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彼は嘘を愛し過ぎている  作者: さもてん
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交渉

ズキンッ


イザヤは小さな痛みが走った事に気づいたようだ。見れば、小さな針が彼の足に刺さっていた。勿論、ヒョウが刺した。


「……オイオイ。全然痛くねーんだケド?」


「そりゃあ1番細い針を使ったからね。」


イザヤはキョトンとする。こいつは何をしているんだとばかりの顔をした。

それはそうだろう。たった今、命を奪い合っている相手にあえて細い針を使うだなんておかしい。だが、これでいいのだ。


「イザヤ、君は間違ってる。間違っていることだらけだ。」ヒョウは目をつぶり、そっと言った。


「…は?」

顔をしかめる彼にヒョウは続ける。


「俺は医者なんだぞ?しかも地上から来たんだ。今君に打った針はそこら辺に生えてるトリカブトじゃない。俺が地上で長年かけて作った毒だ。」ヒョウは少し目を開け、けれども無表情のまま機械のように喋る。


「…地上の…。」イザヤは目を見開いた。


「そう、これから足が赤くはれていく。その20分後にだんだん青くなって、腐っていく。そして、最後には全てが崩れ死ぬ。」


「痛いのか?」そこでイザヤは余裕しゃくしゃくとした笑みを浮かべる。


「…痛くはないただ、寒い。グチョグチョとした音がして細胞が止まっていくのが肌で感じられる。死がゆっくり、ゆっくりと自分に近づいてくるんだよ。俺がこの三ヶ月間の受けた苦しみのように、さ。」

ヒョウは口元を歪めた。イザヤがバッと自分の足を見ると確かに赤く腫れていた。


「……でもアンタはここに来るときに人を殺ってないんだろう?」イザヤは怪訝そうに尋ねた。


「正直…あんまり覚えていないんだ。君が血の匂いで分かるんなら、俺はきっとやってない。でも…この薬の効果、腐ってくる音、変化する色、人がどれほどの精神の苦痛を味わうかはびっくりするくらい鮮明によく覚えているんだ。

