継承
オレたちは買い物を済ませ、出口に向かっていた。
出口前の広場を歩いていると、
「ああ!」
誰かの叫び声が聞こえた。
夢野陽
「⁉」
高齢女性
「ああ~」
……声の方を見ると、女性が、床を転がるリンゴに手を伸ばしていた。
……四方八方に、リンゴが大量に転がっている……。
夢野陽
(これは、大変だ……)
オレは買い物袋をその場に置いて、リンゴを拾いに行った。
メグちゃんと氷室さんもあわてた様子で、リンゴへ走る。
夢野陽
「はい、どうぞ」
オレが女性にリンゴを渡すと、
高齢女性
「悪いわねえ」
高齢男性
「助かったよ」
女性の横には、同じくらいの年齢に見える男性が、リンゴを持って立っていた。
夢野陽
(ふたりで来たのかな)
メグ
「はい、どうぞ!」
メグちゃんが、女性にリンゴを渡した。
メグちゃんを見る女性の目が、みるみるうちに丸くなっていった。
高齢女性
「あら……アリサちゃん!」
夢野陽
「?」
氷室零
「アリサ?」
氷室さんが男性にリンゴを渡しながら、首をひねった。
高齢女性
「ほら、覚えてない? あなたの実家の近くの、駄菓子屋のおばあちゃんよ」
メグ
「えっと……」
女性の微笑みに、メグちゃんは一歩下がった。
高齢男性
「また、そんなことを言って。
この子は白雪アリサちゃんじゃないよ、おまえ」
聞き覚えのある苗字に、オレは息をのんだ。
夢野陽
(白雪⁉ メグちゃんの苗字……いや、たまたまか?)
高齢女性
「そうかしら……でも、このくまのぬいぐるみは、私があげたものよ」
彼女はメグちゃんのぬいぐるみを指さした。
メグ
「アリサ……ママの名前……」
メグちゃんのつぶやきに、彼女を凝視した。
夢野陽
「そうなの⁉」
氷室零
「え?」
高齢男性
「あら、そうなのかい……」
メグちゃんはうなずいた。
メグ
「うん。ママの名前、不思議の国のアリスみたいだねって、話したことがあるの」
夢野陽
「そうなんだ……」
女性は眉を下げた。
高齢女性
「家がつらかったら、いつでもまたうちにおいでね。
また、お母さんにひどいことをされるんだろうから……」
夢野陽
(――え?)
男性は女性の肩に手を置いた。
高齢男性
「おまえ、この子は明理紗ちゃんじゃないよ、
明理紗ちゃんのお子さんみたいだよ。……すみませんねえ」
夢野陽
(……家が辛かったら?
お母さん……明理紗さんが、ひどいことをされた?
……どういうことだ?)
オレは一歩踏み出し、
夢野陽
「あの――詳しく、お話を伺ってもいいですか?」
――気づいたら、そう口にしていた。
夢野陽
(オレが話を聞いたところで、何になるわけでもない――
でも、気になる……こんな偶然……)
◇ ◇ ◇
オレたちはスーパーを出た。
建物沿いのベンチに、男女で別れて座る。
外には葉が落ち切った木の枝が、ゆらゆらと揺れている。
夢野陽
「ええと……整理してもいいですか」
高齢男性
「もちろん」
男性はゆっくりとうなずいた。
夢野陽
「まず……えっと、オレたちは、メグちゃん……
くまのぬいぐるみを持っている、あの子の親戚なんです」
――もちろん、嘘だ。
だけどこうでもしないと、話が進まない。
夢野陽
「それで……メグちゃんのお母様が、明理紗という方で。
明理紗さんは、昔、自分のお母様にひどいことをされていて。
駄菓子屋の、あの女性の方と懇意にされていた……と」
オレはもう片方のベンチに座っている、高齢女性を手で指した。
夢野陽
「あの女性は、メグちゃんを幼いころの明理紗さんと思っている
……こんな感じですね」
高齢男性
「うん、そうだねえ」
彼はゆっくりとうなずいた。
夢野陽
「……あの、ひどいことって……なんですか?
それに、あのぬいぐるみは……」
男性を腕を組み、目を閉じた。
高齢男性
「……令和の今なら、とんでもない話ですがね。
幼い頃の明理紗ちゃんは、実家に軟禁されてたんだよ」
夢野陽
「‼」
オレはまた、息をのんだ。
夢野陽
(メグちゃんと、同じ――!)
高齢男性
「お母様――
ケイ子さんに、勉強や家事をやれと言われていたらしくてね。
時々家を抜け出しては、うち――駄菓子屋に、遊びに来てくれたよ」
夢野陽
「そうなんですか……」
彼は腕を解いてうなずき、メグちゃんの方を見た。
高齢男性
「その時、くまのぬいぐるみをあげたんだけどねえ。
……家内が言う通り、メグって子が持っているものかもしれないねえ。
たしかに、よく似てるよ」
夢野陽
「……」
……メグちゃんは笑顔で、
ぬいぐるみを氷室さんと高齢女性に見せていた……。
◇ ◇ ◇
記者は高級住宅街で、ついとメガネをずり上げた。
記者
「……ここ数か月、白雪恵さんの気配を感じない?」
近所の人
「そうなのよ」
――白雪家の近く。
記者は、近くの住民に聞き込みをしていた。
近所の人
「恵ちゃん、家から裸足で出てきたり、
スーツを着た男の人に、家に連れ戻されたりしてたんだけどねえ。
最近、顔も見なくなって。心配だわ……」
記者
「……なるほど」
記者は素早く、スマートフォンにメモを取った。
そして、白雪家の巨大な屋敷を見上げる。
記者
(……これは、まずいんじゃないか……?)
