表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結済み】The Safe House  作者: さかな煎餅
第3章「変化」
30/58

葬式

──オレの実家の、和室。

テレビの前に寝転がっている、父さんの背中が叫んだ。


夢野照

「オイ、陽、飯だ飯! 早くもってこい!」

夢野陽

「は、はい!」


オレはあわてて、キッチンからご飯を持っていった。

それらをちゃぶ台に並べ、父さんの正面に座る。


夢野陽

「いただきます……」

夢野照

「…………はあ……」


彼はいらただしげにため息をついた。

そして、酒の缶をあおり、音高くちゃぶ台に置く。

タァン!


夢野照

「……ったく……」

夢野陽

「…………」

(オレのせいかな……オレが、早くごはんを持ってこなかったから……)


父さんは箸を手に取って唐揚げをひとつつまみ、口に入れた。

その、しわの寄った太い眉が、緩む。


夢野照

「…………うまい」

夢野陽

「!」

夢野照

「陽、お前の作る唐揚げは最高だな!」


父さんは手を伸ばし、オレの頭を撫でてくれた。


夢野照

「これからも、作ってくれよ!」

夢野陽

「えへへ……」


夢野陽

(お父さん、おつまみを作った時だけは、褒めてくれる……

うれしいなあ……)


   ◇ ◇ ◇


ティロリン♪ ティロリン♪


夢野陽

「ん……」


オレは目を開けた。

……ポケットの中で、スマートフォンが鳴っているようだった。


夢野陽

(……また、氷室さんか?)


……スマートフォンを、耳に当てた。


夢野陽

「……はい」

電話口の声

「夢野陽さんですか? 東都病院の者ですが」

夢野陽

(……病院?)


ベンチから上半身を起こした。


夢野陽

「はい、そうです……」

東都病院の人

「落ち着いて聞いてください、あなたのお父様が――」


――頭の奥から、声がした。


幼い夢野陽

「ああ、やっと……自由に、なれる……」


   ◇ ◇ ◇


メグとリビングでくつろいでいると、

ガチャッ、と音がして、玄関のドアが開いた。


氷室零

「!」

メグ

「陽!」


痩せ細り、汚れに塗れた陽が、焦ったような顔で立っていた。


氷室零

「どうしたんだ、一ヶ月も帰ってこないで」

夢野陽

「ごめん……」


彼は階段のところに行き、手すりを掴んでうつむいた。


夢野陽

「――父さんが、亡くなった」

メグ

「え?」

氷室零

「えっ……」

夢野陽

「……これから病院に行って、手続きや葬式をしなきゃならない、

だから……しばらく、帰れないと思う。ごめん」


早口の彼に、


氷室零

「あ、ああ、わかった……」


私はうなずくことしかできなかった。

陽はバタバタと、屋根裏部屋へと向かった。


メグ

「陽……また、どこか行くの?」

氷室零

「……お父様が亡くなって、病院や葬式、手続き……色々、あるんだろうな」


……私も、おじさんが亡くなった時、色々と忙しかった。


氷室零

(……陽が、いつ帰ってきてもいいようにしないと……)


   ◇ ◇ ◇


――数日後。

オレは黒いスーツに身を包み、葬式の場で、椅子に座っていた。

うちには、親戚などいない。――たったひとりの、葬式だ。

お経が、ぼんやりとした頭に響く。


夢野陽

(……信じられない、けど……)


父さんが横たわっている白い棺に、目を遣る。


夢野陽

(あれだけ浴びるように酒を飲んでたんだ、当然か……)


オレは、目を閉じた。

――まぶたの裏に浮かぶのは、恐ろしい形相をした、赤ら顔の父さんだ。


夢野照

「オイ、陽、酒を持ってこい!」


和室のテレビの前に、寝転がった背中――

それが、オレがいつも見ていた風景だった。

その大きな背は時折こちらを向き、酒の空き缶を投げつけて来る。


夢野陽

「っ!」

夢野照

「オイ、早くしろ!」


……睨みつけてくる顔に、オレはうなずいた。


夢野陽

「わかったよ、父さん」


オレは床に落ちた空き缶を手に取り、慌てて台所に走った。

……いつものことだ。

冷蔵庫から出した新しい酒を、父さんの脇に置く。

彼はそれを開け、ぐいとあおった。


夢野照

「ぐっ、ぐっ……ぷはあ……」

夢野陽

(父さん……)


プルルルル――


廊下から、電話が鳴った。


夢野照

「オイ陽、早く出ろ!」

夢野陽

「うん」


電話機のディスプレイには「お母さん」と表示されていた。

受話器をとり、耳に当てる。


夢野陽

「もしもし」

夢野光

「陽、ごめんね、今日も会社で泊まりなの。

だから、今夜外で一緒にご飯を食べるのは、なしにしてもらえない?」


受話器の向こうの母は、早口だった。


夢野陽

「うん、わかったよ。……お仕事、頑張って」

夢野光

「……ごめんね」


プツッ、ツー、ツー……


夢野陽

「……」


――これも、よくあることだ。

オレは受話器を置いて、階段を上がった。

自分の部屋に入り、アイロン台の前に座る。


夢野陽

「ふぅ……」

(休む暇はない。次は……)


……ズボンに、丁寧にアイロンをかける……。


夢野陽

(これが終わったら、宿題をやって……)

夢野照

「ああああああ‼ なんなんだよクソが‼」


ドガン! ガシャン!


