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彼は嘘を愛し過ぎている  作者: さもてん
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罪人が住む地下国

コワクナイヨ

彪は名前であり、人間です。

(ヒョウ)は落ちていた。

体が宙に浮き、下へ下へと落ちていく。

ハアハアと呼吸をしながらもがいて生き残る方法を模索するも、落ちていくスピードに目が追いつかなかった。


(あぁ、無理だ。)


ヒョウは諦めた。

スゥーッと、体の力を抜いて落ちる事に身を任せる。

やっと心に余裕が出来てきて上を見上げると、岩で出来た天井の穴から注がれる一筋の光はヒョウを真っ直ぐに照らしていた。まるで、天国へ導びく、光のようだった。


(皆にも見せてやりたかったな。)


美しく光景を目の前にして、

ヒョウの『最後』に思い出したのはやはり、家族のことだった。


*      *


目を静かに開ける。

頭がまだうまく機能せずぼぉっとしていた。やがて視界がはっきりしてきた。


「あ、起きた。」

低くて落ち着いた声色がした。

声の方へ振り向くと自分より少し高い黒い影がヒョウの上に座っていた。

 

「…は…。」

謎の青年に驚き、変な声がでる。

辺りを見渡すと、少し離れた所に光にスポットライトのような光の筋が一本あった。それは上まで続いていて天井には穴が空いていた。それ以外は周りが暗すぎて何も見えなかった。


どうやら自分はその穴から落ちてきたしまったようだ。床は砂のようになっていていいクッション代わりにヒョウを守ってくれたらしい。


「あんた。ここにぶっ倒れてたんだよ。」

影がそう教えてくれた。

どうやらついさっき寝そべっているヒョウを見つけてくれたらしい。

青年は俺の体から退く。


「運がいいな。俺に感謝した方がいいぜ?」

青年は冗談っぽく言った。


「…え?」


「あんたの荷物。パチられそうになってた。」

彼の話曰く、つい先ほどヒョウがノンビリと寝ている間にいい体をした男にバックを奪われてかけていたらしい。

その証拠にショルダーバッグの片方がナイフのような物で切られていた。


「そりゃあもう熱烈だったさ。男はあんたのバックだけ盗むのは飽き足らず、あんたの服を引きちぎりだしたんだからぁ。アハハッ。」

青年はケタケタ笑った。


「ッ……。」

思わずカバッと服を見ると少し破れかかっていた。シャツが人の手でちぎられているのうな跡がついていた。

顔を上げると、青年の陰が首をかしげてた。まるで(なっ?)とでも言うように。


「そういう趣味の奴も普通にいるから。…良かったね俺がいて。敬ってもいいんだぜ?」

冗談混じりに言う少年に、ヒョウは少し考えて言った。


「ありがとう…いや、ありがとうございました?」ヒョウは素直に礼を言った。


「わぉ、敬語悪くない。どーいたしまして。………ところで、あんた名前は?」ニコニコした声で青年はたずねる。


「俺は………ん?」 


ヒョウの脳内は今、『空っぽ』だった。何もかもが透き通っていてまるでこの世に生まれてきたかのようにクリーンな状態だった。

そして、自分の何者なのか…

なぜここにいるのか…

どうして呼吸をしているのか…

息を止めた。


それすら分からなくなっていた。


「………プハッ。」息を吹き返す。


「どうした?………ラリッてんのか?」

青年に心配されてしまった。


頭の中で踏ん張るように何かしらを思い出そうとしたとき、ふと自分の持っていたであろうバックの端に小さく文字が書いてあったのを見た。

無意識にその文字読み、口を動かす。

「…一色?一色彪……かな?」


「イッシキ……ヒョウ…ヒョウ!?

