第2章【この世界に来たばかりなのに魔法を使いこなして申し訳ありません】1
2021.5.13.軽微な矛盾点があったので修正しました。全体のストーリーには影響ありません。
この章より、本編での台詞の表現が変わります。異世界の言葉が「 」で、日本語が『 』になります。
第1話【お夕飯まだだったわ】
「2人とも、よく寝ているわ」
奥の部屋へ続く廊下の扉をそっと閉めて、アリル──エプロン姿で年の頃は25〜6の女──は静かな声音でそこにいる男たちに言う。
「そうか」
リビングテーブルの椅子に座る細面の男、今年で30歳になるこの家の家主でアリルの夫カーズは、テーブルに両肘をついて指を組み、顎を乗せた姿勢でつぶやくように答えた。
2人は、そう言葉を交わしたまま続く言葉を発することなく、アリル夫人はリビングから一続きになっているキッチンへと入って行く。キッチンから水差しを持ってきてテーブルに着くと、夫と自分、そしてそこにいるもう1人の男のコップにそれぞれ水を注ぐ。
「ありがとう」
「ああ、すまないアリル…義姉さん」
カーズ、そしてもう1人の男、髭面の大男で見た目はカーズより年上に見えるが実は5つ年下の弟ミッツは、それぞれアリルに礼を述べる。
ミッツは同い年の義姉へ「ねえさん」と呼ぶのに未だに慣れない様子である。
この日の夕方、ミッツが森へ狩りに出掛けた際、猫型のモンスターに襲われそうになっていた若者と幼女を助けたら、なんとこの世界とは別の世界から来た者たちだった。
カーズら兄弟は、田舎の農村の更に片隅を開拓した土地に住む、農業と狩猟を営み暮らす者たち、すなわち農民である。
本来ならば、異なる世界が存在するとか、そんなことを想像するようなきっかけなどない生活をしている彼らが、何故若者と幼女が別の世界から来たというのがわかったのか…。
実は、5年前に他界したカーズとミッツの父親であるジョージもまた、その“別の世界”から世界を渡って来た、この世界で “世渡り人” と呼ばれる異世界人だったのだ。
父ジョージは、異世界にある “ニホン” という国に暮らしていたという。
森で助けた子供達は、カーズ達が父ジョージから伝え聞いていた ニホンの言葉、“ニホンゴ” を理解した。
そのことから、カーズらはその2人が “ニホンジン” だと解った。
「これから、どうするの?」
アリルは水を二口飲むと、カーズに尋ねた。
「さっきのあの様子だと、男の子…レン…だったかしら?あの子は大丈夫だけど、女の子の方のミーユは、ちょっと大変よ」
アリルは、つい先程までこの部屋で起こっていた騒動を振り返るように言った。
泣き叫ぶまだ5〜6才の幼女と、それを必死になだめようとしている、少し頼りない10代半ばほどの少年。
言葉が通じないためはっきりとは解らないが、おそらく、この世界に来て間も無い彼らが、ニホンへ帰る手段が無いことを知り、幼女が帰りたいと言って泣き叫んでいたのだろう。
結局、幼女が泣き疲れて少年にしがみついたまま寝てしまい、幼女を抱いたままの少年を寝室へと連れて行ったのだ。
寝室についたところで幼女がまた愚図ったが、少年に添い寝され頭を撫でられているうちに眠っていた。
そして間もなく、少年も眠りに落ちたのを確認し、アリルはリビングへと戻ってきた。
「うん」
カーズは、妻の言葉に一言頷き、水を一口飲む。
「とりあえず明日の朝、マーサー、アーク、ミルクも呼んで話し合いをする。その時、ミッツも一緒に来てくれ」
「ああ、もちろんだ。じゃあこの後、あいつらの家に寄って話をしてこよう」
マーサー、アーク、ミルクは、カーズとミッツの弟達と妹だ。
父が開拓した広大な農地を、それぞれ分け合って継いでいるので、皆近くに住んでいる。
「そうか、頼む。それから…」
一旦言葉を切ったカーズは、アリルの目を意味深に見つめ、一瞬逃げるように弟ミッツへと視線を流し、一旦自分の手元のコップを見下ろすと、一つ息を飲み込んでまた話し出す。
