第1章【親戚の幼女を見てるって言ったのに一緒に異世界に飛ばされて申し訳ありません】4
第4話【「ニホンジン?」】
「れんにいちゃん!!なにいまの!?もっかいやって!!」
蓮次郎の掌から噴き出た炎を見て、歩き疲れて無口になっていたみゆが、全てのネガティヴが吹き飛んだように大興奮になった。
さすが幼女。
絶望感に打ちひしがれる蓮次郎の横で、しかし幼いみゆにはまだその現状は伝わっていない。
魔法という、見たことのないすごい現象に大興奮したみゆの声は、膠着状態にあった蓮次郎を復活させるには十分な効果があった。
みゆの様子を見た蓮次郎は、どうやら膠着状態になっていたのは一瞬だったようだと理解し、意識と思考を取り戻す。
大興奮で「すごいすごい!!」と飛び跳ね回るみゆのテンションに引き揚げられて、少しだけ不安が和らぐのを感じた。
とにかく冷静にならなきゃ。
異世界転移が確定し、帰れる可能性はほぼなくなったかもしれない。
となれば、次は自分たちの身の安全の確保が必要だ。
まずはこの森を抜けること。
異世界と言えばモンスターもいるかもしれないが、魔法が使えるのならなんとか乗り越えられそうだ。
幼女なりの天真爛漫さが、まさかこんな形で救いになるとは思っていなかった蓮次郎だが、今はみゆが居てくれたことに感謝した。
「ねぇねぇれんにいちゃん、もっかいやって!!もっかいやってー!!」
ということで、みゆのリクエストに答えることにした蓮次郎。自分でももう一度検証したいというのもあったが。
「じゃあ、もう1回いくよ。見ててね、みゆちゃん」
もう1度掌を前に翳し……ふと気付く
さっきは出るかどうかもわからなかった魔法だが、よく考えたら森の中で火の魔法というのは危険かも。
そう思った蓮次郎は、みゆと繋いでいた手を離して両手を真上に掲げ、今度はさっきよりもしっかりと集中する。
「ファイヤー!!」
ボンッ!!
「わっ!?」
予想以上に大きな炎が爆音を上げて出て、思わず蓮次郎は二歩後ずさった。
「うわー!!れんにいちゃんまほーつかいみたい!!」
「……すご」
真下からなので正確な高さはわからないが、それでも最初に試した時とは比べ物にならない炎に、みゆも興奮して飛び跳ね、掌を何度も打ち付けて拍手する。
蓮次郎は、言葉をなくし、静かに興奮していた。
「は、はははっ、なんだこれ、ははっ」
「みゆもやってみる!!ファイヤー!!」
蓮次郎の真似をして、小さな両手を勢いよく真上に掲げ、めいいっぱいの声量で叫ぶ。が、
「あれ?」
なにも出なかった。
「もっかい、ファイヤー!!」
同じように両手を掲げて叫ぶが、炎は出ない。
「むー」
自分の両手を見つめるみゆ。
「みゆちゃんは、火の魔法じゃないんじゃない?」
その様子を見た蓮次郎は、以前読んだ異世界ものの物語に、魔法は様々な属性に分かれている事もあると書いてあったのを思い出した。
確かにみゆは炎の魔法はできなかったが、他の属性の可能性──この世界の魔法の原理が属性魔法だとしたら──もあるかもしれない。
「みゆ、火じゃないの?」
「うん、例えば…」
思案する蓮次郎の頬を優しく風が薙ぎ、木々が小さくさざめく。
「風とか」
「かぜかぁ!!よーし!!かぜよ、ふけー!!」
両手を高く広げ、幼児らしい元気いっぱいの声で叫ぶみゆ。
その瞬間
轟っ!!と大気が唸り、森の木々がザザッと大きく揺れ、枯葉が舞い踊った。
目を開けていられないほど…ということはないが、舞い上がった枯葉が顔に当たり、思わず手で顔を防ぐ蓮次郎。
数秒の後、風は止んでまた元の静かな森に戻ったが、蓮次郎の思考は再びフリーズした。
「みた!?みた!?れんにいちゃん!!みゆゴーってやったよ!!すごい!?ねぇすごい!?」
対照的に、大興奮のみゆ。
物理的に発光しそうなほど目をキラキラさせて、足はせわしなく飛び跳ね、唯一の目撃者である蓮次郎の反応を我武者羅に欲して叫びまくる。
