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魔法のシャボン玉  作者: 土竜健太朗
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「みんなが昨日。とても食いついていた。転校生が来てくれましたよ。さあ、入って」


 その声の後に現れたのは女子生徒だ。何故か俺の心臓の鼓動が一瞬にして加速した。その子が歩く姿は自信に溢れていた。何度も何度も夢で見た少女が歩く姿が浮かび上がり、そこに重なる。


「なんで……」


 俺はいつの間にか、小さく口を動かしていた。


「自己紹介をしてね」という深冬先生の指示に従って、自己紹介を始める。


 黒くて長いロングヘアーはあの頃と変わらない。昔は俺の方が背が小さかったけれど、今となっては俺の方が幾分か背が高くなっていた。


「初めまして!七森夏花です。よろしくお願いします!」


 ありふれた自己紹介の内容だったにもかかわらず、彼女の活発な声音と自信の溢れる態度が合わさって素晴らしいとしか言えない自己紹介だった。懐かしい声が心を擽る。もう絶対に会えないと思っていた彼女が今そこに居るのだから。


 なんだか心に霧のようなものが充満する。俺はあの頃から大きく変わってしまっていた。彼女と俺を繋いできた絵を描くことだって、今の俺には残っていない。どんな顔をして彼女と接したら良いのかが全く分からない。


 その霧を払う方法は全く浮かばないままに、彼女は席を示されて歩いてきている。唯一、教室で空白だった俺の隣には、昨日から真新しい机が置かれている。


 昨日の朝一番で感じた違和感はこれが原因だった。基本的に2人が並ぶ形で机が置かれているが、この教室の生徒は27名だったから、俺は一人余り物のようにして、約一か月を過ごしてきたから違和感を覚えたのだろう。


「秋博。良かったな!」


 前方に座るイケメン野郎は俺のこの複雑な気持ちを知ってか知らずか、チラリと振り返り笑みを浮かべる。俺の過去を知っている光希のことだから、俺の気持ちだって理解したうえであえて言っているんだと思う。


「うるせぇよ」


 いつものように雑な感じで切り返して、普段と変わらないように接することが出来るように努めることを心に決める。


 ゆっくりと隣の椅子が引かれる。俺は極力平常心でいられるように意識しているが、何故だか手には汗がじんわりと滲んでいて気持ちが悪い。


「榊原君。今日からお隣さんですね。よろしくお願いします!」


 元気な彼女の声に俺はハッとそっちを向く。


『もしかしたら、俺のことを覚えていないのではないだろうか?』


 俺達が最後に言葉を交わしたのは小学校5年生の冬。綺麗なお別れは出来なかったし、俺にとっては人生の分岐点でもあった。でも、彼女にとっては思い出にも残らないような出来事で、俺のことも覚えていないのではないか。そう感じるほど彼女の挨拶はよそよそしい雰囲気を孕んでいた。


 悲しいとか、虚しいとか、そういう気持ちが浮かび上がってくるのが正常な反応なのだろうか。それが正常だというならば、きっと俺は異常だった。思いも伝えられず離ればなれになってしまった女の子との再会。運命的な出来事があっても相手は俺のことを覚えてもいない。その覚えていないことに安堵しているのだから。


「よろしく」


 ぶっきらぼうに返事を返す。俺のことを覚えていないと思えば、あまり意識をしないでいつものように素っ気ない感じでいることが出来た。


 それ以外の会話を交わすことなく、授業が始まるのを待った。


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