プッ…クッ…ハハハハっ。アハハハっ…。ヒョウって……動物かよ!?」


「変ですかね?」

なんとなく、自分にしっくりとくる気がしたのだ…。そんなにおかしいだろうか、青年の笑いは止まらない。


「いや……いや合ってる合ってる。そかそか…上の世界でもそんな変……個性溢れる名前の奴らがたくさんいるのか?」ヒーヒー言いながら青年はたずねた。


「……覚えていないです。」


「えー…そんくらい覚えとけよぅ。」

青年は口を膨らます。初対面なのに随分と物怖じせずサバサバしている奴だ。

だが、今のヒョウには助かった。なんせ何もかもが真っ白になっているのだから。


「記憶にないんです。」正直な感想を述べる。


「アンタ……変わってるな。名前と同じくらいに。」


「そうですか?」


「そうだ……あ、いやでも、『名は体を表す』だしな。アンタのその髪、いい色してる。」


青年はヒョウの金髪の髪の毛を見て言った。

どうやら、動物の《ひょう》と毛の色が同じだと言いたいのだろう。


「……どうも。」


暗闇に包まれていているこの青年は冗談交じりが多いが親しみやすく優しかったので、ヒョウの心にスルリと入ってきた。


「すみません。なんで俺はここにいるんですか?」

ずっと疑問に思っていた事を青年に聞いてみた。


「……?むしろこっちが聞きたいさ。何やってここに落ちて来たんだ?」


「え?」


「は?」


お互い沈黙が広がる。 


「あんた…無知?」

青年は困ったように笑う。


「ここをどこかも知らねぇの?」

そうして少年は一筋の光の方にコツコツと歩いていく。(あの穴の事だ。)

光に当たると、さっきまで暗くてよく見えなかったミディアムな黒髪がサッと姿を現す。

彼はヒョウより頭一つ分高い体がゆっくりとこちらに振り向く。


「ここは、罪人の地だよ。」

汚れた朝黒のシャツとズボンを身に纏ったその男は、絶世の美青年だった。

つり上がった猫目に、薄い赤い唇。薄く焼けた肌。ヒョウは思わず魅入ってしまった。

そしてなにより、真っ黒で美しい、その宝石のような瞳は

『吸い込まれてしまいそう。』

そんな色をしていた。


*      *


礼を述べて彼と別れようとしたが、右も左も分からないこの場所は危険過ぎると青年は案内を自ら引き受けてくれた。

彼はここの《案内人》で落ちてきた人間を案内するのが仕事だった。


「…君には助けられてばっかりだ。」


「その、君って呼び方やめてくんない?気味悪い、君だけに。」そしてケタケタ笑い、渾身のギャグを繰り出したがヒョウが反応がイマイチ良くないことに彼は肩をすくめた。


「イザヤ、イザヤでいい。」


「変な名前ですね。」


「じゃあアンタとお揃いだ。

………つうか別に無理に敬語じゃなくてもいーんだぜ?俺達、年近そうだし。」


「……一応恩人なので変えれません。」

ヒョウなりのけじめだった。


「貞操の!?」


「貞操の。」


「アッハハ!!」


辺りは暗かった、電気も光もないここはヒョウにとっては崖のようなものだった。どこで転んでもおかしくないそんなヒョウをよくイザヤは案内してくれたものだ。

やがてここに住む住人の姿が見えるようになってからは少しずつヒョウも暗闇に目が慣れてきていた。

彼の言っていたようにここはヒョウが落ちてきたであろう穴以外、天井も含めて全てが岩で囲まれている場所だった。

そんな所に住んでいる人々は裕福な暮らしなんて物は出来ず、どれもボロボロでくたびれてすぐに飛ばされてしまいそうな家ばかりだった。

何日洗っていないか分からないような廃れた服を着た人達の中にはほこりっぽい床にシートを引いて食べものを売っている男、汚れた服を大量に箱詰め込んで売っている女、中には扇情的な服を着て客を求めてうろつく女性達までいた。