夢野陽

「‼」


……階下から激しい音が、鳴り響いてきた。


夢野照

「オイ! 陽! 酒だ酒! 早く持ってこい!」

夢野陽

「はい!」


オレは急いで階下へと向かい、冷蔵庫から酒を出した。

和室に走り、父さんに缶を渡す。


夢野照

「おッせえよ‼‼」

夢野陽

「ご、ごめん……」

夢野照

「だッから、お前はいつまでたってもダメなんだよ!

俺を世話するって決めたのは、お前だろ⁉

責任を果たせよ‼」


……彼の唾が、顔にかかった。


夢野陽

(ああ、そうだ、……この道を選んだのは、オレだ……)


――オレが、小学校に入る前のことだ。

……ある日の夜、家のうす暗いキッチンのテーブルで、

母さんと向かい合って話していた。


夢野光

「お父さん、病院に行きたがらないし、仕事や家事をやろうともしないの……

陽が生まれてからずっと、こんな感じなのよ。

だから……もうダメなんだろうなって」

夢野陽

「……そうなんだ」

夢野光

「だからね、……今夜、ふたりで家を出ない?」

夢野陽

「えっ?」


母さんは頭を抱えた。


夢野光

「私、もう限界なの……仕事に照さんの世話に、もう、むり……」

夢野陽

「……」


母さんはいつも笑顔で家事をこなし、仕事に向かっていた。

……その笑顔は、必死なものだったのだろう。


夢野陽

(こんな弱気なところ……見たことない……)


……荷物を整理していたオレは、和室の前を通りがかった。


夢野照

「陽」


……穏やかな、父さんの声がした。


夢野陽

「な、なに?」

夢野照

「こっちに座れ」


父さんはめずらしく、ちゃぶ台の前に座っていた。

ちゃぶ台を挟んだ正面に、オレは正座する。


夢野陽

「…………」

(どうしたんだろう、いきなり……)

夢野照

「……俺を置いていくなら、そうしろ」

夢野陽

「えっ?」

夢野照

「ふたりで、この家を出るんだろ?」


父さんはうつむき、こちらを上目遣いで見ていた。

その充血した目は、どこか、潤んでいるようにも見える……。


夢野陽

(……さっきの、聞かれてたんだ……)


オレは、うん、とうなずいた。


夢野照

「……はは、そうか、そうか……まあ、そうだよな」


父さんは乾いた笑い声を出した。


夢野照

「こーんな俺に愛想つかすのは、当たり前だよな……」

夢野陽

(こんな、って……)


父さんは近くに放ってあった、酒の空き缶を手に取った。

それを、自分の顔の前で振る。


夢野照

「今の俺は、この空き缶みたいなもんだ。

からっぽで、なんの取り柄もない……」


彼は片手で、ぐしゃりと缶をつぶした。


夢野陽

「!」


彼は缶を、オレの顔の前で振る。


夢野照

「こうして、つぶれるまで……この家でオレはずっと、

……ひとりぼっち、なんだよ……」


彼はうつむき、涙声を出した。


夢野陽

(お父さん……)

夢野照

「――さあ、出てけよ。俺なんて、ただのお荷物だろ?」


父さんは腕で目をこすった。


夢野陽

「そんな、荷物なんかじゃ、」


彼は立ち上がり、オレの腕を引っ張ってむりやり立たせた。


夢野陽

「父さん、違うんだ、」

夢野照

「ほら、行けよ! 二度と帰ってこなくていいからさ!」


彼はオレの背を押し、和室から追い出した。

オレは慌てて振り返る。


夢野陽

「ちょ、父さ、」


バタン!

父さんは勢いよく、襖を閉めた。


夢野陽

「お父さ……」

夢野照

「う、うう……」

夢野陽

「!」

(お父さん――泣いてる?)

夢野照

「うう、うああ……!」

夢野光

「陽、準備はどう?」


玄関の方に、母さんが立っていた。


夢野陽

「! あ、えっと……」

夢野光

「……今夜は寝たふりをして、深夜二時に家を出ましょう」


彼女は低い声を出し、ちらと和室を見た。


夢野陽

「あ、……うん……」


オレはうなずいた。

――そのあと、荷物を整えはした、が……

潰れた酒の空き缶が、ずっと、脳裏を離れなかった。


夢野陽

(……お父さんは家のことも、仕事もできない……

オレたちが出て行ったら、きっと死んでしまう……)


