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知らない

作者: きたさん

綺麗な顔立ちだとか、

伏せると影を作る睫毛だとか、

洗練された佇まいだとか、

周りはこっちの都合も関係なしに教えようとする。


それでも俺は


俺は

あの男を知らない──。





俺のバイト先のラーメン屋は、今日もかなりの賑わいだ。

会社帰りのサラリーマンから大学サークルの派手な連中まで、満員御礼有難い。

そんな日常の風景に、今日も『異物』が混じる。


「替え玉、バリカタで」


カウンターの空き具合も関係なしに、いつも左端のカウンターに座る見慣れた制服の男。

その細い体のどこに入るのか分からない程の量の麺を、まるでイタリアンのパスタのように綺麗に食べるその男。

『異物』と称するには綺麗すぎるその男の名前を知ったのは、一体いつの事だっただろうか。




自分がこのラーメン屋で働き始めたのは15歳の時だ。

バイト経験が浅く客への対応もグダグダな俺を、大将は見捨てないでくれた。

今じゃバイトの分際で厨房の担当も任されるほどだ。

学校以外順調な毎日を送る中、ふとカウンター端に客が座るのが見えた。

「!いらしゃ…い…」

大きく出した掛け声のような挨拶が、視界に入ったもののせいで小さくなる。

学校指定の、ベージュのブレザー。

嫌でも見慣れたそのブレザーを見た時、俺はあぁ面倒だなと思ってしまった。

バイト先で同じ学校の、友人でもない奴に会いたい奴なんていないだろう。

しかも俺はいい意味でも悪い意味でも目立つと自覚している。

見た目のイカツさや顔の傷に合わせて、雇われ風紀委員長という謎の押しつけ役職。

合わせて幼馴染にあの生徒会長『鵜飼統馬』ときてる。

高校浪人のバカ成人なんて呼ばれてるのは心底どうでもいいが、噂でもされるとたまらない。


話しかけられるのは面倒だと、視界に入らない様俯き気味にコンロ前に移動した。

隠れたい訳じゃない。

面倒な事は嫌いなのだ。

先程までスープをかき混ぜていた大将が、何かに気が付いたように声を上げた。

「あの制服、お前のとこの生徒か?」

否定も肯定も結果は同じ。

制服のままバイトに来ているのに、嘘を吐く必要もない。

「…」

小さく頷くと俺の反応に何か思ったのか、大将はそれ以上何も言わなかった。


「ネギチャーシュー、大盛りで」

男は呟くように注文を済ませると、指定カバンから取り出した本を読み始めた。

顔も上げず注文をしたので、幸い顔を見られなくて済んだらしい。

…それにしても静かな男だ。

ラーメン屋にいると思えないくらい清潔感のある雰囲気が、何だかとてもアンバランスだった。


「あいよ、コレ宜しく」

正直近寄りたくも無かったが、他の手も足りていないようだったので嫌々ながらラーメンを持つ。

この店自慢の山盛りネギチャーシュー麺。

ネギは勿論、もやしやチャーシューも零れんばかり乗っている。

この棒のような男が食べ切れるのかという前に、もはや注文を間違えていないか不安になる。

「お待ちどうさま」

読書に夢中な男に声をかけると、取り出した時のように静かに本を畳む。

流石に読みながら食事をするような品のない奴では無いらしい。

机にゆっくりとラーメンを置くと、至近距離で目が合った。

「ありがとう」

たった一声。

少年と青年の間の、擦り切れるような高めの声。

メガネをしていたのは今知った。

真面目そうで、それでいて気の強そうな顔。

口角は微塵も上がって無かったが、嬉しそうな顔に見えたのは何故だろうか。



そこからはあっという間だった。

山盛りのネギと麺が、まるで魔法のように口へと吸い込まれる。

食べていくペースに下品さが比例しないのは、その所作の美しさにあるだろう。

ここがラーメン屋だという事を忘れそうだった。

ガッツくようで、それでいて流れるように無くなる料理。

目を離すと本当に消えてしまいそうで、思わず凝視してしまう。

体感時間にして約5分。

「ご馳走様でした」

静かに手を合わせながら箸を置いたその男に、俺は少しだけ興味を持ったのだ。




週に一度の全校生徒集まっての集会。

面倒な事が嫌いな俺は何かしら理由を付けてサボるのだが、今回ばかりはそういう訳にもいかなかった。

「今日の集会!俺の生徒会お披露目なんだからちゃんと見とけよな!」