「…ユキさんに、手紙を書く」
「ユキさんて、あの…」
妙な溜めの後、絞り出したカーズの「ユキさん」という名に、アリルが神妙な表情をして、ミッツは2人の顔を交互に見る。
「変な意味はないさ、もちろん。ただ、“ニホンジン” を保護したのはいいが、言葉が通じない。これでは何かしてやりたくても、難しい」
まるで浮気の言い訳のように、語気を強くして述べるカーズ。
「わかってるわ。ユキさんは、もう昔の人だって」
妻アリルの言葉に、カーズはそっと肩の力を抜いて息を吐く。
「私はなんとも思ってないけど、あなたが大丈夫なのかしらって、思っただけよ」
「ああ、俺はもう何とも思ってない、大丈夫だ」
そう言いながらも、視線はミッツの方をチラチラ見たり落ち着きがない。
意味深に、髭面のミッツの口元がニヤリと笑みの形に歪む。
どうやら、実の弟は “昔のこと” をよく知っているようだ。
カーズはミッツの意味深な笑みに、同じように唇の端を少し上げただけの笑みで返すと、落ち着いてまた話し出す。
「彼らはまだこの世界に来て日が浅いのだろう。出来ればせめて言葉の通じる人がいた方がいいと思うんだ。ユキさんに相談してみないとわからないけど、できたらユキさんに引き取ってもらえないかと思ってる」
「その方がいいだろうな」
カーズの説明にミッツが同意する。
「ここには俺たちがいるから、何かあっても守ってやれるだろうけど、何だかんだ魔物が出る森のすぐ側だ。何が起こるかわからん」
昼間、魔物から少年と幼女を助けたミッツがそう言うのだ。戦えそうならば手を出すこともなかっただろう。助けたということは、助ける必要があったということだ。
「しかし」と前置きしてミッツは続ける。
「たぶん、男の方はもう魔法が使える」
「そうなのか?世渡り人は皆魔法が使えるというが、まだ言葉も理解しないうちから使えるものなのか?」
「たぶんだ。直接見たわけじゃない。俺は狩りから帰る途中、明らかに不自然な風を感じて様子を見に行ったんだ。それで、人型の魔猫に襲われそうになってたあいつらを見つけたんだ」
「そうか、風系の魔法か。それもまた明日確かめてみるか」
“世渡り人は魔法が使える”
2人の会話の様子からごく当たり前のことを話しているようだが、世渡り人の情報自体、そんなに出回っているものではない。
カーズやミッツの父、世渡り人であり世界を旅して回っていたジョージでさえも、素性を知っているだけの者でも10数人しか知らない。
世渡り人の二世である彼らには常識でも、この世界の常識かどうかはわからない。
また、ジョージから直接 “ニホンジン” について聞いているカーズとミッツ、カーズらからジョージの話を聞いているアリルも、世渡り人は元の世界では魔法を使えなかったことも知っている。
そもそも、この世界のような “魔法” がジョージたちの世界には存在しないというのだ。
世界間を渡る時の何かが影響して魔法を扱える身体になるのだろうと、ジョージが他の世渡り人から知り得た情報を元に仮説を立てている。
故に、世渡り人の子供であるカーズですら、レンが魔法を使えるかもしれないことに驚いているのだ。
明らかに、あの2人はこの世界に来て間もない。
まだ “魔法” という存在すら知らないはずなのだ。
「あんな子たちが魔法を?」
そして、ジョージが亡くなってからカーズらと出会い結婚したアリルは、ここの住民以外の魔法使いを知らない。
女の子はまだとても幼いし、少年だってどう見てもまだ成人しているとは思えない子供っぽさがある。
魔法が当たり前の世界では、魔法は高い殺傷能力を持つ凶器になりうることを認識している。
あんな子供達が扱うとなると…
「親父も、この世界に来たのは17〜8の頃だったというが、割と早い段階で魔法は使えたそうだ。あの少年が魔法を使えても、そう驚くことではないかもしれないが…」
