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The Safe House  作者: さかな煎餅
第4章「俺たちの家」
48/57

始まり

――幼い頃、母には何度も怒鳴られ、殴られた。

それがイヤで、何度も家から抜け出した……。


神宮寺明理紗

「はあ、はあ……」


家の門を抜け、駄菓子屋へ走る。

――父は警察の仕事で忙しく、ほとんど家にいなかった。

私の味方は、駄菓子屋の夫婦しかいなかった。


神宮寺明理紗

「こ、こんにちは……」


恐る恐る駄菓子屋の引き戸を開けた。


女性

「あら、いらっしゃい!」


駄菓子屋の店主の一人である女性は、私に微笑んでくれた。


神宮寺明理紗

「ほっ……」


店を見まわすと、レジの近くに、くまのぬいぐるみが置いてあった。

つぶらな瞳に、ふわふわのからだ。思わず、声が出た。


神宮寺明理紗

「かわいい……」

女性

「このぬいぐるみかい?」


女性はぬいぐるみを手に取り、私の前にしゃがみ込んだ。


女性

「かわいいでしょう。よければあげるよ」

神宮寺明理紗

「えっ⁉ いいの⁉」


女性は大きくうなずいた。


女性

「もちろんだよ」


私は女性からぬいぐるみを受け取り、抱きしめた。


神宮寺明理紗

「ありがとう!」


女性の細めた目が、見開かれた。


女性

「――明理紗ちゃん! 後ろ!」

神宮寺明理紗

「え?」


振り向くと、スーツにサングラスの男性が立っている。

ドクン、と心臓が跳ねた。


神宮寺明理紗

「ひッ!」

スーツ姿の男性

「お嬢様、帰りましょう」

神宮寺明理紗

「い、いや!」


彼は私の手首を強くつかんだ。


   ◇ ◇ ◇


私はスーツ姿の男性に担ぎ上げられ、屋敷へと連れ戻された。

屋敷の入り口では、母が腕を組んで待ち構えていた。

私が地面に降ろされるとすぐに、母は私の頬を打った。


神宮寺明理紗

「うっ!」


私は地面に倒れ込んだ。


神宮寺ケイ子

「また、家を抜け出して……!」

神宮寺明理紗

「ごめんなさい……」

神宮寺ケイ子

「ごめんなさいで済んだら、お父さんたち警察はいらないでしょう!」


また、母は私の頬を叩いた。


神宮寺明理紗

「い、痛い……!」

神宮寺ケイ子

「アンタが悪いんじゃない、家から、私から逃げようとするから!

ねえ、そうでしょ⁉」


また、頬を打たれる。


神宮寺明理紗

「う!」

神宮寺ケイ子

「アンタが!」


また打たれる。


神宮寺ケイ子

「悪い子だからッ‼」


打たれる。


神宮寺ケイ子

「いけないんでしょお⁉」


バチンバチン! 往復で二度、頬を打たれる。


神宮寺明理紗

「や、やめて……」

神宮寺ケイ子

「うるさいッ! 口答えするなッ!」


また叩かれる。……息ができない……。


神宮寺ケイ子

「……ちょっと、何よコレ……」


母はくまのぬいぐるみを、私から奪い取った。


神宮寺明理紗

「あっ」

神宮寺ケイ子

「気持ち悪い……! こんなの、勉強にもお手伝いにもいらないでしょ⁉」


彼女はぬいぐるみを地面にたたきつけ、踏みつけた。


神宮寺明理紗

「ああ……!」

神宮寺ケイ子

「きなさいッ!」


母は私の腕をつかみ、家の隅の蔵に連れていった。


神宮寺明理紗

(なに……⁉)

神宮寺ケイ子

「開けなさい」

スーツ姿の男性

「はい」


スーツ姿の男性が、蔵の扉を開けた。

――そのぽっかり開いた口へ、母は、私の背をドンと押す。


神宮寺明理紗

「お、おかあさん……⁉」

神宮寺ケイ子

「ここでしばらく頭を冷やして、反省しなさい!」


夕陽で逆光になった母の顔は、般若のそれだった。

母が顎を上げると、男性が、蔵の扉を閉め始める。


神宮寺明理紗

「ま、まって!」


慌てて外に出ようとしたが、目の前で無慈悲にも、扉は閉まった。


神宮寺明理紗

「待って、お母さん!」


私は扉を叩いた。


神宮寺明理紗

「開けて! お願い、開けて‼」

神宮寺ケイ子

「うるさいッ‼‼」


ドンドン‼

扉が猛烈に揺れた。


神宮寺明理紗

「ひッ」

神宮寺ケイ子

「アンタが悪い子だから、閉じ込められるのよ!