いつになく興奮気味に鵜飼に念押しされてしまい、反抗する気力も萎えた。

周りの張り付くような好奇の目にウンザリしながら、出来るだけ目立たない位置にと最後列の壁に背中を当てる。

叶うならば今すぐにここから飛び出してしまいたい。


「─では、生徒会の任命式を始めます」

静かな集会場に、緊張を含んだ司会の声が響く。


「俺が生徒会長の鵜飼統馬だ!みんな、これから宜しくな!」

キラキラした人好きする笑顔で挨拶する鵜飼に、変わらないなと思う。

眩しいくらい笑う鵜飼は、俺の生きる希望だ。

守るべき対象で、俺の─家族。

眩しさに目を細めていると、鵜飼の右後ろからもう一人出てくる。

鵜飼の紹介は終わった。

自分がここにいる必要も無くなったのだとばかりに踵を返すと、聞こえてきた声に足が固まった。


「会計担当の東清一だ」

弾かれたように振り向いた。

聞き覚えのある擦り切れるような高めの声。

昨日のラーメン男だ。

壇上に堂々と立つその姿は、ラーメンを綺麗に食べる男とはどうにも重ならない。

「あいつ生徒会だったのか…」

マンモス校であるこの学園で知らない生徒がいる事は珍しくないが、生徒会はその中でも目立つ存在だ。

自分のような持ち上げられてやっているだけの者とは違う、選ばれた人物。

昨日少しだけ感じた親近感に似た感情が、何故か霞んでしまったような気がした。

心を騒めかせる理由が分からず、チッと吐き捨てるように舌打ちしてその場を離れた。




もう来ないだろうと思っていたその男は、予想に反して今日もやって来た。

午前中に見た大勢の前に立つ堂々とした姿とは違い、店の端で静かに読書をするその男。

その様子を見て俺は、ラーメンを机に置く時に思わず声をかけてしまった。


「お待ちどうさま。お前って生徒会だったんだな」


「ありがとう…え?」

以前のように本をしまって受け取ろうとしてたその男は、キョトンとした顔でこちらを見てきた。

壇上で見たものと同じ、意志の強そうな猫のような目。

「俺が月詠の生徒だって知ってたか?」

気になったので聞いてみようと思った。

たまに興味本位で来る奴がいるからだ。

悪目立ちする不良のバイト先。

ちゃんとやっててもやらなくても、話題性はある。

肝試し感覚なのだろうが、正直金を出すなら客でも冷やかしでも構わない。

何となくコイツは違う気がしたが、確認をしたいと思った。


「知っている。それが何か問題か?」

合わせた瞳はブレなかった。

コイツは嘘をついていない。


「冷やかしじゃなきゃ目的はなんだ?鵜飼か?」

答え次第では追い出そうと決めていた。

鵜飼のそばに居る奴が俺と接点を持てば、アイツにとって害になる恐れがある。

俺はアイツの枷になる気はない。

見定めるように眉を寄せるが、合わさった瞳は未だブレない。


「俺は、ラーメンが大好きだ」

急に目力が増した気がした。

同時に、俺は力が抜けた様だった。

「…は?」

「ここのラーメンは好みだった。…その回答じゃダメなのか?」

流石に予想外の回答だった。

まさか本当にラーメンだけが目的とは思わなかった。

馬鹿正直にラーメン愛を語るコイツという存在に、理解が追いつかない。


「お前が月詠の生徒だという事は知っていたが、それとラーメンは何の関係があるんだ」


真っ直ぐ答えるこの男を見て、なんでこんなくだらない質問に真面目に答えてるんだと内心笑いが込み上げた。

馬鹿らしい。

ただのラーメンバカに多大な勘違いをしていた様だ。

「ふっ……」

思わず口から出た声に自分でも驚く。

「悪かった。替え玉とチャーシューはおまけするから許してくれ」

ラーメンの横にそっとサービス券を置く。

顔馴染みにも滅多に渡さない、俺特製の大盛券だ。


「俺の名前は北波。これからもウチのラーメンを御贔屓に」

これからの常連さんには優しくしとかないとな。



俺は東清一を知らない。

正確には味の好みは知っている。

しかし学校でどんな話をするとか、

どんな教科が得意だとか、

そういう事は全く知らない。

ただ、たまに粗雑に麺をすすったりする事や、

レンゲを使わずに器ごと汁を飲む男らしさは知っている。



さあ、そろそろアイツが来るだろうから

替え玉用意しとこうか

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