2.初詣の時の神社より腹痛の時のトイレの方が間違いなく真剣に神に祈ってる。
勢いに任せて連投です。
(ジリリリリリー・・・)
「ん、んーー。」
いつも通りの朝、いつも通りの時間。
耳障りな音の出とごろを手当たり次第バシバシと叩く。
(ジリッ…)
目覚まし時計の上部を捉えた感覚と共に騒音が停止する。
「夢かー。」
重たい上半身を起こし、目を擦る。
やけにリアルな夢見たな。
ってか、昨日どうやって帰ってきたっけ?
「クソ、頭痛ぇな。」
飲みすぎてもはや覚えてないのか。気分のだるさと体の重さが思考を阻害する。
今日は、いつも以上に最悪な一日になりそうだ。
顔面にじっとりと張り付いた脂汗を洗面台で洗い流す。
「夢じゃなきゃな。」
また今日も仕事か。
出勤義務から逃げ出せるなら何だって出来る気がする、誰しもそう思う時があるだろう。
俺は今まさにそうだ。
「はぁ、いってくるか。」
いつまでも現実逃避してる場合じゃあないな。
ため息を深々とついて覚悟じみたように呟く。
革靴を履き、玄関の鍵を開けると同時に、誰もいるはずのない部屋に聞き覚えのある声が響く。
「いってらっしゃい。引き続きやる気があるようだったから昨晩の出来事と今後について話そうかと思ってたけど、会社があるならしょうがないね。ここで君の帰宅を待つとしよう。」
「ファッ!!?」
誰!?何者!??いる!!誰かいる!!
「そんなにビックリしなくても、覚えてるはずだよ。君は、僕を。」
覚えている、確かに夢の中で聞いた。名前は…
「にゅんぺぃ…?」
「夢じゃないけどね。暴走気味だった回路に耐えきれずに気絶したキミをここまで運んできた。よかったね、会社に出勤できるくらいには回復したみたいだ。」
「夢じゃない…?じゃあ昨日の女の子は?」
「外にいるよ、律儀に。」
…マジで?
玄関に駆け足で引き返す。
勢いよくドアを開けると、通路に昨夜の少女が体育座りで寝ていた。
昨夜のコスプレ衣装とは違い、どこかの学校の制服に身を包んでいたため、ひと目では特定出来なかったが、目を瞑ったその表情には見覚えがあった。
「あ…おはようございます。」
目を覚ました彼女が立ち上がる。
「あっ、どうも…取り敢えず立ち話もなんですし、中へどうぞ…散らかってますが。」
こういう時は謙遜の意味を込めて言う言葉なんだろうが、リアルに散らかってるので本当は女の子なんて部屋に入れたくなかった。
彼女をにゅんぺぃのいる部屋まで案内し、適当な場所に座らせると、おもむろに口を開いたのはにゅんぺいだった。
「さて、改めて自己紹介をしよう。僕の名前はにゅんぺぃ。そしてこっちがアカネ、朱御門アカネ。」
「よろしくお願いします。」
合わせて頭を下げるアカネ。
よろしくって、なにをよろしくする気なんだろう。
「今後君は、彼女と一緒に魔法少女の任務を果たして欲しい。」
は?
「具体的には、昨夜のように神々の討伐と神器の回収、それから…」
「ちょ、ちょっとまて!」
そんないっぺんに未知の情報詰め込まれても、わけがわからない。
「神々ってなんだよ、まず。」
「君が昨夜見事撃破した存在。並行世界からやってきた神々の事だ。」
「アレ神様だったのかよ!?」
「そうだ。信仰を失った神々。ボク達がやってきた世界はこの世界と時空軸的に並行の位置にある。言うなれば、[有り得たかもしれないもう一つの世界]。こちらの世界とは違い、神や霊体がそのまま実体を持つ。」
「実体を持つ?目に見えるってことか?」
「そう。見えるし、触れられる。」
「そんなのがなんでこの世界にいるんだよ!」
「元の世界で信仰を失い過ぎたのさ。」
「目の前に居る神様を信じなくなったって事か?」
「正確には頼らなくなった。この世界でもそうだが、人々は[神頼み]しなくても自分の身を守れるようになっていった。」
「文明が発展した?」
「そう、人々は目の前に居る奇跡より、資本主義による発展を信じた。信仰を完全に失った神は消失してしまう為、存在の証明や新たな信仰の獲得、権力の拡大を目的とした世界の侵略をはじめた。当然人間も抵抗したが、神秘の存在に敵うものは、やはり同じ神秘の存在である神だった。」
「なら、人々は神と和解したって事か?」
「違う。別の神に信仰を集めて、戦争に参加させた。」
「神様同士を裏切らせたのか!?」
