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彼は嘘を愛し過ぎている  作者: さもてん
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意味

男達は汚い道の通りで家畜の鶏を戦わせて賭けをしていた。女達はそんな男達を横目に集まって洗濯物を洗っている。

ここ、『地下国』では『地過酷』と呼ばれるくらい女性が男性を養わせるのが当然の扱いになっている。男は遊んだり、ギャンブルしたり、金欲しいときはギャングになるかのどれかだ。


ある一人の女は人物が描かれた紙を来る人来る人に配っていた。当然誰からも相手にされず通行人の一人はあろうことか女にわざとぶつかった。

女は姿勢を崩し、持っていた紙をばら撒く。通行人は笑いながら家畜の賭けの場所に歩いていく。


女は涙をこらえながらばら撒いた紙を集めていると、茶髪の一人の青年が拾うのを手伝ってくれた。


女は青年に感謝を述べ、この紙に描かれている人物を知っているかたずねるが青年は知らないと答える。


女は心優しい青年に何かできないかとお茶を誘おうと試みるが、次の瞬間には青年はいなくなっていた。

女は辺りを見渡すが、いるのは賭けを楽しむギャラリー達だけだった。


✱       ✱  


ヒョウは男達が家畜の試合になることで夢中になっている隙に、一匹、ひもに繋がれている鶏を拝借した。

そのヒモで素早く鶏の首を絞めながら走った。

鶏の声を立てさせないように、自分の服をかぶせる。こうまでしてでもヒョウはこれが欲しかった。


家族を思い出してから、ショウに生き延びろと言われた日から、ヒョウはこの殺すか殺されるかの世界で『何をしてでも』生き延びる覚悟を決めた。


やっと、生きる目的を見つけたのだ。


死んだ鶏をバックに詰めて、川に向かうと、ためらいなく髪の毛を濡らした。茶髪に染めていた髪の毛から穂先のような金髪に姿を変える。

ヒョウの髪はよく目立つので泥で茶色に見せかけたのだ。



ヒョウは犬のように髪をぶんぶんと振った。 

ここからもっと離れたらやっと食事がとれる。


(もう少しの辛抱だ。)

ヒョウは走り、走り、そして走った。


「ふぅ、…飯にしよう。」

何十分走っただろうか。鶏をかっ攫って来たところが他の家達にそってもう、見えなくなってしまっていた。

この三ヶ月で体力が自分の青春期頃までに戻まで戻った気がする。


鶏のトサカをナイフで取り除き、首をちょん切る。解剖の正しいやり方なんて知らないから、とにかくウマそうな所をひたすら取り除いた。

何処かの家から拝借したマッチで火を起こす。(勿論安全のため川の近くで、だ。)

薄暗いこの場所では光にもなった。

いい感じに鶏肉が焼けてきて、香ばしい匂いを放つ光景に腹がぐぅと音を立てた。


この鶏肉は大きいので、干し肉にすれば食料として一週間は持つ。

なかなかいい感じに今日まで生き抜いている。

「…あれは。」

そういって手を伸ばしたのはその辺に生えていた草だった。

うっすらとしたものだが、もしヒョウは記憶が正しければ、きっとあれは食べれる。

ものは試しにと水で綺麗に洗って小さくちぎって食べる。

いらないなんていったが、記憶というのは時に役に立つものだと、シミジミ思った。


ピリッ

「……~~ッ!」


口に入れた瞬間独特の辛さが広がる。

ヒョウは耐えて、モグモグと食べながらその草の名前も……ピリッと思い出した。



トリカブト(猛毒)


「……あ。」

時すでに遅し。それはもう飲み込んでしまっていた。

ヒョウは青くなりながら急いで口の中に自分の手をツッコんで毒薬を吐き出す。

すぐさま川の水を大量にほおばり、(水の近くでよかった)何度もうがいした。


「ゲホッ…ゲホッ…うぷ、あっぶな…。」

その時には、先ほどのウマそうな鶏肉が真っ黒い姿に変わってヒョウを待っていた。 


「………。」


ヒョウは黒く、そして固くなった肉を口にほおばった。モグモグ…。



その夜中、突然机を叩いたかのような音が辺りに鳴り響きうたた寝をしていたヒョウを起こした。


「…~んだよ、もう。」


その後すぐに止まったがどうやら、銃声のようだ。恐ろしい。

ヒョウは鶏を盗んだのがバレてその持ち主が怒り狂っているのかと思い、冷や汗をかいた。


次の日、ヒョウはここを出るためにまず金を稼ぐことにした。

何で稼ぐかはもう考えてある。医者だ。

ここは何かと衛生環境が最悪だ。

良く今まで感染症がおこらなかったなと、不思議に思ってしまう。

そのためにまず最初に、どこよりも割と高く売ってくれる物売りに聴診器を売り払った。

「…銀貨2枚だな。」初めて本物を見たのか店主は驚きながらポソリといった。

それからヒョウはもう少し粘り、なんと4枚で売って貰える事になった。銀貨がそれだけあればここ二ヶ月は安心して暮らせる。金を大事に懐にしまいながらヒョウはここに来て思い出した記憶をもう一度復習した。


一色 ヒョウ 


職業 医者


母 父 妹がいる。


好物 何でも 


嫌いな物 桃、トリカブト(最近入ってきた)


