鬱
……数時間後。オレはキッチンに立って、昼食の準備をしていた。
夢野陽
「…………」
……頭の中に、夢で聞いた言葉が浮かんでくる。
夢野陽
(理想の、家族……)
……オレの望みは、理想の家族を得ること、らしい。
夢で言われるまで、全く気付かなかった。
夢野陽
(ただ、その願いは……)
リビングを見遣る。
メグちゃんと氷室さんが、笑顔で話している。
夢野陽
(オレの願いは、犯罪の上に成り立っている――
……人として、最低だ……)
◇ ◇ ◇
オレは作った昼食を、リビングのテーブルに並べた。
氷室零
「手作りの肉じゃがか、ひさびさだな」
メグ
「おいしそー‼」
氷室さんとメグちゃんは具を箸でとり、口に入れた。
氷室零
「ん……」
氷室さんは眉に皺を寄せた。
メグ
「しょ、しょっぱい……」
夢野陽
「え、ほんと……⁉」
オレも慌てて、具を口に入れた。
……噛んでみるとたしかに、口の中を刺すような塩味がした……。
夢野陽
「ほんとだ……ごめん。砂糖と塩を間違えたみたい。捨てるね」
オレはキッチンに肉じゃがの器を持っていき、中身を捨てた。
夢野陽
(……ぼうっとしてて、味見を忘れたのか。次から、気をつけないと)
◇ ◇ ◇
――また、数時間後。
夢野陽
「……」
オレはリビングのソファーに座っていた。
……ふと、
……頭いっぱいに、声が、聞こえる──。
幼い夢野陽
「もう何もしたくないんだ、だから、もうほっといてよ。
もう、疲れたよ。
やっと、僕の夢が叶ったんだから……」
スーツ姿の夢野陽
「理想の家族とやらか? 気持ち悪い……!
何度も言ってるだろ?
それは、犯罪だろ?
……その犯罪は、この誘拐事件は、お前が始めたことだろ?
休んでなんかないで、今までと同じように、
二人に尽くせよ。
それが、お前の生き方だろ?
今までずっと、そうしてきただろ?
……最後まで、誘拐犯としての責任を果たせ」
幼い夢野陽
「最後まで、って……?」
スーツ姿の夢野陽
「お前が、死ぬまで」
彼は低く平坦な声を出した。
幼い夢野陽
「そんな……そんなの、無理だよ‼‼」
??
「……う……陽……!」
……身体が、ぐらぐら揺れた。
夢野陽
「え、あ……?」
目を開けると――氷室さんが、オレの顔を覗き込んでいた。
氷室零
「大丈夫か?」
夢野陽
「あ、うん……」
氷室零
「もう、遅いが……今日の夜メシはなにか、買ってくるか?」
彼女は心配そうな顔をしている。
夢野陽
「夜……?」
壁の時計を見ると、もう十九時になろうとしている……!
オレはあわてて立ち上がった。
夢野陽
「ごめん! 気づかなかった! 今作るから、待ってて!」
オレはキッチンへ走った。
◇ ◇ ◇
材料を冷蔵庫から取り出し、台に並べる。
人参を洗い、皮をシンクで剥き、まな板に並べる。
夢野陽
「…………」
幼い夢野陽
「やだよ、もう休ませてよ、お願い!」
夢野陽
「!」
(また頭の中で、声が――)
スーツ姿の夢野陽
「理想の家族が欲しい――っつって、
お前が始めたことだろ?
お前は休んじゃダメなんだよ、
死ぬまで、己の責任を果たせ!」
幼い夢野陽
「やだよ、やだ、料理なんてしたくない!」
スーツ姿の夢野陽
「責任だっつってんだろ⁉ 早く、やれよ!」
…………うるさい。
高い声と、低い声が……
オレの頭の中で、ずっと………………
疲れた。
休みたい。
責任。
責任。
責任……
夢野陽
「もう、静かにしてくれ――」
ザクッ!
