第1章【親戚の幼女を見てるって言ったのに一緒に異世界に飛ばされて申し訳ありません】5
第5話【世渡り人の末裔】
大男──髭面で年齢はよくわからないが、高校2年の蓮次郎から見ると “オッサン” に見える──は、外国人のような発音ではあるが、確かにハッキリと「ニホンジン?」と疑問形のアクセントで言った。
訳がわからない蓮次郎だが、とりあえず頭を上下に振って肯定の意を示す。
蓮次郎が生まれ育った世界でも、国が違えばそれは否定の意味になることもある身振りなのだが、どうやら大男には肯定と伝わったようで「oh〜ニホンジン!!」と、欧米人のような反応を示した。
「みゆもニホンジンだよ!!」
「woh!!※※※※※※※!!」
蓮次郎の後ろから飛び出して来た小さなみゆに、大男は更に興奮したように騒ぎ、両手で頭を抱えて「マイガッ」的なリアクションをする。
小学生になったばかりの幼女は、最近 “国” という概念と、自身が “日本人” である事を覚えた。覚えたことは言いたいのが幼児である。
ひとしきり騒ぐと、大男はまだ何やら話し続けて掌を2人に向けて見せる。
ちょっと待ってろと言いたかったのか、大男は元来た右手の方へと歩いて行き、少し先で足元をゴソゴソすると、鹿の様な動物の死体を担いで戻ってきた。
「※※※※※※※※、※※※※※!!」
蓮次郎たちに向かって何か言いながら、頭の動きで「ついて来い」というようなジェスチャーをすると、茂みを物ともせずにガサガサと歩き出す。
「ついて来いって言ったのかな?」
蓮次郎とみゆが顔を見合わせて突っ立っていると
「※※※※※!※※※※※※!」
大男が何か言って待っているように立っている。
やっぱり「ついて来い」と言っているようなので、蓮次郎はみゆの手を取ると、大男に着いて歩き出した。
大男に出会う前に、既にかなり疲労していた蓮次郎とみゆは、大男のペースに付いて行くだけで必死だった。
大男は途中何度か休みを取ってくれたが、それでもみゆが歩き疲れた様子を見せると蓮次郎がおぶって歩き、蓮次郎が疲れて来くると大男が自分がおぶって行こうかとジェスチャーで訴え、それをみゆが拒否して頑張って1人で歩くというイベントもあった。
そうして森を歩き続け2時間ほど──蓮次郎がスマホの時計で確認──が過ぎた。休憩していた時間を考えると、歩いたのは1時間半ぐらいといったところか。
スマホの充電も30%を切り、今日中に時計すら確認できなくなるかもと、蓮次郎が小さく溜息を付く頃、鬱蒼としていた森の向こうが明るく感じられるようになって来て、森の終わりが見えた。
大男に導かれるまま森を抜けると、小川に出た。川幅はそこそこあったが、疲れ切ってさえいなければなんとか飛び越えられそうだと、スポーツでも学年底辺の蓮次郎が感じるぐらいだ。
大男がどこからともなく丸太を引きずって来て、蓮次郎とみゆはおっかなびっくり小川を渡った。
小川を越えると、いつからそこにいたのか、黒っぽい色をした大きな馬がいた。
いや、“馬の様な生き物” と呼ぶべきか。
二本足では立っていないが、先ほどの猫のような謎生物同様、この馬の大きさも異様だ。たぶん、体高で普通の競争馬の倍はあるんじゃないかと蓮次郎は思った。
間近で競走馬を見たことはないが。
警戒する蓮次郎を余所に、大男は無造作な足取りで巨馬に近付いていく。巨馬の方も大男を自然に受け入れており、それだけでこの巨馬が大男の飼い馬だとわかる。
大男が茂みの様に盛られた草を手で払うと、そこに屋根のない荷車があり、大男は引きずって来た鹿の様な動物の死体をその荷車に放り込み、巨馬に繋いだ。
荷馬車の出来上がりである。
荷車をバンバンと叩いて、2人を手招きする大男。
動物の死体を乗せた荷車に乗ることに一瞬戸惑ったが、ここで放置されるのと、なにより大男に逆らうのが怖くて、蓮次郎は荷車にみゆを抱き上げて乗せ、自分も乗り込んだ。
巨馬に繋がれていると荷車の大きさがいまいちわからなかったが、乗ってみるとこれもまたデカイ。
子供の頃、友人の祖父の軽トラックの荷台に乗せてもらったことがあったが、それよりずっと広いと感じた。
大男も荷車に乗り込み、馬に何やら声を掛けると、馬は御されていないのに勝手に歩きはじめた。
森を離れるとそこからはゴツゴツした岩場だった。
馬車に揺られながらの岩場はとても揺れて、乗り心地としてはテーマパークの意図的に揺らされるアトラクションの方がマシだと思える程だったが、みゆが楽しんでいるので蓮次郎も馬車酔いをなんとか堪えることができた。
