言えない
……オレはログハウスに帰宅し、キッチンに立った。
まな板に鶏肉を乗せ、包丁を持つ……。
幼い夢野陽
「やだやだ! 料理なんてしたくないっ‼
もう休みたいんだよ‼」
頭の奥から甲高く、つんざくような声が聞こえた。
夢野陽
「う……」
包丁を持つ手が、震える……。
ガチャン!
夢野陽
「あっ……」
……包丁が、まな板に落ちる。
夢野陽
「……ダメだ……ごめん、メグちゃん……」
(だけど、夕飯は食べなくちゃならない──)
◇ ◇ ◇
オレはキッチンを出て、玄関から外に出た。
階段のところに、すわりこむ。
ポケットに手をいれ、手のひらサイズの箱を取り出す。
……本当なら昨日、やろうとしていたことだ。
夢野陽
(……吸わないと、やってられない)
ぼろぼろの箱を開き、一本、タバコを出す。
口にくわえて、ライターで火を点け、吸う…………
夢野陽
(……やっぱり、まずい)
一年近く前のものだ、とても、吸えたものではない。
口から吐き出し、足で吸い殻を踏んだ。
ギィ……
夢野陽
「!」
後ろを向くと、氷室さんがドアから出てきていた。
氷室零
「陽……よかった、ここにいたのか」
夢野陽
「……どうしたの」
氷室零
「お前がいないから、また、遠くに行ったのかと思ってな。
……タバコ、吸うんだな」
夢野陽
「え、あ、うん……」
オレはとっさに、煙草の箱とライターをしまった。
氷室零
「……なんで、わざわざ隠す?」
夢野陽
「いや、その……」
(……二人と出会ってからは吸わないようにしていた、
なんて、言えない……)
オレは氷室さんから顔を逸らした。
夢野陽
「な、なんとなくだよ、はは……」
氷室零
「……私、お前のこと、何にも知らなかったな」
夢野陽
「え?」
彼女は、深刻な顔をしていた。
夢野陽
「‼」
氷室零
「……お前がいなくなって、初めて気づいたよ。
煙草のような、趣味趣向もそうだが……
お前が何を考えて家を離れていたのか……分からなかった」
夢野陽
「そんな、おおげさだよ」
(……知ったところで、どうせ、この人だって……
オレのことなんて、どうでもいいに決まってる)
父や優月ちゃんと、同じに決まってる──
氷室零
「おおげさなんかじゃないだろ、だって…………」
彼女は口をもごもごさせた。
氷室零
「だって、私たちは……共犯だろ」
夢野陽
「‼‼ ……氷室、さん……」
(オレは……オレは……ひとりじゃ、ない……?)
彼女はオレの隣に腰掛けた。
氷室零
「……成り行きとはいえ、
同じ家で、それなりに長く過ごしてきたんだ。
なのに、お前のこと、私は何も知らない……」
氷室さんは、ジッとオレを見た。
氷室零
「……それに、元気だったヤツがぐったりしたり、
帰ってこなかったりしたら、心配だぞ」
夢野陽
「!」
(……氷室さん……)
うつむいた彼女の顔は、暗かった。
氷室零
「この前も言ったように、無理に理由は聞かないが……
なんかあったら、言えよ。
私は……いつでも、待ってるから……」
夢野陽
「うん、ありがとう……」
オレはうなずいた。が……
夢野陽
(でも──言ったところで、何にもならないよ……)
……感情を吐き出したとて、悲惨な結果になるだけだ。
優月ちゃんとの、婚約破棄の時のように──……。
……オレは目の前に広がる、林を見つめた。




