傷だらけの孤独
数日後の朝。
屋根裏部屋の机で、オレはペンを握ったまま、紙をにらみつけていた。
――胸の中で今日もまた、血だまりの中で屑肉になった父さんを見下ろす。
夢野陽
(……足りない、いくら殴っても、殺しても……‼)
その時、頭に声が流れた。
「――照さんがこうなったのは、私が、悪いのかもしれないわね」
夢野陽
(母さんの声だ……)
幼い頃、母さんと一緒に実家から逃げようとしていた時――
電灯がちらちらと光るうす暗いキッチンで、彼女は語った。
夢野光
「照さんはね、私が解雇したの」
幼い夢野陽
「かいこ?」
知らない言葉に、当時のオレは首を傾げた。
夢野光
「そう――仕事を辞めさせるってことね」
幼い夢野陽
「そうなんだ……」
母さんはうなずいた。
夢野光
「それから、照さんは酒におぼれるようになった……」
彼女はうつむいて、
夢野光
「だから、私が悪いのかもしれないわね。
私が、照さんを辞めさせたから……。
彼はひどく傷ついて、酒に逃げるようになったのかもしれないわ」
そう、低い声を出した。
幼い夢野陽
「……」
オレはジッと、うつむいた母さんを見つめていた。
……当時のオレは、何も言えなかった。
――胸の中でオレは顔を上げ、少し遠くを見た。
夢野照
「オラ! 小説なんて書いてないで、家事をしろっ!」
……いつの間にか復活し、
幼いオレを責め立てる父さんは……傷だらけだ。
身体のあちこちに、切り傷がある。
夢野陽
(父さんが最初、スーツ姿のオレだった時も、そうだった……
なんで、忘れていたんだろう)
……単に忘れていただけなのかもしれないし、
記憶の底に封じ込めていたのかもしれない。
忘れたふりをしていた……
あるいは、見てみぬふりをしていたのかもしれない。
――ただ、なぜか今、その記憶を思い出したのだ。
夢野照
「このクズ! 無能があ!」
――傷だらけの父さんは、幼いオレを殴りつけている。
夢野照
「……ッ……」
時折、身体の傷に手を遣りながら……。
夢野陽
(――哀れだ……)
◇ ◇ ◇
ログハウスのリビングで、私は二階を仰ぎ見た。
氷室零
「陽……ここ数日、また部屋にこもりきりだ。
大丈夫なのか……」
メグ
「うん、心配……」
ソファーに座っているメグはうつむき、くまのぬいぐるみを抱きしめた。
◇ ◇ ◇
――オレはリビングに降りた。
氷室さんはソファーに座っていて、
メグちゃんはその脇のソファーで眠っている。
氷室さんが、心配そうな顔でオレを見た。
氷室零
「……お前、また最近ずっと閉じこもってるが、体調は平気か?」
夢野陽
「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめん」
氷室零
「別に、いいが……」
彼女は外を指さした。枝の隙間から、雲一つない空が広がっている。
氷室零
「たまには、外に出てみたらどうだ?」
夢野陽
「たしかに……ここ数日、外に出てないな」
オレは顎に手を当てた。
◇ ◇ ◇
オレはすぐにバイクで、近くの本屋へと向かった。
本屋の天井からは観葉植物が吊り下げられ、
入り口にはキッチン用品のディスプレイが並んでいた。
夢野陽
(おしゃれだなあ)
オレは児童文学の棚に行き、好きな小説のシリーズのところを見た。
夢野陽
(まだ、新刊出てたんだ……)
オレは新刊を手に取った。
――屋根裏部屋の机の上の紙が、頭をよぎる。
夢野陽
(今、書いているところは――
優月ちゃんに小説を否定されたところだ……
……何度も、何度も否定された……)
――本を、強く握った。
その時、近くを、カップルが通りかかる。
女性の声
「こんな子ども向けの本が好きだったんだよ、あの人! マジ子どもっぽい~」
男性の声
「たしかになあ」
女性
「でしょ? ――え、陽くん?」
夢野陽
「え?」
後ろを向くと、そこには優月ちゃんがいた。
彼女の横には、ナチュラルな格好をした男性がいる。
夢野陽
(……この前のタンクトップの男性とは、違う……)
優月ちゃんはオレを睨んだ。
優月
「……どこまでストーキングしてるの、キモッ」
夢野陽
「そんなことないよ、たまたまここに来ただけだよ」
彼女は顎でオレを指し、隣の男性を見た。
優月
「ユウキ、この人。さっき話してた、前の前の婚約者」
ユウキ
「え⁉ そうなの⁉」
優月ちゃんはオレが手に持ってる本をちらと見て、口角を上げた。
優月
「まだ、そんな子供向けの本好きなの? だっさ!」
夢野陽
(また、この小説を否定して……!)
オレは彼女を睨み返した。
夢野陽
「そんな言い方、失礼だよ……!
前はあんなに好きだった、って言ってたでしょ?
どうして、そんなにこの本の魅力を分かってくれないの?」
優月ちゃんは、ひっ、と小さく悲鳴を上げ、ユウキという男性にしがみつく。
優月
「気持ち悪い、女々しい! ……いつまで、私に執着してるの?」
……執着、と言われれば、そうなのかもしれない……。
未だに、何度も同じことを聞いていて……。
オレは優月ちゃんから、目を逸らした。
夢野陽
「……しゅ、執着なんてしないよ……」
優月
「してるじゃん、ストーキングに、前のことをグチグチグチグチ……
ほんと、こんなクソガキみたいな男と結婚しなくて正解!
……ほら、ユウキ、行こ」
優月ちゃんはオレを睨みつけ、ユウキという男性の手を引いた。
彼らは本屋に隣接されている、カフェスペースの方へ歩いていった……。
夢野陽
(オレは――執着、してるのか?
オレはただ……小説の良さを、分かってほしいだけなのに……
優月ちゃんだけじゃない、……父さんにも……)
オレは新刊をもう一度見た。
夢野陽
「どうして――誰も、分かってくれないんだ……」
本に囲まれた空間でぽつりと、つぶやいた……。




