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第1章【親戚の幼女を見てるって言ったのに一緒に異世界に飛ばされて申し訳ありません】1

第1話【日常】




春。


それは藤田蓮次郎の生まれ育った国において、様々な物事の始まる季節であり、応じて新たな出逢いの生まれる季節でもある。


また、桜に代表されるように、色とりどりの花が咲き乱れ、古くから詩人や歌人に深く愛されてきた季節でもある。




「はぁ…高3になっちゃうのか…」


そんな彩り豊かな季節にそぐわない、深い深いため息をつきながら、重い足取りで学び舎へと向かう、藤田蓮次郎17歳。


中堅どころの普通科公立高校に通う文系の学生…というと可もなく不可もなくのイメージだが、昨年度の出席日数はギリギリ、成績も定期考査の度に追試を受けて、なんとか3年へ進級した、いわゆる底辺落ちこぼれ組である。


引きこもっていないだけマシ、とは彼の両親の言。


優しい両親だが、『常識』を重視して引きこもることを許さなかった、という結果なのだが。


将来の夢はと聞かれると、少し考えた後に「公務員?」と疑問系のように答え、趣味はと聞かれると、少し考えた後に「ゲームとか?」と答える。


“とか” ってなんだ “とか” って。


もちろん、心の底から公務員になりたいわけでもなく、ゲームだって暇つぶし程度になんとなくスマホでやっているぐらいの、特にパッとしたものを持たない若者である。


昭和のオッさんたちから「今の若者は何にも興味がない」と言われる代表格のような、21世紀生まれの10代。


まだ小学生の頃には、居合をやっていた祖父から手ほどきを受けたこともあったが、蓮次郎が中学に上がる前に祖父が他界してしまい、以後は木刀も握っていない。


中学の体育で剣道もやったが、居合道とは勝手も違うので活かすこともできず、自分では特技だとは思っていないし、5年以上やっていないから今更当時のようにできるとも思えない。


藤田蓮次郎とは、そんな少年だった。




校舎に入り、昇降口に貼り出されたクラス分けを確認し、新しい教室へと向かう足取りもやはり重たい。


クラス分けにもあまり興味がない。強いて言えば、1年の時に散々絡まれた同中の山田とクラスが違えばそれでよかった。まぁ、文系の蓮次郎と特進の山田ではクラスが一緒になることはないのだが。


約10日振りに顔を合わせる同級生たちは、あちこちで大きな声で騒いでいる。その喧騒の中を蓮次郎は俯いたまま歩く。


蓮次郎は、人混みが苦手だ。人が苦手と言ってもいいが、それなりに仲のいい友人と呼べる相手もいるので、人間嫌いではないと自分では思っている。


ただ、『苦手』と感じる相手が多い、圧倒的に。ただそれだけで、嫌いとか鬱陶しいとかは思っていない。


ああ、山田は鬱陶しいと思うな。山田は別だ。


「お、チンさんおはよう。俺ら同じクラスだぜ」


「…おはよぅ」


時折、蓮次郎に声をかける生徒がいるが、蓮次郎はチラリと目を向け、引きつった笑みで相手と同じ挨拶を返すだけで、そのまま教室に向かって行った。


ちなみに “チンさん” とは、蓮次郎の名前から電子レンジが連想されることから、小学生の時についたアダ名だ。


小中の同級生には、そう呼ぶ者がまだいる。


「藤田クンッ、おっはよ!!」


「…はよ」


どんよりオーラの蓮次郎の空気感を全く読まずに、ぶち壊さんばかりのハイテンションで挨拶してくる女生徒。


活発さを感じるミドルショートヘアのダークブラウンの髪を揺らして、そのまま教室内を歩き回り、手当たり次第に他の生徒へ挨拶していく。


クラスに1人はいる、誰とでも明るく話せてしまう系女子。


顔面偏差値的にも学年で上位ランクに入ると、男子達の噂話で聞く程には可愛い。


同じクラスになったのは初めてだが、蓮次郎にとって、『苦手』と感じる人たちの中では、ちょっとだけ好きな部類に入る気がした。




「ねぇ、今日まりぃん家行ってもいい?」


「いいけど、チョコビ持参ね」


「おけー、てかもう買ってあるし!!」



「ケンケン!!また一緒のクラスになったんだし、駅までチャリのケツ乗せてってくれ!!」


「悪りぃ田辺、俺春休みから塾行ってんだわ。山手の方の」


「ええー!!駅と逆方向じゃん!!まぁいいや、乗せてって」


「話聞いてた!?」



「おしっ!!今年も1年共…と、もう新2年か、ビシバシ鍛えてやっぞ!!」


「ほどほどにな。お前のせいで1年、半分も残ってねぇんだから。あ、2年か。今度の新入生は厳しくし過ぎんなよ」



新学期初日の日程がホームルームで締めくくられ、生徒達は思い思いの行動に移る。


遊びの約束をする者達、受験生らしく塾に行く者達、高校生活最後の大会に向けて部活に精を出す者達。


そして…


「あれ?藤田クンは?」


ショートミドルヘアの『誰とでも明るく話せてしまう系女子』が、蓮次郎の行方を手近な男子生徒に尋ねる。


「チンさんならとっくに帰ったぞ。だってアイツは…」


クラスで最も影の薄い男は、その能力を最も高く評価される二つ名で呼ばれる。


すなわち “帰宅部のエース”


