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【完結済み】The Safe House  作者: さかな煎餅
第2章「温もり」
26/58

ただいま

明くる日の朝。熱はすっかり下がっていた。

……私はログハウスを出て、花屋に向かった。

花束を持ち、とある場所へと向かう……。


氷室零

(あの場所は……今、どうなっているのだろうか)


住宅地に入り、しばらく歩く。


氷室零

「…………あった」


私が数年間住み、働いていた、おじさんの実家兼工場――。

そこは今、更地になっていて、テープで囲いがしてあった。


氷室零

(私は、良子さんに虐められていた……

とはいえ――

かつての家が、職場が、……跡形もなく……)


……近くに、建設予定を示す看板があった。それを覗き込む。


氷室零

(老人ホームに、なるのか……)


――囲いの外の端の方に、花束を置く。


氷室零

「……おじさん、どうか、安らかに――」


……手を、合わせた。

──目を閉じると、色んな事が、頭をよぎった。

陽に、話したこと……。

……小学校で、七海を守っていたこと……。

七海の葬式――。

……少年院で、はじめておじさんと出会った時のこと……

働いていた時のこと……。

そして、おじさんが刺されて倒れている光景……。

……今、目の前にあった工場が、家が――燃えている景色――。

……そして、誘拐事件に巻き込まれた。


氷室零

「…………」


いろいろ、あった。ありすぎた。

社会的には間違いなく、

外れ者の人生だ。


氷室零

(……おじさんはまた、今のわたしに、言うだろうか。

──君は、君の正義を、貫いただけだと……)


……あの微笑みで、そう、言ってくれる気がする。

私は合わせていた両手を離し、頭を下げた。

かつての職場に。家に。

そして――実の父親が蒸発した私の、もうひとりの父に。


氷室零

「おじさん――ありがとうございました」


……実家や親戚とは、完全に縁が切れている。

だから、おじさんの墓の場所は知らない。

花は、ここに添えるしかなかった。


氷室零

(おじさんに、届いているといいな――この気持ちだけでも……)


   ◇ ◇ ◇


住宅地を離れ、また、しばらく歩く。


氷室零

(次は――――)


……七海の墓の前に、着いた。また、花を添える。


氷室零

「七海……なんにもわかってなくて、

守り切れなくて、……ごめん……」

??

「氷室……零さん?」


……後ろから、男性の声が聞こえた。知らない声だ。


氷室零

(誰だ――)


後ろを向くと、見知らぬ男性が、そこにいた。


氷室零

「……誰だ?」

男性

「俺だ――大地だ」

氷室零

「‼‼」


目の前の大地は、髪を七三になでつけ、

パリッとスーツを着こなしていた。

……かつて、醜悪な顔を見せていた面影は、

どこにも見当たらない……。


氷室零

「…………ずいぶん、まともそうじゃないか。人殺しのくせに……」

大地

「……人殺し……そうだね」


彼は真剣な顔で頷いた。


氷室零

「どうした、今更。ここは七海の墓だぞ?

今になって謝るつもりか? あ? この畜生が……」


私がにらみつけると、彼は眉を下げた。


大地

「……そうだよ。

……本当に……彼にはもちろん、君にも、申し訳ないことをした」


……彼も、七海の墓前に花束を添えた。

彼は手を合わせ、目を閉じてうつむく。


大地

「ごめん、七海くん――」

氷室零

(いまさら……)


……七海の墓に、染みが出来てきた。


氷室零

(――雨だ)


大地は傘を差した。


大地

「……よければ、入って」

氷室零

「……」


入りたくない――が、入らなければ、

また陽に世話を焼いてもらうことになってしまう。


氷室零

「ああ、失礼する」


私はしぶしぶ、大地の傘に入った。


大地

「……ひとつ、謝りたいことがあるんだ。ここで」

氷室零

「なんだよ」

大地

「君、少年院に入ったでしょ、あの後……そのことだよ」

氷室零

「……それが、なんだよ」


ぶっきらぼうに返した。……あまり、触れてほしくない話題だ。


大地

「――君が少年院に入ったのは、俺のせいだ」

氷室零

「――――――え?」

(どういうことだ……)

大地

「……父親が、裁判の結果をねじまげた――」


大地は泣きそうな顔で、私を見た。


大地

「君は!