誰でも答えられそうな簡単な事でもヒョウは思い出せた自分を褒めていた。

これがきっといつかヒョウが落ちてきてしまった理由に繋がる…はずだ。


また次の日、ヒョウはどこか商売ができる場所を探してアチコチさまよっていた。

今日もまた一段と騒がしい銃声が鳴り響く中、ヒョウはすっかり慣れてしまった町に出るとふと前方に見覚えがある黒髪を見つけた。


「……ッ!」ヒョウは目を見開くとその人に駆け寄り、腕をグイッと引っ張った。


「おいっ!」


「…痛っ。」

振り向いたその人は…見知らぬ女だった。よくよく見てみれば身長も自分より一回り小さいし、厚化粧をしていた。彼女が引きずっていた荷物を乗せた大きな台車がボトンと落ちた。


「…あ、すいません。」頭に上っていた熱がフッと元に戻る。


「……。」じと目でこちらを見つめると彼女は荷物を持ち直した。その時、荷物に被せてあった布が少しはだけ、中が見えた。


それは、首を裂かれた人間だった。


「……死体。」ヒョウがぼそりと呟くと女はキッと睨み付けた。

そしてそのまま走るように去って行った。


ヒョウが不思議に思ったのは死体だったから言うわけではない。

ここで三ヶ月暮らして分かったことは、死体はその辺にゴロゴロと落ちている。

それは大体そのまま路上に放置されたままだ。

けれどさっきヒョウがみた死体は放置どころか荷台に乗せられ隠すように布を被されていた。

そしてそれは餓死したような体付きではなかった。

ふっくらと…そう、まるでヒョウがここに初めて来たときのような体型をしていたのだ。死体は筋肉がかなりついていたので性別は男。そして食事が十分にとれる奴。たかが死んだだけのに荷台で運ばれるから隠さなければならない身分…多分ギャングの上の奴らなのかもしれない。

そして、ここは西。

そこから考えるにさっきの死体は…


「ウェスト?……まさかな。」


当たっているかも分からないような推理を一人で立てていた。

ウェストと言えばイザヤが言っていた奴だ。

ここでよく聞く名前でもあり今もその話を食べものを売っている店主と客が話していた。


「最近、ギャングどもがバッサバッサ殺されて、内部が荒れてるっていう噂がだろう?あれ、ウェストの仕業だって言われているらしいぜ?」


「あー…アイツの性格じゃあ疑われるわな。なんてったって『アブノーマル』だからな。はーあ。もっとまともな奴が頭首やってくれりゃあいいのにヨ。」


「おいっ!滅多なこと言うなっ。一時期アイツを倒そうとして集まった奴らが体中の皮剥がされて帰ってきたって噂聞いたろ?ああなるくらいならまだ従ってた方がマシだぜ。」

…その評判はとてつもなく悪い。


(そういうのは、関わっちゃいかん部類の人間だ。)

イザヤもショウもそしてどの人々もウェストの事をあまりいい印象に思っていないようなのだ。そう言われる奴は大体質が悪い。人々は噂で情報を入手しているので、それがすこぶる悪いと言うことはよっぽどなのだ。

イザヤに似た女を掴んだ手を見ながらヒョウはふと違和感を覚えた。


(……ん?…なんで俺は引き止めた?)


ヒョウの目的はあくまでもここからの脱出であり、イザヤに会う必要はない。

彼に騙されたのはもちろん悔しかったが、それがこの世界の常識なのだからとやかく言っていられない。


騙した方より騙された方が悪い。


ある意味イザヤが最初にこっぴどく騙してくれたおかげで、嫌でも他人には警戒心を持つことになった。

特に探す理由はないのだ。ないはずなのだが…。


…………時計……。


あの金色の姿が簡単に頭に浮かんだ。

諦めたはず、で別になくても困らない。

ここの世界は時間とは無縁なのだ。西からでる一本の光の筋がなくなれば皆眠り、明るくなれば皆起きる。それだけだ。


(そこまでして探す必要はあるのか?)

……いや、ない。


(ここの世界では時計は珍しいものだから俺は所有しておきたいのか。)……違う。


(命を懸けられるほどの物なのか?)

それも違う、そこまでの物でもない。


ただ、…ただ。


(返して貰える見込みがあるなら、返してほしい。)


ただ、それだけ…。

けれどそんなヒョウの願いを盗んだ彼が、叶えてくれるとは思えない。

ならば諦めるしかないのだろうか。


「………。」

優柔不断過ぎる。ヒョウは我ながらそう思った。時計なんかに執着する理由は一つだ。思い出した家族との断片的な記憶の中に全て、あの金色の時計があった。きっとそれが自分の中の何かに引っかかっているのだ。


(…余計な事はしたくない。)そう思って今日まで生きてきているが、やはり思い出しては考えてしまう。


返しては欲しいけど、命を懸けたくない。

彼に会いたいけど、会いたくない。


日日が経つに、記憶が徐々に増えていくのにつれて最初はいらないだなんて思っていた物を欲しがってしまっている。

そんな奴はきっと…


ドテッと音が鳴り響く。

前を向いて思考していたヒョウは何かに足が引っかかり倒れたのだ。


(きっと……いつか、倒れる。)


そう思いながら倒れた方向に目を向けた……。



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