「す、すごいよ、みゆちゃん」
「すごい!?みゆすごい!?」
そして、やっとの思いで声を絞り出す蓮次郎と、その言葉にさらに興奮して飛び跳ね回るみゆ。
蓮次郎は、ザザーッと木立の枝葉を揺らす程度の風が吹かせれば上等だと思っていたのだが…
みゆが起こした風は、大型で強力な台風が一瞬だけ通り過ぎたような、そんな暴風と言える勢いがあった。
炎と風で比べるのも難しいが、自分と変わらない…あるいはそれ以上の威力だと、蓮次郎は感じた。
「よーし、もう1かい!!」
調子に乗った幼児は歯止めが効かない。楽しいこと、興奮することは体力が尽きるか、別の楽しいことを見つけるまで収まらないこともある。
再び魔法を使おうと、バッと両手を前に出して構えるみゆに、しかし蓮次郎はその手を抑えて下ろさせ、同時にみゆを何かから庇うように自身の陰に隠す。
「待って、何かいる」
「え?」
茂みの向こうに見えた“何か” を警戒して、蓮次郎はそのままそこへしゃがみ込み、みゆも座らせ、生い茂る草に身を隠した。
じっと見ていると、20mほど先の茂みがガサガサと動く。
「……ネコ?」
蓮次郎が呟いたように、それはまさに猫であった…が
頭の大きさと高さがおかしい。
人が立って腰まで届くような草の中から、胸あたりまでが見えている。
どう見ても四つ足ではなく二本の足で立っている姿勢だ。
腹から下は茂みに隠れて見えないが、蓮次郎達のいる場所と高低差があるように見えないので憶測ではあるが、みゆと同じかもう少し大きいぐらい…つまり、一般の小学1年生程度の身長があるように見えた。
二足歩行しているっぽい大きな猫。
蓮次郎も見たことがある、TV番組の面白い動物の特集やインターネットの動物動画などでも、二本の脚で立ってヒョコヒョコと歩く猫はいる。
茂みの向こうの大きな猫も、二本脚で立ったまま前進しているようだが、頭の揺れなどからずいぶん器用に歩いているように見える。
なんというか、二足歩行が自然な感じなのだ。
だが、二足歩行する矢鱈と大きな猫も珍しいが、それ以上に蓮次郎が意識したのが、猫の表情と耳の動き。
動物のことを詳しく知らなくても、その動物が周囲を警戒している様子はなんとなくわかる。
その猫らしき生物は、何かを探るように視線を動かし、耳を動かし、鼻を少し上に上げている。
視覚、聴覚、嗅覚を駆使して、“何か”を探しているのだ。
そして蓮次郎は、持ち前のネガティヴと臆病さで、その “何か” が自分達であると察した。
いや、これだけの森の中なので、それ以外の可能性も十分にあるのだから、察したというよりはビビってそう思い込んだと言ったほうがいいか。
どちらにしても、周囲を警戒して歩く野生の動物と遭遇したのなら、敵認定を受けないように警戒することは護身において非常に重要なことだ。
蓮次郎の判断は、その根拠はともかく行動としては正しいと言えるだろう。
そして、匂いを探っている猫らしき生物の鼻先が、蓮次郎のその思い込みを裏付けるかのように、明らかに此方を向いて固定した。
猫らしき生物は、匂いを探るのを一旦やめて、聴覚と視覚に集中する。
この茂みの中から向こうの顔が見えているということは、向こうからも此方の姿が視界に入っているということだが、茂みの中にいる蓮次郎達の姿は、あの猫らしき生物の視力では認識できないようだ。
何度か猫らしき生物の視線が此方を向いたが、すぐに他方へ向いていた。
しばらく此方を伺っていた猫らしき生物は、また匂いを嗅ぐ仕草をすると、気の所為かな?と言うように首を傾げると、蓮次郎たちの視界の左方向へと歩いて行き、やがてほんの数十cm途切れた茂みの隙間から、その全身の姿が一瞬だけ伺えた。
それは、確かに猫が立ち上がって二足歩行する姿であった。
