不安の影
……ログハウスに着いたオレたちは、それぞれリビングのソファーに座った。
メグ
「おばあちゃん、怖かった……」
氷室零
「……ああいう状態じゃ、いずれにせよ、話すのは難しかったな」
オレはうなずいた。
メグちゃんはうつむき、
メグ
「でも、楽しくお話したかった……」
低い声を出した。
夢野陽
「……そうだよね。
……もともとは、オレがキミを連れ去ってしまったのが、悪いんだ。
それさえなければ何かの機会に、話せることもあっただろうに……」
メグちゃんはゆるゆると首を横に振った。
……時計の針の音が、やけに大きく響く……。
氷室零
「――なあ、陽」
夢野陽
「ん?」
氷室零
「メグの前でこんな話をするのもなんだが……
お前、一生、メグの面倒を見る気か?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
メグちゃんは不安そうな顔になる……。
メグ
「――え?」
オレは膝の上で、拳を握る。
夢野陽
「そ……そういうわけには……」
氷室零
「……じゃあ、家に帰すのか? ……もうすぐ、一年が経つだろ」
夢野陽
「……それは……」
メグちゃんを誘ったのは、オレだ。
辛そうにしていた彼女を見かねて……。
夢野陽
(オレは、離れたくない、でも……)
「これからどうするかは……メグちゃん次第だよ」
メグちゃんを見ると、
――大きな目に涙をたっぷりとたたえていた。
夢野陽
「……!」
氷室零
「……すまん。なしにしてくれ、今の話は……」
氷室さんはソファーから立ち上がり、寝室に入っていった。
◇ ◇ ◇
白雪明理紗
「はあ……」
私は送迎の車の中で、ため息をついた。
プルルルル――
カバンの中で、バイブレーションが鳴った。
カバンに手を入れ、スマートフォンを取り出して耳に当てた。
白雪明理紗
「はい、白雪です。……駄菓子屋の……? お久しぶりです。
……え? 恵が、そっちへ⁉」
私は咄嗟に、スピーカーに切り替えた。
◇ ◇ ◇
一軒家のリビングで高齢女性が、受話器を耳に当てている。
高齢女性
「そうなのよ、今日、
スーパーでリンゴを落としたところを、助けてもらってねえ。
……どこに住んでるか? ……ごめんなさい、それは分からないけれど……
あのスーパーに来たってことは、あのあたりに住んでるんじゃないかしら。
元気そうだったわよ」
◇ ◇ ◇
私は足を組み、車の座席の背もたれに背中を預けた。
白雪明理紗
「そうですか……わざわざ、ありがとうございます。
これから寒くなるので、どうか、体調にはお気をつけて。では……」
私は電話を切り、運転席の部下を見た。
白雪明理紗
「――聞いてたわね?」
明理紗の部下1
「はい。すぐに部下を向かわせます」
◇ ◇ ◇
ママ
「今まで、何をしていたの? 勝手に、家を出て行って……」
メグ
「え、あ、そ、その、……」
覆いかぶさる影に、身が震えた。
ママ
「何度も言っているでしょう、あなたは将来、
私たちと同じ立派な警察官僚になって、
良い男性と結婚して、良い母親になって、
子どもをまた、立派な警察官僚にしなきゃいけないの……!」
ママは、手を振り上げた。
ママ
「私の完璧なプランにないことは、すんじゃないわよ!」
バチンッ‼
メグ
「痛いい……! ――はっ」
……目が、覚めた。
メグ
(ゆ、夢……?)
私は辺りを見回した。
メグ
(ここは、木の家……ママの居る家じゃない……)
……零の方を見ると、すーすーと眠っている。
メグ
「……のど、かわいた……」
私は立ち上がって、そっと寝室を出た。
キッチンの端から台を持って来て、水道の前に置く。
メグ
「よいしょ……」
台に上がって、コップに水を入れた。
メグ
「よし――」
コップを持ち、台から降りる――
メグ
「あっ」
手が滑ってしまった。
――ガシャン‼
コップが床に落ち、水をまき散らして割れた。
メグ
「ああ!」
「何してるの⁉」
「どんくさいわねえ!」
「早く、片づけなさいよ!」
――また、ママの声がした。胸のあたりが、ずきずきする……。
メグ
「……」
リビングの奥の棚から、箒とちりとりを持ってきて、破片を集めた。
メグ
(陽は……こうやってた……)
……大好きな陽のことを考えているのに、
なんだか、胸が重かった。
◇ ◇ ◇
ガシャン、という音が、階下から聞こえた気がした。
夢野陽
(なんだ……⁉)
ベッドから起き上がり、下に向かう。
リビングには、何も起きていない……。
――キッチンをちらと見ると、
メグちゃんが、ガラスの破片を掃除していた。
夢野陽
「メグちゃん……」
メグ
「あ……」
彼女が、こちらを見た、
――辺りには、ガラス片が散らばっている。
夢野陽
「掃除、してるの?」
メグ
「う、うん……コップ、割っちゃったから……」
夢野陽
「え? 割ったから、自分で?」
メグ
「うん……」
メグちゃんは目を伏せた。
オレは彼女に歩み寄る。
メグ
「……!」
彼女の顔が、なぜか一瞬、ひきつった。
夢野陽
「――すごいよ、メグちゃん‼」
メグ
「え?」
彼女は大きな目をぱちぱちさせた。
夢野陽
「成長したね、自分で片付けられるなんて。すごい」
オレは思わず、彼女の小さな頭をなでた。
メグ
「へへ……」
夢野陽
「すごいよ、いつのまに」
メグ
「……」
……なぜか、メグちゃんの顔が暗くなった。
メグ
「……ねえ、私ってほんとに……”いいこ”かな」
夢野陽
「え? どうしたの、急に……」
メグちゃんはうつむき、力なく首を横に振った。
メグ
「なんでもない。おやすみ……」
――彼女は、キッチンから去っていった。
夢野陽
(なんだ? 急に……オレ、変なこと、言ったかな)
メグちゃんの頭を撫でた手を、自分の後頭部にやった。