でも…俺は無傷。」

固い笑みをキープしながらヒョウは言った。


「……つまり、アンタがここに来るまでに人体実験やっちゃターって話?」

そうすれば、血もつかないし、殺していない。あくまでも殺したのはヒョウでなく、薬だ。


「かもね。…だって俺が落ちてきたのはその証拠でしょ?」


イザヤがしばらく黙っていたがやがて忌々しげに髪を払う。


「ふーんつまり、俺をその実験のモルモットにしようとしてるわけだな。………そんなら俺は、俺が死ぬ前にお前を殺してやんよ。」

「俺は君に別に死んで欲しい訳じゃない。」


ヒョウが伝えると、イザヤはますます苛立った。


「あ?てめぇが打ったんだろ?」


「毒があるなら、解毒もある。欲しい?」


ドカッと盛大に音が鳴る。

イザヤがヒョウの顔を一度蹴ったのだ、そりゃあもう力一杯に。

そのあともイザヤは体や顔を五回蹴った。


ドカッボコッメリッゴリッドカッ。


ボロボロになったヒョウを胸ぐらをひっぱりこう尋ねた。


「……何が目的だ。」


「…げほっ、げほっ……だからさっきから言っているだろ?時計だって。」


「時計の為にここまでするバカがいるか!?」


「…君が言ったんじゃん。『バカ正直で、無知で、変わってる』って。」


イザヤは一瞬、驚いた顔をして、考えるように顔をうずくめた。


そして、クックと喉を鳴らすと、突然イザヤは爆笑し出した。


「…………ふっ…クッフフ…ギャハハハハハ!!アンタって、ほんっとにラリッってんな!フッ…くっアハハハッ!」


「ちなみに、君に打った針だけど、1番小さいのには理由があって、ちょうどアキレス腱の神経に刺すと時間が短く…ー」「いいぜ、返してやんよ。」


喋るのが終わらないうちに軽くイザヤは言った。

ヒョウは、それを聞いてホッとするより前に驚いていた。こんなにもアッサリと終わってしまうなんて…。


「ただし交換条件だ。時計は返してやる。

だからアンタは、俺につけ。」


「………は?」


*      *

「頭首!大丈夫ッスか!」

イザヤの部下のカズが駆けつけて来た。共にいた大男のうちの一人だ。


「まぁな。クッフフ…ハハハ。」

イザヤはヒョウに肩を借りながら、足を引きづりながら元いた場所に戻ってきた。


「…大丈夫…スカ?」

ヒョウを見て警戒しながら自分を心配する彼を背にイザヤは短く聞いた。


「戦況は?」  


「…それが」カズはしどろもどろに今の状況を説明する。


西の軍が負けかけていた、頭首イザヤが突然姿を消したからだ。そして混乱により徐々に押され、東の群の勝利が確したところで本拠地の東の群が西の軍を助けに来たのだ。


言っている事が良くわからないだろうから簡潔に説明する。イザヤたちが戦っていたのは『東軍』ではなく、東軍の中の『下っ端たち』だったのだ。 

本家曰く、下っ端の勝手な思い込みと判断の行動であると話していた。

しかしいくら自分達が指示していないだろうと国が国を襲うのは(しかも善良な国)いかがなものかと言う話だ。


「…マジかよ。本家じゃねーのか?」

イザヤは腫れた足を見ながらぼやいた。

足も痛いのに頭も痛くなってくる。


(…これを利用して東に金を巻き上げてやろう。)


西の軍は5人も死者を出してしまったが、金の事も含めればいい結果である。


(さてさてさてと。)


イザヤは自分の隣にポケッと立っている自分の不調の原因の方を見る。


取引に応じてやった。


なんでも、使い勝手が良さそうだと思ったからだ。イザヤは自分の医者が欲しかった、勿論使えなかったら使えなかったで適当な何処かに送り込むつもりだ。


(こっちも最終的には賭けに勝ったからな。)

満足げにイザヤは頷いた。


「けが人は俺んとこに連れてこい。いいな?んじゃ、先帰るゾ。東の奴らには今度話し合うと伝えてこい。あ、東の下っ端どもは連れてっとけよ?お楽しみがあるから。」負傷した部下は部下に押しつけ、自分はさっさと帰る。そこら辺の融通が利く所がこのポジションのいいところだろう。

 

*     *

ヒョウはイザヤに肩を貸し、歩きながら彼に言われた事を思い出していた。


『「ただし交換条件だ。時計は返してやる。だからアンタは、俺につけ。」


「………は?」


「アンタも俺も死にたくない。だから時計と解毒剤を交換した、そうだろ?でも逆に考えても見ろよ。俺は毒を刺されて解毒剤を、アンタは無傷で時計を手に入れた。ちぃとばっか理不尽だと思わないか?」

イザヤはまるで役者のように手振り身振りを動かす。


「無傷じゃないけど。」ヒョウはぼやく。


「…俺は騙すのは好きだけど騙されるのは好きじゃねーの。だからこれ見よがしにアンタを見つけたら攻撃しちゃうかもしれない。」


「それだったら解毒剤はあげれない。」


「そうだっ、それだ。それは大いに困る。だからこそアンタは俺につくべきなんだ。そしたらアンタに報復することもなく、大好きな医者の仕事をお前にやれる。俺も自分の国の医者が手に入る、しかも良いことに俺は初めて会った時からアンタを割と気に入っていたんだ。だからキチンと服と時計以外残してやったろ?」


「……俺は別にここで医者をしたいわけじゃない。」


「おいおい、俺は西の頭首だぜ?外に出たいんならこの国の長と仲良くなってた方が情報を集めやすいだろう?」


そう言って、イザヤは俺の上をどいた。

『いい策だ』とヒョウは素直に思った。確かにあのイザヤが自分に散々に騙されて黙っているハズがない、それに彼は西の長だ。たとえ自分が時計を捨て、取引を破棄して逃げたとしても全て筒抜けだろう。

