SF短編 『未来からの手紙』
18歳の夏。山田健一の元に、国からの公式な封筒が届いた。『時空往復便』50歳になった国民は一回限り、過去の自分に手紙を送れる、50歳になった自分からの、たった一度の伝言なのだ。
「……これか」
震える手で封を切る。そこには、目を疑うほど輝かしい文面が並んでいた。
『18歳の俺へ。
合格おめでとう。今の俺は大企業の社長だ。港区のタワーマンションに住み、贅沢な暮らしを謳歌している。何もせずとも社長になるが、お前に一つだけ助言する。今は死ぬ気で勉強し、学校へ行け。そうすれば、俺のような、誰もが羨む輝かしい未来が待っている』
「……。……ははっ、やっぱりそうだ!」
健一はベッドに突っ伏して笑った。模試の判定がどうだとか、そんなことはもうどうでもいい。
「俺の未来はもう決まってるんだ。社長。タワマン。贅沢三昧。……なんだ、俺はもう勝ち組じゃないか」
テレビの特集番組では、手紙のおかげで人生を変えた「凡人」たちが感動的なエピソードを披露していたが、健一は鼻で笑った。
「あいつらは手紙に尻を叩かれないと動けないんだろうが、俺は違う。俺には生まれ持った『社長の運命』がある。何もせずとも、最終的にはそこへ辿り着くように世界ができているんだ」
彼は受験勉強をやめた。授業中も「未来の社長」らしく堂々と居眠りをした。周囲の必死な様子を、高い場所から眺めるような万能感。彼はただ、約束された栄光が向こうからやってくるのを待つことにした。
32年が経った。
西暦2XXX年、冬。
山田健一(50)は、電気の止まったアパートで、薄汚れた毛布にくるまっていた。
床にはカップ麺の空き殻と、数日前に解雇された現場の作業着。鏡の中には、プライドの残骸のような、酷くやつれた中年男がいる。
「……クソっ、なんで、なんでこんなことに……」
震える手で、役所から届いた『時空書簡』の端末を握る。
本当は、絶叫したかった。過去の自分に縋りたかった。
「頼むから勉強してくれ、俺を助けてくれ、このままだと死ぬぞ」と、涙を流して懇願したかった。
だが、真っ白な送信画面を前にした瞬間、彼の奥底にこびりついた「プライド」が鎌首をもたげた。
18歳の自分に、今のこの無様な姿を晒すのか? 底辺を這いずる惨めな自分を、あいつに教えるのか?
「……そんなこと、できるわけないだろ」
彼は歯を食いしばり、必死に指を動かした。32年前に受け取った手紙の内容なんて、社長以外ほとんどもう覚えていない。ただ、自分のプライドを守り通しながら「最高の自分」を捏造する。
『18歳の俺へ。』
打ち込みながら、涙が溢れて画面を濡らす。
『合格おめでとう。今の俺は大企業の社長だ。港区のタワーマンションに住み、贅沢な暮らしを謳歌している。何もせずとも社長になるが、』
手が震える。本当は「助けてくれ」と言いたい。だが、指が勝手に、自分を飾り立てる言葉を紡いでいく。
『お前に一つだけ助言する。今は死ぬ気で勉強し、学校へ行け。そうすれば、俺のような、誰もが羨む輝かしい未来が待っている。』
最後の一文を打ち終えた、努力をしろと俺は助言を書いておいた。これで俺の未来は変わっただろう…。彼は送信ボタンを押した。
惨めな今の自分を認めるよりは、過去の自分に「偽りの自分」を崇めさせる方を選んだのだ。
「……これで俺は、社長になれる…」
送信完了の通知が、暗い部屋を虚しく照らす。
テレビの中では、今日もキャスターが笑顔で言っている。
「未来からの手紙が、あなたの人生を輝かせます」
健一は凍える指を口元に当て、「輝かしい未来」を夢見ながら、浅い眠りに落ちていった。




