誘拐事件の被害者の今
私の大切な一人娘・恵が連れ去られ、数週間が過ぎた。
だけど……彼女は、帰ってこない……。
白雪明理紗
「なに⁉ 取り逃した⁉」
私は部下からの報告に目を剥いた。
部下
「はい。申し訳ございません、奥様」
部下は頭を下げたが、当然、そんなもので許してやる気にはなれない。
白雪明理紗
「無能ねえ……!恵を連れ去ったのは、犯罪の素人でしょ⁉
アンタたちはその道のプロなんでしょ⁉
もう一度恵を見つけて、さっさと連れ戻しなさいよ!」
言いながら、私は音高くヒールを鳴らす。
部下はもう一度、頭を下げた。
部下
「はい。そのようにいたします」
ギィー……
目の前のドアが開き、夫が帰ってきた。
白雪真
「ただいま……」
白雪明理紗
「…………」
部下
「おかえりなさいませ、旦那様」
白雪真
「ああ……」
夫はちらとスマートフォンを見た後、私たちにおどおどと目を遣った。
白雪真
「な、なあ……恵は、見つかったのか……?」
白雪明理紗
「見つかったけど、この無能な部下が、取り逃したわよ」
私は部下を顎で指した。
白雪真
「そ、そうか……犯人から、身代金の要求は?
なにか、条件とかは……?」
私は首を横に振った。
白雪明理紗
「ない」
白雪真
「そうか……。──なあ、」
夫は怯えた目を私に向けた。
白雪真
「どうしても……
どうしても、明理紗の部下だけで探さないと、まずいか?
俺たちは警察なんだ、監視カメラや、俺の部下を使って──」
白雪明理紗
(なにを──とんでもないことを!)
私は夫に詰め寄った。
白雪明理紗
「なに言ってるの⁉
アンタ、腐っても警視総監でしょ⁉ 考えてもみなさいよ!
総監と警察官僚の一人娘が失踪よ⁉
警察を使ったら、あちこちにバレるわよ!
警察内部だけじゃない、
もしマスコミにもバレたら、とんでもないことになるわよ⁉
私たちだけじゃない、警察全体の信用に関わるのよ⁉
それに!」
私は部下を指さした。
白雪明理紗
「監視カメラなんかなくても、
私の部下は恵を見つけたでしょっ⁉」
白雪真
「あ、ああ、……そうだな……」
彼は後ずさった。
白雪真
「だけど……恵のことが、心配じゃないのか?
悠長にしていたら、最悪の事態になるかもしれない……!」
白雪明理紗
「心配に決まってるわよ、当たり前でしょ⁉
私の大事な一人娘だもの!」
白雪真
「そうか──」
夫の頬が、わずかに緩んだ。
白雪明理紗
「あの子がいないと、私の人生がパーになるのよ……っ」
白雪真
「えっ?」
私は驚いた顔の夫から目を逸らし、指の爪をかんだ。
白雪明理紗
「あの子は、私の人生そのものよ……!
あの子は女の子だから、警視総監とまではいかないかもしれない、
でも──
せめて、せめて警察官僚にはなってもらわないと、
私のこれまでの努力がパーになるのよ……‼」
白雪真
「明理紗……」
夫は真剣な顔で、目を細めた。
白雪明理紗
「……そのために、必死こいて勉強させて、
家事も覚えさせて、
良い学校に行かせて……
ゆくゆくはいい男を連れてきてもらわないと……」
私がつぶやいていると、
白雪真
「な、なあ」
夫がおずおずと話しかけてきた。
白雪明理紗
「……なに?」
白雪真
「……それで、恵は本当に幸せになれるのか?」
白雪明理紗
「………………は?」
白雪真
「使用人の人たちから聞いたぞ、
明理紗が、まだ恵を家に缶詰にしてるって。
あの子はまだ五歳だぞ?
本当なら、外で友達と遊ぶような時期だ、
かわいそうとは思わないのか?」
白雪明理紗
(……かわいそう? 恵が? あの程度で???)
──目の前に、自分の幼い姿が、カッとよぎった。
白雪明理紗
(……わたしは、恵くらいの歳のころ、
もっともっと苦しかったのよ⁉
あのくらいで、かわいそうなんて……!)
……恵の勉強も、家事も、
ぜんぜん、当時の私には及んでいないと言うのに……!
白雪真
「………本当なら、もっと恵は、自由であるべきだ」
……私を睨む夫の目に、胸のあたりがムカムカしてきた。
白雪明理紗
(なによ……その目……! 私を責める気⁉)
「なによ……アンタ……
家をいつもいつも開けっぱなしにして、
何もかも、全部私に押し付けといて!
こんな時だけ父親ぶって、
ずるいわよ!」
白雪真
「俺は恵の父親だ、当然のことを言っているだけだ!
そうだろう⁉」
白雪明理紗
「アンタねえ───!」
プルルルルル───
白雪明理紗、真
「‼」
夫は慌てた様子でスーツのポケットに手をやった。
彼はスマートフォンを見て、
……笑みを浮かべる。
白雪明理紗
「……なに?」
ビクッ! と夫は肩を震わせ、
視線をうろうろとさまよわせた。
白雪真
「い、いや……なんでもない。野暮用だ、また行ってくる……」
部下
「行ってらっしゃいませ」
白雪明理紗
「……………………」
夫は足早に家を出ていった。
……恵が誘拐された頃から、彼はおかしい。
スマートフォンを見る回数が増え……
帰宅が遅くなることが増えた。
白雪明理紗
(──まさか、女? ……いや、まさかね……)
……私はリビングに向かい、ソファーに腰掛けた。
白雪明理紗
「はあ……」
ソファーに身を預けると一気に、疲れが押し寄せてくる……。
……まぶたに、覆い被さるように眠気が襲ってきた……。
白雪明理紗
(まったくなんなの、どいつもこいつも──無能ばかり……)
……いつから、こんなことに?
白雪明理紗
(いや──考えるのはやめよう)
……過去を思うと、胸のあたりが、重い──。
眠気に、疲れ切った身を委ねた……。