つまり…


「俺も、君も両方が死なない為には君の条件を呑むしかないわけだ。」


「そゆこと。」


イザヤは勝ち誇ったかのようにニッコリと笑った。』


と言うわけで、今イザヤの家にいる。

廃墟をそのまま使った感じの家で、ボロいが他の家よりは幾分頑丈そうだった。

その部屋の一室に入ると必要最低限の物のみ置いてあった。ベッド、服、銃に机がキチンとしまわれている。

…意外と綺麗好きなのかもしれない。


「ねー、解毒剤チョーダイ?もうマジで足が腫れて痛いんだよ。」


イザヤがズボンをめぐって足(アキレス腱)を見せる。そこはパンパンに赤く腫れていた。あと10分ちょっとで青くなるだろう。


「……殺さないか?」


「モチロン。」


「絶対に?」


「しつけーな。俺はアンタを気に入ったっつったろ?しかも医者なんだろ?これから負傷者がくる、お前が必要なんだ。」


「そうか。」ヒョウはストンと納得をした。それならもうネタばらしをしてもいい。


「そのまま放置していればその内良くなるよ。」


「………………ハァ!?」

イザヤは烈火のごとく怒り狂った声を出す。当然の反応だ。


「それ毒じゃないから。ただの思い込みによる現象。」

そう、ヒョウが持っている毒は地上で作り出した毒ではない。そんなもの作った覚えもヒョウにはなかった。全ては時計を手に入れるための芝居とはったりと演技だ。

イザヤにそうされたように彼に事実のように思い込ませ、錯覚させることで本当に腫れたのだ。


(怒っ…て…るよな。)


このまま適当に解毒剤と称した麻酔を打てば穏便に解決するのは分かっているが、ヒョウの嘘はすぐ彼にバレてしまう気がする。なんせ『バカ正直な無知』なのだから。


「…この痛ぇのも全部思い込みってか?」


「そうだ。」


「腫れてるのも?」


「…そうだ。」


「……ハハッ。もういっそ清々しいくらいの騙されようだな。」


怒るかと思ったがイザヤはから笑いしただけだった。

そして、ベットに座っているヒョウにツカツカ近づくと鼻と鼻がぶつかるほどの距離までズイッと近寄る。ヒョウは顔を合わせないようにそらした。

だがイザヤはヒョウをジッと食い入るように見続けるのでヒョウは避けようと身をよじらせた。さっきまで殺し合っていた相手と、こんなに至近距離にいたくなかった。


ヒョウが耐えきれず「どけ」と言おうとしてふと、顔を上げるとそこにはイザヤと目があった。

黒く澄んでいて鋭く光り、まるで刃物のような目をしていた。触ったら切れてしまいそうだ。

初めて会った時と変わらない『吸い込まれてしまいそう』なほど、綺麗な目をしていた。


その直後、前方からイザヤの声がかすかに聞こえた気がしたが気に止められなかった。きっとその時にはもう半分、自分はその目の美しいさに吸い込まれていたのだろう。



「……ッ。」急に肋骨がジリッと痛みだした。

下を見るとイザヤが二本指で何度も蹴られた所を押していた。


「…痛いか?」


「……痛い。」

そういうとイザヤは嬉しそうに顔を綻ばせて、だんだん力を強くしていく。ヒョウは痛いのは好きか嫌いかと聞かれたら当然嫌いだ。

痛みを和らげるために体を後ろにそらした。

その刹那、イザヤに肩を押された。

そしてヒョウはベットに横になるような体制になった。


「……っ!」


「俺と遊んで疲れたろ?ちょっと寝とけ。」


そう言ってイザヤはヒョウの上から下りる。そしてこちらを一度も見ずにドアを開けて、出て行ってしまった。


確かにヒョウはここにきた中で一番アドレナリンを出した気がする。ふと右手を動かすと固い物に触れた。

ヒョウが探し求めていた時計だった。


(……アイツ。)

懐かしい、あの形がした。時計を握りしめ、胸の辺りに持ってくる。

ここまで命を懸けるつもりではなかったのだが…手にいれられたのだからいいとしよう。

肋骨は折れてはいないが3本打撲しているようだった、体力もゼロに近い。

まだ警戒を緩めてはならないのは十分に分かっているのだが、フカフカしたベットに横たわっているせいか、眠気が一気に襲ってきた。


そしてヒョウは深い、深い眠りの海に落ちていった。


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