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【完結済み】The Safe House  作者: さかな煎餅
第3章「変化」
36/58

婚約破棄

──オレと優月ちゃんは、大学を卒業後、同じ企業の違う部署に入った。

オレの第一志望の企業ではなかった。

しかし、就活終盤で、他に内定を一個ももらえなかった。

疲弊していたオレは、そこに行かざるを得なかった……。


   ◇ ◇ ◇


毎朝、満員電車に乗り込む。

沢山の人々に身体を圧迫されながら、職場に向かう……。


上司

「夢野くん、また君だけ、ノルマ達成できてないじゃないか」

夢野陽

「すみません……」


オフィスの一室で、上司はホワイトボードを叩いた。


上司

「困るよ……上から怒られるのは、俺なんだからさ」


彼は自分のデスクに座り、キーボードを打つ。


夢野陽

「はい……」


上司は近くに置いてあった分厚い紙の束を、オレの方に押した。


上司

「はい、これ。終わるまで帰らないで」

夢野陽

「え、あ、はい」

(……こんなに……終電に間に合うかな……)


オレは紙の束を持ち上げた。その瞬間、ぐらりと身体がふらついた。


夢野陽

「うわっ、あ、あ!」


バサバサ!


紙の束が、あたりに散った。


部下

「ぷっ、また夢野さん?」

同期

「夢野、どんくさー」

先輩

「夢野、何してんだよ! 会社の大事な書類だぞ!」

夢野陽

「す、すみません!」


オレは慌てて、紙を拾った。


夢野陽

(オレが悪いんだ、オレが………)


……オレは歯を食いしばった。


夢野陽

(就活を頑張ったんだから、ここで踏ん張らなくちゃ……)


……光の見えないトンネルを、永遠に一人で走っている。そんな気分だった。


   ◇ ◇ ◇


──翌年、世界中で、コロナウイルスが猛威を振い始めた。

オレと優月ちゃんは、数か月に勢いで買ったログハウスで、

急遽リモートワークをすることになった。


優月

「よし、接続できた!

……ログハウスだからダメかと思ったけど、意外といけるんだ」

夢野陽

「そうだね」


オレと優月ちゃんはログハウスのリビングで向かい合って座っていた。

各々、パソコンを立ち上げていたところだ。


夢野陽

「よし、オレも――」


ティロリン♪ ティロリン♪


夢野陽

「あ……」


スマートフォンの画面を見ると、直属の上司からの電話だった。


夢野陽

(なんだろう)


スマートフォンを操作し、耳に当てる。


夢野陽

「はい、夢野です」

上司

「……おはよう。夢野くん、大変申し訳ないが──」

夢野陽

「──────え?」


目の前が、真っ暗になった。


   ◇ ◇ ◇


??

「うくん……陽くん、陽くん!」


暗闇が、じょじょに明るくなって――目の前に、傘をさした優月ちゃんがいた。


夢野陽

「──あ、ゆ、優月ちゃん……?」

優月

「どうしたの、こんなところにいて……」


……オレは、辺りを見まわした。雨が降っている、夜の林の中だった。


夢野陽

(いつの間に、こんなところに……)

優月

「もうおなかぺこぺこだよ、帰ろ?」


優月ちゃんはオレの手をとり、歩き始めた。


夢野陽

「あ、ああ、うん……」


……ふたりで並んで、雨の林を歩く。


夢野陽

(……朝、上司から電話がかかってきて、それで──)


……思い出した。

上司から、突然、解雇を告げられたのだ。……理由は、教えてくれなかった。


夢野陽

「朝、さ……上司から電話があったんだ、もう、会社にこなくていいって」


……思わず、口から言葉が漏れていた。


夢野陽

(なに、喋ってるんだ、オレ……)

「とても、信じられないよ……」


……口にしてみると、ほんとうに突然だ。

昨日まで、朝早くに満員電車に乗り、会社に通っていたというのに……。


夢野陽

(やっぱり──オレが、悪いんだろうか……)


営業成績は部署の中で最下位……

いよいよ、切られてしまったのだろうか。

──オレは部署の中で疎まれ、バカにされてきた。

それでも、必死に頑張ってきた。

大学四年のときは様々な企業にエントリーシートを出しては、断られ……

周囲の人の就活が終わるのを、焦りと共に見てきた。

だからこそ、就職してからはもっと必死だった。


夢野陽

「もう二度と就活なんてしたくなかった、

だから、この企業で必死に食らいついてきた……

どんなに怒られても……。

どんなに、仕事が多くても……。

なのに、その努力が、こんな……」

(芽も出ず……こんな形で終わってしまうなんて──)


オレはうつむいた。


夢野陽

「……とても、耐え切れないよ……」

優月

「……うん」

夢野陽

「優月ちゃんなら、分かるでしょ?