歩き方は人間よりチンパンジーに近く、さらに右手に棍棒のような物を持ち、左手には鳥のようなものの脚を掴んで引きずっていた。
異世界然とした異形ではなく、蓮次郎にも馴染みのある動物に似ているため、危険なモンスターであるかどうかの判断はつかないが、少なくとも手にした棍棒で鳥のようなもの──大きさ的にはカラスぐらいか──を仕留める戦闘能力はあるようだ。
蓮次郎が学校の社会科で習った知識では、原始人は棍棒などの道具を使っていたという。
もしかすると、チンパンジーやオラウータンなどの類人猿以上の知能もあるかもしれない。
そう思うと、やはり異世界の生き物か…
「獣人か、モンスター…」
立ち去ろうとする猫のような生物に油断したのか、安堵のために警戒を緩めてしまったのか、蓮次郎は思い浮かんだ疑問を無意識に口に出していた。
否、口に出してしまった。
それでも、現代日本に生まれ育った蓮次郎の感覚では、猫のような二足歩行をする謎生物との距離ならば聞こえないはずの声量だった。
しかし
猫のような謎生物は、その、独り言のような蓮次郎の小さな呟きに反応するかのように、その大きな耳をピクピクと動かし、鼻をヒクヒクさせ…
ピタリと、蓮次郎と目が合った。
「……あ」
思わず蓮次郎が声を出すのと
猫のような謎生物が蓮次郎に向かって歩き出すのは、同時だった。
「ヤバイ!!」
囁くような声で言うと、蓮次郎はみゆの頭を抱えてより深く身を沈めるが、既に目が合っている相手である。いくら蓮次郎でも見つかるのは時間の問題だとわかっていた。
そして、その危機的な空気感は幼いみゆにも伝わったのか、蓮次郎が言わずとも、その小さな体をよりコンパクトに縮こまらせて蹲った。
猫のような謎生物が生い茂る草を掻き分けて進む音は、決して速くはなく慎重に進む様子ではあるが、確実に此方に向かっている。
ひょいっと、不意にみゆが顔を上げ、蓮次郎を見上げた。
お互いに身を寄せ合い蹲っている状態なので、これが同世代の女子だったら、非モテ系の蓮次郎は別の意味で凄く動揺しただろう。
そのぐらいの密着空間で、みゆが囁くように言う。
「れんにいちゃん、まほーでやっつけちゃえばいいじゃん」
「そうは言っても…」
蓮次郎とてそれは考えた。だが蓮次郎の火魔法は、攻撃力は高いかもしれないが、後のことを考えると森の中で使うのは躊躇われる。
みゆの風魔法も強力なようだが、はたして強風程度でモンスターらしき謎生物が倒せるかわからない。
しかも、この世界の生物である。そこそこ知性もあると思われる本場モノは、もっと強力な魔法を使ってくる可能性は十二分に考えられる。
謎生物の足音は徐々に近付いていて、あと数歩で見つけられてしまうだろう。
蓮次郎は覚悟を決めざるを得なかった。
みゆの風魔法は台風並みの暴風を起こすほど強力だ。しかし、いくら強力な魔法だからといって6歳児、今日小学生になったばかりのみゆに高校生の自分が頼るわけにいかない。
自分は、みゆを守る立場なのだ。
そう、心の中で自分に言い聞かせる。
後のことよりも、今は自分たちが生き延びることを考えなくてはいけない。
覚悟を決めた蓮次郎は、立ち上がって掌を猫のような二足歩行する謎生物に向かって構えた。
その蓮次郎の動作に、猫のような謎生物は、カッと目を見開き、ザワッという効果音が聞こえそうなほど体毛を逆立て身構える。
刹那──
ドッと言う音とともに、謎生物の首に何処からともなく飛来した細い棒状の物が刺さり、そのまま謎生物は地面にドサッと倒れた。
「……え?」
謎生物は地面に倒れると、ジタバタともがき苦しんでいる。
首に刺さっている細い棒には矢羽が付いている。弓矢のようだ。
ということは、どこかに弓矢を放った者が……
そう思い、蓮次郎が矢の飛んで来た右手方向に視線を向けると、タイミングを合わせたように茂みがガサガサッと揺れる。
早くも異世界人と対面か!?
