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道端にて

作者: 雨天然

 その出会いは、私が一人旅に出てすぐのことだった。

 私は、自分が何でも知っていると思っていた。酒場で旅人達から沢山の話を聞いては、それらすべてを唄にし奏で、まるで私自身が各地を旅して回ったかのように、そう思いこんでいた、あの頃。

 私は彼女達と出会った。

『追い剥ぎ』と言う唄は分かっていても、追い剥ぎがいかなるものか分からなかった私を助けてくれた、彼女とそして仲間達。


 私は本当に何も知らなかった。全く知らなかった。

 空も、山も、木々も、風の匂いに浮き立つ鳥の歌声、心が踊るような愛や悲しみも。仲間との生活と一人の孤独も。

 ――そして、この先の未来も。




「助けて頂いてありがとうございます」

「あなた、危なっかしい人ね。女一人でほっつき歩いていたら、またコイツらみたいなのに襲われるわよ?」


 彼女は地面に転がる柄の悪い男達を指差した。


「たまたま私達がいたから良かったけど、そうでなければ今頃殺されているか、身ぐるみを剥がされて酷い目にあっていたわよ」

「そうなんですか?」

「……本気で言っているの?」


 彼女は呆れたように肩をすくめ、隣りにいる男に目を向けた。彼女の仲間だろうか。男は眉を寄せ、私に尋ねた。


「お前さん、追い剥ぎを知らないのか?」

「知っていますとも」


 私は自信満々に頷き、リュートを奏でた。それは私の中にある『追い剥ぎ』の唄。


「はい。『追い剥ぎ』の唄です。私も『追い剥ぎ』を知っていますよ」


 私の言葉に彼女の足元から覗き込んでいた男の子と、その後ろから様子をうかがっていた女の子が口々に言った。


「こいつバカだ!」「バカだー」


 私は『馬鹿』の唄を奏でた。それに『生意気』の唄も続けて、子供達に向かってにっこり微笑んでみせた。


「お二人のお子さんですか?」


 二人を夫婦だと見受けた私は『夫婦』の唄を奏でながら尋ねた。すると何故か彼女は大笑いをしたのだ。


「あなたって本当に馬鹿なのね。この子たちが私の子供だったら、私は一体いくつで生んだ事になるのかしら。それに、この人とは夫婦でも恋人でもありません」


 清々しい笑みで否定する彼女に、横の男はどことなく落ち込んでいる気がした。ああ、なるほど。『片想い』だろうか。私は『片想い』の唄を奏でた。


「あなた、これから何処へ行くつもりだったの?」

「『あっち』です」


 彼女の質問に私は歩いていた道の続く方を指差した。


「随分と曖昧ね。でも良いわ。私達も『あっち』に行こうとしているの。良かったら一緒に行かない?」

「何故ですか?」

「あなた一人では危なっかしいからよ」


 私は少し迷った。何か大きな選択を迫られている気がしたからだ。

 暫く考えたが、私は湧いた好奇心の赴くままに肯いたのだった。




 旅を共にするようになり、三日目。

 街道沿いの小さな農村を見て、私は『小さな農村』の唄を奏でた。すると、旅の仲間の男が尋ねてきた。


「それはもしかして『農村』の唄かい?」


 この三日で、私があらゆるものを唄に換えていると気付いた男は、私が唄を奏でる度にそれが何の唄かを当てようとするのだった。


「惜しいです。『小さな農村』の唄です」


 私は『農村』の唄を奏でてみせた。


「『農村』の唄はこっちです」

「ああ、なるほどな」


 男は納得してくれたのかもしれない。いや、正しく理解出来なくても、どこかで何となく違いを感じてくれたのだろう。私は『嬉しい』唄を奏でた。


「それは『嬉しい』唄だろ?」


 私は微笑み、頷いた。


「わかるよ、なんとなくだが。しかし凄いな、そんな弦楽器で奏で分けられるんだから。ところで、お前さんの唄に詞はあるのか?」

「ええ、どの唄にも詞はあります」

「なんで歌わないんだい?」


 男の率直すぎる質問に私は苦笑を返した。


「歌うのが下手で、折角の唄に魅力が失くなるのです」