本当は、少年院に入るような人じゃなかった!

本当なら、厳重注意と謹慎処分で終わるはずだった……

それを、俺の父親が……。

……俺がいじめっ子だっていうのを、七海くんを追い詰めたのを、

俺の将来のために、隠したかったって……」

氷室零

「――――――」

大地

「……俺が七海くんをいじめるようになったのは、

母親の影響だ――

貧乏人と付き合うのはやめなさい、

って何度も殴られて、死ぬかと思って――」

氷室零

「…………」

大地

「だから――俺が! 俺が全部! 悪いんだ!

こんな、弱すぎる俺がっ!

──七海くんを殺して、君の人生をねじまげたのは、僕だ‼‼」


大地は傘を私に押し付け、その場に土下座した。


氷室零

「!」


大地

「謝っても時間は戻らない、過去は変わらない……。

七海くんは帰ってこないし、君の経歴が変わることもない、

そんなことは分かってる!

でも――本当に、申し訳ない‼!」

氷室零

(――――え?

私の少年院送りも……七海の自殺も、

全部、全部――……コイツの、せい?

コイツが、余計なことをしなければ――

……七海は……)

氷室零

「顔、上げろ」

大地

「なに――――」


私は彼の胸倉をつかみ、その身体を引き上げ、

呆然としているその頬を殴った。

……七海の葬式の、あの日のように。


大地

「うっ‼」


大地は濡れた地面に転がった。


氷室零

「……今のは、七海の分だ」


彼はふらふらと上体を起こし、口の端をゆがめた。


大地

「ああ、そうか……

じゃあ、もう一発殴ってくれ──君の分だ」


……私は、拳を振り上げ──その手を、ジャージのポケットにしまった。


大地

「なっ────なんでっ⁉」

氷室零

「――私の分は、もう、いいよ」

大地

「何言ってんだ、殴れよ、俺を‼‼

あの時みたいに!

俺が気絶するまで、殴ってくれよ‼」

氷室零

「それは――――」


   ◇ ◇ ◇


……私はログハウスのドアを開けた。


氷室零

「ただ――――」

メグ

「零っ!」


メグがソファーから立ち上がり、私に抱きついた。


氷室零

「ど、どうした⁉」

夢野陽

「メグちゃん、氷室さんのことを気にしてたみたいでね」


陽もソファーから立ち上がり、こちらへ歩いてきた。


夢野陽

「さっき、説明してたんだ。

……氷室さんは、大変な経験をしてきたってね。

……ごめん、勝手に言っちゃって」

氷室零

「……」


私は口を開け、立ち尽くした。


氷室零

(コイツ──

涼子さんみたいに裏で私の悪口を言っていたとか……

そういう訳じゃ、ないのか……………)


……肩の力が、ふっと緩む。口角が上がるのを感じた。


氷室零

(コイツは――陽は、

良子さんとは違うんだな)


私は首を横に振った。


氷室零

「いいよ……言ってても」

メグ

「零、もう元気になった??

もう、ボロボロの雑巾じゃない?」

氷室零

「雑巾?」


陽は頬をかいた。


夢野陽

「……ああ、オレが説明したんだよ。

今の氷室さんは――心が、ボロボロの雑巾みたいだって」

氷室零

「そうか――もう大丈夫だぞ、メグ。……もう、元気だ」

メグ

「ほんと⁉」


私がうなずくと、メグは嬉しそうにその場で跳ねた。


メグ

「やった!」


私は目を細めて、メグを見た。


夢野陽

「そうだ、氷室さん」

氷室零

「ん?」


陽はゆるりと微笑んだ。


夢野陽

「――おかえり」


私も、微笑み返した。


氷室零

「……ただいま」

(大地――もう、いいんだ……。

今のわたしには、受け入れてくれる人たちが、いるから……)

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