ヒョウはまるで宇宙人を見るかのような好奇な眼差しで観光していると背中にピリリとした視線をいくつも感じた。

人々は肉食動物のごとく食い入るようにヒョウ見ていた。

ヒョウはなぜかいたたまれなくなってパッ顔を伏せた。


「ここにいる奴らは皆、家族みたいなもんだ。目つき悪いけどこれでも根はいいんだよ。落とされた者は落とされた者同士仲良くやってんのよ。」


そう言いながらイザヤはある家の前で立ち止まる。入り口の上にある看板にはボトルの絵が描かれていた。

こちらも木や屋根が剥がれてボロボロだったが他の家よりはましだった。

青年はノックも無しに入っていく、ヒョウは後に続いた。


「サケヤ、いつもの頼む。」


そう呼ばれたやる気のなさげな深い黒い隈があるナマケモノのような男は客の姿を見るとため息をつきながら部屋の奥に入っていった。ゆっくり、のっそり。

そうしている間に近くの適当な席にヒョウ達は座った。


「えっ…と……。」


「新しい罪人なんて久しぶりだから、お祝いと言うことで。俺奢るよ。」


…新しい罪人


ヒョウは先ほどのイザヤが言っていた言葉を思い出した。


『知らないのか?ここは罪人の地だ。ここの上には善良な国があってそこで罪を起こした者はここに落とされる。

ただ、それだけ。罪人は戻る事は許されず、この地で一生生きていくことを強いられるんだ。まぁ、みりゃ分かるけど、天井に出口があるんだから無理だって話だ。』


ヒョウはその会話の後に色々考えていた。

正直に言うと、ヒョウは罪を犯した覚えはないのだ。

いつものように普通に暮らしていて、いつものように生活していて、気がついたらここに。


いつもの…いつものように…。


クリーンだった景色が一瞬ザザッと音を立てて、モノトーンになる。


今のヒョウにとって『いつも』が分からなかった。どのように生活して誰と暮らしてどんな事をしていたのか、てんで思い返す事が出来なかった。

けれど人を殺す?だなんて恐ろしいこと今のヒョウにも出来る気がしなかった。


…きっと手違いなのだろう。手違いに違いない。

ヒョウはこめかみを押さえる。


(俺は罪人ではない。)


ではなぜ、罪人ではないはずの自分がここにいるのだろうか。

なぜここに落ちてきてしまったのだろうか。何度も何度も思考を繰り返すが、いっこうに答えは見つからない。

そして話を聞くにこのイザヤも、きっと罪人なのだろう。

自分と背が同じくらいの、彼を見る。

やっと成人を超えたあたりの歳であろう男がどうして劣悪な環境で…

 