 すると、私と男のやりとりに彼女が割り込んできた。


「ねぇ、子供達が唄を歌いたがっているの。下手でも良いから一緒に歌わない?」


 眩しい笑顔を浮かべ、彼女は子供達の背中を押した。それに合わせ子供達が嬉しそうな顔で私に笑いかけた。


「いっしょに歌おう!」


 私は思わず強く顔をしかめた。


「どうして皆で歌わなければならないのですか? 唄は一人で歌うものですよ」


 熟練した歌い手たちとならまだしも、彼らのような子供達とどうして一緒に歌わなければならないのか。唄を完璧に理解している私でさえも、歌えば魅力が失くなるというのに。

 恐らく、初めて見たであろう私の表情に、子供達は戸惑い、男は意外そうな顔をし、そして彼女の顔はみるみる怒りに変わった。


「つまらない人ね。じゃあ、そいつとだけ仲良くしていれば?」


 それだけ言うと、彼女は子供達の手を引き、歌を歌いながら先を歩き出した。


「驚いたな、あんな顔をして。しかも何も奏でなかった」


 男の言葉に私は唄を奏でた。


「それは、『嫌悪』の唄?」

「いいえ、『怒り』の唄です」




 その一件以来、私は彼女の悪いとこばかりが目につくようになった。『高慢ちき』の唄。『自信過剰』の唄。『短気』の唄。微笑みながら、罵るように奏でた。それを感じ取れるのか、彼女も私をよく睨むようになった。

 次第に私は悲しくなってきた。唄を奏でると、男が声をかけてくれる。


「……それは『悲しい』唄だろ」

「わかりますか」

「お前さんの顔を見れば一発でわかる」

「笑っているはずです」

「泣きそうだ」

「そうですか」


 男の言葉に、私の中の『微笑み』が覆されそうになった。私は『微笑み』の唄を奏でた。男は首を傾げる。


「それは何の唄?」

「わかりませんか」


 私は困った様に笑った。私の頭上では一羽の鳥が歌を奏でながら風に乗っていた。




 彼女の怒りも次第に冷めてきたのか、五日目にはもう初めの頃と変わらぬように話してくれるようになった。私自身が気付けば彼女を罵る唄を奏でなくなり、それに伴い、彼女の態度も和らいできた気がした。その日の昼、私達はちょうどいい小川を見つけて休憩していた。その小川のせせらぎを気に入り、一つ唄を奏でていると、彼女は不意に声を上げて私を指差した。


「それ『せせらぎ』の唄でしょう」


 私は思わず目を瞠った。言葉なく神妙に頷くと、彼女は嬉しそうに笑った。


「なぜわかったのですか?」

「なんとなくよ」


 そう言って愛嬌ある表情で片目を閉じて見せた。

 私は、自分の唄に対して完璧な理解をしてくれた彼女に感動し、それと同時にわだかまりがなくなったような気がした。こっそりと胸を撫で下ろし、『安堵』の唄を奏でた。それを見て男は少し笑っていた。

 六日目の昼下がり、街道沿いの小さな宿場町に着いた。


「あなたの目的地はここ?」


 彼女の問いに私は首を振った。そして、続く道の先を指差した。


「『あっち』です」


 すると彼女は笑った。


「そう。『あっち』なのね。まだ一緒だわ」


 まだ一緒。つまり、いつかは別れる日が来る。胸が痛むのは何故だろう。私は『わからない』の唄を鳴らしてみた。


「まだ一緒に旅するのだから、酒場で路銀を稼いで来てよ。私達も行ってくるわ」

「え? 稼ぐとは?」

「え、じゃないの。酒場で唄を奏でて……、今までやってきたのでしょう?」


 私は頷いた。もちろん酒場で奏でていたことぐらいある。金は貰っていないが。


「なら、大丈夫ね。頑張って。ちゃんとお金を貰わなくては駄目よ」


 私の心を見透かしたかのようにそう言うと、彼女は雑踏へと消えていった。唄で金を貰った事のない私は困った。しかし、


「頑張って」


 彼女の言葉を反芻すると、私の中で勇気が湧いてくる。意を決して夜の酒場に飛び込み、見知らぬ客たちの前でリュートを弾き鳴らすと、思いのほか大きな拍手が返ってきた。私は気を良くして、気の向くままに奏で続けた。