夢野陽
「…………あ」
左手の指から、血が流れていた。右手には、血のついた包丁。
……誤って、切ったらしい。
夢野陽
(もう、限界だ……)
──ほんとうは料理だって、
……やりたくてやってるわけじゃない……。
――オレはそれしか、知らないから……。
夢野陽
(でも────もう、いいや。
なにも、したくない……。もう、疲れた……)
……オレは包丁を置き、ふらふらとキッチンを出た。
◇ ◇ ◇
オレは車に乗り、山を下りて、コンビニの駐車場に車を停めた。
コンビニに入る。
店員
「いらっしゃいませー」
商品の並ぶ棚や冷蔵庫を、ジッと見る……。
夢野陽
(……どうでもいい)
メグちゃんと氷室さんのご飯だけを買った。
……車で家に戻り、コンビニの袋を、リビングのテーブルに置いた。
メグ
「陽、おかえりー!」
氷室零
「おかえり。コンビニ、行ってきたのか?」
オレはうなずいた。
……ふらふらと屋根裏部屋に向かい、ベッドに倒れ込む。
夢野陽
(はあ、疲れたな……)
◇ ◇ ◇
キッチンから出てきた陽はログハウスを出たと思ったら、
コンビニの袋を持って戻ってきた。
氷室零
「おかえり。コンビニ、行ってきたのか?」
夢野陽
「ああ、うん」
彼は生返事をして、袋をテーブルに置いた。
氷室零
「おまえ、夜メシは──って……」
……コンビニの袋を、覗き込む。……明らかに、二人分の飯しかない。
氷室零
(……外で、食べてきたのか? それにしては、早かったような……)
◇ ◇ ◇
――翌日の朝、オレは家を出た。
夢野陽
(もう、イヤだ……家には、いたくない……)
林の中を、ふらふらと歩く……。
幼い夢野陽
「もう何もしたくないよ、ほっといてよ」
スーツ姿の夢野陽
「逃げるな、責任を果たせ」
幼い夢野陽
「いやだ、いやだ!」
オレは頭をおさえ、うずくまった。
夢野陽
「うるさい、うるさい……!」
……気が付くと、辺りは暗くなっていた。
夢野陽
(帰りたくない……けど、帰らないと、メグちゃんと氷室さんを心配させてしまう)
オレはしぶしぶ、家に戻った。
◇ ◇ ◇
――この日も、陽は家を出て行った。
なにか用事があるのかと思い、私はいつも通り、のんびりしていた。
……しかし、いつもの夕食の時間を過ぎても、陽は戻ってこなかった。
メグ
「陽……帰ってこないね」
氷室零
「ああ……さすがに心配だ、連絡を、」
私はジャージのポケットに手を伸ばした。
ガチャッ
メグ、氷室零
「‼」
夢野陽
「………………」
げっそりした顔の陽が、帰ってきた。
氷室零
「陽! どうした、こんな遅くまで、連絡もなしに……」
夢野陽
「……ごめん、散歩しすぎた」
氷室零
「まあ……戻ってきてくれたから、いいが……」
メグ
「陽……なんか、元気ないね……」
陽は駆け寄ったメグに、ふっと微笑んだ。
夢野陽
「ごめんね、心配かけて。……もう寝るよ。おやすみ」
彼は屋根裏部屋へと上がって行った。
メグ、氷室零
「…………」
……私はメグと、顔を見合わせた。
氷室零
(どうしたんだ、いったい……)
◇ ◇ ◇
翌日。今日も、オレは家を出た。
夢野陽
「はあ………………」
公園のベンチで、息を吐く。
遠くでゆらゆらと揺れるブランコを、ぼうっと見る。
……そうしているうちに、また、頭の中に情景が浮かんできた。
スーツ姿の夢野陽
「なに、外をうろついてんだよ? 責任から逃げるなよ」
幼い夢野陽
「やだ、やだ! もうやだ、疲れたよ!」
スーツ姿の夢野陽
「チッ……
そうやって駄々こねて、
なにもしない、できないのなら……!」
スーツ姿のオレは、子どものオレの首をつかんだ。
幼い夢野陽
「や、やめ……!」
スーツ姿の夢野陽
「なら、死ね!」
ぎりぎりと、彼の手が、幼いオレの首を絞めつける。
幼いオレの足が、宙をバタバタと蹴る。
その小さな身体が、ブランコのように揺れる。
スーツ姿の夢野陽
「何もしないお前に、価値なんてないんだよ!
何もしないのなら、責任ひとつ果たせないのなら、
……とっとと死ね‼‼」
夢野陽
(ああ――――死にたいな……)
……リン♪ ティロリン♪
夢野陽
「ん……」
ポケットの中が、震えている。スマートフォンを取り出し、耳に当てた。
夢野陽
「……はい」
氷室零
「陽? 大丈夫か? 今どこだ?」
夢野陽
「…………どうしたの」
氷室零
「どうしたの、って……今、何時だと思ってるんだ⁉ もう〇時だぞ⁉」
夢野陽
(……そんなの、どうでもいいよ)
「ああ……そう」
氷室零
「ああ、そうって、お前っ……まあいい、今、どこだ? 迎えに行く」
夢野陽
(……迎えになんか、来なくてもいいのに)
氷室零
「聞こえたか? 今どこに、」
夢野陽
「……ホテル」
氷室零
「ホテル⁉ ……まあ、いいが……体調は大丈夫か?」
夢野陽
「うん……」
氷室零
「いつ、帰ってくるんだ?」
夢野陽
(できることなら――もう、帰りたくない……)
氷室零
「…………まあ、いつでもいい。困ったら、連絡くれよ」
オレはうなずいて、電話を切った。
夢野陽
「はあ…………」
……ベンチに寝転がった。
夢野陽
(これで…………しばらくは誰にも、邪魔されない…………)
目を、閉じた。
夢野陽
(……家に帰ったら、責任を果たさなくちゃならない……
料理をしなくちゃならない……帰りたく、ない――)
目を閉じる。……意識が、遠のいていった。




