陽はママとは……
次の日の午後。
私はソファーに座って、横を見た。
陽はソファーで洗濯物をたたんでいる。
女の人は壁で、私と陽を見ている……。
陽
「…………」
女の人
「…………」
メグ
「…………」
部屋には暖炉の火の音が、している……。
メグ
(……あ、そうだ!)
「あ、あの……」
陽
「ん?」
メグ
「たたむの、手伝った方がいいですか……?」
陽
「……」
陽は目をぱちぱちさせて、ちょっと嬉しそうな顔をした。
陽
「うん、じゃあ、お願いしようかな。やり方はわかる?」
メグ
「あ、はい……」
(いつもはだいじょうぶ、って言ってたけど……
今回はやれっていうんだ)
私がうなずくと、陽はシャツを一枚渡してくれた。
陽
「じゃあ、これをお願い」
私は膝の上にシャツを広げた。
メグ
「……………」
……景色がぼんやりして、ぐにゃあとゆがんで……
……お屋敷の、あの白くて冷たくて固いソファーの上に、座っているような気がした。
メグ
(上手にやらなきゃ……
ミスしたらダメ、ミスしたら……)
心臓がドキドキして……手が、震える。ソデを、軽く折っていく……。
ママ
「ちょっと!」
メグ
「ひっ」
目の前にママがいた。
ママはしわくちゃになっているソデのところを叩いた。
ママ
「なにシワつけてんの⁉ もっと丁寧にたたみなさいッ」
メグ
「は……はいっ」
あわててたたむ。
でも……
メグ
(どうしよう……手が震えて……どうしても、シワがついちゃう……)
ママ
「何回やってんの⁉ どんくさいわねえ!」
メグ
「うう……ごめんなさい」
ママはため息をついた。
ママ
「……まったく、ダメな子ねえ。
もういいわ、部屋で勉強してなさい!
メイドにやらせるから! アンタの代わりに!」
メグ
「は、はい……」
私はあわてて立ち上がった。
ガシャン!
メグ
「⁉」
足が冷たい!
……下を見ると、コップが割れていた。
メグ
「あ……‼」
(やっちゃった‼)
バシンッ!
メグ
「ひっ!」
ママはテーブルを叩いて、顎でコップをさした。
ママ
「何してんのよッ⁉ 早く片付けなさい⁉」
私は慌てて、割れたコップに手を伸ばした。
メグ
「は、はい……!
──ッ⁉」
……伸ばした右手が、あったかい……⁉
??
「……メグちゃん」
メグ
「……!」
顔を上げると、真面目な顔の陽が、そこにいた……。
メグ
(あ……ここは……ママが、いないんだった……)
陽
「……あぶないよ」
メグ
「あ、は、はい……ごめんなさいっ……」
私は頭を下げた。
陽
「だいじょうぶ……また買えばいいよ、気にしないで。
……ケガは……してない?」
陽は私をジッと見た。
メグ
「は……う、うん」
陽
「よかった。……少し離れてて、今片付けるから」
陽が後ろを向いた。
メグ
(また……また、迷惑を……!)
「あ、あの!」
陽
「ん?」
陽がこっちを向いた。
メグ
「ご、ごめんなさい……その、今日は、私が……」
陽は優しく微笑んだ。
陽
「ありがとう。……大丈夫、オレがやっておくから。
メグちゃんは、休んでて」
メグ
「…………あの、」
陽
「ん?」
メグ
(いつもの……家事ができなかったら、)
「べ、勉強は…………」
陽
「…………勉強? 何の勉強かな?」
メグ「え?
おじゅけんの────
…………あっ」
……思わず、口にしてしまっていた。
陽
「…………」
陽は真面目な顔になった。
メグ
「な、なんでもない……」
陽
「うん、わかったよ」
陽は微笑んで、割れたコップを片づけてくれた。
そのあと、ソファーにいた私に、
紙でできた不思議なコップを渡してくれた。
メグ
「……ありがとう、ございます……」
陽
「うん」
私は紙のコップの中の水を、飲んだ。陽も、飲んだ。
陽
「…………」
メグ
(どうしよう……)
心臓がバクバクする。
メグ
(またやったな、って、今度こそ怒られる……!)
私はぎゅっと目をつむった。
陽
「……気にしなくて、いいからね」
メグ
「えっ?」
陽は真面目な目で私を見た。
陽
「……さっきのこと。
それに……もしかしたら、
この家でもメグちゃんのおうちと同じように過ごさなきゃいけない……
って思ってるのかもしれないけど……
そんなこと、ないからね」
メグ
「‼‼」
(このひと……)
陽
「何もしないキミを殴るとか、追い出すとか、絶対にしないから。
約束した通り……」
メグ
「うん…………」
(……昨日も、言ってくれてた……)
陽
「だから、だいじょうぶ。
ここでは、キミは何もしなくていいんだよ」
陽はまた、優しく微笑んだ。
陽
「家のことは、オレがやるから。
やりたいことがあれば、思いっきりしてもらっていい。
したくないことは、やらなくてもいい。
……家事も勉強も、ムリにやらなくていいよ」
メグ
「えっ⁉」
(このひと、わかってるんだ‼!)
陽はうつむいた。
陽
「……無理やり連れてきたのは、申し訳ないけど……
オレは、ここではキミに自由でいてほしいんだ」
陽はもう一度、真面目な顔で私を見た。
陽
「……ただ、生きていてさえくれれば、それでいい……」
メグ
(いきていてくれれば──)
目が熱くなった。
メグ
(……その言葉は、ママから、もらいたかったなあ……)
……ママはそんなこと、一度も言ってくれなかった。
メグ
(むしろ……逆のことを……)
陽
「あのとき……オレについてきてくれて、
ここまで一緒に来てくれて、ありがとう」
メグ
「……⁉」
(まさか、お礼を言われるなんて……)
陽
「あのとき、
飛び降りないでくれて――
死なないでくれて、ありがとう」
メグ
「う、う……」
口から、思わず声が漏れる。
メグ
(……ほんとうは、ママに、それを……)
陽
「メグちゃんと出会えて、よかった」
……目の前の陽の顔が、ぼやける。
メグ
(でも……でも、ママはくれなかった! 一度も!
でもこのひとは、それをくれるんだ!)
「う──うわああああああ‼」
私は立ち上がって、陽の膝にすがりついた。
陽
「……よく、がんばったね。あの家で……」
メグ
「うん……うん……‼」
(このひとは、ママとは違うんだ────)