「吟遊詩人さん、それは何の唄だ?」

「『楽しい』の唄です」

「そうかい、俺達も楽しい」


 私の奏でる唄に滅茶苦茶な詞を乗せて高らかに歌う男達が嫌いになれなかった。


「おい、吟遊詩人さん。『仲間』の唄はあるかい? やってくれよ」

「はい」


 私は要望に応えて『仲間』の唄を奏で、――奏でながら急速に冷めていった。愕然とした。気付いたのだ。この『仲間』の唄は、駄目なのだと。




 七日目。私達は街を出て再び歩き出した。私はあの夜からずっと悩んでいる。


「どうかしたのか?」

「……いえ」

「何か嫌な事でもあったのか?」

「いえ……」


 何も言わない私を励ますように男は肩に手を置いた。


「何があったかは知らないが、元気を出せよ?」


 男はそれ以上何も言わないでいてくれた。私はその背中に『ありがとう』の唄を奏で、一つ溜め息をついた。

 仲間。それが私の中で大きく姿を変えていく。今まで『仲間』の唄と奏でていたものでは、『足りない』のだ。それと同時に寂しさが私の体を襲った。


「まだ一緒だわ」


 まだ一緒。でも、いつかいなくなる。『寂しい』の唄も変わりそうだった。

 私はまだ何も知らなかったのだ。




「何を奏でているの?」


 私はみんなから離れて小さく『仲間』の唄を奏でていると、彼女は声をかけてきた。


「……未完成の唄です」

「『未完成』の唄?」

「……この唄は、まだ完成していなかったようです」

「何の唄なの?」


 その問いに私は頑なに首を振った。言いたくなかった。


「そう。出来上がったら聞かせて。私、あなたの唄好きよ」


 その言葉が嬉しかった。


「ありがとう……」


 去る彼女の背中に掛けた私の小さな声は、届いていただろうか?




 皆との別れと、未だ書き上がらない唄に、日に日に私は落ち込んでいった。彼女たちと旅をするようになり、一体何日が過ぎたのだろうか。私は共に行くと頷いた日を少し恨んでいた。

 そんなある日の事だった。その日は峠越えの為に山道を歩いていた。道沿いの休憩場に私たちは辿り着くと、昼食を取り、各々休憩をとっていた。

 またしても私が離れて溜め息をついていると、


「こっちへ来てちょうだい」

「来い」


 と、彼女と男に腕を引っ張られた。


「いきなりどうしたのですか」

「良いから行けー!」


 後ろからは子供達が押して来た。

 引かれるままに街道から外れ、木々で鬱蒼とした獣道を歩かされた。気がつくと、先には空しかない切り立った崖に立っていた。目眩と死を感じさせる高さに私は震える。彼らにとって自分がつまらなく、必要ないものになってしまったのかという恐怖に私は取り憑かれた。私は持っていたリュートを抱き締め、泣きながら首を振った。

 すると彼女は意外そうに私を見た。


「あなた、高所恐怖症だったの?」


 私は首を振り続けた。そうしてようやく言葉が紡げた。


「私を殺しますか?」


 意を決して尋ねた後、沈黙が流れた。そして、堰を切って一斉に吐き出されたのはため息だった。


「何言っているのよ、あなた」

「まったく、どうしてそうなるんだ」

「馬鹿だねー」

「馬鹿ねー」


 彼女が、男が、男の子が、女の子が、笑った。私には何が何だかわからなかった。目を白黒させていると、彼女は私に優しく微笑んでみせた。そして、崖の先を指差したのだ。


「見てみなさい、綺麗よ」


 言われるままに、私は恐る恐る崖から下を覗き込む。思わず、小さな声を上げた。

 眼前に広がるのは、山の麓にあった湖だった。その水面が太陽の輝きを受け、光輝く。光の洗礼に水が応えるのだ。直視するには眩し過ぎる強い煌めきを受け止め、小さな欠片――光の一つ一つが宝石だ――にして陽光を映し出してくれる。その輝きのなんと美しいこと。湖に私は目を細めた。

 私は綺麗な水は全て透けるような青だと思っていた。『水』の唄も作った。しかし、今。私の目の前にある美しい湖は、そんなものではなかった。輝き、揺れる水面。私の目から涙が溢れた。


