第1章【親戚の幼女を見てるって言ったのに一緒に異世界に飛ばされて申し訳ありません】2
第2話【従姉妹の親娘】
「れんにいちゃん!!」
突然呼ばれた名前に驚き、俯き歩いていた顔をバッとあげると、そこに馴染みのある顔があったので、蓮次郎はホッと胸をなでおろす。
通りを歩く蓮次郎の正面から声をかけてきたのは、たんぽぽのような笑顔で誰もが癒される、おめかしした5〜6歳ぐらいの幼女。
一昔前のアイドルグループが着るような制服風の服に、左胸に大きな紙の花飾りをつけている。
そしてその隣には、アイボリーホワイトのスーツを着た綺麗な女性。幼女の20年後はきっとこんな感じになるだろうといった風の、20代後半ぐらいの垢抜けた美人だ。
どこからどう見ても、入学式帰りの母娘である。
「れんにいちゃんも、きょう、にゅうがくしきぃー?」
「え?あー、似たようなもんかな」
「わー!!やったー!!れんにいちゃんとみゆいっしょ!!」
「コラァ、みゆ。んもぅ、ごめんねレン君」
「いえ、別に…」
ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ幼女みゆと、その言動を窘める若い母親。
まだ先週まで保育園に通っていた幼子にとっては、自分の身の回りが世界の全てで、自分に起こった出来事は知る限りの世界で同時に起こっているのである。
そんな自分中心で、大人から見ると少々おバカに感じる質問を平然とされると、若い母親としては恥ずかしくてしょうがない。つい咎めるような言葉が出てしまう。
そもそも、“にゅうがくしき” が平仮名認識の幼女にとって、その意味すらよくわかっていない。
“学校がはじまる日” 程度の認識だろう。
なので、小学1年生から見て大人の部類に入る高校生の蓮次郎も、“学校に行ってる” という括りから、今日が “にゅうがくしき” になるのだ。
美人の若い母は、言葉こそ咎めるが、歩行者もある通りで喜び飛び跳ねる我が娘を見てただ笑っていた。
「あ、ママ公園だよ!!ねぇママ!!みゆ、れんにいちゃんと公園で遊ぶ!!」
たまたまか偶然か、蓮次郎たちが立ち話をしている路上から、蓮次郎が振り返ったすぐそこに公園があった。
五分咲きの桜が風に揺れるその公園は、みゆママが買い物に行こうとしているドラッグストアとは、雑居ビルを1つ挟んだ隣にある。まるで謀ったような立地だ。
「はぁ!?ダメだって、みゆ。レン君困っちゃうでしょ」
と、言いながら、叱る対象のみゆではなく、チラチラと蓮次郎の方を見るみゆママ。
「あ、べ、別に、いいですよ。あの、買い物って、そ、そこのドラッグ、ストア、だよね?僕、みゆちゃん見てるから…」
みゆママの視線の意味を察するようなコミュニケーションスキルはないが、その性格故に、みゆママの望んだ通りの答えを言ってしまう蓮次郎。
「ええ、レン君悪いよそんなぁ」
そしてみゆママも、そう言いながらその手は娘を連れて行こうとしていない。蓮次郎が頼まれごとに弱いのを知っているのだ。ましてや幼子に頼まれて断れないということを見越しての確信犯である。娘を蓮次郎にまかせて1人でゆっくり買い物する気満々のみゆママである。
ついでにいえば、さっき入学式で撮った写真を早くSNSに上げたいのに、片手は荷物で片手は娘と手を繋いでいたので、まだ加工すらしていない。
母親としては若くとも、そこそこいい歳の女としては、今時加工もなしに自分の写真をSNSにアップすることなど出来ないのである。
そして、早くしないとイイネのゴールデンタイムのお昼休みの時間になってしまう。
が、そんなことを蓮次郎が気付くはずもない。
「いえ、僕も、その、今日新学期で、ちょっと、その、えっと、疲れたっていうか、その、みゆちゃんと遊んで、き、気晴らしっていうか…」
と、こうなるわけである。
ちなみに蓮次郎、途切れ途切れの話し方は美人の若い母を前にしてキョドっている…のではない。
通常の蓮次郎なら、10歳程年上とはいえ、美人を目の前にすればまったく言葉が出てこなくなる。
この状況は、蓮次郎にしてはかなり喋っている方である。
つまりそれは、相手が慣れ親しんだ気心知れた人物だということ。
つまり…
「じゃあ、レン君がそこまで言ってくれるなら、従兄弟のよしみでお願いしちゃおっかな」
蓮次郎の従姉妹だから。
母方の従姉妹で、結婚して少し遠くに住んでいたのだが、みゆが保育園に通い始める頃に離婚し、今は近くの公団に住んでいる。
昔から、お盆や正月だけでなく、普段の週末なども時々遊びに来ていたので、蓮次郎にとっては数少ない家族以外の気心の知れた相手なのだ。
まぁ、公団も蓮次郎の家のすぐ裏手にあるので、離れに住んでいる家族みたいなものだが。
