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魔法のシャボン玉  作者: 土竜健太朗
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 俺は進路調査票を鞄にしまっていると、教室の喧噪は収まり、静寂を迎える。これは恒例行事のような物だから驚くことはないし、よく考えれば当たり前のことだ。


 廊下に響くヒールが床をはじく音が俺達に与えられた準備時間。この音が教室にたどり着く前に席に着いていなければ、厳しいお叱りをうけることになる。そんなことは皆、嫌なのでこの教室はこのように静寂を選ぶ。


「おはよう。みんな」


 凜とした朝の挨拶を交わしながら、教卓に向かっていく女性が俺達の担任の先生である。


 年齢は30代半ばで、いつでも落ち着いた声音を崩すことがないため、クールで美しい先生と評判は高い。授業の内容は結構難しいが、教え方が上手いのか俺は結構好きであった。因みに、数学を担当している。テストのレベルも他の教科と比べると段違いに高く。クラスメイト達にとっては鬼門となっているらしかった。別に授業を真剣に受けていれば解けなくは無い問題ばかりだから、俺としては先生との力比べをしているようで楽しかった。


 それを光希に話したら「そんな風に考えられるのは勉強が得意なお前だけだろ。嫌みか?」と苦笑いしながら言われた。


 光希の唯一の弱点は数学だ。イケメンで運動が出来て勉強もそつなくこなすが、数学だけはどうにも出来なかったらしい。俺がこいつに適う、たった一つの要素だ。普段助けられている分、テスト前に赤点を取らないラインまで対策を取るのが、俺に与えられている役割の一つでもある。


「そういえば、もうすぐテストか」


 学生にとって地獄のテスト期間がやって来る。部活動が出来なくなるとか、テスト勉強しなくてはいけないとか。人によって地獄だと感じる要素が違うがそんな悲痛のある叫びが教室に木霊する時期。


 ホームルームでの先生の話をろくに聞きもしないで、頬杖を付きながらテストの対策を練っていると、教室の雰囲気が一転していた。


「先生!転校生って今日来るんじゃないんですか?」


 一人の女子生徒からの一言が始まりの合図。男子も女子も「この時を待っていました」とでも言うように、先生への質問が飛び交う。


「女子ですか?」男子生徒の期待に胸を膨らませた質問。

「どこから引っ越してきたんですか~?都会?」女子生徒の憧れの籠もった質問。エトセトラ。エトセトラ。

「先生、彼氏いますか?」エトセトラの中に混じっていた問いを俺は聞き逃してはいなかった。前方に座っている奴が言っていたのだから、気が付かない方がおかしい。


 聞いた本人も相当に勇気を要したようで、すぐに怒られなかったことに安堵して肩を下ろした。そしてこちらに向けて「してやったぜ!」と言葉にしなくても伝わってくる程のどや顔を向けてくる。


 こいつが人気な理由の一つでもある。こうやって悪ふざけをして笑顔を向けてくるのは、まるで小学生かと言いたくなるが、俺のように何にも関心を持たずにいる奴よりもよっぽどいい。俺自身も光希の子供っぽいイタズラを見ていることは嫌いにはなれない。たまに、俺まで巻き込まれることがあるからそれだけは勘弁を願いたい。


 俺は手で払うようにして光希に前を向くように促す。俺がやらせたと思われたらどうするんだよ。まじで。



 マシンガンの如く先生に向けられる七色の問いかけはきっぱりと回答される。若干の苛立ちも感じられる。きっと光希の所為だろう。


「転校生ですが、今日はお休みです。明日から来る予定だから、みんな仲良くしてあげてくださいね。それ以上のことは、明日から本人に聞きなさい。あと、光希君。あなたは放課後説教だから覚悟しておきなさい。それから、共犯の疑いがある秋博君も一緒にね」

「え!俺はなんもしてないですよ!!!」


 また巻き込まれるのかという既視感と無罪を主張したい気持ちが混ざり合って、思わず立ち上がって主張をしていた。椅子がギィっと音を立てて、動いたときに自分らしくないことをしていると認識した。


「秋博君は進路調査票のこともあるでしょう?だから、光希君と一緒に来てください」


 そこを引き合いに出されたら俺はもう何も言うことは出来ずに諦めて椅子に座った。


 席に着くと俺のことを振り返っていたクラスメイトは何もなかったかのように前に向き直っている。そうして、一悶着あったけれど、一日というのはあっという間に流れていく。

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