第1章【親戚の幼女を見てるって言ったのに一緒に異世界に飛ばされて申し訳ありません】3
各話のサブタイトルに話数を付けてみました
第3話【異世界】
「えっ?ちょっ…」
蓮次郎は掴んだみゆの手を放し、穴があった位置へと恐る恐る歩み寄る。
もしかしたら、森に見えるだけで壁とかあるかもしれない。その壁がアッサリ開いて、元の公園に出るかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら、穴があったであろう位置まで来て
「そんな…」
触れようと伸ばした手は、何にも触れることなく空を切る。
蓮次郎は2度3度と手を振るが、スカッ、スカッと何もない空間をただ手がかき混ぜるだけの無抵抗感に、徐々に恐怖心が芽生え出した。
そして、必死になって両手を振りまくる。
「そんな、ちょっと、ええぇっ!?ど、どうなっちゃったの!!」
半泣きになりながら一心不乱に両手を振って、どこかに元の公園に繋がる穴がないか必死に探るも、ただ両の手は森の空気をかき混ぜるだけ。
立ち木を叩いたり、枝をかき分けたりしてみても、恐ろしいほどに普通の森だった。
「どうしよう……」
正座から両脚を外に出す女の子座りのように崩れ落ち、両手を地面についてガタガタと震えだす蓮次郎。
ふと、生い茂る草と柔らかな腐葉土の中に、石とは違う手に当たる固い感触を感じた。
視線を向けると、半透明の筒に文字の書いた黒いラベルが貼ってあり、黄色いキャップの被った瞬間接着剤があった。
慌ててみゆの手を掴んだ時に落としたのだろう。
とすると、今蓮次郎が座り込んでいる場所が、穴の空いていた空間ということか。
蓮次郎は、手近な枝を手に取ると、そこをガッガッと掘り始めた。
「れんにいちゃん、なにしてるの?」
まだ状況がわかっていないのか、みゆはキョトンとした表情で蓮次郎の行動を見ている。
「みゆちゃん。ごめんね、僕がちゃんと見てるって言ったのに、なんかよくわかんないことに、なっちゃったみたい」
蓮次郎も、まだ状況が把握できているわけではない。
ただ、いつも見ていた公園が突然消えてしまったことから、 “取り返しのつかない何か” が起きていると感じていた。
だから、まだみゆにどう説明していいかもわからないまま、とりあえず唯一の手がかりとして、公園と繋がっていた場所だけはわかるようにしておこうと思ったのだ。
「できた」
「これなぁに?」
蓮次郎は、制服の内ポケットからサインペンを取り出し、手頃な石を探すと “穴” と書いて、掘った穴に半分頭が出るように埋めた。
「とりあえず、この場所だけは覚えておかないと」
蓮次郎のつぶやきを、みゆは不思議そうに見つめる。
「みゆちゃん、迷子にならないように、ちゃんと手繋いでようか」
さっきはパニックになり、自分からみゆの手を放したが、冷静になって、この深い森の中でみゆを見失ったら絶対に見つけられないと思い、しっかりと手を繋いだ。
「まいご?」
みゆは、蓮次郎の言葉に辺りをキョロキョロと見渡した。
「うん、戻れる場所がないか、ちょっと探すから」
前を見ても横を見ても後ろを見ても、360度全方向森以外何もない。
上を見ても、鬱蒼と生い茂る森は陽光さえ遮っているようだが、ほんの隙間から見え隠れする空は、まだ青かった。
とにかく明るいうちに公園に戻らないと、少なくとも、どこか知っている場所に出ないとと、蓮次郎が周辺の探索を開始しようとしたその時
「れんにいちゃん、こうえんどこ?」
ようやく、みゆが公園を見失っていることに気付いた。
「蝶々を追っかけてたら、2人で迷子になっちゃったみたい。大丈夫、今から帰り道を探すからね」
だが、まだみゆは “見失った” だけだと思っている。
蓮次郎自身も把握しきれていない仮定の話を今したところで、幼いみゆは理解できないだろうし、半分でも理解してしまったら蓮次郎以上にパニックになるだろう。
だから蓮次郎は、極力みゆを不安にさせないよう、言葉に気をつけた。
「とにかく、帰らなきゃ」
ボソリと呟き、自らを鼓舞する。
みゆがいなければ、パニックで発狂するほどの恐怖を感じているのは自分だから。
周辺の探索を開始してから、体感時間では授業1限分経ったように感じたが、スマホの時計で確認するとまだ10分しか進んでいなかった。
見慣れた風景が何1つない、見知らぬ景色と不安感がここまで時間感覚を狂わせることを、蓮次郎は知った。
スマホの電波は圏外。地図アプリも作動せず、現在地を知る手がかりは何もない。
にもかかわらず、蓮次郎は石を埋めた最初の場所へ戻って来ていた。