私の言うことを聞かない、悪い子だからッ‼‼」


ドンドンドンドンッ‼


神宮寺明理紗

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい‼

もうしないから、だから、開けて‼」

神宮寺ケイ子

「嘘つき‼ どうせまた家を抜け出すでしょ⁉

しっかりそこで反省しなさい‼

今日の夜ご飯は抜きだからね‼」

神宮寺明理紗

「ちがう、ウソじゃない、本当なの、ごめんなさい……‼」


――扉は静かになり、母の声は聞こえなくなった。


神宮寺明理紗

「え……」


扉を叩く。


神宮寺明理紗

「開けて、開けて!」


……しかし、扉は開かず、声もしない……。


神宮寺明理紗

「そんな……」


後ろを向くと、格子のついた小さな窓が、壁の上の方についている。

そこからは夕陽が差し込んでいる。……頬を、汗が伝った。


神宮寺明理紗

(そこで反省しろ、って……まさか、ずっとここに……?)


……蔵の中を見て回ったが、出られそうな場所はなかった……。

窓の外から、月明かりが差し込んできた。


神宮寺明理紗

(ほんとうに……開けてくれないんだ……私が、悪い子だから……?)


ぐうう、とお腹が鳴る。


神宮寺明理紗

(おなか、すいた……)


月明かりを頼りに、辺りを見まわす……。

……ちょうど、明かりが、隅の方に置かれていた米袋を照らしている。


神宮寺明理紗

「……あ……」


米袋に近づき、紐を解いて開く。

中には米が大量に詰まっている……。

私は袋に両手を入れ、米をつかんだ。ひやっとした感触が、手に伝わる。

両手を袋から上げ、慎重に開く。


神宮寺明理紗

(まずそう……でも……今はこれしか……)


私は目を閉じて、手を一気に口に運んだ。米をボリボリと、噛み砕く……。


神宮寺明理紗

「うう……まずい」


ぐう、とまた腹が鳴った。


神宮寺明理紗

(でも、おなかすいた……)


また、両手で硬い米をすくって、口に入れる。


神宮寺明理紗

「――うう……」


目元が熱くなる。


神宮寺明理紗

(おうちで、あたたかくておいしいごはんを、食べたい……

私が悪い子だから? だから、ごはんを食べさせてくれないの……?)


米を食べ終え、袋を閉じる。

窓の向こうにちらちらと、雪が降っているのが見えた。

私は自分で自分の身体を抱きしめた。


神宮寺明理紗

(私、悪い子なんだ……

だから、夜でも、寒くても、こんなところに1人で……)


また、目から涙があふれてきた。


神宮寺明理紗

「ごめんなさい、ごめんなさい……」


蔵の隅でぽつりと、つぶやいた……。


   ◇ ◇ ◇


――目が覚めると、見慣れた木の天井が見えた。


神宮寺明理紗

「あれ……」


身体は横になっていて、布団をかけられている。


神宮寺明理紗

(いつの間に……)


神宮寺ケイ子

「明理紗……」

神宮寺明理紗

「!」


横を見ると、母が座っていた。彼女は私に手を伸ばす。


神宮寺明理紗

「!」


私は目を閉じた。


神宮寺明理紗

(叩かれる……⁉)


――額に、あたたかいものが触れた。

目を開けると、母が私の額に、手を当てている……。


神宮寺ケイ子

「……熱は、ないわね」

神宮寺明理紗

「あ、う、うん……」


母は立ち上がり、部屋を出て行った。


神宮寺明理紗

(た、叩かれなかった……)

男性の声

「お嬢様。よろしいでしょうか」


――襖の外から、低い声が聞こえた。


神宮寺明理紗

「うん」


襖が開き、昨日の夕方に見た、黒い服の男の人が入ってきた。

彼は両手で、私のくまのぬいぐるみを持っている。


神宮寺明理紗

「あっ!」


私は上半身を起こした。


スーツ姿の男性

「埃を落としておきました」


彼は布団の脇にしゃがみこみ、私にぬいぐるみを渡してくれる。

私はぬいぐるみを抱きしめた。


神宮寺明理紗

「ありがとう!」


彼は首を横に振った。


スーツ姿の男性

「いいえ、とんでもありません。このくらいしか……」


彼は言葉を止め、私をジッと見た。


スーツ姿の男性

「お嬢様」

神宮寺明理紗

「なに?」

スーツ姿の男性

「俺と、どこか遠くに――」


その囁き声に、私は眉をひそめた。


神宮寺明理紗

「え? どういう……」


彼はちらと横を見て、


スーツ姿の男性

「いえ、なんでもありません。忘れてください」


そう、立ち上がった。


神宮寺明理紗

「……?」

神宮寺ケイ子

「明理紗、お粥よ」


鍋を持った母が、男性の後ろに現われた。


スーツ姿の男性

「では、私はこれで」


男性は頭を下げ、廊下へ去っていった……。

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