森を抜けてから岩場を馬車で進むこと小1時間ほど、馬車はある建物の前で止まった。
それは、蓮次郎の視線ぐらいの高さの石垣に、戦国時代物の時代劇の合戦で見るような木製の柵が乗っている、垣根にしては少し物々しい防護策のようなもの。
それが大きくぐるりと何かを囲っている様で、さながらちょっとした砦のように見えた。
その柵の一部が門のようになっていて、大男が馬車を降りて門を開け、巨馬に中に入るよう手招きすると、巨馬はまた御されてもいないのに歩き出し、荷馬車に乗った蓮次郎とみゆは、そのまま柵の中へと入って行った。
そこには一軒の家といくつかの小屋、馬屋などがあり、農家のようだと蓮次郎は感じた。
大男は家の扉を開け、中に大声で何か告げると一旦荷馬車に戻ってきて、先ほど森で獲った動物の死体を持って、建物の影へ行ってしまった。
待つことしばし、大男は戻ってきて再び荷馬車に乗り込むと、巨馬はまた柵の外へ向かって歩き出す。
続いて馬車が走りだした所は、剥き出しの地面だが整備された道のようで、さっきまでの岩場と比べるとずいぶん揺れも少なく、乗り心地は格段に良くなった。
道の両側には農地が広がっていて、ここは荷馬車を通すために整備された、大きな農道なのだとわかる。
少し落ち着いてきたため、蓮次郎も先ほどと比べると緊張も解けて来て、周囲を気にする余裕が出てきた。
蓮次郎は農業には詳しくない。そこに育てられているのがどんな作物か見当もつかないが、綺麗に並んで植わっていることから農地だと判断でき、さっき森の丘から見えたのはここだったのかなと、蓮次郎は思った。
蓮次郎の視線を見て、農地が気になっていると思ったのか、大男は農地を指差しながら何やら説明している様子だが、やっぱり言葉がわからないので何を言ってるのか全然わからない。
とりあえず頷いてみたら、大男は満足げな顔をしてニヤリと笑った。
「ばしゃゴトゴトたのしいね、れんにいちゃん!」
みゆは、普通にこの状況を楽しんでいるようだ。
子供ゆえの順応性の高さなのだろうが、子供ゆえに、みゆには “帰れない” という可能性を考える知能も経験値もまだまだ足りない。
だが、今は蓮次郎にとってそれは救いだった。
自分でさえ理解できていないこの状況を、幼いみゆに伝える自信が全くないのだ。
魔法が存在する世界へ渡ってしまったことは間違いない。
大男はデカイが人間のようだし、馬もデカイが馬のようだ。
さっきの二足歩行の猫も、町で見かける野良猫よりは大きいが、昔TVか何かで見たことのある山猫があのぐらい大きかったような気がする。
ここに来る前に見た蝶々もデカかったが、南国にはバカでかい蝶や蛾がいると何かで見たことがある。
森の木々も、そこまで異世界然とした奇抜なものはなかったように思われる。
元の世界とそこまで大差がないように、蓮次郎は感じていた。
空を見上げると、薄曇りに所々晴れ間が見え、太陽は馬車の進む方向から見て後方やや左寄りの、天頂と地平の中間に位置している様に見えた。
その太陽を見て、この世界でも太陽は西に沈むのかな?と考える蓮次郎。
空や、既に遠くに見える森、さっき立ち寄った砦の様な民家。
馬車の荷台に揺られながらそれらを見ていると、現代日本よりかけ離れた環境とは言え、そのリアルさに異世界にいる感覚があまりない。
日本ではない、どこか外国の田舎にいるのではないかと思う。
1番大きな違いは、やはり魔法か。
大男に魔法が使えるかどうか聞いてみたいが、言葉が通じなさそうなので今は諦めている。
大男の話す言葉は、なんとなく英語っぽいなーと蓮次郎は感じているが、普通科高校文系の蓮次郎は、英語以外の外国語に触れる機会などほとんどなかった。
たぶん、日本でドイツ語やポルトガル語を聞いても「英語?」と一度は思うだろう程度の語学力である。
そんな蓮次郎が「英語っぽい」と思ったところで、実際に英語に近い言語なのかどうかはわからない。
ただ、リアクションは欧米人ぽい。
20〜30分ほど馬車に揺られていただろうか。大男が何か言って、前方を指した。
大男が指し示す方を見ると、先程の柵の中の農家よりも幾分立派な建物が見えてきた。
さっきの家が小作人だとしたら、こっちは庄屋さんの家のようだと蓮次郎は思った。
大男が指し示した建物の前に着くと、大男は荷車から降りて、何も言わずに建物の中へと1人で行ってしまった。