「ずっと落ち込んでいたから、少しでも気分が晴れると良いわ」

「唄も奏でないから、心配したぞ」

「みて! きれいなお花! 吟遊詩人さんにあげる!」

「あっちで二人でつんできたんだ!」


 彼女の、男の、女の子の、男の子の、それぞれの言葉に更に涙が溢れた。視界が霞む。水の匂いを運ぶ風の音が心を揺さぶった。

 その時、不意に目が開け、見えてきた。『仲間』の唄の完成が。


「ありがとう……」


 小さく呟き、持っていたリュートを掻き鳴らす。皆は黙って聞いた。


「この前弾いてた唄ね。それは、何の唄?」


 彼女が尋ねた。私は笑ってこう答えた。


「『仲間』の唄」




 あとは詞を入れるだけだった。旅を続け、私は大切な仲間を心に刻みながら、休憩中に一人じっくりと詞を練る。そして長い時間をかけて歌はようやく完成した。初めてだった。詞にこんなに時間をかけたのは。

 早速、歌わないとしていた詞を歌う。恥ずかしさがあった。だが、歌ってみたかった。この唄を。

 小さくリュートを掻き鳴らして歌った。だが、やはりまだ何か足りなかった。音だろうか、詞だろうか? それとも、やはり私の声が台無しにするのだろうか。

 胸の内に広がりだした黒いものに俯きながら歌っていると、突然背後から声が掛かった。


「唄を歌うの上手じゃないの」


 驚いて振り向く。彼女が微笑を浮かべ立っていた。思わず歌うのを止めてしまった。聞かれていたことが恥ずかしかった。


「止めないで、続けてよ」


 彼女の言葉に私は首を振った。折角出来た素晴らしい唄を、これ以上私の声で汚したくなかった。


「聞かせてよ。出来上がったら聞かせてと言ったでしょう」

「……でも、私が歌った途端に足りなくなってしまった」

「何が?」

「……唄の意味が。魅力も」

「そんな事はないわよ。そんなに丁寧に愛しげに歌っていれば十分に心が篭るわ」


 彼女はそう言って、身を乗り出した。


「ねぇ、あなたの唄、とても綺麗よ」


 その言葉はまるで魔法だった。その言葉に後押しされるように、私は唄を奏でて歌った。




 目を閉じた。喉を通る声に愛を込め、舌から紡ぎ出す詞に意味を込め、リュートを掻き鳴らす指に気持ちを込め、私は歌った。だがこれ以上ない愛や気持ちや意味を注いでも足りなかった。

 止めようかと思った、その時。

 横に座っていた彼女が私の声より一段階高い声で歌いだした。私はまた驚き、演奏を止めた。彼女は私を睨んだ。


「ちゃんと弾いていてよ。音は外してなかったでしょう?」


 不満げに見る彼女に、私は首を縦に振った。音を外すどころか、綺麗な声だと思った。私は演奏を続けた。目を閉じ、心から彼女の声を感じる。

 心地好かった。彼女の声に乗せ、私も歌ってみた。そして、わかった。

 ああ、完成した。

 いや、きっともっと素晴らしくなる。

 初めてだった。誰かと一緒に唄を歌うのは。私にとって唄は一人で歌うもので、私はいつも一人だった。だから、初めて知った。一緒に歌う唄がこんなにも素晴らしいものだと。一人が寂しいということ。言葉で言い表せない感情を、唄に乗せ、声を合わせ歌った。きっと、私の頭上では鳥も仲間と歌っているはずだ。