「信仰というのは神にとって血肉だ。祈りを捧げるので代わりに戦ってください、なんて言われたら戦わざるを得ない。ましてや、殆どの神が信仰を失った状態であるなら、どんなマイナー神だろうと、祈りの力があるだけで無双出来るだろう。」
協力を求められた神々に拒否権はなかったのだろう。人の上に立つ存在であるはずなのに。
「その後の展開は事情を知らない君でも想像に難くないだろう。信仰を失った神々は力を持っていないに等しく、惨敗した。しかし、ここからが人類の誤算だった。」
「誤算?」
「戦争を起こした神々が敗北寸前、こちらの世界を発見してしまった。自分達の世界と同じような歴史を歩みながら、神が実在しなかった世界。」
「なんでこの世界が見つかっちまったんだ?」
「世界線観測所。文明が発展した他の世界を観測し使者を送る事で、自らの世界に技術を取り込み、更なる発展を遂げる為の施設。神々は人間の目を出し抜いて戦闘中にこの施設を偶然占拠していた。そこで見てしまったんだ、この世界を。」
「それで、こっちの世界に…」
「勝利した神々も後を追ったが、神性が強すぎる為現実世界への転送が不可能だった。信仰を集めたせいで、本来人間サイズ用に設計された転送装置では転送出来なかったんだ。その為、戦闘要員はこっちの世界で確保することを決め、現地戦闘要員の支援としてボク達に[魔力供給装置]通称【ランパス】を移植しこっちの世界に派遣したというわけさ。」
「なんとなーく読めてきたけど、昨日戦ってた神様、結構絶好調っぽくなかったか?信仰失ってたから完全に無力って訳じゃないのか?」
「もうすでにこの世界で信仰を集め始めているんだろう、日々敵は強くなっていくばかりだ。」
「昨日より強くなるって事!?」
「そうだ。だから君にはアカネとの協力をお願いしたい。」
「よろしくお願いします。」
終始無言だった彼女がもう一度頭を下げた。
さっきのよろしくはこういう事か。
「いや、戦うのは無理だぜ!?昨日はなんか勝てたけど!」
「うーん、そうだね。戦闘のノウハウはぼちぼち覚えてもらうとして、取り敢えずのところは…」
「ここに寝泊まりさせて頂けませんか?」
にゅんぺぃの言葉を遮り、アカネが発言する。
「はい?」
「彼女、ボクと出会うまでの記憶がないんだよ。」
「はい!?」
「いつまでも家なき子では、戦闘に支障がでるからね。ここを本拠地とさせてほしい。」
ぶっ飛び過ぎてる…いろいろと理解不能だ。本当に現実か?まだ夢の中じゃないのか?まだ目覚めてないっていうんだったら、会社に…
「そうだ!会社!!今何時だ!?」
「どうしたんだい?急に慌てて。8時15分たけど?」
「電車に乗り遅れちまった!!始業時間が9時だから、えぇ〜っと今からタクシー捕まえて…クソっ間に合わない!」
「まだ全然余裕じゃないか。飛んで行ったら?」
「冗談言ってる場合じゃねぇんだよ!」
「本気で言ってるよ?ホラ。」
そう言って、扉を開けっぱなしにしていた寝室を長い尻尾で指す。
そこにはぺしゃんこに潰れて部品があちこちに散らばった目覚まし時計だったものの残骸があった。
「あれ…俺が??」
「そうだね、力のコントロールも少しずつ学んで行こうか。」
うそ…だろ…。
「急いでいるなら私が抱えていきます。準備ができたらこちらに。」
いつの間にか、昨日のコスプレ衣装に身を包んた彼女が玄関でウォーミングアップをしている。
「よかったね、これなら間に合いそうだ。」
抱えるって…女の子に?ってか本当に飛べるのか?
「飛べるさ。」
いつの間にか心を読んでいたにゅんぺぃに短く言葉をかけられる。
ええぃ!手段は選んでられないか!
「よろしく頼む!」
「了解です!では、暴れないでくださいね。途中で落としちゃっても保証は出来ませんから!」
そういうと、彼女は信じられないくらいの力で俺の体を抱え、一気に跳ね上がる。
「おわぁぁぁぁぁあ!!」
自分達のいたマンションがあっという間に見えなくなり、今までに感じた事のない風圧に耐えながら何とか意識を保つ。
「そういえばまだお名前を伺ってませんでした。」
涼しい表情でアカネが問いかける。
「黒水ヒイロ…25歳…サ、サラリーマンで…す。」
「黒水ヒイロさん、これからもよろしくお願いしますね!」
女の子にお姫様抱っこされ、何度も気絶しかけながら、間違いなく人生最悪の自己紹介をするハメになった。