巨馬は繋がれていないのに大人しくしている。
蓮次郎が現状の何かしらを思案するよりも早く、大男は建物から戻って来て、大男の後からもう1人別の男が出て来た。
大男に比べると普通サイズっぽく痩せ型で、年齢は30歳前後ぐらいだろうかと蓮次郎は思った。
後から出て来た痩せ型の男は、大男と何やら慌てた様子で会話しながら出て来たが、会話の端々に「ニホンジン」と聞こえるのは気のせいではない。
痩せ型の男は、荷車に乗ったままの蓮次郎とみゆの前に立ち、両手を広げてこう言った。
「oh!!アナツァツァチィ、ニホンジン!?ヨオコソ!!イセカイエー!!」
「ええええええ!!?」
蓮次郎はびっくりした。
蓮次郎とみゆは、痩せ型の男が出て来た建物──痩せ型の男の家──に招かれて、リビングテーブルの椅子に腰掛けていた。
雰囲気的に、痩せ型の男の奥さんらしき女性が紅茶のような飲み物を2人の前に出してくれて、ミルクっぽいものの入った水差しっぽいものを見せて、ジェスチャーで「入れる?」と尋ねた。
蓮次郎はよくわからなかったが、とりあえず2人とも入れて欲しいと、頑張ってジェスチャーで伝え、なんとか伝わったのか、女性はミルクっぽいものを2人の紅茶っぽいものに入れてくれた。
砂糖はなさそうだったけど、なぜか上品な甘さを感じた。
痩せ型の男は何やら古めかしいノート状に綴られた紙束を持ち出すと、パラパラとめくり、やがて眉間にしわを寄せながら言葉を絞り出す。
「ワツァシィーワ、“カーズ” デス。ドオゾ、ヨロシク」
それこそ外人がカタコトの日本語をローマ字表記で読み上げるように話す。自分の名前のところだけ瞬間的に流暢になるのがまたそれっぽい。
痩せ型の男はカーズというらしい。
「ヨロシク」のところで蓮次郎と目を合わせ、ステキなスマイルを見せてくれた。
痩せ型で細面のカーズは、ハリウッド映画では冴えないお父さん役で出て来そうな欧米人ぽい顔をしていると、蓮次郎は思った。
農地の端に住んでいるから農夫なのだろう。服装も、古いアメリカの映画に出て来そうな、薄茶色の襟のないボタン留めのシャツと、厚手の生地の作業ズボンで、白人ぽいけど小麦色に焼けた肌をしていて、無精髭が良く似合う男だ。
「あ、ぼ、僕は、“レンジロウ” で、この子が…」
「 “さくまみゆ” です!!」
カーズの自己紹介を受けて、蓮次郎、みゆとそれぞれ名乗った。
みゆは、今日入学式だったからか、とてもハキハキした声でフルネームを名乗る。
「レンジロオデ、ah…サァクマミールデスゥ?」
「あ、えっと…」
みゆがフルネームを名乗ったことと、「で」や「です」まで名前の一部と勘違いされたことでうまく伝わらなかったようなので、蓮次郎は自分を指差して「レン」、みゆを指差して「ミユ」と改めて呼び方を告げた。
欧米人ぽい人に、“蓮次郎” という古風な和名はわかりにくいかもと、蓮次郎なりに気を使って略称で言ってみた。
「 “レン” “ミーユ”※※※※※※※※」
2人の名前を声に出し、手でそれぞれを指し示しながら確認するカーズ。その後なんと言ったか蓮次郎にはわからなかったが、おそらく「OK、ワカッタヨ!!」と言ったのだろうと思われる。
蓮次郎の中で、カーズは完全にアメリカ、テキサスあたりの農夫キャラになった。
続いて、カーズは女性と髭面の大男にもノートを見せて、それぞれ自己紹介させた。
女性はやはりカーズの妻で、アリルと名乗った。カーズより5つほど歳下だそうだ。
髭面の大男は、なんとカーズの弟でミッツという名前らしい。
しかもまだ25歳だというから、蓮次郎は驚きを隠せなかった。
カーズは蓮次郎の思った通り30歳で、ミッツも含めた5人兄弟の長男だという。
そして
「ワツァシツァツィノォ、オトオサン、ニホンジン」
今日何度目になるのかわからない衝撃を受けて、蓮次郎は目を丸くした。
なんと、カーズは…カーズたち兄弟の父親は日本人なのだと言う。
ということは、彼らは日本人と異世界人のハーフということか。
「オトオサン、ノ、ユイゴォン。レン、ミーユ、アナツァツァツィオ、ホゴ、シマァス」
蓮次郎、みゆを連れたままなんとか生き延びる状況を手に入れた…というか、偶然出会った最初の異世界人が、まさかの日本人の息子だったという奇跡にマジで感謝した。
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