心を救ってくれた小説
夢野陽
「はあ、はあ……」
机に手を置き、息を整える……。
夢野陽
「ん……」
歪む視界に、
優月ちゃんと仲良くなったキッカケの小説が入ってきた。
夢野陽
(ああ、そうだ……この小説……実家から、持ってきたんだ……)
◇ ◇ ◇
……実家を掃除している時、小学校の卒業アルバムが出てきた。
夢野陽
(小学校か……)
……胸が、ずきりと痛んだ。
◇ ◇ ◇
同級生1
「夢野、きっしょー!」
同級生2
「来んじゃねーよ!」
――オレは放課後の教室で、罵声を浴びせられていた。
いつものことだ。
夢野陽
「……っ」
オレは教室を出て、廊下を走った。
同級生1
「逃げんじゃねーよ、クズ!」
同級生2
「もう二度と教室に来んな!」
夢野陽
「はあ、はあ……」
走って、図書室に駆け込んだ。
◇ ◇ ◇
……放課後の図書室は、司書さん以外、だれもいない。
窓から、楽しそうな声が聞こえるだけだ……。
夢野陽
「……………」
オレは図書室の隅の方へ行き、
回転する棚から「いつもの小説」を取り出した。
それを持って、窓際の席に座り、開く。
夢野陽
(やっぱり……この小説は、僕の味方だ)
「子どもは、幸せでなくちゃいけない」
そう書かれた小説だけが――
家でも学校でも居場所のない僕の、唯一の逃げ場だった。
放課後の図書室で、この本を読んでいるときだけは、
幸せだった……。
◇ ◇ ◇
夢野陽
「…………」
オレは卒業アルバムの、最後のページを見た。
将来の夢、というページだ。
かつてのオレは「人の心を温める小説を書きたい」と幼い字で書いていた。
夢野陽
「小説、か……」
オレは卒業アルバムを閉じた。
自分で購入した、「その小説」を手荷物に加えた。
◇ ◇ ◇
……そして今、ログハウスでもう一度、その小説を手に取る。
夢野陽
「う……」
頭の中に、また、罵声が響いた。
「小説なんかより、遊ぼうよ」
「つまんない」
優月ちゃんの声と――
「そんなもん読んでないで勉強しろ」
父さんの、声……。
夢野陽
「うう……」
……父さんに小説を否定されたのは、小学生のころだ。
その小説と出会ったオレは、内容に感激した。
そして、その素晴らしさを、彼にも知ってほしかった。
暗闇だけだったオレの世界に射した、ひとすじの光。
それを知ってほしかった。
ただ、それだけだった……。
◇ ◇ ◇
夢野陽
「お父さん!」
学校から帰ってきてすぐ、
テレビの前に寝転がる父さんの背に、声をかけた。
夢野照
「…………」
夢野陽
「お父さん、見て! この本!」
夢野照
「なんだ、うるせえなあ」
父さんは身を起こし、オレを睨んだ。
夢野陽
「見てよこの本、すっごくいいんだよ! 面白いんだよ、お父さんも読んでみ──」
夢野照
「そんなくだらねえもん読んでねえで、家のことをしろ‼‼」
彼は近くにあった空き缶を、オレに投げつけた。
夢野陽
「‼」
夢野照
「ったく……」
父さんは背中をボリボリかきながら、また、寝転がった。
夢野陽
「……………」
(……聞いて、くれないんだ……)
……胸が、ズキズキと痛んだ。
一瞬、まばゆい光に照らされた世界が、
また、暗黒に包まれた……。
そして、その後、優月ちゃんにも否定された……。
◇ ◇ ◇
夢野陽
「…………」
オレはジッと、小説の表紙を見つめた。
主人公たちが、遊園地にいるイラストだ。
夢野陽
(でも………でも……いくら否定されても……)
オレは、小説を開いた。
夢野陽
(オレはやっぱり、この小説が……)
……それから、また、その小説を読み切った。
夢野陽
「ふう……やっぱり、面白い」
後書きのページを開いた。
このページも、内容を暗記するほど読んでいる。
……この作者は、もともとは演劇畑出身だそうだ。
とあるワークショップで、
「自分の人生で重要な場面を台本にする」
「それを、他の人に演じてもらう」
「それを、自分で見る」
こんなことをやったそうだ。
その時の体験が忘れられず、演劇をはじめた。
次第に、台本や小説を書くようになったという……。
夢野陽
「自分の体験を書く、か……」
自分の体験。
さっき、氷室さんに話したことを思い返してみるが……
……イヤな、記憶ばかりだ。
否定、否定、否定……。
夢野陽
(でも……)
もう一度、小説に目をやった。
自分で書いた、自分の人生の重要な場面を見て、
作者はこう思ったという……。
「自分のことを客観視できた、良い体験だった」
「いい場面だった」
「自分の中で、しこりが浄化された」
夢野陽
「オレも――書けば、なにか……変わるのかな」
……近くにあった紙とペンを、手にとった。




