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【完結済み】The Safe House  作者: さかな煎餅
第2章「温もり」
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あなたの微笑み

オレは夕食の片付けをしたあと、リビングに戻った。


氷室零

「なんで……ここに……」


壁際の棚の近くで氷室さんが写真立てを持って、うつむいていた。


夢野陽

「……? 氷室さん?」

氷室零

「!」


彼女がこちらを向いた。


夢野陽

「どうしたの?」

氷室零

「あ、いや……」

夢野陽

「それ、写真だよね? 氷室さんの?」

氷室零

「いや、ちがう……ここに、置いてあった……」

夢野陽

「そうなんだ。

じゃあ、前にこの家を持ってた人の忘れ物かな……

オレにも見せて」


写真を受け取り、見る。

小さな工場の前に、二人の男女が並んで写っている。

男性の方は、見覚えがあった。


夢野陽

「あれっ……大森さん⁉」

氷室零

「お前も……知ってるのか?」

夢野陽

「え……氷室さんも?」


彼女はうなずいた。


氷室零

「その写真の真ん中に写っているのは、私のおじだ」

夢野陽

「……大森さんが……⁉

……この人、オレが勤めてた会社の、取引先だったんだ……」

氷室零

「そうなのか」


オレは首を縦に振った。


夢野陽

「良い人だったなあ、大森さん。

別荘を持ってるって言ってたけど、ここのことだったのかも」


……大森さんこと大森正さんは、

優しく温厚で、仕事には真面目な人だった。

仕事を辞めてしばらくした今でも、

俺の記憶にはあの朗らかな笑みが、ハッキリと残っている。


夢野陽

「仕事帰りにたまたま会って飲みに行った時は、

話が盛り上がったよ。家族思いで、良い人だったなあ。

また、会いたいなあ」

氷室零

「…………ムリだよ」

夢野陽

「えっ?」

氷室零

「おじさんは──亡くなったんだ」

夢野陽

「え────」


氷室さんはうつむき、写真立てを指さした。


氷室零

「その写真には写ってないが、

訳あって、その会社で私も働いててな。

私と、おじさんと、

そこに映ってる女性の三人で、働いていたんだが……。

働いてた時に工場が火事になって、それで────」

夢野陽

「そんな…………」


……また、あの笑みを見られると思ったのに……。


夢野陽

「…………とても、残念だよ……」

氷室零

「ああ……」


うつむいた視線の先で、氷室さんが拳を握っていた。

それが、震えている……。


夢野陽

(……親戚、しかも仕事仲間が亡くなって、さぞ辛いだろう──)

夢野陽

「氷室さん……」

氷室零

「許せない」

夢野陽

「えっ?」


彼女は写真を指差した。


氷室零

「その写真の、おじさんの隣に写ってる女──

そいつが、おじさんを殺したんだ」

夢野陽

「えっ……」


写真を見ると確かに、

大森さんよりは若そうな女性が、

彼の隣で、目を閉じて微笑んでいる。

……とても、人を殺すような人には、見えない……。


夢野陽

「こ──殺したって、どういうこと? この女性は──」

氷室零

「………………」


氷室さんは写真を睨みつけるばかりだ。


夢野陽

「……ごめん」

氷室零

「いや、いい。悪かったな。

……写真は明日、私が不動産屋に返しに行くよ」


オレは頷いた。


   ◇ ◇ ◇


その日の夜──。

私は、ベッドの中で寝つけずにいた。

……夕食の後、陽と話した内容が、何度も何度も頭をめぐる……。


氷室零

(許せない……あの女……)


おじさんの娘――おじさんを殺した、犯人。


氷室零

(こんな私を引き取って、仕事をさせてくれたおじさんを、

殺すなんて……!)


ガバッとベッドから起き上がり、リビングへと向かった。


氷室零

「…………」


棚の上に置きなおした写真立てを手に取り、見る……。

……がくがくと、手が震える。


氷室零

(おじさん──)


こちらに向かって、おじさんが微笑んでいる。


氷室零

(こんな、私を──

犯罪者のわたしを、温かく迎え入れてくれた──)

  

 ◇ ◇ ◇


数年前──とある理由で、私は少年院に入っていた。

当時、私は中学生だった。

実家とはやりとりもなく、高校に入る金もなかった。

今後、どうしようかと考えていたところだった。

ある日突然、おじさんが私の元を訪れた。


氷室零

「……失礼します」


私は会議室に入った。

すでにおじさんが椅子に座っている。


大森正

「初めまして。大森正です」


私がテーブルを挟んで正面の席に座ると、

開口一番、彼はそういった。

私は頭を下げ、


氷室零

「……氷室零です」


ボソッと返した。


大森正

「……突然、申し訳ない。

親戚がここに入ったって、風の噂で聞いてね。

……ひとつ、相談したいことがあって、来たんだ」

氷室零

(なんだ、コイツ……突然やってきて……)


