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彼は嘘を愛し過ぎている  作者: さもてん
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忠誠と入れ墨

深い眠りから徐々に醒めて、ゆっくりと目を開けると、ミディアムな黒髪を一つに結ったイザヤが目の前にいた。彼は椅子に座って何かを考え込んでいたようだ。その目線はヒョウの髪を見ているようだった。その泥があせてきて見える金髪を。ヒョウは警戒しながらも、何しているのかを聞こうと思ったが、ここ数時間水を飲まずにいたので喉が渇いて声が出にくかった。


「…な……し…。」声が出にくかった。


「あ、起きた?昨日はお楽しみだったわね。」イザヤはヒョウに気づくと、朝からキツい冗談を繰り出す。


「………あぁ。」ヒョウは声を出そうとしたがやはりかすれた音しかでなくて、肯定のような発言をしてしまった。それを見てイザヤは吹いて笑った。自分としたことがうっかり彼の目の前で爆睡してしまった。


「今日さ、ちょっと野暮用でここにいれないわ。」  


「…分かった。」


ようやく声がでたヒョウは、起き上がろうとすると蹴られた肋骨がズキリと痛んだ。

…あとで固定しなければ。

イザヤは身支度をするようにヒョウがいつぞや来ていた黒のガウン、靴、ズボンを至極当たり前のように着こなしていた。


「……え、それ俺の」

「ダメ、これ使い着心地抜群だからもう俺のもん。」 


それはいささか理不尽じゃないか?と思ったが、「………まぁいいか。」と、大人なヒョウはスルリと諦める。いや欲がないと言った方がいいだろう。


「野暮用ってなんだ?」ヒョウは気になってたずねた。


「東の下っ端らが攻めてきたって話したろ?ちょーっとソイツらと、ちとお話ししてくるだけだ。あ、でもけが人運んでくるからアンタはソイツらと遊んどいてくれ、道具は机の中に入れといたから。」

ヒョウは頷いた。


「え、でもアンタは治療法とかも忘れたんじゃ……ってそれも嘘か!?」


ヒョウはため息をついた。自分が一回可愛い嘘をついたばっかりにイザヤはいちいち疑ってくる。


「君の部下を治した時にちょっと掴めたんだよ。」


「記憶ってそうゆうもんなのか?」


「そうゆうもんだよ。」


あらそ。とイザヤは雑に返答しドアの方に歩いて行った。


「んじゃあ俺でるわ。あとヨロシクねー。……おいカズ、サッサッと立て。置いてくゾー。」


ボコッと音がする。

「ンガ…サーセン!!」


カズがイザヤの後についていく前に彼と目が合った。恨んでいるような目で睨み付けられた。

騒がしい足音が遠ざかった後、改めて自分の部屋になった場所をマジマジと見た。眠りについた時からもう1日が経っていた。どれだけ警戒を緩めてしまったのだろう。


(こんなに良い条件付きで本当に大丈夫なのだろうか。)


自分は記憶も、家も、金も持っていないのだ。それなのにこんな部屋丸々くれてしまって良いのだろうか。

ヒョウは机の中を確認すると包帯と麻酔…消毒液はなかった。


(水で代理を立てよう。)