石を埋めた場所の近くに、一際目立つ大木がある。
適当に周囲を歩き回ったわりには、そこまで苦労もせずに元の場所に戻ってこれたのは、この大きな木を目印に、本能的にそこから離れないようにしていたからかもしれない。
「そうだ」
そこで蓮次郎は気が付き、ガリガリと樹皮を削って文字を彫った。
彫ったのは、一文字の大きさが蓮次郎の顔より大きい “RM” の文字。蓮次郎のRとみゆのMだ。
地面に埋めた石では遠くからわからないので、もっと目立つ目印を付けたのだ。
「ここに戻ってくる時は、この木を目印にしよう」
そう言って蓮次郎はみゆの手を取り、さっきとは反対方向に歩き出す。
「今度は、こっち行ってみようか」
森は起伏はあるけれど、大幅な高低差はなく、ここが山地ではないことはわかってきた。
それでも、6歳児のみゆの足に合わせて歩く自然の森の中は、周りの景色が代わり映えしないこともあり、ちっとも進んでいる気がしない。
今度はスマホの時計を見ながら、せめて30分ぐらいは歩いてみようと思っていた。
「ねぇ、れんにいちゃん、こうえんまだ?」
15分ほど経った頃、黙ってついてきていたみゆが呟く。幼児にとっては10分を超えると長時間なのだ。
みゆは、まだ帰れると疑っていない。それは “れんにいちゃん” という、みゆにとって “頼れる大人” がいるためだ。
それは蓮次郎にもわかっていたので、ここで不安にさせるわけにはいかない。
「もう少し、もう少しだよ」
それは、帰れる可能性があるんだと、自分にも言い聞かせるような言葉であったが、この時点で蓮次郎にはある1つの可能性が思い浮かんでいた。
最近流行りの物語。
スマホの広告バナーにもよく出てくる単語。
学校で男子生徒たちの会話に上るその話題に、ほんのちょっとだけ興味を持ってウェブ小説を開いてみたこともあった。
──異世界──
そんなものはフィクションでしかないと思っていたが…。
ここに来るまでの経緯を思い出す。
公園に突然現れた、見たこともない大きな蝶々。
ビルの壁という、有り得ない場所に開いた不思議な穴。
飛び込んだ瞬間に帰り道は閉ざされ、ここは鬱蒼とした森。
──異世界──
どこか知らない外国よりも、なぜかそう考えた方がしっくり来た。
そう思いながら歩いていると、木々の隙間に土が盛ってあるような茶色い塊が見えた。
遠目に見ると、大きな岩肌に見えたが、近づくにつれてそれがもう少し柔らかい何か…枯れ草の塊か、動物の背中のようにも見えてくる。
何かはわからないけど、森だらけの中で異質なそれは何かの手がかりになりそうな気がしたので、近寄ってみた。
ずいぶん大きい。大型ダンプカーよりもっと大きいかもしれないと蓮次郎は思った。
藁葺きか、茅葺か、茶色く細い茎のようなもので表面が覆われている。
あるいは動物の毛のようにも見えたが、動物なら呼吸で身体が上下する。
そんな生き物的な動きが感じられないので、近くに寄って触れてみた。
「!!?」
一瞬、触れたところから薄紫の光が波紋のように広がった気がした。
しかし、それはほんの一瞬で、それから何度か手を触れてみてもなにも起こらなかった。
見間違いかな?そう蓮次郎が自己完結させようとした所へ
「なんかぞぞぞってした」
手を繋いでいたみゆも何かを感じた様なので、見間違いではなさそうだ。
ちょっと気味が悪くなって来たので離れることにした。
離れながら、蓮次郎は気になって、振り返ってそれを見る。
改めて見ると、植物の茎のように見えた物も、やっぱり体毛のようにも感じる。
たけど、そもそも動物としては大きさがおかしい。触れるほど近くで見たことはないが、象だってこんなには大きくないと思う。
結局、それが何だったのかはわからず、蓮次郎とみゆは再び森の中を歩き出した。
もしこの時、2人が反対側から回ったら、この先に進む事も躊躇しただろう。
2人が回り込んだのは、この生物のお尻側で、反対側には蓮次郎の身長よりも大きな、事切れたクマの顔があったのだから。
歩き続けて30分以上が経った頃、2人はいつの間にかなだらかな丘を登っていた。
少しでも高いところからなら、周囲を見渡せるかもと思って登っていく。
ツラそうに登るみゆの、繋いだ手を引いて持ち上げてやったり、抱き上げて歩いたりしたが、結局みゆを負ぶって丘を登る蓮次郎。
ようやくてっぺんが見えて来ると、そこにさっき “RM” と彫った木よりもさらに大きな木が立っているのが見えた。
なんとか丘を登りきり、木の根元まで来るとその大きさはもっとよくわかる。
根元の部分だけでも、蓮次郎の身長より高く、これを登るとなると足のすくむ思いがするが、自分はともかくみゆは何としてでも返してやらなければならない。