 次の街に着くまでに、私達五人は何度も仲間の唄を歌い合った。その度に感情が溢れ、唄は更に良いものになる。この唄の愛は尽きる事なく、更に深まっていった。

 そして、私達はやがて街に着いた。ここが別れの街だった。

 男と子供達はこの街に用があるそうだ。彼女と男も元は別々に旅をしていた。同じ目的地に行くわけではなかったそうだ。


「折角楽しくやっていたのに、残念だな」

「また会えるわ」

「じゃあね、お姉ちゃん、吟遊詩人さん」

「元気でね」

「……はい」


 私は頷くしか出来なかった。いや、項垂れたのかも知れない。別れがこんなにも寂しいものだとは思わなかった。手を振ると、女の子が私に抱きついた。


「泣いちゃだめだよ」

「……うん」


 泣きながらそう言う女の子の髪をそっと撫でて頷き、体を離してやった。


「……また、ね」


 自分からこんな言葉が出るとは思わなかった。




 離れていく男と子供達を見送り、今度は私達が顔を合わせた。


「……あなたはこれから何処に行くの?」


 彼女は笑顔で尋ねた。


「……」


 彼女と同じ道を行きたかった。あなたと同じ道を歩みたかった。そう言いたかった。だが、私は微笑して、続く道の先を指差した。


「『あっち』です」

「そう」


 彼女は違う道を指差した。


「私は『こっち』なの」

「……お別れですね」

「また会えるわ」

「そうである事を祈ります」

「さようなら」

「……さようなら」


 彼女は指差した道を歩き始めた。




 私はその夜、宿の一室でみっともなく大泣きした。

 どうして出会ってしまったのだろう。仲間達と別れたくなかった。離しては苦しくて死んでしまいそうだった。仲間達はこの悲しみに耐えられるのだろうか。それとも、仲間達をこんなに深く愛してしまったのは私だけなのだろうか。

 何故出会ってしまったのだろう。出会わなければ、こんな悲しみを知らずに死ねた。初めの街道で道の向こうを夢見て死ねた。

 別れた今だからこそ更に彼らへの愛が深まる。皆が好きだった。唄を理解しようとしてくれた男も、綺麗な花を摘んで来てくれた子供達も、私に仲間の大切さを教えてくれた彼女も、好きだった。あの短い期間に感覚の全てで捉えたものが宝だった。

 仲間に出会って、良かった。彼女達と共に歩んだことが祝福だった。

 涙が止まったのは夜明けだった。

 私は続く道の先を歩まなければならない。まだ終わりではないのだ、私の旅は。




 孤独を噛み締めながら、私は黙々と道を歩いた。旅立ちの頃に比べて随分と旅人らしくなったものだ。昔あった唄も随分変わった。だが、未だに変わらない『仲間』の唄。

 彼女達と別れて以来、私はずっと一人だったから、これ以上の『仲間』の唄は出来なかったのだ。




 その日、私は人気のない街道を歩いていた。その道端で座り込み、途方に暮れている少年がいた。近くに来た私にも見えていない様子で落ち込んでいる姿に、たまらずに声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫ではないです」


 少年は顔を上げて涙目になっている大きな目を向けた。


「仲間だと思っていた人たちに路銀も荷物も全て盗られてしまいました」


 私はそれに首を傾げた。そして理解して気の毒に思った。励ましたかった。


「それはきっと仲間ではないですよ。『仲間』は、こうです」


 私は『仲間』の唄を奏でた。少年は困惑したように首を傾げた。


「きっとその人達は『追い剥ぎ』だったんですよ」


 少しでも励ましたかったので続けて『追い剥ぎ』の唄を奏でた。すると少年は何がおかしかったのか、困ったように笑って、


「そうだったのかもしれません」

「そうですよ」

「ありがとうございます。気を取り直したいと思います。何もなくなってしまったけど」


 少年は何かに吹っ切れたかのように頭を掻くと、立ち上がった。私は演奏をやめて、声をかけた。


「どちらへ行こうとなさっていたのですか?」

「この街道を『あっち』に向かって進んでいこうと思っていました。でも何もなくは進めませんので諦めて戻ろうかと思います」


 少年の顔は笑っていたが、諦めがありありと浮かんでいた。


 ――またあの時のように大きな選択を迫られている。


 そんな予感が私の中で確かに感じられた。


「演奏ありがとうございました。お金は渡せませんが、感謝しています、吟遊詩人さん」


 一礼をして去ろうとする少年に私は意を決して言葉を出した。


「私も『あっち』へ行こうとしていました。よろしかったら私と一緒に行きませんか?」




 私の旅はまだ終わらない。私は昔と大分変わってしまっても、続く道の向こう側に待つ世界を見たい事は変わらなかった。あの仲間達を思う心は変わらない。

 あの頃の全てが愛しい。あの頃が全てだった気がする。

 だが、あの頃も今でさえも、まだこの道の途中なのだ。


2017年のコミティア119で頒布した短編小説のWeb再録です。本はすべてはけたので、Webに載せることにしました。


元々は2006年に書いた短編を改編したものだったりします。終わり方が違います。こちらは自分のサイトにあります。10年の時を経て、変化しました。旧版は英訳されたりと思い出があります。新版の表紙がとても好きです。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

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