みゆママが仕事が終わらなくて保育園の迎えに行けない時など、蓮次郎が代わりに迎えに行ったこともある。
帰宅部のエース、こんな所で密かにシングルマザーの役に立っていた。
「れんにいちゃん見て見てー、よつばのくろーばー!!」
「どれどれ。ははっ、みゆちゃんそれ三つ葉だよ」
「ええー!!よつばだよー!!」
近頃の公園は、遊具が随分と少なくなっている。中にはブランコやすべり台すら危険だからと撤去されている公園もある。
今、2人が遊んでいる公園も、すべり台と砂場ぐらいしかなく、みゆママが「汚れるからすべり台も砂場もダメ」と言った結果、クローバー集めに興じていた。
“よつば” が “四つ葉” だとまだ知らない6歳児、みゆ。
3月生まれのみゆは、4月の現時点でまだ6歳になって間もない。入学式の格好はしているけど、中身はまだまだ幼児である。
四つ葉だと言い張るみゆに、蓮次郎はちょっと困った顔をする。辺りを見渡しても四つ葉なんて簡単に見つからない。
「あ、そうだ」
何かに気付いたように、ゴソゴソとカバンをあさり出した蓮次郎が取り出したのは、瞬間接着剤。
眼鏡が壊れた時などに大活躍する、男子高校生の必須アイテム。蓮次郎は眼鏡男子ではないが。
瞬間接着剤を片手に、手近なクローバーの葉を1枚だけ丁寧にちぎると
「みゆちゃん、“よつばのくろーばー” ちょっと貸して」
「はい」
いつも遊んでくれる大好きなお兄ちゃんの言うことは素直に聞く6歳幼女。
蓮次郎は、みゆからクローバーを受け取ると、さっき千切った葉っぱを瞬間接着剤でくっ付ける。
しばらくして手を離すと
「ほら、みゆちゃん見てごらん。いち、にぃ、さん、しぃ、四つ葉っぱがあるでしょ」
「うん」
あっという間に四つ葉のクローバーの出来上がりである。
「四つの葉っぱで、“よつば” なんだよ」
「おおー!!」
素直に喜ぶ幼女に、教えた自分もなんだか嬉しくなる蓮次郎。
「じゃあ、3つのはっぱは “みっつば” ?」
「うん、まぁそうだね。みつばだね」
蓮次郎、さりげなく訂正。
「じゃあみゆのは “みっつば” だ!!」
「うん、そうだね」
蓮次郎、幼子らしい言い方に正すことをやめて素直に受け入れた。
どうせ家に帰ってママに “れんにいちゃんと遊んだ話” をした時に正されるのだ。今自分がすることじゃない。
「ねぇ、れんにいちゃん。じゃあ “ごつば” とか “ろくつば” とかもある?」
「え、どうなんだろ?あるのかな、聞いたことないけど」
「れんにいちゃんつくって!!ごつば!!」
「そっか、作っちゃおうか」
さすがに、四つ葉を超えるクローバーは見たことも聞いたこともない蓮次郎は、みゆの言い方が正しいかどうかすらもうどうでもよかった。幼子の柔軟な発想にただ感心するのみである。
まぁ、それを抵抗なくすぐに受け入れられる蓮次郎も十分に柔軟な思考をしていると言えるが。
こうして、蓮次郎はみゆが満足するまで、クローバーの葉を瞬間接着剤でくっつけまくるのだった。
「あ、ちょうちょ」
「あ、本当だ…て、えええ!?」
春の公園に蝶々は珍しくない。しかし、蓮次郎が驚いたのはそのサイズだ。
片側の羽だけで、蓮次郎が掌を広げたより倍以上に大きい、まるでA4サイズのノートが飛んでいるような大きさだ。
みゆの背中につけたら妖精の出来上がりである。
製作中だった十二つ葉のクローバーと瞬間接着剤を持ったまま、蓮次郎は思わず立ち上がった。
揚羽蝶に似ている、紫色に黒の模様が入った、妖しさのある綺麗な蝶々は、ゆったりとした飛び方で2人の周りをヒラヒラと飛び回る。
その軌跡には羽の色と同じ紫の鱗粉のようなものが舞っていて、正午近い春の日差しにキラキラと輝いていた。
「わぁ、綺麗!!」
みゆはピョンピョン飛び跳ねながら蝶々を追いかけ、蓮次郎は呆然とそれを見ていた。
しばらく飛び回ると、蝶々は公園の隣のビルに向かって飛んでいき、ビルの外壁に空いた “刃物で切って開いたような大きな穴” からその向こうの森へと飛んで行った。
「え?森?」
そう
ビルに穴が開いていてその向こうに森があった。
「なんでビルに……あっ、みゆちゃん!!」
蓮次郎がビルに開いた穴とその向こうの森に意識を奪われている間に、蝶々を追いかけてみゆもビルの穴へと入って行ってしまった。
慌てて駆け出す蓮次郎だが、みゆが通り抜けると穴は徐々に閉じ始めた。
「みゆちゃん、行っちゃダメだよ!!」
間一髪、穴に飛び込んだ蓮次郎がみゆの手を掴んで後ろを振り返ると、そこには穴も公園もなく、ただ鬱蒼とした森が広がっていた。
蝶々は紫の鱗粉を残して何処かへ消えてしまった。
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