元来コミュ症の蓮次郎は、そうでなくても緊張で身を強張らせ、右手方向の揺れる茂みを凝視し、身構えた。
蓮次郎たちから10数メールほど離れたところにいたのは、どう見ても熊のような生物だった。
──終わった──
その熊のような生物の、巨体と毛むくじゃらの顔と身体に、蓮次郎は人生の終わりを悟った。
せめてみゆだけでもここから逃がしてやらなきゃ
そう考えるのが精一杯だった。
しかし、熊のような生物は、蓮次郎の姿を一瞥するが、すぐに倒れた猫のような謎生物に意識と視線を向けて、熊とは思えないスピードと軽快さで、二本の脚で突き進んで行く。
「わ、わわっ…!!」
熊は、蓮次郎を気にも留めず、腰に巻きつけたベルトのような帯に装着した刃物を抜くと、猫のような謎生物を押さえつけて、抜いた刃物で留めを刺すように首を斬りつける。
その動作は熊と言うよりはかなり人間ぽかったが、連続する突然の展開にそんなことを認識する余裕もなく、蓮次郎はただ驚くことしかできない。
熊は、猫のような謎生物の絶命を確認して、ゆっくりと蓮次郎の方へ体を向けながら立ち上がった。
「ひっ!!」
間近で見る熊のような生物は、平均的日本人男性ぐらいの身長の蓮次郎が見上げるほど大きい。2mぐらいはありそうだ。
見下ろされて怯える蓮次郎だが、その熊のような生物をよく見ると、動物の毛皮のようなベストを着た、髭面の大男のようだった。
「※※※※※※?」
「え?えと、なんて?」
熊…大男が何か話しかけてきた。
とりあえず、言語能力を持つ知的生物だとはわかった。
だが、熊男の話す言葉が、蓮次郎には全くわからない。
現役の文系高校生であるが、成績はどの科目もバランスよく底辺の蓮次郎は、英語力も相応でネイティブとの会話となるとほぼ無理だ。
それ以外の外国語など、聞いても何語かすらわからない。
蓮次郎にとって日本語以外の言語は、英語っぽい、たぶん英語じゃないヨーロッパっぽい言語、中国語か韓国語っぽい、その他、の分類である。
熊男が何語を話したからわからないが、何語であっても蓮次郎は聞き取れなかっただろう。
そしてここは異世界。
地球にはない全く別の言語の可能性が一番高い。
熊男は言葉を続けるわけでもなく、じっと怯える蓮次郎を見下ろしている。
熊ではなく人っぽいとわかったところで、髭面の大男に見下ろされるのは怖い。マジで怖い。
熊男は言葉が通じないとわかったのか、首を傾げて暫し考えるようなそぶりを見せ、続けて口を開いた。
「ニホンジン?」
「え?」
蓮次郎の目が今度こそ点になった。
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