迷い
オレはそれからすぐ、ログハウスに戻った。
その夜、執筆の合間に夕食を食べに、リビングに降りた。
――ソファーに座ると、メグちゃんが心配そうな目を向けてくる。
メグ
「陽、ずっと部屋にいるね」
夢野陽
「うん。ちょっと、作業しててね」
メグ
「何してるの?」
夢野陽
「……ええっと……」
オレは目をさまよわせた。
夢野陽
(小説……というのは、なんだか、恥ずかしい……)
オレはメグちゃんに微笑んだ。
夢野陽
「な、内緒かな!」
メグ
「えー!」
氷室零
「そういわれると、逆に気になるぞ……」
メグちゃんは立ち上がり、オレの腕にしがみついた。
メグ
「教えて、教えて~!」
夢野陽
「う……」
メグちゃんは目をキラキラさせている。
……かつて氷室さんが、
不動産会社の前で見たメグちゃんの瞳も、こうだったのかもしれない。
夢野陽
(ああ、確かに……この瞳の前じゃ……)
オレは目を閉じて、うつむいた。
夢野陽
「……小説だよ」
氷室零
「小説⁉」
氷室さんは素っ頓狂な声をあげ、
メグ
「なあにそれ?」
メグちゃんは首を横に傾けた。
氷室さんはメグちゃんの方を向いて、人差し指を立てた。
氷室零
「絵本は知ってるか? あれの、絵じゃなくて、文だけみたいなものだ」
メグ
「え、すごい! 陽すごい!」
メグちゃんはオレの腕をぶんぶんと振った。
夢野陽
「~~~~~~っ」
顔が熱くなった。
夢野陽
「小説……というか、
言ったこと、言われたことをただ書いただけの、台本みたいなものだよ……
別に、大したことはないよ」
氷室さんは真面目な顔で、首を横に振った。
氷室零
「いや、そんなことはない。何か物を書く時点で、すごいことだよ」
メグちゃんは大きくうなずいた。
メグ
「その、しょうせつ? 読んでみたい!」
夢野陽
「あ、え……まだ、未完成だよ! せめて、書き終わってから!」
――まだ、メグちゃんを連れ去る直前までしか、書いていない……。
夢野陽
(――メグちゃんを、連れ去る――……)
オレはうつむいて、拳を握った。
夢野陽
(連れ去る、なんて……
オレは、なんて、とんでもないことを……)
メグちゃんは身体を揺らし、
氷室さんは温かい目でオレを見ている……。
夢野陽
(こんな生活をずっと続けていて、いいのか……?
本来なら、児童相談所に――)
ズキッ、と胸が痛んだ。
夢野陽
(いや……せめて、今は、今だけは――このまま……)
腕に置かれたメグちゃんの手に、自分の手を重ね合わせた……。
◇ ◇ ◇
――もう何日、屋根裏部屋にこもっているか、わからない。
夢野陽
「……」
オレは机で、今日もペンを動かしていた。
夢野陽
「よし、終わった……!」
ペンを机に転がし、オレは紙を手に取った。辞書くらい分厚いそれを、ジッと見る。
夢野陽
「書ききった、全て……オレの人生、全て……」
……とはいっても、セリフを書き連ねただけの、小説とは言えない何かだ。
それでも、不思議と、オレの胸は軽くなっている。
――ふと視界に入った窓の外には、雲一つない空が広がっていた。
??
「オイ、陽」
耳元で声がした。
夢野陽
「⁉」
振り返ると、そこに氷室さんがいた。
夢野陽
「ど、どうしたの……」
氷室零
「そろそろ昼食だから、呼びに来た。
悪いが、しばらく反応がないから入った……。
……なんだ、この紙は……」
氷室さんは、オレの書いた小説
(と呼んでいいのか分からないが)を見た。
氷室零
「……もしかして、これが前言ってた小説か?」
夢野陽
「え、あ……」
顔が、熱くなった。
夢野陽
(は、恥ずかしい! だけど……隠しても仕方ない……)
オレは頬をかいた。
夢野陽
「あ、ああ、うん。そうだよ」
氷室零
「ほんとか!」
目を見開いた彼女に、オレはうなずいた。
氷室零
「すごい……すごいな、陽、こんなに……読んでみてもいいか?」
彼女はうれしそうだった。
夢野陽
「あ、うん……いちおう、書ききったからね……」
氷室零
「そうか。読むのが楽しみだ」
◇ ◇ ◇
昼食のあと。
氷室零
「ふむ……なるほど……お前の人生を書いたのか」
夢野陽
「う、うん……」
――リビングで、氷室さんはオレの書いた小説を読んでいる……。
夢野陽
「……」
真剣な氷室さんの顔や、
横で文章を指で追うメグちゃん、
窓越しに舞い落ちる紅葉や、
壁にかかっている時計を見た。
夢野陽
(はっ、恥ずかしい…………)
――空が暗くなるまで、氷室さんは小説を読んでいた……。
氷室零
「――なるほど」
彼女は、小説をテーブルに置いた。
夢野陽
「ど、どうだった……?」
オレは奥歯を噛みしめ、氷室さんの顔を見つめた。
夢野陽
(また――また、否定されるんじゃないか?
父さんや優月ちゃんのように――)
彼女はいつも通りのしれっとした顔をした。
氷室零
「パワーがある」
夢野陽
「……ぱわぁ?」
オレはあんぐりと口を開けた。
氷室零
「そう……ものすごい生命力だ……」
夢野陽
「せいめいりょく……」
……どういう意味かは分からなかった。
少なくとも、好意的に受け取られている、ということなのだろう。
氷室零
「……私は、読めてよかったよ。いい小説だと思う。
読ませてくれて、ありがとう」
彼女は力強く微笑んだ。
メグちゃんはめくりながら、目を見張った。
メグ
「陽がこれ書いたの、すごい……」
夢野陽
「へへ、ありがとう……」
氷室さんは紙を指さした。
氷室零
「――この小説、どうするんだ?」
夢野陽
「どうするって?」
氷室零
「いや、このまま棚にでもしまっておくのかと思ってな。
こんなに量があるのに、それはもったいないだろう」
夢野陽
「そ、そうかもしれないけど……」
氷室零
「ネットで公開なり、賞に応募なりしてみたらどうだ?」
夢野陽
「ええ⁉」
オレはぶんぶんと、首を激しく横に振った。
夢野陽
「そんな、恥ずかしいよ! 文章力も、まだまだだし……」
氷室さんは指を組み、真剣な顔をする。
氷室零
「――ほんとうにこの小説の価値を分かる人には、
文章力なんて関係ない」
夢野陽
「いや……もしかしたらそうかもしれないけど、でも……いきなりだよ……」
オレは目をさまよわせた。
夢野陽
「少し……考えたい……」
◇ ◇ ◇
数日後、オレとメグちゃんと氷室さんは、スーパーに向かった。
メグ
「うわあ、すごい!」
氷室零
「キレイだな……」
スーパーの入り口を入ったところの広場に、大きなクリスマスツリーがある。
吹き抜けの天井まで伸びているそれは、キラキラと輝いている……。
夢野陽
(もうすぐ、クリスマスか……)
――オレとメグちゃんが出会ったのは、まさにその日だ。
夢野陽
(あの日からいよいよ、一年が経とうとしている――
本当にこのままで、いいのか?)
ツリーを見てはしゃいでいるメグちゃんを、ジッと見つめた……。