今年も、その存在感を見せつけていた。


否、帰宅部は終業の鐘が鳴るとその存在を消す者。エースともなれば、鐘がなった直後にはもうそこにいない。


いつ教室を出たのか、誰にも気づかれない。それが “帰宅部のエース” 。


存在しないことが、存在感。


「ええー!!帰っちゃったの!?くっそぉ、3年の目標 “クラス全員に「おはよう」と「バイバイ」言う” が初日からダメかー!!」


コミュ力が無駄に高すぎる女子の、意味のわからない年間目標。間違いなくGW頃には忘れ去っているだろうが。


「おい、 藤田まだそこにいるぞ」


窓際にいた別の男子生徒が校庭を背中越しに親指で指して言うと、誰とでも明るく話せてしまう系女子はダッシュで窓際まで移動し、勢いよく窓から身を乗り出して声を張り上げた。


「藤田クーーーン!!バイバァーーーイ!!っしやぁ!!コンプリート!!」


蓮次郎でコンプリートとということは、既に他のクラスメイトは彼女に「バイバイ」と言われたということか。


1番最初に言われたやつは、まだ帰らねぇのかと思っているに違いない。


校庭の隅を歩く蓮次郎は一瞬ビクッとし、キョロキョロと辺りを見渡し、ブンブンと手を振る誰とでも明るく話せてしまう系女子を見つけると、小さく会釈をして帰って行った。


帰宅部のエースの帰宅の足を一瞬でも止めた女として、彼女は語り継がれるのかどうかは、どうでもいい話である。






蓮次郎は、心なしかオドオドしながら校門を出た。


蓮次郎17年と数ヶ月の人生で、あんなにデカイ声で、しかも女子に、しかもほぼ初対面の相手に、「バイバーイ」とフレンドリーに帰りの挨拶をされたのは初めてだった。


故に、自分は何か得体の知れない謀略にでも巻き込まれているのではないかという思いにかられていた。所謂被害妄想というやつだ。


何度も何度も振り返りながら、学校前の道を真っ直ぐに歩くのも怖くなって、住宅街の路地に逃げ込んでもまだ振り返りながら歩き、学校から十分な距離が空いたところで少し安心して大きく息を吐く。


帰宅部のエースの帰路を捻じ曲げたとして、彼女は語り継がれ…ないだろう。




蓮次郎の家は学校からあまり離れていないが、そこそこの距離はある。普通は自転車で通うのだが、学校が指定する自転車通学を許可する2kmの範囲内にギリギリ入っているため、真面目に徒歩通学しているのだ。


というか


1年の夏頃までは自転車で通っていたが、山田が毎朝迎えに来て鬱陶しく絡むので、それが嫌で徒歩に変えた。


自転車通学の山田は、徒歩通学の蓮次郎に合わせてまでわざわざ自転車を降りて歩くということはなかった。


それから蓮次郎は徒歩通学している。




蓮次郎の家は、学校前の住宅街から片側2車線の県道に出て、しばらく行った先の道の反対側、昔ながらの集落の奥にあった。


蓮次郎の父が子供の頃は、田んぼや畑ばかりだったというこの辺りも、蓮次郎が生まれた頃には区画整理が進み、新しい住宅街が広がっている。


足元のアスファルトを見つめながら歩く蓮次郎は、ぼんやりと今日から始まった新しいクラスの顔ぶれを思い出していた。


苦手な系統の人が多いが、その中でもまだ安全な部類の人間が多かった気がする。無理に絡んで来る奴もいないし…



藤田クーーーン!!バイバァーーーイ!!



いた、1人。


無理に絡まれるのは本当にツライ。


話しかけられても何と答えればいいかわからないし、TV番組やYouTubeの感想を求められても、相手が求めるようなマトモな答えができないし、そもそもあまり見ないし。


あの女子に朝の挨拶をされた時は、ちょっとビックリしたけど、慣れれば大丈夫と思えるぐらいには、まだ許容範囲だった。


しかし帰りの、わざわざ校舎から校庭の端まで届くような大声でバイバイと叫ばれたのは、本気で怖かった。


いったい何のつもりなのか?


女生徒の本当の目的を知らない蓮次郎には、ただただ謎の行動でしかない。


今日初めて会ったばかり──厳密にはこの2年間で顔ぐらいは合わせているのだが、同じクラスになったのは初めてなので初対面でカウントする──の相手なのに、まるで親友同士がするような挨拶だと、蓮次郎は思った。


あれが “肉食系女子” という奴なのだろうか…


自分が草食男子だとは考えたこともないけど、そもそも草食男子って何かよくわからない。食べ物の好みではない事ぐらいは知っているが。


もしアレが肉食系女子だとしたら、自分はいつかあの女子に食われてしまうのか…。


それでなくても、彼女のあのテンションで今後話しかけられるのかもしれないと思うと本当に逃げたくなる。


彼女はどんなことを話しかけて来るのだろうか。


昨日のTV番組のことだろうか、それともティックなんとかっていうよくわからない動画を見せられて感想を求められるのだろうか。


それとも、女子によくある、こちらとしてはまったくもって興味のない話を延々と聞かされるのだろうか。


怖い


怖い


怖い


答えを用意しておかないといけないかな。


今日帰ったらYouTube見ておこうかな。


怖い…話しかけられたくない…


逃げたい…




ネガティブな思考を巡らせてはいるが、いつもだったらこんな風に『if』を想像したりしないことに、蓮次郎は気づいていなかった。


いつもなら、思考の外に逃がし、視界に入らないように行動しようとするだけ。


もし話しかけられたら…それは、蓮次郎の “普通に話したい” という欲求の始まりだったのかもしれない。


自分でもまだ気付かないぐらいほんの少しだけ、蓮次郎の価値観が変わった、高校3年の春のこと。

ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

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