カーズには、そんな妻の危惧はうまく伝わらなかったようだが、少しだけ語尾が意味深だった。
そんな兄の言葉を補うようにミッツが口を開いた。
「まぁ、魔法が使えるってことは、多少なり自分の身は自分で守れるってこった。自衛の力があるとないとでは違う」
よく魔物の出る森へ単身狩りに行くミッツが言う説得力に、アリルは「ふーん」となんとなく納得したようだ。
「それに、“あの件” もある。魔法が使えるかどうかは確認しておく必要があるし、ユキさんに相談するにしても手紙が届くだけで7日か8日はかかるだろう。少なくとも、半月以上は俺たちだけで面倒見なきゃいけなくなるんだ。魔法に限らず、彼らに何ができるのかってのも知っておく必要はある」
「そうね」
それから暫く3人は話し込み、やがてミッツが帰ると言い出すと、カーズは泊まっていけばいいと勧める。
が、既に1組客が部屋を占拠してるのにどこに泊まれと言うんだと笑い、帰る支度を始める。
「元々6人家族で暮らしていた家だ、部屋ぐらいある」
カーズが言うと
「急な来客に備えてあるわけじゃないだろ、いいよ、そんなに気を使わなくても」
ミッツは、気を使っているのはどっちだと突っ込みたくなるような言葉で返す。
「たくっ、ちょっと待ってろ」
そう言うとカーズは暖炉の脇の薪が積んである棚から、握るのにちょうどいい細めの薪を1本持ってくるとミッツに持たせる。
「 “トーチ” 」
カーズが薪に手を翳して呟くと、そこに握りこぶし大の炎が灯る。
世渡り人の血を引く彼らもまた、魔法が使える。
「気を付けて帰れよ」
「おお、ありがとよ」
「おやすみなさい、ミッツ」
「おやすみ」
そう言って、熊のような大男はカーズ夫妻の家を出て行った。
「あ、そういえば」
ミッツが巨馬に引かせた荷車に乗り走り出してから、アリルが何か思い出したようだ。
「どうした?」
「お夕飯まだだったわ」
「ああ、そういえばそうだな。あの子達に悪いことをしたな。夜中に目が覚めて起きて来るかもしれない、何か用意しておいてやってくれ」
「そうね」
夫妻は家に戻って夜食の用意をする。
バタン……と、扉の閉まる音を聞いて、少年はベッドの中で「ふぅっ」と小さく息を吐く。
アリルが、2人がよく寝ているのを確認して部屋を出て行った時、少年はまだ眠ってはいなかった。
寄り添って眠る幼女の頭を撫でながら、今日あったことを思い返し、この先どうなるのかを漠然と思い浮かべた。
ここの人たちは「保護する」とは言ってくれた。けど、冷静に考えてどの程度の保護をしてくれるのかは全くわからないままだ。
よく考えたら、今日は朝食以外何も食べていない。母親が昼の買い物をしている最中に一緒に遊んでいた幼女も同じだろう。
お茶は出してもらったけど、食事は出してもらっていない。
そんな余裕もなかったといえばそれまでだが。
日本とこっちと時差があるかはわからないけど、辛うじて充電が赤マークで残っているスマホで確認すると、1日の時間はそう変わらないように思う。
少年の感覚では夕飯ぐらい食べるだろうと思える時間だったが、もしかしてこの世界の人は食事をしないのかもしれないと、ふと思う。
そんなことを考えていたら、元々ネガティヴな思考の少年は不安になって来た。
保護っていうのは、住処は与えられるけど、後は自分でやれというのかもしれない。
あんな魔物の出る森に行って、狩とかしながら生活しろなんて言われたらどうしよう…。
まさか、奴隷のような扱いを受けて、重労働させられるとか…!!
せめて、今こうして自分にしがみついて寝息を立てるこの幼子だけは、なんとか守らないと…。
そう思いを改めて、少年はゆっくりと瞼を閉じた。
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