その日のヒョウは忙しかった。ゾロゾロくるイザヤの部下の体に麻酔を刺し、切り傷や銃の弾を縫ったり抜いてやったり。

えげつない切り傷や銃創をヒョウは淡々と縫っていく。

いや、むしろ忙しくて疲れるどころか『夢中』になって楽しんでいた様に見える。ゲームのような感覚で次々と治っていくのはヒョウにとっては、楽しかった。


「いてててででで…いてっス、先生。」


「あ、ゴメン。」


ヒョウはまた、自分が医者であることを自覚しつつあった。だがやはり腕が鈍っているのか『ちょっと』失敗してしまう事もある。


「いててて…いでぇーー!!」


「あ、ゴメン。」


そろそろ昼の休憩ををしようと思っていた頃、ドアがコンコンと鳴り誰かがたずねてきた。


「ヒョウ…様はいらっしゃいますでしょうか。」 


「ハイ、どうぞ。(…様?)」


そこに現れた男はヒョウがいつぞや銃の弾を抜いてやったその人だった。


「あ…っと、どうも。」コミュニケーション能力が低いヒョウは気の利いた言葉が見つからなかった。


「こんにちは。」男は少し笑みを浮かべてこちらを見た。


「椅子へどうぞ。…怪我の方はその後どうですか?」


「おかげさまで。でもまだ完全には動かせません。」


男は右手をすこし上げる。

ヒョウは時計とイザヤを諦めてトボトボ歩いていた時、倒れているこの男を盛大に踏んづけて転んでしまったのだ。彼が怪我している事には気づいたが、面倒くさいことに関わりたくないヒョウはそそくさと去ろうとした。

しかし、踏まれて意識を取り戻したこの男は利き手の右手と片足を負傷してもなお、銃を握ろうとしたのをヒョウが見ていられなかったのだ。

ヒョウは面倒見が良いのである。


「あなたのおかげで無事、帰る事が出来ます。」


「いやいや、こちらこそ時計の事、…どうもありがとうございました。」ヒョウはポケットで時計を握り締めながら言った。


そう、この男がイザヤがまだこの時計を所有していることを教えてくれたのだ。

売りとばされていてもおかしくはないと諦めかけていたヒョウを鼓舞してくれたのだ、当然敬語である。

イザヤが所有していることを知ったヒョウは一か八かの賭けに出たのだ。


(しかも、運の良いことにイザヤが一人になったところで連れ去れた。)


「あなたはここのお医者様だったのですね?」

不器用で無愛想だが真面目に自分と向き合おうとしてくれるその男に、どことなく自分と似た雰囲気を感じて好感を持てた。


「いや…はいまぁ。あ…傷口、あの時、水でちゃんと洗ってもいなかったんでちょっと見させていただいてもいいですか。」


「……勿論です。」大男はヒョウが言いたくない事を悟ったのかそれ以上は追求してこなかった。

黙々と作業をするヒョウ、二人の間には言葉はなかったが不思議と居心地がよかった。


「はい、終わりま……」

「おいコラ、くそ眼鏡!頭首が呼んでるッツッてんだよ!何で部屋にいねーんだ!!おかげで俺が怒られたじゃねーかっ!」バンッと壊れるんじゃないかと思うほどドアを乱暴に開けたカズは、くそ眼鏡……ヒョウの目の前にいる眼鏡をかけた大男の方を呼んでいた。 


「アイツに従うつもりは毛頭ない。」


「あぁん!?ウチらの頭首にケンカ売ってんのか!?」


「ケンカは売っていない。」

むしろ売らずに株で倍にして貯金しそうなタイプだとヒョウは思った。


「…いいから来い!殺されるぞ、俺が!?」


「いや、知らねーよ。」気づくとヒョウはツッコんでいた。


「あぁん?」と、カズが睨むのでササッと視線をそらした。


「…では、行きますね。」クソ眼鏡大男は立ち上がり最後にもう一度ヒョウに礼を述べた。 


「お大事に。」ヒョウは顔に固い薄い笑みを浮かべて手を振った。


*       *


ある程度作業を終えた所にまたイザヤの部下のカズがこちらに来た。


「おい、飯だ。」


彼の手には美味しそうなキノコスープがあった。


「ありがとう。」


受け取ろうとして手を伸ばしたがサッと彼の手は退いた。その矛盾な行動にヒョウは首を傾ける。


「……お前…頭首の懐にどうやって入り込んだんだ。」 


怒りをギリのギリで押さえていると言った表情で彼はこちらを見つめる。

そこでこの男に何か誤解していると感じた。ヒョウはイザヤの所になりたくてなったわけじゃない、成り行きで仕方なくなってしまったのだ。

だいたい、ヒョウは彼の『下』にいるつもりなんて気持ち的には全くなかった。…もちろん本人に言うつもりはないが。


「いや…どちらかと言えばイザヤが最初に俺の下につけって言ってきたんだけど、俺は正直…」

「頭首を呼び捨てにすんじゃねーよ!つぅかテメェと頭首の馴れ初めなんて聞いてねぇんだよっ!!」理不尽な言い分に、ヒョウは困ってしまった。彼は頭に血が上って何を話しても通じなさそうだ。


