本当の願い
女性
「…………」
──男──
夢野陽とかいうヤツが、少女に語り掛けた。
「ここでは自由にしていい、誰もキミを傷つけない」
それを聞いて、少女──
メグと呼ばれるその子は、夢野にすがりついて、泣いた……。
女性
(……この男、ほんとうに、悪気はないのか……?
いや、今はそれよりも……
……メグは、実家で虐待されていることを認めた……?)
メグが頭を上げた。その大きな目と、私の目が合った。
メグ、女性
「「あっ」」
夢野陽
「?」
夢野もこちらを向いた。
夢野陽
「……見てたんですね」
女性
「…………」
……バレてしまった。寄りかかっていた壁から離れ、二人の元へ向かった。
◇ ◇ ◇
夢野陽
「どうぞ」
オレは女性とメグちゃんの前に、水の入った紙コップを置いた。
メグちゃんの隣に、座りなおす。
女性
「…………」
夢野陽
「…………」
メグ
「…………」
女性
「その……」
夢野陽
「はい」
女性
「本当、なんだな……
メグが……親から、その……嫌なことをされているのは……」
オレの横に座りなおしたメグちゃんは、うなずいた。
オレもうなずいて、
夢野陽
「はい……。
……この子のお母様がこの子にしていたことは……
……しつけという域を越えていたと思います」
ひざの上で拳を握った。
女性
「……」
女性は水を飲み、メグちゃんを見た。
女性
「……ご両親が警察関係者というのも、本当か?」
メグちゃんはまたうなずいた。
女性
「いつもひどいことをしてくるのは──母親だけか? 父親は?」
メグ
「マ──お母さん」
女性
「父親は? 止めないのか」
メグ
「いつも……家にいない……」
彼女の大きな瞳が、また潤んだ。
女性
「……すまん、嫌なことを……」
メグちゃんは首を横に振った。
夢野陽
「……ここは、安全だから」
女性もうなずき、
女性
「私も絶対、メグにひどいことをするなんて、しないぞ」
頬をかいた。
女性
「……まあ、私は話すのが下手だから……
口が滑ることは、あるかもしれんが……
危害を加えるつもりは、一切ない」
彼女はまた、水を飲んだ。
メグ
「うん……」
女性
「……なあ。このあと、どうするんだ?」
彼女はオレの方を見た。
女性
「……まさか、一生この子の面倒を見るつもりなんて、ないだろ?」
彼女は腕を組んだ。
女性
「橋はそろそろできるんだろう?
事情を伝えて、この子を児童相談所に預けるべきだ。
……まあ、お前はただじゃすまないとは思うがな」
夢野陽
(児童相談所……。
……そうだ、それが、正しいことなんだ。
メグちゃんを思えば……
だけど……)
なんだか、胸のあたりが重くなった。
夢野陽
「──イヤだ」
女性
「え?」
夢野陽
「イヤだ……
児童相談所に預けるなんて――」
女性
「──は? お前、何言って──」
バババババババ──
一同
「⁉」
上から、轟音が響いてきた。
女性
「なんだ、この音⁉」
オレは立ち上がって、外に出た。
◇ ◇ ◇
外に出て、上空を見上げる。
夢野陽
「ヘリ⁉」
夢野陽
(市役所の人たちは、臨時の橋をかけるんじゃなかったのか?
ヘリにしたのか?)
ヘリコプターから、誰かが出て来る。
夢野陽
(救急隊の人じゃ──
ない⁉ 誰だ⁉)
黒いスーツを着た男が、紐を伝って降りてきた。
メグ
「あっ……」
服の後ろが引っ張られた。振り向くと、メグちゃんが青ざめた顔をしている。
メグ
「い、いや――」
夢野陽
「え?」
スーツの男
「お嬢様」
メグ
「ひっ!」
前を向くと、ヘリから降りてきた男が、オレの前に立っていた。
夢野陽
(で、デカい……二メートルくらいあるんじゃないか)
男は、屈強な身体をスーツに包んでいる。
その太い指で、サングラスをついと上げた。
スーツの男
「帰りましょう。お母様がお待ちです」
夢野陽
(お母様……メグちゃんのお母様のことか……?)
メグ
「い、いや……」
??