彼は鞄から資料を取り出し、テーブルに並べた。


大森正

「僕は、ここの会社を経営してるんだ。

よければここを出た後、君に入ってほしくてね」

氷室零

「えっ……」

大森正

「……ちょうど、人が欲しかったんだ。

親戚なら話も早いし、信用もできる」

氷室零

(信用、って……そんなの……)

「…………犯罪者ですよ、わたし」


彼は真剣な顔をして、テーブルの上で指を組んだ。


大森正

「……君の事情は、ここの人から聞いたよ。

……犯罪者なんて、とんでもない。

君は、君の正義を貫いただけじゃないか」

氷室零

(そうは言われても──ここに入っていることが、すべてだ)

大森正

「もし……

もう少し世界が優しい形をしていれば、

君は今ごろ、高校にも通えただろうに。

……周りはとやかく言うかもしれないけど、

君は、なんにも悪くないからね」

氷室零

「……」

大森正

「まあ……そんなわけで。資料は置いておくから、

入社を検討してもらえるとうれしいよ」


……そう微笑んで、彼は席を立った。

彼はこれまで出会った他の人とは、まるでちがった。

こんな私を、正しいのだと、言ってくれた。

……それがうれしくて、とまどいながらも入社を決めた……。


   ◇ ◇ ◇


写真の、おじさんの隣の女性を、ジッと見つめる。


氷室零

(それなのに、ヤツは──)


大森良子

「はじめまして! 良子です!」


おじさんの娘──良子さんは、

私が少年院を出て入社した日、手を差し出してきた。


氷室零

「初めまして、氷室零です」


私は彼女の手を握り返した。


大森良子

「零……素敵な名前ね。

まだ出会ったばかりだけど、私たちは家族だから。

分からないことがあったら、いつでも、何でも聞いて!

遠慮しないでいいからね!」

氷室零

「はい……」


写真の中の女性は、あの時と同じように微笑んでいる。

おじさんによく似た、優しい笑みだ。

……おじさんも、良子さんも、いい人で……

私は、いいところに来られた――

――そう、思っていたのに――


氷室零

「……」


……耳元で、パチパチと音が鳴る。

焦げた臭いが、する──


   ◇ ◇ ◇


氷室零

「おじさん‼」


燃え盛る工場の前で、私は叫んだ。


氷室零

「くっ……」


私は玄関のドアに手を遣った。


氷室零

(熱い……! でも、おじさんはそれどころじゃ……!)

大森良子

「待て、犯罪者ッ!」

氷室零

「‼」


振り返ると、工具を振りかぶっている良子さんがいた。


氷室零

「くっ……!」


私は咄嗟に避けた。

ガシャン! と音がして、玄関のすりガラスが割れる。


氷室零

「良子さん、落ち着いて‼」

大森良子

「無理に決まってんだろお⁉」


彼女はこちらに、血に濡れた工具を向けた。


大森良子

「もう私は! 手遅れなんだよ!

お前みたいな暴力女と、おんなじ!

この年齢でお前と同じ、犯罪者になって!

……もう、取り返しがつかないんだよ‼

ここで、アンタを殺して! 私も! 死ぬ‼」


彼女はまた、私に襲い掛かってきた──。


その後──

逮捕された彼女の言い分を、コンビニの新聞で読んだ。

「父親に必要とされていないのが、悲しかった」

「つい、行き過ぎた暴力を振るってしまった」

「悪気はなかった」

……あまりにも、自分勝手だ。


氷室零

(許せない……)


コンビニで新聞をにぎりしめ、歯を食いしばった。


氷室零

(私はあの火事で、帰るべき家も、職も失った。

でも──そんなの、どうでもいい)


心優しいおじさんの尊い命が、身勝手に奪われた。

それが、どうあっても許せなかった……。


氷室零

「クソ……」


私は写真をにらんだ。

おじさんは、微笑んでいる。

その隣で、良子さんも笑っている。

……初めて会った時と、同じように──


氷室零

「くそおおおお!」


ガシャンッ‼


私は写真立てを床にたたきつけた。足で、写真を踏んづける。


氷室零

「許せない──死ね、死ね! このクソアマ!

あの時死ぬべきだったのは、お前だッ‼

許さない、絶対に許さない‼‼」


何度も何度も、写真を踏みつけた。目の前が、赤で染まった。


氷室零

「許せない……許せない……

おじさんを……おじさんを、殺して……っ」


──もう、あの微笑みを見ることは――


氷室零

「うう……」


私はその場に膝をついた。ぼたぼたと、写真に涙が落ちる。


氷室零

「お、じさん…………」

(どうして──あんなヤツなんかに──)

「また、会いたいよ…………おじさん……」

??

「……氷室さん」

氷室零

「⁉」


……後ろに、心配そうな顔をした陽が立っていた。

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