布団に入った後も、もやもやは晴れず……一睡もできなかった。

――二時になり、オレは荷物を持って玄関に向かった。


夢野光

「さあ、行くわよ」


母さんはオレの手を取った。


夢野陽

「あ……」


――潰れた酒の空き缶に、


夢野照

「こうして、つぶれるまで……この家で俺はずっと、

……ひとりぼっち、なんだよ……」


――父さんの涙声が、頭をよぎった。


夢野陽

(ここで、お父さんを置いていったら、

オレはきっと、ずっと――)


ブンッ


夢野光

「……陽?」


――オレは、母さんの手を振りほどいていた。


夢野陽

「ごめん、母さん――やっぱり、オレはここに残る」

夢野光

「陽……」


母さんはしゃがみ込み、オレの両腕をつかんだ。


夢野光

「どうして? さっき、お父さんに何か言われたの?」


オレは首を横に振った。


夢野光

「じゃあ、なんで……」

夢野陽

「お母さんだけで行ってよ、お願い……」

夢野光

「ダメよ……! ここにいたら、あなたまでおかしくなるわよ⁉ だから、」

夢野陽

「だって、お父さんが……」


――死んじゃうから、という言葉は飲み込んだ。

バンッ!


夢野陽、夢野光

「‼」


廊下の方から、音がした。


夢野光

「……お父さんだわ!」


母さんは自分の荷物を背負いなおし、オレの腕を引っ張った。


夢野光

「行くわよ、陽! こんなところにいちゃダメ!」

夢野陽

「やだ、お父さんが!」

夢野照

「――オイ」

夢野陽

「!」


後ろを振り返ると、

――目を細めた父さんが、そこに立っていた。


夢野光

「あなた……」

夢野照

「出て行きたきゃ、好きにしろ。俺のことが邪魔なんだろ?」

夢野陽

「そんな、そんなことは!」

夢野光

「そうよ?」


母さんはオレの腕を離した。


夢野光

「いつもお酒を飲んでばっかりで、家事も仕事もしない……

ただの、お荷物よ! 邪魔なのよ!」

夢野陽

「お、お母さん……!」

夢野照

「じゃあ出て行けッ!」


ドンッ! と父さんが壁を叩いた。


夢野照

「そんなヤツにいられても迷惑だ、とっとと出て行け!

二度と顔も見せるな‼」

夢野陽

「そんな……!」

夢野光

「さ、陽、行きましょ」


母さんはまた、オレの腕を引っ張った。


夢野陽

「やだ……」


オレは首を横に振った。


夢野光

「どうして!」


――また、つぶれた缶が、頭をよぎった。

オレは母さんの手を振り払い、

父さんの足元に抱きついた。


夢野陽

「やだ! お父さんに死んでほしくない!

オレが、家事でもなんでも! するから!

だから……!」

夢野照

「陽……」

夢野光

「……」


母さんが、はあ、とため息をついた。


夢野光

「……じゃあ、陽の好きにしなさい」

夢野陽

「!」

夢野光

「でも、お母さんは、陽の味方よ。

お母さんのところに来たかったら、いつでも電話して」


彼女はそう言って、こちらに背を向けた。


夢野光

「じゃあね」


お母さんが、家を出た。

ガラガラ……バタンッ。

……引き戸が、閉まった。

その音が、妙に大きく玄関に響いた。


夢野陽

「おかあさん……」

夢野照

「陽……よかったのか」

夢野陽

「うん……お父さんに、死んでほしくない……」


父さんはふっと微笑んだ。


夢野照

「そうか……」


   ◇ ◇ ◇


――お経と焼香が終わった。棺の前に、花を持っていく。

……当然、父さんは、目を閉じている……。


夢野陽

(あれだけ大声を出していたのに……今じゃ、一言も……)


――頭の奥の方で、声がした。


幼い夢野陽

「ああ、やっと静かになった。……死んでくれてよかったよ」

スーツ姿の夢野陽

「……なんだそれ。失礼だろ、親なのに」

幼い夢野陽

「だって……やなもんは、やなんだもん……」

スーツ姿の夢野陽

「――そういうところがダメなんだよ、お前は」

夢野陽

「――え?」

(今の――父さんと、同じ……)


頭の中で、スーツ姿の自分が、ぐにゃりと歪み――


夢野照

「親のことは尊敬して、感謝して当たり前だろ?

俺は親なんだから」


薄汚れた灰色のスウェットを着ている、父さんの姿になった。


夢野陽

「⁉」

幼い夢野陽

「ひいッ!」


幼いオレは父さんに背を向け、走り出した。


夢野照

「オイ待て、陽!」


父さんは大股で幼いオレに近づくと、そのフードをつかんだ。


幼い夢野陽

「うっ!」


父さんは幼いオレを自分の方に向かせると、その小さな頬を殴った。


夢野照

「逃げるなッ!」

幼い夢野陽

「痛いっ」


夢野照

「お前はそんなんだから!

ダメなんだよ‼ この、クソ生意気なガキが‼」


……彼は何度も、幼いオレを殴った。


幼い夢野陽

「いっ、や、やめ、お父さ――‼」


夢野陽

(……棺の中で横たわっている父さんは……

今も、オレの中で――……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