「オイ!」
女性がログハウスから出てきて、スーツの男性をにらんだ。
女性
「この子、怯えてるじゃないか。お前は誰だ?」
スーツの男
「お嬢様!」
彼の太い腕が、メグちゃんの細い手首をつかんだ。
夢野陽
「!」
メグ
「いや……!」
夢野陽
(……ただごとじゃない、とにかく、話を……)
「あなた、この子の家の人ですか?
もしそうなら聞いてください、
この子はお母様に虐待を受けていて──」
スーツの男
「お嬢様、抵抗はおやめください。
……早く帰らないと、またお母様に怒られますよ」
メグ
「‼」
メグちゃんの顔が凍り付いた。
夢野陽
(また、って――今までも、こういうことが?)
女性
「オイ、その子から手を離せ!」
女性が、スーツの男の腕を握った。
スーツの男
「……」
彼は女性の腕を振り払う。
女性
「オイ、無視するな!」
スーツの男
「さあ、行きますよ、お嬢様──」
メグ
「……!」
メグちゃんは掴まれた腕をぶんぶん振った。
夢野陽
「メグちゃんが嫌がってるじゃないですか!」
今度はオレが、彼の腕をつかんだ。
スーツの男
「チッ……」
彼の空いた手が動いた、
かと思った瞬間、
夢野陽
「うっ⁉」
──腹に、鋭く、重い痛みが走った。
メグ
「陽!」
女性
「お、オイ!」
……脂汗がブワッと出る。思わず、その場に膝をついた。
スーツの男
「邪魔だ」
女性
「お前……‼‼」
女性が、スーツの男を睨みつけた。
スーツの男
「気味が悪い……
まだ小さな女の子を、都合の良いように洗脳して……」
夢野陽
(……そっちが、対話する気がないというのなら……)
「メグちゃんを洗脳してるのは、そっちでしょう……うっ!」
また、腹に重い一撃を食らった。
メグ
「陽!」
女性
「オイ、お前ッ!」
視界の端で、女性が腕を振りかぶるのが見えた。
スーツの男
「……捕まえろ」
??
「はい」
男の背後からもう一人、スーツにサングラスの男が現われた。
夢野陽
「⁉」
彼は女性に近づき、彼女を素早く羽交い締めした。
女性
「オイ、離せ!」
メグ
「‼」
夢野陽
「や、やめろ……彼女は、関係ない……」
スーツの男
「さあ、行きましょう」
メグ
「……‼」
メグちゃんは無言で、何度も腕を振った。
が、木のように太い男の腕は、びくともしない……。
夢野陽
「ま……待て……」
オレはスーツの男の足を掴んだ。
夢野陽
「その子は絶対に、連れていかせない……」
メグ
「陽!」
スーツの男
「……」
彼は無言で足を振り、オレの手を振り払った。
夢野陽
(……あきらめるわけには!
ここで彼女を家に帰してしまったら、
また──)
……彼女と出会ったクリスマスの夜が、頭をよぎる。
……悲しそうな、暗い瞳。
彼女のほおを伝った、光の粒……。
夢野陽
(……帰ったら彼女はまた、自ら死を選んでしまう……
それに──
……ここで引き下がったら、オレはまた、後悔する!)
オレはもう一度、スーツの男の足をつかんだ。
スーツの男
「邪魔だ、この犯罪者」
夢野陽
「……洗脳してるって言われても、言い返せてないじゃないですか……」
スーツの男
「……」
足蹴にされて、手を振り払われる。
夢野陽
「‼ ──ぐあっ! ああっ! ううっ!」
何度も何度も、腹を蹴られた。
メグ
「やめてっ! お願い!」
……男の足が、オレから離れた。
スーツの男
「……帰るぞ。……その女はまだ解放するなよ」
女性を捕まえているもう一人のスーツの男は、うなずいた。
オレは女性の方に顔を向ける。
夢野陽
「あなたは……逃げてください……
……あなたは、巻き込まれただけだ……関係ない……」
女性
「お前…………」
夢野陽
「橋ができるはず、そこから……逃げて、遠くへ……」
ずりずり、とスーツの男が、メグちゃんの手を無理やり引いて歩き始めた。
メグ
「い、いや!」
夢野陽
「メグちゃん……」
(キミだけは……!)
メグ
「陽……!」
彼女が、オレに手を伸ばす。
オレも、涙に濡れたその大きな目に、手を伸ばした。
二人で逃げ出した、あの日と同じように。
だけど、瞼が、勝手に閉じていく……
夢野陽
(待って──まだ、オレの願いは──)
……意識が、遠のいた。