昔からよく遊んでもらった、みゆの母親でもある従姉妹を、悲しませるわけにはいかない。
みゆを下で待たせ、アタックを開始する蓮次郎。
まずは自分の身長よりも高い太さの根…ではなく、長く伸びすぎて垂れ下がっている長く太い枝から登ることにした。
ひ弱というわけではないが、運動能力に長けているというわけでもない、いたって普通の男子高校生の蓮次郎だが、木登りにおいて唯一利点を挙げるとしたら、太っていないので身軽だということぐらいか。
十分手の届く高さにあった細枝を、懸垂の要領で登り、太枝を這って進んで行く。
剪定された杉のように真っ直ぐに伸びているのではなく、枝葉が何本も幹の真ん中から伸びているので、インドア派の蓮次郎でもなんとか登れる。
しがみつくようにして登ったり、下を見て目が眩んだりもしたが、上に行くに従って細くなる枝の強度を確かめながら確実に上へと進んで行く。
「よいっ…しょ…」
手を伸ばし、足で絡みつき、しがみつくようにして登った枝に腰掛けると、広大な森が見渡せた…が。
「広すぎるよ…」
森は地平線の彼方まで、見渡す限り森だった。
こんな風景が日本にあるのだろうか。
少なくとも、蓮次郎が住んでいる地域にはない。
やっぱりここは、異世界なのだろうか。そう思い、ぐるりと見渡してみる。
「あ、あっちはちょっと途切れてるっぽい」
左の方──方角がわからないので東西南北で示すことができない──は、森の木々が途絶え、茶色い地面みたいなのが広がっているのが見えた。
真っ直ぐに地面を区切った様に見えるのは、畑か田んぼか。どちらにせよ人の手の入った様子がうかがえる。
距離はかなりあるが、人がいるかもしれない。
絶望の中に、漸く可能性を見出せた蓮次郎だが、登ることに必死で降り方まで考えていなかった為、暫く木の上から動くことが出来なかった。
ドサッ
「あっ…たぁ…」
「れんにいちゃんだいじょうぶ!?」
慎重に慎重を重ね、登る時よりも時間をかけて降りてきた蓮次郎だが、まだ少し高いところから足を滑らせ、背中から落ちた。
幸い下が柔らかい腐葉土で、硬い石もなく、落下の衝撃で一時呼吸がしにくくなったけど、程なく回復した蓮次郎は、ゆっくりと体を起こした。
「ふぅ、びっくりした」
「みゆもびっくりした」
これといった怪我もなさそうだが、森を歩き回り、みゆを背負って丘を登り、高圧線の鉄塔の様な巨木を登っては流石に疲れたので、ここで一休みすることにした。
巨木の根に持たれたまま森を眺めていたら、コテンッとみゆの頭が蓮次郎の身体に落ちる。
幼女に道無き森の中を何10分も歩くのは酷だったようで、みゆは寝息を立てはじめた。
そのリズムにつられ、蓮次郎も眠気に身を任せて休むことにした。
目覚めたら元の公園に戻っているかもと、淡い期待を抱いて。
「みゆちゃん、そろそろ行こうか」
目覚めてもさっきと変わらない風景に、蓮次郎は溜息をつく。
寝て起きたら実は元の公園でした…という夢オチを多少は期待していた蓮次郎だが、現実は甘くなかった。
スマホで時間を確認すると、あれから1時間以上も経っていた。心なしか陽が傾いているような気もする。
まだ眠そうなみゆの手を引き、暗くなる前に森を抜けるべく、さっきの農地のような場所を目指して歩き出した。
歩きながら蓮次郎は考える。
もしも、もしも本当にここが異世界だとしたら…
さっきの大きな毛の塊みたいなのも、異世界なら巨大なモンスターとかいるかもしれない。
そう思うと、あんな大きなモンスターが出て来たら一瞬で殺されちゃうかなー…と、妙に呑気に考えていた。
そして、異世界といえば…
「じゃあ、もしかして…」
さっきから気にはなっていたのだが、異世界にいることを確認する手っ取り早い方法を試してみようと思った蓮次郎は、みゆと繋いだ左手と反対の右手を前にかざす。
そして「ファイヤー」と声に出して言ってみた。
すると
ボアッと、一瞬だけ小さな炎が
「………出た」
“魔法” が、使えた。
蓮次郎の動きが止まる。
“魔法” が使えてしまった。
その事実が蓮次郎に与えたものは、感動でも興奮でもなく……絶望感。
“異世界転移” が確定したという事実。
つまり、帰還できない可能性が限りなく100%に近い状況かもしれないということ。
今の今まであった不安、恐怖心、そしてたった今感じた絶望感。
連続して起こる有り得ない現実に、蓮次郎の心はフリーズする。
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