(というか馴れ初めじゃない。)


「俺なんか、飲みに誘われるのに一年もかかったってのによ!(その日はもう泣いたわっ!)なんでテメェは初日で行ってるんだ!!」と、急にカズはグチグチとヒョウに不満ををぶつけてきた。

その後も「お前を拾った理由は気まぐれだって…もうあの人もあの人っちゅーか…」

だの

「俺は一ヶ月頭首の家の前で耐えてたんだゾ!お前はちょっとケンカ売ったぐらいで仲間になりやがって。」

だの

「俺はまだ認めてねーんだからさっさとヤメロ!……いや今すぐだ!今出てけ!」

だの、本人に言えばいい文句を延々とヒョウに言い続ける。


…何分喋っていただろうかやっと気が済んだのかゼィゼィと息をして患者席にドカリと座る。ヒョウがさりげなく水を出すと「サンキュ」と感謝を述べて飲み干した。


「………(オイ。)」

ヒョウは口を抑えて我慢した。


「お前……右腕見せろよ。」彼はやっと黙ったと思えばいきなりヒョウの腕を指さした。

訳が分からずキョトンとしているヒョウにカズはイライラしたのか、乱暴にヒョウの右手の手首をまくらせた。そして『ソレがついているか』確認する。


「……お前地上から落ちてきたんだってな?」カズはニヤリとした口調でヒョウにたずねる。ヒョウは頷くと、カズは勝ち誇ったように笑った。


「落ちてきたクセに、右腕に罪人の入れ墨がねぇ。…人一人殺せてねぇ癖に頭首を呼び捨てにしてんじゃねーよ!!」


「罪人…?…入れ墨……?」


何処かで聞いたことがあるような話だった。ヒョウは考え込む。 

何度も頭の中がモノトーンになった。


ザザ……ザザザザ…ザザ…。

しかし何も思い出せない。


(…何か……思い出せそうなのに…。)

記憶などあれほどいらないと言っていたが、いざ思い出せそうになるともどかしさが募った。


(駄目だ…。)


すぐに諦めた。

ヒョウはここは一つ賢く、目の前にいるカズに聞いてみることにした。


「大体お前はなぁ、まだ来たばっかりの新人のくせに…」

「罪人ってなんだ?入れ墨がないとどうなるんだ。それがここに落ちることとどう関係がある?…教えろ。」


今までずっと静かだったヒョウが突然質問責めを始める豹変ぶりにカズは呆れて覇気を失っていた。


「お前って…変な奴だな。」


「……そうか?」 


人間の基準が自分なので変わっているだなんて気にした事もなかった。


「まぁ、俺はいーけどよ。アンタのそれじゃ色々苦労すっから…ちっとは空気を読むことを覚えた方がいいぜ?」カズに心配されてしまった。


「まず年上とここの長には必ず敬語を使う事だ。」


「………。」


「誰だって尊敬された目で見られたら、ペロリと情報収集できんだろ?ここに来たんならしかもそれが西の国ならなおさらだ。」  


敬う…情報収集……。


地上に出るためには必要かもしれないとヒョウは思った。


「努力す…します。」ヒョウはコクリと頷いた。


「しとけしとけ。…んで、入れ墨だっけ?それすら知らねぇのか。」


「はい。教え…て下さい。」


「ま、いいけどヨ。………地上で罪を犯した奴ってのは大体政府の奴らに右腕に入れ墨をいれられる。そんで初めて落とされるんだ。地下の世界にでも、そのルールを活用してる。」カズは自分の右腕についているスカーフを外す。肩より下の所に確かに腕を覆うような一本の円状の入れ墨があった。

スカーフをつけるのは最近地下で流行っているファッションだそうだ。


「地下世界で入れ墨があったらどうなるんですか?」


「この世界ではギャングになりたい奴は大人として見られる。逆に、ここで生まれてになりたい奴は同じ罪人になるために人一人殺すんだ。そこで初めてギャングになれるから年は関係ねぇんだ。分かったか?だから俺は入れ墨をいれてねぇお前を…」