◇ ◇ ◇
スーパーの外のベンチから立ち上がったオレと男性は、顔を見あわせた。
夢野陽
「――貴重なお話を、ありがとうございました」
オレが頭を下げると、男性は、いえいえ、と手を振った。
高齢男性
「明理紗ちゃんにもよろしく」
オレはあいまいにうなずいた。
◇ ◇ ◇
オレ、メグちゃん、氷室さんでバイクに乗り、隣町に向かった。
夢野陽
(――まさか、メグちゃんのおばあさまに、
会いに行くことになるなんて……)
――オレは、さっきのやり取りを思い出した。
ベンチで隣に座っていた男性は、スーパーの向こうを指さした。
高齢男性
「明理紗ちゃんの実家、隣町にあるんですよ。
……ケイ子さん、お孫さんの顔を見たいって言ってたねえ」
メグ
「……おばあちゃん?」
夢野陽
「!」
いつの間にか、メグちゃんが近くに来ていた。
彼女の目は輝いている。
メグ
「おばあちゃん、会いたい!」
高齢男性
「ああ、そうかい。なら場所を教えなくちゃねえ」
男性は微笑んだ。
夢野陽
(メグちゃんのおばあさん――
明理紗さんの、お母様……
明理紗さんに、軟禁を強いたその人……)
――バイクの運転席から、氷室さんの声がする。
氷室零
「ほんとうに、会いに行くのか?
……陽がメグを誘拐したこと、伝わってるかもしれないぞ」
夢野陽
「それは……」
オレはうつむいた。
メグ
「……おばあちゃんに、会えないの?」
メグちゃんの声が低くなった。
夢野陽
(――メグちゃんの期待を裏切りたくない。……せめて、少しくらいなら……)
「……顔を見るだけなら、どうだろう。遠くからさ」
氷室零
「ま、まあ、それなら……」
メグ
「やったあ!」
メグちゃんが身体を揺らすのが、背中越しに伝わってきた。
氷室零
「……そうだ、さっきのあの女性、前から私たちのことを気にしてたみたいだぞ」
夢野陽
「そうなの?」
氷室零
「ああ。スーパーで私たちを見るたびに、
メグが、明理紗さんに似てるって思ってたんだと。
まさかほんとうに、メグと母親という関係だったとは……」
メグちゃんが、ぎゅっとオレに抱きついた。
メグ
「……おばあちゃん、どんな人なんだろう!」
夢野陽
「……」
……メグちゃんの明るい声に、何も返せなかった。
◇ ◇ ◇
氷室零
「神宮寺――ここか」
氷室さんが住宅街の路肩にバイクを止め、ヘルメットを外した。
オレは建物を見上げた。
夢野陽
(すごい、お屋敷だ……)
メグ
「わあ、おっきい!」
――神宮寺という、木彫りの表札が掲げられた家。
そこは黒々とした門が構えられている、日本式の屋敷だった。
夢野陽
(ここで、明理紗さんが軟禁されていたんだ……)
オレはメグちゃんと氷室さんの方を見た。
夢野陽
「……遠くから見るだけにしよう」
ふたりはうなずいた。
??
「明理紗――‼」
夢野陽、メグ、氷室零
「⁉」
門の向こうから、叫び声が聞こえた。
??
「明理紗、ごめんよお!」
夢野陽
(なんだ、誰の声だ⁉)
……すこし開いた、神宮寺家の門。
そこから、高齢の女性が縁側に座り込んでいるのが見えた。
高齢女性
「明理紗……ダメな母さんで、ごめんよ……!
叩いたり殴ったりして、ごめんよ!」
夢野陽
(明理紗さんのお母様――メグちゃんのおばあさまの、ケイ子さんか)
ケイ子さんは、
つぶれた喉から無理やり出したような低い声で続けた。
ケイ子
「私があ、叩いたり殴ったりしたから、
東京のお屋敷に、入れてくれなかったんだよねえ!
すーごく、私を嫌がってたよねえ、
私なんかより、明理紗の旦那さんの方が、
ずっとずっと優しくて、良い人そうだもんねえ~
そうだよねえ、ごめんねえ……」
メグ
「こ、こわい……」
メグちゃんが、オレのズボンを握りしめた。
オレは、その手を握る。
夢野陽
(メグちゃんのお母様――明理紗さんは上京して、結婚した……
でも自分のお母様は、その家に入れなかった、ということか?)
ケイ子
「だからねえ、私、今、家でひとりぼっちなのよ!」
夢野陽
「!」
――幼い頃、顔の前で酒の空き缶を掲げた父さんが、頭をよぎった。
夢野陽
(ひとりぼっち――父さんが言ってたのと、同じ……)
ケイ子
「家族はね、だあ~れも、いないの!
あの人も死んでね、だから、ひとりなの!
――だからねえ、私、謝るから。
だから、戻って来て、明理紗あ!
お母さん、ずっとずっと、ずーっと、ここで、待ってるからね~~‼」
……バタバタと若い女性が、ケイ子さんに駆け寄った。
若い女性
「ケイ子さん、お薬飲むの忘れちゃったのね、ハイ、お口開けて!」
女性は、むりやりケイ子さんの口を指で開けた。
ケイ子
「明理紗、帰って来て! お願いだから!」
若い女性
「落ち着いて、ケイ子さん!」
ケイ子
「ありさああああああ‼」
夢野陽
「……ッ」
オレはケイ子さんから顔を逸らした。
夢野陽
(なんて、哀しい声なんだ……)
近くの、葉の落ち切った木の枝が風に吹かれ、バサバサと揺れた。