オレ、就活の時も、必死に頑張って……

なかなか内定がもらえなかったの、知ってるでしょ?」


オレは、優月ちゃんの方を見た。


夢野陽

「⁉」


優月ちゃんは、

自分の髪の毛を指でくるくると巻いていた。

……また、つまらなさそうな顔をして。


夢野陽

「ねえ……優月ちゃん、聞いてる?」

優月

「え?」


優月ちゃんはこちらを見た。


優月

「……あ、うん、聞いてるよ」

夢野陽

「ほんと?」


「──なんで⁉」

──また、幼い声が脳裏に響いた。


「頑張って尽くしてきたのに?

勉強を教えて、話を聞いて、家事もした、

婚約もした、なのに!

どうして!」


優月

「うん、聞いてるよ……」


彼女は前髪を手ですき始めた。


「聞いてないでしょ?」

──この時、はっきりと、

幼いオレの声が聞こえてきた。


「僕、頑張ったよ?

これまでずっと、家事も勉強もやってきたのに?

尽くしてきたのに?

お父さんもお母さんも、優月ちゃんも……!

なんで、僕の話を誰も聞いてくれないの……?

……さびしいよ……‼」


夢野陽

「──オレの話を聞けよ!」


──気づいたら、叫んでいた。


優月

「‼」


彼女は肩を震わせ、手から傘を落とした。


優月

「びっくりしたあ……どうしたの? 陽くん」


……その間抜けな表情に、なんだか、胸がムカムカしてきた。


夢野陽

「……話を聞いてるように見えないから、怒ってるんじゃないか」

優月

「聞いてるよ……」


彼女はオレから目を逸らした。

ゴロゴロ──遠くの方で、雷が鳴った。

幼い声が耳元で叫んだ。


「嘘だッ‼」

「ちっとも聞いてるように見えないよ⁉」


……そもそも、前からそうだった。


夢野陽

「就活の話をした時だって、そうじゃないか……

オレの話を遮って、唐揚げを食べたいって……」


オレは優月ちゃんの興味なさげな目を見た。


優月

「はあ? そんな前のこと、覚えてないよ、どうでもいいでしょ」

夢野陽

(どうでもいい⁉ オレは就活で苦しんでたのに──)


「許せない!」

「この子はずっとそばにいた!

なのに、分かってくれない! 聞いてさえくれない‼」

幼い声が、オレの頭を揺らした。


夢野陽

「いつも話を聞いて、尽くしてきたのに……

大事な話すら、聞いてくれないのかよ⁉」


ドガァァァン‼


優月

「きゃあ!」

夢野陽

「…………」


……近くに、雷が落ちたようだ。


優月

「びっくりした──ねえ、もう家に戻ろうよ」


「やだ、ごまかさないでよ」

幼い声につられ、


夢野陽

「大事な話をしてるんだよ」


オレはそう、低い声を出した。


優月

「話どころじゃないじゃん! 雷が落ちてるんだよ⁉ 危ないよ!」

夢野陽

(そうやって、また‼)

夢野陽

「キミは、自分勝手だよ……

自分の話ばっかりで、人の話を聞こうとしない……」


幼い声は、

「そうだ、そうだ!」

「それだけじゃない!

僕の大事なものを何度も!

バカにして!」

激しく叫んだ。


夢野陽

「挙句の果てには、

オレが今も大好きな小説まで否定して……!」


オレは近くの木を拳でたたいた。


夢野陽

「中学で出会った時は──そんな人とは思わなかったよ……」

(この人もそうだ──

父さんと同じ! 自分のことばかりだ‼)


睨みつけると、優月ちゃんはムッとした顔をした。


優月

「なに……陽くん、私のこと、そんなふうに思ってたの?」

夢野陽

「今、そう思った。キミには失望したよ……

信じたオレが、バカだった……」


……自分でも驚くほど、低い声が出た。

――バシャン!