「じゃあイザヤも?」


「…もういい。そうだ、頭首もここで生まれてここで人を殺した。」 


ヒョウは黙って聞いていた。

一体誰を殺したのだろう、その時どんな気持ちでどう思って殺したのだろうか。

あの容姿で…と言うのもいささか失礼だが、本当に想像がつかなかった。


「カズさんもですか?」


「いや…俺は地上で万び……いや、ちょっとした罪を重ねちまっただけサ。」

物は言い様だな、とヒョウは思った。

カズからようやく食べものを貰えたヒョウはその後、彼から地上について知っている事を根掘り葉掘り聞き出した。そうして1時間もしないうちにカズの方から逃げていくように去って行った。


この世界の規則は不思議だ。

ヒョウはキノコをモグモグ食べながら感じていた。


 *     *


「ヒョウちゃ~ん。良い子に待ってタ?」

イザヤがドアからヒョッコりとのぞき込んだ。ヒョウは今日で一応全員の治療を終えたので後は経過観察だ。

張り切ってしまい過ぎたせいか治療道具はもう切れてしまいそうだった。

イザヤ曰くヒョウが来る前はけが人はけが人同士で消毒もせずに適当に包帯をグルグル巻いていたらしい。壊死しないのではないかと心配になってしまう。


「そういえば、君の用…。」ヒョウはそこで言葉を止めた。なぜならイザヤの手が、靴が血にまみれていたからだ。

ヒョウの目線で気づいたのかイザヤは笑みを浮かべて手をヒラヒラさせる。


「…座れよ。まだギリギリ包帯あるから。」


「えぇ、別にいいよ平気だって。」


ヒョウは基本、本人がやりたくないなら無理強いはしない主義だが、ここの環境衛生だとやはり感染症に気になる。勿論壊死もだ。なにより、ヒョウに移されたらたまったもんではない。移るかどうか知らんけど…。


「いいから座れ。」


「え、怖いんだけどなに?生理?」 


ヒョウが睨みつけるとイザヤは渋々、患者用の椅子に座る。

ヒョウはイザヤの袖をめくり手を見る。

手の拳の皮がめくれているだけだった。どこをどうしたらここの皮がめくれるのだろう。ヒョウは少し目を輝かせてイザヤの拳を観察する。皮がめくれているなんてケンカとは無縁のヒョウにはあまりお目にかかれない。

水で消毒するとイザヤは少し顔を歪めた。

彼でも痛がる事はあるらしい。


「…染みるか?」


「いや、気持ちいい。」


変わった奴だなと思いながらヒョウは治療を進める。イザヤはやたらとモゾモゾ動くのでやりにくかった。どうやら怪我していたのは拳だけだったようだ。はて、靴の血はなんだったんだろう。


「あー…今日はもう駄目だ…。」治療が済むとイザヤは患者用のベッドにバタンと倒れた。


「ちょっ………俺を少しは警戒しろよ。」ヒョウは呆れながら彼に言う。

あえて自分から心を開き敵の心に入り込む作戦なのだろうか?


「襲いたきゃ襲えば?」イザヤ雑に言った。


「いや、しないけど…。」ヒョウに男を抱く趣味はない。


「だったら黙ってな。」


そう吐き捨て、十秒ほどすると彼からグーグーと寝息が聞こえてきた。

ふとんを占領されてしまったヒョウは仕方なく、床で体育座りをした。今日はここで寝ることになりそうだ。

くせのない黒い髪が呼吸をするたびに綺麗にきらめく。目は瞑っているので気づかなかったが、髪も綺麗なのだなと改めて思った。


(これが女の子ならどれほどモテていたことか。)ヒョウはとても残念に思った。

男としてもこれほどの美貌と頭の回転と性格の悪さを兼ね備えているのに、一体なぜギャングの長なんてやっているのだろうか。

役者なんかでも十分稼げそうだ、もっと色んな働き方がイザヤなら可能そうなのに…。


(何で人を殺してまで、ギャングに?)


もちろん自分に分かるハズがなかった。



「…………。」

この地下世界の常識に振り回されるヒョウはひそかにため息をついた。


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