離れたところにある、ビルの地下。

そこに、そのバーはあった。

店内はうす暗く、ゆるいジャズの音楽が流れている……。

私たちはカウンター席に並んで座った。

上司はマスターに「いつもの」と言い、私はカクテルを頼んだ。


神宮寺明理紗

「ありがとうございます、連れてきていただいて」

白雪真

「いいんだ、気にしないで」


彼は微笑み、グラスを傾けた。その顔は、少し赤くなっている。


白雪真

「……神宮寺さんは、こういう店、来たことある?」


私は首を横に振った。


神宮寺明理紗

「初めてです……」

白雪真

「そっか」


……穏やかなジャズの音楽、さざめくような人々の声が、耳を打つ……。


神宮寺明理紗

(なんで……こんなお店に?

仕事の上司と部下なら、行っても居酒屋じゃ……)


……なんだか、心臓が高鳴っている。顔も、熱い……。


神宮寺明理紗

「……あの……なんで、このお店に連れてきてくれたんですか?」

白雪真

「……なんでだろうね」


彼はグラスの中身を飲み干した。


白雪真

「神宮寺さんと来たかったのかな」


ボソッと、彼はつぶやいた。


神宮寺明理紗

(それって……)


彼は目を細めた。


白雪真

「――最近、残業時間も減ってきたね。スピードが上がってる」

神宮寺明理紗

「あ、はい! そうですね……まだまだですけど……」


彼は真面目な顔で、首を横に振った。


白雪真

「いや、神宮寺さんは優秀だよ。

うちの部署は特に仕事も多いのに、よくやってくれてる」

神宮寺明理紗

「そうですか……」

白雪真

「でも、それだけ人々に求められているということだ」


彼はジッと、正面を見つめた。


白雪真

「――なにせ、日本の平和を守っているんだ。一緒に、これからもがんばろう」

神宮寺明理紗

「はい」


彼はマスターに別の飲み物を頼み、


白雪真

「……次の非番も、一緒にテディベアの店に行く?」


そう、私の方を見た。


神宮寺明理紗

「そうですね! また、行きたいです」

白雪真

「じゃあ、そうしよう」


――しばらく、仕事の話や、次に行くテディベアの専門店の話をした。


白雪真

「おっと……もうこんな時間か」


彼は腕時計を見た。


白雪真

「終電が出ちまう……そろそろ、帰ろうか」

神宮寺明理紗

(帰る――……寮に……)


――そうしたら、また、母に電話しなくてはならない。


神宮寺明理紗

「はあ……」


思わず、ため息が出る。

母はまた、結婚だの、今日は夜遅いだの……言ってくるにちがいない。


白雪真

「……どうした? 疲れたのか? だいぶ酔ったか?」


彼が、私の顔を覗き込んだ。

――その真剣な顔は赤く、目は潤んでいる……。

どくんと、心臓が跳ねた。


神宮寺明理紗

「……!」


――帰りたくない……。


神宮寺明理紗

「帰りたくない……」


気づくと、そう口にしていた。


白雪真

「えっ?」

神宮寺明理紗

「――はっ!」


私は口を手で押さえた。


神宮寺明理紗

「ご、ごめんなさい、今のは……」

白雪真

「……それ……本気?」

神宮寺明理紗

「!」


――彼は真面目な顔をしていた。その頬は赤い……。


神宮寺明理紗

「え、と……」

白雪真

「…………」


――嘘では、なかった。母に電話するくらいなら、この人と――……。


神宮寺明理紗

「…………」


私は、こくんとうなずいた。


白雪真

「……!」


彼は息を呑んだ。


白雪真

「……わかった」


彼は手でぐしゃりと自分の前髪を下ろし、ゆるりと微笑んだ。


   ◇ ◇ ◇


――それから、二年の月日が経った。


神宮寺明理紗

(……真さんと付き合い始めて、もう二年……)


横でクレーンゲームに夢中になっている真さんを、ぼうっと見た。

彼は真剣な顔で、スティックを動かしている。


白雪真

「よし、ここはどうだ! ……あー、ダメかあ」


今日は近くのショッピングセンターにやってきた。

たまたまゲームセンターの近くを通りがかり、

私たち二人の好きな、クマのぬいぐるみをとろうという話になったのだ。


神宮寺明理紗

(もしかしたら、そろそろ……この先の話も、出てくるかもしれない……)


結婚。……もし、そうなったとしたら……真さんは母と、会うことになる。


神宮寺明理紗(本当のこと、言わないとかな……)


――母と、毎日電話していること。その電話の、内容……。


神宮寺明理紗

(……まだ、決まったわけじゃない、

けど……早く言うことに越したことは……!)


私は真さんに歩み寄り、


神宮寺明理紗

「あ、あの……!」


喉から声を絞り出した。


白雪真

「ん?」


真さんは笑顔でこちらを見た。

……彼の目はキラキラと輝いている。その輝きを、曇らせたくはない……。


神宮寺明理紗

「あ……えっと……」


私はうつむいた。


神宮寺明理紗

(本当のことを言ったら、嫌われるんじゃ?

真さんは、こんな私のことを……

お母さんに依存してる私を、気持ち悪く思うんじゃ……?)

白雪真

「明理紗、どうしたんだ?」


私は首を横に振った。


神宮寺明理紗

「なんでも……ない」

白雪真

「……そうか?」

神宮寺明理紗

「……うん、何でもない」

白雪真

「そっか」


彼はクレーンゲームに向き直った。


白雪真

「……よし、もう一回……」

神宮寺明理紗

(……言えない……

この歳になって、お母さんに毎日電話して、怒られているなんて……)


その後、寮の前で別れ、部屋に戻った。部屋に入って少しして、携帯が震える。

携帯を取り出し、耳に当てた。


神宮寺明理紗

「はい……」

神宮寺ケイ子

「今日はデートだったんでしょ? ……とっとと結婚しなさいよ」

神宮寺明理紗

「……うん」


デートのことは、あらかじめ母に言っていた。


神宮寺ケイ子

「いつまで待たせるつもり? 

……あの人、警視総監になるのはもう確実なんでしょ?

結婚相手としては理想的なのよ?

逃がす前に、さっさと籍を入れなさいよ」

神宮寺明理紗

「……うん」

神宮寺ケイ子

「良き警察官になって、うちの一族に見合う良い男性と結婚するのが

アンタの使命なんだから! それをしっかり果たしなさいよ。いいわね!」


電話が切れた。

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