「どした?」


優しく微笑みかけるイザヤ。聞いてしまってもいいのか考えていると、いつの間にかサケヤが運んだであろう酒が置いてあった。


ヒョウは腹をくくってたずねる。

「え…と、


イザヤは…何の……なん…


な、なんで、俺にここまで親切にしてくれるんですか?」

無理だ…。 

さすがに初対面でなぜここに落ちてきてしまったのかは聞けなかった。 


「気まぐれ。」そんなヒョウにイザヤは一言いった。


そう言ってサケヤがを運んできた茶色い飲み物を一口飲んだ。ヒョウもつられてその飲み物を飲み込む。


「ムグッ!………ごくん。」

口の中でほろ苦い味が広がる。

苦い。ひたすら苦いが、不思議と嫌いな味ではなかったので思わず、もう一口飲む。ゴクゴク。


「まぁそりゃ、…仕事もあるけどさぁ。」


イザヤもその酒をゆっくりと混ぜて飲み込んだ。

「強いて言えばあんたに興味があるからかなぁ。」

イザヤは先ほどまでの弟のような笑みとは打って変わって、魅惑的な笑顔を俺に見せる。


「?」


「…あんたのこと、もっと教えてよ。」

大人びた声色で、誰でもYESと答えてしまいそうな扇情的な表情だった。

背中がゾクッとする。

だが、ヒョウその笑顔は美しいと思いながらも、どことなく好意を持てなかった。

…逆に少し怖かった。


「俺…記憶喪失なんです。」目線をそらして一口酒を飲む。


「……ギャハハッ!なんだよその下手くそなナンパの断り方!」机をバンバン叩きながらイザヤは笑った。


「そう…ですかね?」俺は表情を変えずに淡々と答えた。普通に戻ったイザヤに安心する。少し酒で酔ったのだろうか。


「俺が、気になってるのはあんたがここに来た理由だよ。」


「………。」


「あんた、医者だろ?」


「え?そうなんですか?」

ヒョウはキョトンとする。そんな自分を見てイザヤは怪訝そうな顔をする。


「…バックの中に聴診器が入ってたのがチラッと見えたんだけど、医者にとって大事なもんだろ?」


ハッとして、ヒョウは自分のバックの中身をあさった。そこには麻酔、注射器、茶色の袋に入った針、聴診器など、確かに医者が使いそうなものがたくさん入っていた。

その中に、『金色の懐中時計』が一つキチンと入っていた。

それを確認して思わず小さな安堵のため息をついた。


そして、何事もなかったかのように「それが入っていたんでしたらきっと、医者なんだと思います。」と言えば、イザヤが困った表情を浮かべる。


「医者じゃ、ねーのか?」


「……よく覚えていないんです。」


「ん?…知識すらねーのか?応急治療とかなんとか、なんか普通あんだろ?」


少し考えて見たがだめだった。首をふる。


「…じゃあイイ。医者の事は、あんたが覚えている所までイイから、外は今どうなってるかだけ教えて?」ニコリと笑顔でたずねるイザヤ。


外。ヒョウが落ちてきた地上の事だ。ヒョウはそこにいたときの回想を始める。


「……あ。はいえーと…」


「うん。」


「……。」 


「……。」


「……あ。」


「…もしかして、冗談なしに記憶『全部』ぶっとんでるのか?」


「……すみません。」イザヤはようやくそのことに気がついたようだった。ヒョウの伝え忘れをしてしまったせいだ。申し訳ない。


「いや、いーよもう。」

そう言ったあと、イザヤは噴き出し笑い出した。そんな様子に安心してヒョウもつられて少し笑みを浮かべた。


「ねぇ、あんた『ウェスト』って知ってるか?」

突然、イザヤがたずねた。


「…誰ですか?」  

自分の事もあまりよく分かっていないのに、他人の事を把握する余裕はない。


「いいか、ここでは色んな事情を持った奴がいるけどさ。…ソイツだけ群抜いてやばいんだ。」


「なんでですか?」


「ソイツを敵に回すって事はここの地下国敵に回すって事だからだよ。……つまりいうと『ギャングの長』だ。ソイツに会ったら逃げろ、もし目の前にでたら頭を垂れるんだ、とにかくソイツの機嫌を損ねるなよ?生き残るためなら何だってやってやれいいな、心の中で何だって言ってもいい。…ソイツだけには逆らうな!」


「そんなに危険な奴何ですか?」


「なんでって、そりゃもう俺がもう会ってるからな…オーラが違う。容姿もいいから人を惹きつけるんだ。大がかりで俺らを攻撃してきやがって…。」

苦々しく顔をしかめるイザヤ。

過去に何かあったのだろうか。


「なんか、大変そうですね。」ヒョウは同情した。


イザヤは目を鋭くして、諭すように言った。

「……あんた、気をつけな。ただでさえ記憶がないのに、そう上バカ正直で無知なんだから。」


「違う、思ったことを口に出しているだけです。」


「それをバカ正直って言うんだよ。」

ヒョウは頭をポリポリとかく。


「とにかくケンカなんか売るなよ。ぜってぇに。」


ヒョウは心が熱くなっていた。

自分と同い年、少し年上くらいの少年がこんなに自分を心配してくれるなんて……。


「君は優しいな。初対面なのにこんなに良くしてくれるなんて…。」


それを聞いたイザヤは目をまん丸にした。 

その表情が年相応らしくてヒョウは微笑を浮かべる。


イザヤは小さな声で違う、と否定した。

「そんな大層な理由じゃない。…俺はただ、ウェストに殺されるやつをもう見たくないだけ………ってあれ………優しい……優しいな!俺!」

 

「あぁ、優しい。」


二人でケタケタと笑った。

その後も酒を飲みながらイザヤと色んな話をした。

この地下の世界のこと、ルール、ギャングとの出来事。お金の価値。イザヤの話は巧みでどれも内容が濃く、生々しくて聞いているだけならどれもおもしろかった。


………え?そのあと?そのあとは



……覚えていない。


ただ、再び目を覚ました時には、下着姿一枚でサケヤの裏路地で寝ていた。

イザヤの姿はない、服もない、靴もない。これは…


「だ、騙され…た?」



二日酔いの頭痛が更に痛みを増した。


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