彼女が勢いよく遠ざかり、


優月

「……なんなの⁉」


信じられないような目で、オレを凝視する。


優月

「私だって……

優しくて、賢くて、何でもできる陽くんが

こんなひどい人だって、思わなかったよ⁉」


「なんだよ、コイツ!」

「僕の何が、ひどいんだよ!」

「僕はずっと、我慢して、尽くしてきたってのに!」

頭の声の主は、不満げだ。


夢野陽

(いや──オレがバカだったんだ)


父さんと同じように、

尽くせば、愛される──

……そう思いこんでいたのが、あほらしい。

優月ちゃんは腕を組み、そっぽを向いた。


優月

「はあ。

……なんなの、仕事辞めさせられたくらいで……

グチグチグチグチ、情けないよ……」


「失礼だよ、この女!」

幼い声が、また叫んだ。


夢野陽

「仕事辞めさせられた、くらい……?」


オレは彼女に歩み寄った。


優月

「ひっ!」


彼女は素早く身を引いた。


優月

「近寄らないで、気持ち悪い!」

夢野陽

「くらいって、失礼だよ‼

キミは見てたでしょ、オレが就活で苦労してたの!

仕事が忙しかったことも!

それで、くらいだなんて、失礼だ!」

優月

「私には関係ない!」

夢野陽

「関係ないのなら、何を言っても許されるの⁉

たとえ、理解できなくても!

他の人に対して配慮したり、

その裏の努力を考えてみたりしてもいいんじゃないの⁉

オレの好きな小説についてもそうだ!

知っていてもなお、くだらないだなんて、ひどいよ!」


オレは優月ちゃんを睨んだ。


夢野陽

「キミは、人の尊厳や努力を踏みにじる発言を、平気でする……!

無価値の烙印を、カンタンに押す‼

それが、オレには許せない‼」


……優月ちゃんはなぜか、フッと笑った。


優月

「じゃあ、それでいいんじゃない?

陽くんの中であたしは薄情で、人の心がないんでしょ?

勝手にそう思ってなよ、思うのは自由でしょ」


「それは、そうだけど……でも……」

幼い声が、明らかに濁った。


夢野陽

「……ああ、そうだね……」


オレは、空を仰いだ。


夢野陽

「何かを否定するのは、カンタンだよ……。

思考停止すれば、それでおしまい……。

でも、否定したところで、

何も変わらないじゃないか……。

お互いにイヤな気持ちになるだけで、

誰も、幸せになどなれない……

だから、許せない──……」


優月

「はは、なに、キレイゴト言ってるの?

陽くんだって、あたしのこと、許せないって否定してるじゃない」

夢野陽

「…………」

(それは、そうか……)


優月ちゃんはうつむき、ため息をついた。


優月

「……そんなに嫌なら、結婚するのやめる?」

夢野陽

「えっ……」


彼女はオレを睨んでいた。


優月

「どうしても、許せないんでしょ?

なら、嫌な思いをしてまで、一緒にいることない……」


夢野陽

「だからって、婚約をなしにするのは、いくらなんでも急だよ!

価値観の違い、それで終わる話だ!」

優月

「……うるさいなあ」


優月ちゃんは舌打ちをした。


優月

「……ああ、もう……もうイヤ。

陽くんが、こんな人だったなんて……。がっかりだよ。

婚約なんて、もういいよ、イヤだ……」


彼女はため息をつき、下を向いた。


優月

「……中学の時、

陽くんから最初に話しかけてくれたのは、嬉しかったよ?

好きな本が同じで、

いつも、私のことを助けてくれて、

話を聞いてくれて。

だから、いい友達になれると思ってた。

結婚しても、いい関係でいられると、思ってた……」


……優月ちゃんの声は、震えていた。その時、空が一瞬、光った。


優月

「……親も、クラスの誰も、

私のことなんて見てくれないと思ってたから……

陽くんだけは、……世界でたった一人、陽くんだけは……

私を愛してくれてると、思ったのに……」

夢野陽

「……優月ちゃん……」

優月

「さようなら」


彼女はオレに背を向け、傘をとって、……林の奥へと消えていった……。


「ああ、すっきりした」

幼い声は満足そうだった。


夢野陽

(……ほんとうに、これでよかったのか……?)


しばらく、オレは雨の林で、立ち尽くしていた……。


   ◇ ◇ ◇


……優月ちゃんは、すぐに荷物をまとめ、ログハウスを出て行った。

そんな冷たい家に、オレはいたくなかった。

だから、電車に乗り、ひたすら遠くまで行くようになった……。


夢野陽

(家に、いたくない……どこか、遠くに…………)

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